[東京 15日 ロイター] - 政府・与党が6月にまとめる「財政健全化計画」の行方が混とんとしてきた。2020年度の基礎的財政収支(PB)黒字化に必要な9.4兆円の赤字解消策をめぐって、「歳出・歳入半々」を主張する内閣府に対し、財務省は8兆円の歳出削減が可能と指摘。また自民党も歳出抑制での赤字解消が可能と主張。

基本方針をめぐって政府・与党内の対立が鮮明になってきた。   

民間エコノミストの一部からは、高成長を前提にしたこれまでの試算が、日本の財政健全化への取り組みを遅らせた元凶と警告する声も出ている。15日に公表された12日の経済財政諮問会議議事要旨からも、両者の対立の構図が透けて見える。

<歳出抑制は慎重に、歳入増で4─5兆円改善>

12日の会合で民間議員は、9.4兆円の赤字解消のために、歳出削減で5─6兆円以上、成長に伴う歳入増で4─5兆円程度対応する案を提案した。

実質2%以上・名目3%以上の高い成長率(経済再生ケース)を前提とすることには、有識者の間では懐疑的な声が多いが、民間議員は高い成長率を前提にさらなる歳入増のシナリオを描く。

民間議員には歳出削減に傾斜し過ぎれば、成長の足を引っ張り、想定する税収増が確保できないとの懸念が存在する。財政健全化の大前提は「成長を阻害しない」(高橋進議員)ことと位置づけている。

高橋進議員(日本総研理事長)は、財務省が提案するペースでの歳出抑制に異論を唱え「歳出を抑制するペースについては、特にデフレ脱却、経済の再生局面では、慎重に考えるべき」と述べている。

より慎重論を展開したのが、新浪剛史議員(サントリーホールディングズ社長)。同氏は2017年に消費税率を10%に引き上げた後「完全にデフレ脱却をしていれば、歳出増を少し抑制しても、国民経済への痛みが少なくなる。2018年以降に、非常に厳しい財政再建を迫っていく」と述べ、計画期間の残り2年間に歳出抑制を集中させるべきとし、足元での歳出削減には極めて慎重な考えを示した。

ただ、18年以降の集中的な歳出抑制に対しては、消費税再増税後の経済状況次第で、増税による負担増と集中的な歳出抑制という2つのマイナス要因がダブルで悪影響を与えかねいと懸念する声が、政府部内でも浮上している。

<税収弾性値1.2─1.3で、4─5兆円の税収増に>

歳出面では「公的分野の産業化」、「インセンティブ改革」、「公共サービスのイノベーション」を3本柱として推し進め、経済の下押しを回避する形で歳出を抑制していくとした。

経済体質が変わることで成長に伴う税収増が見込まれ、歳入面で4─5兆円の改善を見込む。現在「1」で計算されている税収弾性値は「1.2や1.3は十分あり得る」(高橋氏)とし、「結果的に4兆円、5兆円の金は出てくる」(同)と説明した。

<現行程度の歳出伸び抑制で8兆円改善>

これに対し、財務省は8兆円程度の歳出削減案を提示。麻生太郎財務相は「安倍政権の3年間の歳出改革の取り組みを継続し、これまでと同じ程度の歳出増加額に抑えることができれば、大幅な歳出削減を行わずとも、9.4兆円のPB赤字はほぼ解消できる」と主張した。

財務省が強調するのは、歳出を減らすのではなく、歳出の伸びの抑制である点。安倍政権下の3年間の予算編成でも「経済再生と歳出改革の両立を図ってきた成果が出てきている」と強調し、現行程度の歳出改革の妥当性を訴えている。

ただ、なお残る1.4兆円程度の赤字解消策は明らかになっていない。

<麻生財務相、民間議員想定の税収増は「無理」>

一方で、麻生財務相は多くの時間を割き、民間議員が想定する税収増に反論した。

内閣府試算によると、2015年から20年までの経済再生ケースで、国と地方を合わせた税収増は約22兆円─23兆円。

この試算自体「3%を超える高い成長率を前提としたもので、大変野心的だ」とし、民間議員が主張する経済再生ケースを上回る税収増を実現するのは「とても無理だ」と述べた。

安倍政権の3年間で税収は12兆円増えたが、このうち6兆円は消費税率引き上げに伴う増分だ。財政健全化計画の策定にあたって「信頼性の高いものにしなければならない」とも語り、民間議員試算には「不確実な部分が大きい」として、過度な税収増期待に異論を唱えた。

経済構造の高度化などによる税収増を見込めるか、歳出抑制による景気下押しをどの程度深刻にみるか、などの点で内閣府と財務省の主張は真っ向から対立している。

<財政健全化の失敗の元凶は高成長前提>

民間議員の提言は首相官邸の考えに近いとみられ、政府・与党が6月にまとめる財政健全化計画のたたき台となる公算が大きい。

しかし、民間エコノミストの一部からは、もともと高い経済成長を試算の前提とすることに懐疑的な指摘が出ている。SMBC日興証券・シニアエコノミストの宮前耕也氏は「高成長前提こそ、日本の財政健全化への取り組みを遅らせた元凶」と警告している。

経済回復に伴い税収が上振れ、財政健全化への楽観論が広がっていることにも注意が必要だとし「増税策や歳出カットを組み合わせながら、目標達成を図るべき」と提言した。

<奇妙な逆転現象>

こうした経済財政諮問会議の「緩い健全化計画シナリオ」(自民政調幹部)が、厳しい改革案を提案している自民党特命委員会(委員長:稲田朋美政調会長)に影響するのは必至だ。

麻生財務相は15日の記者会見で「自民党から厳しい案が出て、民間議員のほうがそうでないのは珍しいケースだ」と述べ、自民党の歳出改革方針を評価した。

通常は、政府の経済財政諮問会議が厳しい改革案を示し、改革に抵抗感が強い与党との調整に苦戦するのが常だ。「奇妙な逆転現象」(自民党政調幹部)の揺り戻しに、警戒する声は少なくない。

「やったふりをするだけの改革ならやる必要はない。この国の方向性を決めるのは、諮問会議ではなく、党である。そういう責任をもって議論を進めていきたい」──。このように述べた稲田政調会長が、財政再建でどのような指導力を発揮するのか、あらためて試されている。

(吉川裕子 編集:田巻一彦)