2024/1/31

【理論編】日常の「役割」から離れる自分時間、リトリート

Newspicks+d 編集 (Editor/journalist)
人は何かの“役割”の中で日々生きています。でも、その役割に縛られて心身ともに限界を感じることはないでしょうか? そうした肩書や役割から解放される時間、リトリートが今注目されています。国内外で数々のリトリートを経験し、またリトリートツアーを主催してきたSYSTEMIC CHANGE代表の東嗣了さんにお話を伺いました。
INDEX
  • 自分の感情を言語化できないビジネスパーソン
  • 日常の重荷をいったん下ろす、休息タイム
  • 近場から、心地よい場所から始めるリトリート
  • お気に入りのノートを持って出かけよう

自分の感情を言語化できないビジネスパーソン

(イメージ写真:Everste / gettyimages)
「リトリートは、ただ癒やしの時間ということだけでなく、本質的な自分自身とつながる時間。人は、『部長』『母親』『新入社員』『学生』など日々の生活の中では様々な役割や責任を持っています。しかし、そこからいったん離れ、どんな役割でもない何者でもない自分自身をもう一度感じ取ること、それがリトリートの大きな意味合いなのだと思います」
長年、多くの企業や組織の研修やコーチング、組織改革プロジェクトなどに携わってきたSYSTEMIC CHANGE代表の東嗣了さんは、リトリートについてこう説明します。実際に国内外のリトリートプログラムに何度も参加し、そして自身もリトリートプログラムを主催してきました。
東 嗣了さん(あずま・ひであき)
SYSTEMIC CHANGE代表取締役、一般社団法人バイオミミクリー・ジャパン代表理事。400社、3万人以上を対象に、各種研修・ワークショップ・コーチングを実施。システムコーチング®を活用した組織変革プロジェクト、内省型のリーダーシップ研修などを行う。日本におけるサステナビリティ変革やリーダー育成に情熱を注ぐ。
「多くのビジネスパーソンに会うと、目の前の事柄や情報に支配され、頭がフル回転していて、心にフォーカスしづらい人がたくさんいると感じます。思考と感情が分断されている状態です。例えば、研修などの中で『今、どういう思いですか?』と伺っても、『感情論よりもやるべきことを先にしましょう』という人が多くいます。
いつの間にか本来の自分よりも『役割の自分』を演じているのでしょうが、その本来の自分に戻る瞬間が飲み会の席だったりする人もいますよね。しかし、そういう場だけでは健康的とは言いづらいです。
体が悲鳴をあげてから気づくのでは遅い。体の声を早めに聞いてあげることが、ビジネスパーソンにはとても大事です。今は、会社のためというより自分自身がどうありたいかを考えて生きていけることが、最終的には社会で活躍できる存在になることにつながっていく時代です。
どんなことがやりたいのか、やりたくないのか、という心の声を聞いてあげることが必要です」
(イメージ写真:kokoroyuki / gettyimages)

日常の重荷をいったん下ろす、休息タイム

リトリートとは、英語で「Retreat」。「治療」「退避」などの意味も持つ言葉です。
海外のビジネスリーダーなど多忙な人たちこそ、あえてそうした自分と向き合う時間を定期的にとることで、改めて自分の向かう方向を見つめ直すことにもつながっている様子。
「今、ここにいる瞬間」に気持ちを向ける「マインドフルネス」も、そうした流れの一つではあります。デジタルを遮断する時間を持つ「デジタルデトックス」(過去記事参照リンク)も、リトリートの一つの手段だと言えるでしょう。
(イメージ写真:Oleksandra Troian / gettyimages)
こうした時間が必要なのは、やはり私たちの日々が急速な変化と情報の渦の中にあり、日々それに適応しようと、意識的に、そして無意識的に動き続けているからでしょう。あえて「静」の時間を用意するのが、リトリートでもあります。
「自分が水の入ったコップだとしたら、一度そのコップを空にして、新たな水を注ぎなおし、栄養を与えるようなイメージに近いでしょう。
自分は元気だと思っていても、無意識に疲れをためているかもしれません。自分の体や心を感じ取り、栄養をとり、自分自身を再生する(regenerate)時間。リトリートに、決まりはないのでもちろん癒やされにいくだけでもOK。しかし、そこからさらに再生する方向に向かえたらなおいいですよね」

近場から、心地よい場所から始めるリトリート

リトリートには、特にルールがあるわけではありません。してはいけないことや、すべきことがあるわけではありませんが、自分の心や体の状態と向き合える環境が重要です。
これまで東さんが参加したリトリートプログラムも多様だったそうです。アメリカでネイティブアメリカンの様々な文化に浸りながら、森の中を歩いたり太鼓を聞いたりして儀式に参加したこともあれば、ニュージーランドではグループで山中のコテージに滞在し、自然の中を散策しながら自分の中の問いを考えたり、人生を絵に描いたり、参加者同士で対話をする経験もしました。
しかし、プログラムに参加しなくてもリトリートは十分可能だと東さんは話します。
(イメージ写真:Hakase_ / gettyimages)
「私は、国内外のリトリートプログラムなどに参加する以外にも、年に1、2度自然の中にあるコテージなどを借りて、一人になる時間を取るようにしています。釣りが好きなので、年に1度は北海道の大自然の中でリバーフィッシングをします。川に入ってずっと立って釣りをしていると、水の冷たさ、風の音、木々の香り、そういった一つ一つに意識を向けるうちに、自分の中の感度が高まると同時に、自然とのつながりを感じられる喜びがあります。わさわさした心が落ち着き、無心で竿を振っている時間が、自分自身を取り戻す時間になっています」
(イメージ写真:skibreck / gettyimages)
リトリートプログラムに参加したり、一人旅をしたりしてもいいが、無理に一人で遠くに行く必要もないと東さん話します。
「リトリート専用でなくても、近くのホテルや宿に泊まってもいいのです。自分が心地よいと感じる環境からスタートするといいですね。他の人との時間ももちろん楽しいですが、一人でも楽しめる時間を取れる場所を選ぶといいです」
宿泊する時間が取れなければ、近所の公園や河原など、近場の自然の中でスマホなどから離れた穏やかな時間を取ることからスタートしてもいいかもしれません。

お気に入りのノートを持って出かけよう

ゆっくり時間を過ごすのもいいが、リトリート中のおすすめは「ジャーナリング」だといいます。ジャーナリングとは、とにかく自分の思いや感じていることなどを書き出すこと。
「まっさらなお気に入りのノートを一冊持っていくといいですね。今起こっていること、感じていること、思い浮かんだこと、目に入るもの、気になること……なんでも書き留めておきます。悩みやモヤモヤしていること、怒りや嫌だと思う気持ちも書いてもいい。とにかく書き出しておくことで、気持ちに気づいたり、整理できることもあるでしょう」
(イメージ写真:Andrei Metelev / gettyimages)
そうして自分の気持ちや思いなど、普段ゆっくり向き合うことのない自分の中のニーズに気づく感度が高まっていくと、周りにも意識が向けられるようになっていくそう。周囲の人だけでなく、四季の変化や生き物の生命の力など、アンテナがきっと広がっていくでしょう。
「何者でもない自分」につながる時間=リトリートを試してみませんか。