2024/1/24

最高のユーザー体験は、なぜ「人間研究」から生まれるのか

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
プロダクト開発において重要なのが「ユーザー体験」の設計だ。生成AIの台頭や価値観の多様化も加速するなか、私たちはプロダクトやサービスの使用者である「人間」をどのように捉え、プロダクト開発に反映すればいいのか。
そんななか、「最高のユーザー体験は人間研究から生まれる」と語るのは、ファイナルファンタジーシリーズに携わってきたゲームAI開発者であり、東京大学生産技術研究所 特任教授の三宅陽一郎氏だ。
AI時代に求められるユーザー体験設計のヒントを求め、「MDM(モバイルデバイス管理)」サービスの開発などを通じて人とテクノロジーの関係性を探求するインヴェンティットCEO 鈴木敦仁氏が、三宅氏のもとを訪ねた。
INDEX
  • 生成AI時代に求められる「人間研究」
  • ユーザー体験の深みは「協調の循環」で決まる
  • 人の「無意識」にどう潜り込むか
  • BtoBプロダクトにも「エンタメ性」を

生成AI時代に求められる「人間研究」

鈴木 私たちは「デバイスを通じて人を見守る」をミッションに掲げ、人とテクノロジーのより良い関係性を探索してきました。
現在は文教市場No.1(※)のモバイルデバイス管理サービスをはじめBtoBプロダクトを中心に開発していますが、AIの活用法についてまだ明確な解を持っているわけではありません。
※文教市場No.1シェアの出典:テクノ・システム・リサーチ「2019~2020年版エンドポイント管理市場のマーケティング分析」より
今日はゲームとAIという最先端のエンターテインメントとテクノロジーが交差する世界を探求してきた三宅さんに、生成AIから人間探求までプロダクト開発におけるヒントをさまざまな角度から伺いたいと考えています。
まず近年の著しい生成AIの進化がサービス開発にもたらす影響について、三宅さんはどのようにご覧になっているのでしょうか。
1968年東京都生まれ。大学卒業後、小売・ゲーム・IT業界にて、営業・管理・経営企画・事業企画業務を経験。2011年にインヴェンティットに参画し、CFO、COOを経て16年に代表取締役社長CEOに就任。
三宅 そうですね。生成AIという技術革新は、私たちに「本当のクリエイティブとは何か」を喉元に突き付けてきた感覚があります。
これはかつて写真が誕生したときに、「写実絵画(見たままをそのまま忠実に描くことを基本にした絵画作品)とは何か?」「絵ではなく写真でいいのでは」という議論が起きた現象と似ています。
写真という新しい技術の登場は、これまで芸術的表現とされていた写実絵画の存在を危うくし、芸術家に「芸術とは何か」という問いを突き付けた。これと同じことが、生成AIの進化でも起きています。
ゲームAI開発者。工学博士。東京大学特任教授・立教大学特任教授・九州大学客員教授。京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程を経て、2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会(チェア)、日本デジタルゲーム学会理事、人工知能学会編集委員会副委員長。
鈴木 生成AIの登場により、人間の独創性や創造性を捉え直す必要性が出てきたわけですね。
三宅 ええ。ただ一つ言えることは、現時点ではまだ生成AIが「新しい表現方法」を生み出すことは難しいだろうということです。
たとえばピカソが「キュビズム」という手法を生み出したように、絵画のデータを学習し続けることで、何か新たな表現をAIが生み出せるのか。それは恐らく難しいでしょう。
20世紀初め、ピカソとブラックというパリにいた二人の画家によって創り出された新たな美術表現の試みであるキュビズム。視点を1つに限定せず、さまざまな角度から見た対象物の形状を再構築する芸術表現は、視覚表現の新たな可能性を開き、芸術家たちに大きな衝撃を与えた。
なぜなら生成AIは過去の絵画のデータから、ピカソの絵を模倣することはできますが、そこから何か新たな表現技法を生み出せるわけではありません。
そのため同じ領域だけでなく、さまざまな分野を統合して本当のクリエイティビティを発揮させるために何が必要か。これが生成AIにおいては次の課題でしょう。
そして開発者にとっても、この差のギャップを埋める人間への深い理解が必要になる。これからの時代は「人間研究」の重要性がますます高まり、それがユーザー体験に深みをもたらすカギにもなるはずです。

ユーザー体験の深みは「協調の循環」で決まる

鈴木 三宅さんは「ゲーム開発は人間研究そのものである」とも以前からお話しされていますよね。つまりユーザーを深く考察することが、新しい体験創出にもつながるはずだと。
たとえば私たちはBtoBのプロダクトを提供していますが、機能や価格訴求だけでは、ますますユーザーの心は動かなくなっている。人間という媒介があってはじめて、人(ユーザー)の心が動かされ、意思決定が行われる感覚があります。
そう考えたとき、私たちはユーザーである人間をどのように捉え、サービス開発に反映させればいいのでしょうか。
三宅 まず人間を完璧に理解することは到底難しい、という前提に立つ必要はあるでしょう。たとえばテニスのダブルスで息ぴったりなプレイヤー同士が人間的に理解し合っているかと言えば、そうではないはずです。
しかし、人間について「つながり」のなかであれば多少なりとも理解を深めることができる。そこから一つ言えるのは、「人間は自分を理解してくれる人」が好きだということです。
たとえばRPGの戦闘のなかで、自分が倒したかったモンスターを譲ってくれたり、危ないときに救ってくれたりなど、それだけで人は人にポジティブな感情を持つはずです。
鈴木 ユーザーを完璧に理解することは難しいという前提にまず立つ。そのうえで、ユーザーに寄り添い、「自分が理解されている」と思えるような体験を生み出すことが大切だということですね。
三宅 そうですね。私は自分と他人が相互に理解し合い、行動を起こす現象を「協調の循環」と呼んでいます。
この協調の循環をいかに生み出すか、がユーザー体験においても重要だと思います。
ゲーム開発ではたとえば、AIキャラクター(AIで駆動するキャラクター)と共に「2人同時に攻撃したらダメージが2倍になる」など協調行動をする仕掛けを施すことがあります。
それによって、ユーザーに「このAIキャラクターとプレイすると楽しい」という気持ちをもたらすように設計します。またAIもこれにより、プレイヤー(ユーザー)について学習し、理解を深めます。
鈴木 人同士だけでなく、人とAIの間でも「協調の循環」は生み出されているということでしょうか。
三宅 おっしゃる通りです。自分の反応が相手に影響を与え、相手の反応が自分に影響を与えて相互に作用し、一つの循環を形成するというのは人もAIも同じです。
AIにとって人間を理解するとは、相手を正確にシミュレーションすること。AIは多くのユーザーデータを学習することで自己の中に他者モデルを形成し、シミュレーションの精度を高めていきます。
機械学習させたり、行動分類をしたり、予測と実際の差異を測ってフィードバックを繰り返したりすることで、次第にAIが人に寄り添うようになります。AIによる人の理解よりも、AIと人の協調行動による両者のやりとりがお互いを結びつけます。

人の「無意識」にどう潜り込むか

鈴木 なるほど。サービス開発においても、人とAIの相互作用を生み出すことで、協調の循環を実現することができそうですね。
そう考えると、データやAIの重要性を改めて感じます。行動履歴などからユーザーを理解し、それをAIでシミュレーションする。
ただ一方で、それだけで十分にユーザー理解ができるかというと、そうではない気もしていて。
表層的なデータを集めて、AIでシミュレーションできたとしてもそこには限界もある気がします。人間の表層的な行動から得られない情報まで捉えることができないと、ユーザーにとって本当の意味で深い体験は提供できないのではないかと。
三宅 わかります。人間の「無意識」にどれだけ潜り込めるか、AIの一つの課題でもあります。
結局、綺麗な設計よりも、少し違和感があるくらいの方が感情は動かされるものです。たとえば「変な呪文を唱えていた」「挙動がおかしかった」など、「あれ?」という引っかかりがある方がユーザーの記憶に残るんです。
その違和感は現状AIが生み出せるかといえばまだそこは得意ではない。だから人間の無意識にAIが潜り込み、それをどれだけ再現できるかも問われています。
人間は体の動きや声、表情などから無意識に情報を読み取り、他者を解釈しています。言葉より、むしろ非言語情報に頼っている部分が大きい。現状、人間とAIは言葉だけでやりとりをしていますが、人間同士でさえ言葉だけでは情報量が足りません。
AIと人間の相互作用を深めるためには、もっとマルチチャネルでつながるべきです。たとえば、ゲームやデジタルサイネージの場合はAIがバーチャルの身体を持つことができます。
キャラクターの挙動や声色といった非言語情報を含めたコミュニケーションを通して、人の無意識にどうやって入り込んでいくか。これはデジタルゲームでは長年追求してきたことですが、今後はあらゆるプロダクトにもその次元が求められていくと思います。

BtoBプロダクトにも「エンタメ性」を

鈴木 プロダクト開発において、言葉や行動履歴などの表面的なところからユーザーのニーズをくみ取ろうとするケースは多いのですが、人間の無意識をいかに捉えるかというのは当社のプロダクト開発においてもぜひ取り入れたい視点です。
たしかに人間が普段無意識下で行っている癖や習慣を注意深く観察し、それに寄り添い再現することが協調の循環を生み出すことにもつながりそうです。
一般的に、BtoBのプロダクト開発では機能や価格が重視されがちです。しかし、私はBtoBであっても、もっとエンタメ性やユーザー体験を重視する必要があると考えています。
人は感情で動くので、体験がつまらなければ使ってもらえない。操作性が心地良い、楽しめる要素があるなど、ユーザーの気持ちをつかむ工夫が必要です。
今日の三宅さんのお話も踏まえて、私たちもユーザーに対する洞察力を高め、協調の循環が生まれるような仕組みを作っていきたいと思います。
三宅 機能性で勝負するBtoBの世界ではユーザー体験は隅に追いやられがちですよね。
鈴木さんご自身がゲーム業界出身ということもあり、ユーザー体験を重視したサービス開発に取り組まれていることが十分に伝わってきました。インヴェンティットから今後どんなプロダクトが生まれていくのか、とても楽しみにしています。
鈴木 ありがとうございます。これまでIT業界は基本的に仕様書に沿ってつくることがすべてで、クリエイティビティはあまり求められていませんでした。しかし、私たちはそうした考え方を変え、クリエイティビティを追求していく存在になりたい。
今後もユーザーと社会にとって、本当に心地良い体験の創出を目指していければと思います。