2024/3/6

「静かな退職」はなぜおきる? 今、日本企業に求められる“働きがい” とは

NewsPicks / Brand Design editor
 必要最低限の仕事だけをする── 。
 そんな働き方が今、注目されている。米国では「静かな退職(Quiet Quitting)」と呼ばれ、20代の若者を中心に広まっているという。そして、この流れは日本企業においても無視できなくなってきている。
 理想のライフワークバランスは、人それぞれ。一人一人の価値観も、働き方も、この先ますます多様化していく。
 だが一方で、そうした働き方は、組織の生産性を下げるのではないか、といった声もある……。
 企業が成長していくために必要な「働きがい」を高めながら、個々の多様なライフワークバランスを実現していくためには、どうしたらいいのだろうか。
 Great Place To Work® Institute Japan 代表の荒川陽子氏と、株式会社ワンキャリア取締役の北野唯我氏の対談を通し、新たなワークスタイルとの向き合い方を考える。

プライベートを重視する、期待しない働き方

──「静かな退職」の定義を教えてください。
荒川 静かな退職は、会社への貢献意欲や仕事を通じた成長意欲は低いけれど、長期勤続意向が高い人を指します。
 この言葉は、アメリカやヨーロッパなどから広がりを見せ、日本においても徐々に認知が広がっているようです。
 プライベートの充実を主体的に望み、仕事のパフォーマンスを上げようと思わない、責任ある仕事はやりたくない、でも働くならこの会社がいい。
 このような人が、静かな退職に当てはまります。
北野 言葉自体は新しいですが、エンゲージメントが低い人ってこれまでの日本にもいましたよね。
 よくない意味の終身雇用も、当てはまるのかもしれません。
荒川 今までも「ぶら下がり社員」というような呼び方で、存在していたりもしましたね。
「静かな退職をしていますか」というアンケートをとったところ、すべての世代にいることが明らかになりました。
 中でも若手が3割という結果が出ました。自らこのような働き方を選ぶ若手が増えていくとすれば、企業にとって危機感を持つべき事象だと感じています。

Z世代が求める、合理的な期待値

──なぜ今、若手に静かな退職が増えているのでしょう?
北野 キーワードは「期待値」と「不安」だと思います。20代・30代の方から見ると、期待値がわからないものに、投資したくないのだと思います。一生懸命働いて得られるものがわからない、もしくはわかっていたとしても魅力的に映っていないのかもしれません。
 かといって、退職してフリーランスに転向して数十年生き続けられるかというと、そこには不安がある。だから期待を持たずに、同じ会社で働き続けているのではないかと思います。
 最近は、TikTokやYouTubeのショート動画をはじめ、求人サイトを見ても、すぐにメリットがわかるものが支持されている傾向があります。
 反対に、時間やお金を投資する場面には「不確かなもの」を回避したいという心理が働いているように見えます。
 自己実現や働くことから得られる楽しさなども「不確かなもの」だとすれば、相対的に見て、短期的にも合理的にも"期待をしない”という選択をしているのではないでしょうか。
荒川 なるほど。そこそこ働いて、そこそこのお給料をもらっていれば、プライベートも充実しているし幸せである。そう短期的な目線で定義していると、静かな退職を選ぶ理由も納得できますね。
 一つ興味深いのは、「会社に入ってから静かな退職になっていった」という人たちが7割もいるということです。つまり、過半数の人は“最初から静かな退職を望んでいるわけではない”ということになります。
 何がきっかけとなって静かな退職は増えているのか。経営側は見極めて、手を打つ必要がありますね。
北野 大きな理由の一つは、やはり年功賃金という制度だと思います。意欲ある若手が、期待値を置いても何も返ってこない環境に長く身を置いていれば、自ずと期待値を超えようとはなりません。
 それどころか期待された以上をやって「今はそういうこと求めてないから」と怒られる職場もあるほどです。
 これが昭和時代なら、頑張れば給料が上がる、上のポストも空いている、経済も上向いていますから、いくらでも期待できる部分があったかもしれません。でも今は、まったく状況が違います。
荒川 まさに年功賃金は、エンゲージメントが下がる要因の1つと言えますね。さらにいえば、新卒一括採用や終身雇用など、日本型雇用と呼ばれるメンバーシップ型制度がもたらした弊害が、様々に絡まり合ってエンゲージメントを下げてしまっているとも考えられます。
 高度経済成長期には、これらは非常に合理的な仕組みでした。
 しかし、経済成長が終わってからも会社が大きな人事権を持ったまま、一人ひとりのキャリアオーナーシップが育まれにくい仕組みを続けてきてしまったことは、大きな問題ですよね。

線を引きながら成立する、2つの働き方

──働く人の価値観が多様化する中で、働き方は今後どうなっていくべきでしょうか。
荒川 静かな退職がマジョリティーになってしまっては、企業は成長曲線を描けません。
 働きがいという観点からも、できることなら回避しなければならないことだと思っています。
北野 私も一企業の取締役をしているので、経営者としては、本当にその通りだと思います。でも、個人の幸福度でいえば、もしかしたら静かな退職の方が「勝ち組」と考える人はいるかもしれませんよね。経済的な意味ではない、豊かな暮らしに幸福を感じる、みたいな。
 働きがいという観点からしても、このような多様性のあり方は、多くの企業にとって難しい局面に入ってきているのかなと思います。
荒川 双方を包含した上で企業が成長していくかたちを模索する必要がありますね。
北野 具体的にどうしたらいいかとシンプルに考えてみると、期待値を超えようとしてくれる人には、どんどん給料を上げて、キャリアアップのチャンスをつくっていく。
 一方、言われたことだけ頑張ってくれていたらいいよ、という人の給料は横ばいといった具合に層を分けていくのがいいんですかね。
荒川 貢献意欲や成長欲求がある人たちを、インセンティブのみならず、経営に組み込んでいくといったことも含めて、“期待を与えていくこと”も大切ですよね。
 ただ、静かな退職を選んでいる人を含めて会社全体で連帯感をつくろうとすると、組織内で分断がおきやすいので、それぞれ立場を共存させていくことは難易度が高いことだと思います。
北野 格差は広がりそうですよね。期待値を超えずに、言われたことだけをやる人は、いくらでも代わりが効くし、AIや機械が最も得意なことですし。代替可能な存在に、自ら選んでなっていっているということになります。
 どちらかというと、分けて、整理して、変な衝突を生み出さないような構造や、枠組みを作ってあげる、という方がよいのかもしれませんね。
荒川 確かに。それこそ、個人の幸せを考えたら、バリバリ働きたくない人もいて当然ですし、たとえ格差が広がっていっても、どちらに対しても「自分で選んだのだから」という世界線になっていく気がします。

成長に欠かせない、信頼とチャレンジ

──成長率が高い企業には、どのような特徴があるのでしょうか?
荒川 世界150カ国に展開しているGreat Place To Work®(以下、GPTW)は、毎年グローバル基準で働きがいが高い企業を評価する「働きがいのある会社ランキング」を発表しています。
 この評価は、「働きやすさ」と「やりがい」からなる働きがいを構成する要素として、マネジメントと従業員の間に「信頼」が豊かにあることを最も重要な軸に置いているのですが、その中には、さらに細分化して5つの要素があります。それが「信用」「尊重」「公正」「誇り」「連帯感」です。
 ランクインしている企業は、このすべてのスコアが非常にバランスがよいのです。
北野 しかも、ランキングトップに入る企業は、成長を見せていますよね。
荒川 そうなんです。
 上位にランクインする企業の共通していることを挙げると、インクルーシブな職場をつくりながら、働く意欲や成長欲求が高い人たちをいかに生み出していくかに注力している傾向にあります。
 上司も部下も、仕事の意味付けを行い、しっかりと期待を伝えている。これがすごく上手な会社は、経営メンバーが一人ひとりの従業員との信頼関係が築けているため、連帯感を持てています。
 また、ワーキングマザーなどインクルーシブな働きやすい環境づくりなどに、しっかり投資をしているのも特徴ですね。
 策定されたミッションやビジョンを通じて、自分たちが具体的に何にチャレンジするかを、明確にしているのも上位ランカーが実行していることだと思います。
北野 成長している企業ほど、人的資本投資をしていますよね。
 社員に対して積極的に投資を行うことが重要な一方で、社員の側も同時に、投資を受ける際の心構えをしっかり持っておくことも大切な観点だと思います。
 特に日本では、研修があって当たり前、と思っている人も多いのではないでしょうか。でも、自分のスキル開発を会社がしてくれるありがたみを理解した上で、学びを意識すると、その後のモチベーションやアウトプットが全然違ってくるんですね。
 若い時に何を学ぶのかは、キャリアの形成上とても重要です。
 そうした観点で企業を選ぶ重要性を理解している人は多くないですから、一人ひとりの意識変革も課題の一つかもしれません。
荒川 投資を受ける側のスタンスや意識も変えていかないといけないなというのは、すごく賛成します。
 今企業には、人的資本にどんな投資をして、何が豊かになり、結果的にエンゲージメントや働きがいのスコアが高まっているかということを、投資家に示していくために説明する流れが起きています。
 エンゲージメントが低い状態を、産業全体で変えていくというムーブメントが、この人的資本の考えから起きていることは、素晴らしいことですよね。

仕事は、手間暇をかけるほど面白くなる

──働きがいやエンゲージメントを最大化させる重要性は、何でしょうか?
北野 自社の新人や、本当に応援したい若手に対して、僕がいつもお伝えしていることでもあるのですが、物事は、手間暇を掛ければかけるほど面白くなっていく、という真理があると思っています。
 人生に思いっきり手間暇をかけてこだわってみると、外部の報酬から期待値を与えられるのではなくて、内発的動機づけから働きがいを見つけて、面白いことに気づくときが必ずあると思います。すると自然とドライブがかかるようになるんです。
 トータルのリターンで考えると、初期に投資したほうが、きっと30代、40代で、裁量権を持って働けるし、そのリターンは絶対に大きくなる。
荒川 なるほど。間違いないですね。
北野 個人の自由なので強要はしませんが、僕はこれが真実だと思っています。
──毎年話題になる「働きがいのある会社」ランキング。企業はどのように活用したらよいでしょうか。
荒川 GPTWの認定に選ばれている企業は、自社の採用やブランディングにメリットがある、と感じてくださっています。最近ではIRや人的資本の開示のために使いたいという企業も増えてきました。
 企業における働きがいを最大化する重要性を、経営者や管理職を含めて、働く全員が真剣に考えるきっかけづくりにも繋がっています。
 先ほどのお話にもありました通り、ランクインしている企業は成長している会社が多く、具体的な調査や認定を通して、学べることもたくさんありますので、ぜひご活用いただきたいと思います。
 今後もGPTWは、人的資本を最大化することで、さまざまな企業の成長を応援していきます。
 企業や経営者目線、そして、働く一人ひとりの立場からも、働きがいを高めていくために、架け橋になっていきたいと思っています。