2024/3/10

【解説】学生が「刀のマーケター」と集客プランを考えてみた

NewsPicks コミュニティチーム
「あの人気商品の立役者」「ヒットメーカー」「開発秘話」。
そんな言葉とともに脚光を浴びることの多いマーケターの仕事。
広告戦略を考えたり、新商品企画に参加したりと、「世の中に広く影響を与えられる」というイメージに憧れを抱く学生は少なくない。
ただ実際は、地道な市場調査やターゲット分析など、消費者の目に触れる前の「名もなき仕事」も数多くある。
マーケティングの本質はどこにあるのか。一流のマーケターには、どのような能力が求められるのか。
この疑問をひも解くため、NewsPicksの学生アンバサダー「Student Picker」4期生の3人に、先日開業した「イマーシブ・フォート東京」でも話題を集めるマーケティングカンパニー「刀」による熱血講義を受けてきてもらった。
INDEX
  • 4要素で「売れる必然」を
  • 「考えない」を決める
  • 本能的欲求は、観察して見つける
  • 4つの「重なる部分」が戦略の肝

4要素で「売れる必然」を

マーケティングとは、「売る」ことではなく「売れる必然を作る」ことです。
マーケティングと聞いてすぐに思い浮かぶのは、キャンペーン企画、SNS運用など、「どうやって売るのか」を考える仕事かもしれません。
ただ、それらの戦術はマーケティング活動の一部であって、すべてではないのです。
では、マーケターがやるべき仕事とは何なのか。
これを考えるために助けになるのが「マーケティング・フレームワーク」です。下のように、目的(OBJECTIVE)、目標(WHO)、戦略(WHAT)、戦術(HOW)の4つの要素で成り立っています。
この4つの要素は、目的(OBJECTIVE)から順に決めていきます。
目的を満たすために自分たちに有利な目標(WHO)、戦略(WHAT)になっているか、それに基づいた戦術(HOW)になっているかを、目的・目標・戦略・戦術の順で練っていきます。
この順番ではないと、目標(WHO)に定めたターゲット消費者の数では、どう頑張っても目的(OBJECTIVE)を達成できない、なんてこともあり得るからです。
ただ、既存のサービス、商品の場合、本来なら目標の後に考えるべき戦略(WHAT)や戦術(WHO)が、ある程度の幅に限定されることもあります。
そのときは、目標と戦略の視点を行ったり来たりさせながら「相互に」決めていくこともあります。
重要なのは、この目的・WHO・WHAT・HOWの4要素に一貫性があるかです。
一貫性のあるマーケティング戦略を考え、実行し、結果を分析する。これを繰り返しながら「売れる必然を作り出す」ことこそが、マーケターの仕事です。
では、このマーケティング・フレームワークを使って、NewsPicksの学生アンバサダー「Student Picker」のお三方にマーケティング施策づくりを体験してもらいましょう。
お題は、弊社がプロデュースしているグランピング施設「ネイチャーライブ六甲」冬の集客プランの企画です。

「考えない」を決める

渡邊:皆さんご参加ありがとうございます。さっそく、考えてもらったプランを聞かせてください。
大野:では私から発表させてもらいます。私は究極の「何も考えない」宿泊プランを戦術(HOW)として、近場で旅行したい関西の府県民に、日常と非日常の良いバランスを感じられる体験を提供したいと考えました。
渡邊:ありがとうございます。まず、大野さんのプランの素晴らしいところは、4つの要素それぞれがシンプルに1行で言語化されていることです。
4つの要素を明確化するのは簡単なことではありません。あれもこれもと欲張ってしまうと、選択と集中ができなくなり、実行が難しくなる
その上で、目的を「冬シーズンの平日の稼働率を向上させる」と絞った背景には、どのような意図があったのか、教えてもらっていいですか?
大野:平日の稼働率の向上が、全体の稼働率を上げるカギだと考えたからです。
宿泊予約サイトで予約の埋まり具合を確認したところ、金土日が埋まっている一方で、月火水木の空きが目立ちました。
伸びしろのある部分に絞って底上げをすれば、効率良く稼働率をアップできると思い、このような目的を設定しました。
渡邊:素晴らしいですね。目的の明確化は、マーケティングプラン全体を考える上で、肝となる部分です。
目的が絞られると、その後の目標、戦略、戦術を決める際にも、自然と考えるべき焦点が絞られます。
その意味でも、大野さんのプランは、「平日」と絞ることで判断基準を定めた点がとてもいい。
「平日にはどんな人がより来てくれそうか、どのような価値を求めているか」という点に集中して考えることができ、休日に関しての議論をする必要がなくなるなど、選択と集中ができますしね。
次は、関口さんのプランを聞かせてください。

本能的欲求は、観察して見つける

関口:私は、日本一のグランピング施設になることを目的に掲げました。
最初に競合となる周辺アクティビティや宿泊施設を分析した結果、ファミリー層向けのアドベンチャー型学習プログラムによる、教育×食×住×景色の要素が必要だと考え、このようなプランを考えました。
渡邊:テーマを絞って日本一を目指す、良い目的設定ですね。
関口:でも、目標(WHO)を「ファミリー層」と決めてよかったのか、少し悩みました。マーケティングを行う対象が広すぎないか気になって……。
渡邊:関口さんの設定した戦略(WHAT)「子どもの知的好奇心に訴えかけるような『作って、遊んで、学んで、生かす』アドベンチャー型の学習プログラム」を欲しい人は、どんな人なのでしょうか?
関口:子どもを持つ親だと思っています。
求められる教育の形は、一方的な座学ではなく、集団で双方向的に取り組むグループワークやフィールドワークに変化しつつあると思うんですね。
その変化を敏感に捉えている教育熱心な親御さんは、自分の子どもにも、必要とされる経験を楽しみながら積んでほしいのではないでしょうか。
ただ、集客目標を親に絞ってしまうと、戦略や戦術として子ども向けの施策が選択肢から外れてしまうなと......。それで、目標は広く「ファミリー層」としました。
渡邊:目標(WHO)が「親」だと定義したのは、筋が良いと思います。目標(WHO)を選定するときに以下のような複数の視点を見てみると決める助けになります。
1️⃣ 共通のニーズがイメージできるか
2️⃣ アクションを取れるか
3️⃣ 量が十分か
4️⃣ 勝ち目があるのか
前述した目的の明確化と合わせて、このような目標の選び方は、戦略(WHAT)の根本になります。
大野:「1. ニーズのイメージ」といっても、私たちはその人ではないので、本当の意味で顧客視点に立つことは難しいように感じます。
渡邊:本当の意味で消費者視点に立てずとも、消費者の観察をすることで、消費者自身が言語化できていない本能的な欲求を理解することは、可能です。
例えば、関口さんの設定した戦略(WHAT)を求めている目標(WHO)の本能的欲求を、改めて考えてみましょう。
関口さんの言う「自分の子どもにも、必要とされる経験を楽しみながら積んでほしい」は、もう少し掘り下げることができると思います。
人に聞かれたら「子どものため」と答える人は多いと思いますが、その奥底にあるのは、自分自身にとっての感情的便益であることも少なくありません。
深掘りすると、「子育てをしているからには、良い親でありたい」など親自身の欲求が隠れていることもあります。
また、親自身の欲求も、1つではありません。
例えば、「子どもが楽しめるのが一番です」と言っている人も、真冬の寒い中で子どもの相手をし続けるのは大変ですし、少しはゆっくりしたいと思うのではないでしょうか。
こういった点は単純に人に聞くだけでなく、公園や遊園地などで実際に親の行動を観察したりする中で生まれてくるものです。
関口:ということは、戦略(WHAT)に来るべきは、その欲求に応える価値ですね。
渡邊:その通りです。関口さんが戦略として考えた「アドベンチャー型の学習プログラム」は、戦術(HOW)であって、欲求に応える価値そのものは、もう少し定義し直すことが可能です。
刀では、定性調査、定量調査に加えて、ときには脳科学を用いるなど、消費者の本能的な欲求の理解にリソースをかけます。
消費者の本能的な欲求にたどり着ければ、その後の戦略(WHAT)が定義しやすくなり、戦術(HOW)もより一貫性をもって考えやすくなるからです。
それでは最後に、西さんのプランを見てみましょう。

4つの「重なる部分」が戦略の肝

西:私は「すでにネイチャーライブ六甲が持っている価値に、何を加えるべきか」という観点からプランを考えました。
実家が北海道・十勝で「フェーリエンドルフ」というグランピングリゾートを経営していることもあり、具体的な施策をイメージして書いています。
渡邊:西さんの集客プランには、たくさんの戦略と戦術のアイデアが書いてありますね。「冬のワクワク」を戦略(WHAT)のテーマにしているのもすてきです。
ただ、もし1月に関西のメディアさんにネイチャーライブ六甲の取材に来ていただけるとしたら、具体的に何を売り込みますか?
西:うーん……全部を説明するのは難しいので、すでに取り組めていることを中心に説明するしかないですね。
渡邊戦略に重要なのは「選択と集中」です。
人やお金などのリソースが無限にある事業者はいませんし、何よりたくさんのことを同時に伝えようとすると、かえって1つも伝わらない残念な結果に終わってしまうからです。
例えば、洗濯用洗剤が、洗浄力があって、漂白効果もあって、色落ちも防げて、抗菌できて、しわも防げて……といくつも便益をうたった場合、漠然と「たくさんの便益があること」は分かっても、消費者は一つ一つの便益までは覚えられないので、伝わる情報量はかえって少なくなってしまいます。
西:とはいえ、戦略(WHAT)や戦術(HOW)の選択肢を絞るのは、難しいです。
渡邊:選択と集中のコツは、以下のような視点の重なりを見ることです。
1️⃣ 消費者が求めているか
1つ目は、消費者が求めているか否かのレンズです。数ある選択肢の中で、正しい選択や優先順位は、必ずしも1つとは限りません。
迷ったときは、まず「誰をターゲットするのか」を絞ってみましょう。
2️⃣ 競合と比較して選ばれるか
2つ目は、競合と比較するレンズです。競合はどのような状況なのか、その戦略や戦術を実行すれば、消費者に選んでもらえる立ち位置に行けるのか、など競合の動きを踏まえた選択をしましょう。
3️⃣ 社会からサポートしてもらえるか
3つ目は、社会にサポートしてもらえる方針か否かのレンズです。例えば、ESGやフードロスなどの大きなモメンタムがある中で、大量にフードが残るような方針が支持されるかどうかは、1つの判断材料になります。
4️⃣ 自社の強みや特徴が生きるか
最後は、自社の強みや特徴が、求める人に届くのか否かのレンズです。
また、関連業界や得意先などの視点も包含的に考え、すべての視点が色濃く重なるところはどこなのか。このようなことをヒントにすると、マーケティング戦略、特にWHATの選択と集中をしやすくなると思います。
大野:選択と集中……。
私の考えた戦略「日常と非日常の良いバランスを感じられる旅行」や、戦術「究極の『何も考えない』集客プラン」は、結果として1行に絞ることができました。
ただ、戦術を決めた後に戦略を言語化し直すなど、目的・WHO・WHAT・HOWの4つの要素を何度も行き来してしまいました。
渡邊:4つの要素を行き来することは問題ないです。常に注意しておくべきは「一貫性があるかどうか」です。これを心がけると、良いマーケティング戦略が作りやすいと考えています。
大野:矛盾すると、どうなるのでしょうか?
渡邊最終的には、売り上げに苦しむでしょう。
数えきれないほどある戦術(HOW)のアイデアから実行するものを選ぶ際、目が行きがちなことの一つに「実現性」があります。
たしかに実現性の有無も重要な判断基準ですが、それだけで決めるのは危険です。
例えば、一般的にグランピングと相性が良さそうなイメージがあり、世間的にも流行している「サウナ」。
Photo: Melena-Nsk /  iStock / Getty Images Plus
サウナは導入コストが比較的安く、実現性の面で言えば「やりやすい施策」です。それに、世の中はサウナブームの真っただ中です。冬は寒いから暖かい体験ができる「サウナ」を作ろう、というアイデアは比較的考えやすいかもしれません。
ただ、実現性だけに気を取られてしまうと、それまでに決めていた目標や戦略と一貫性のないプランができてしまう
例えば関口さんのマーケティングプランで考えてみると、目的である「ファミリー層向けのアドベンチャー型学習プログラムを通し、教育×食×住×景色の要素を持った日本一のグランピング施設」のために、果たしてサウナが必要でしょうか。
目標である「親」の本能的欲求の延長線上に、サウナはあるのでしょうか。
矛盾を無視してアイデアの実現性だけで決めてしまい、目標(WHO)に一貫した戦略(WHAT)を届けられず、最終的に売り上げに苦しむという例は少なくありません。
大野:正解があるというよりも、戦術(HOW)以外の3つの要素と一貫性を見ながら絞ることが大事なんですね。
渡邊:はい。ネイチャーライブ六甲でも、この4要素の一貫性、今後どのように進化していくのか、常にその焦点を議論しています。
今回、皆さんの個性あふれる集客プランを見て、改めて「アイデアは無限にある」と気付かされました。
「無数にある選択肢の中で、何を考えるべきで、何を考えないべきなのか」
マーケティング戦略を考える上で必要なのは、リソースの選択と集中を可能にするために「考えないことを決める」、これを判断する力だと考えます。