2024/1/9

バブル期の繁栄のあぐらがツケに 辰年は「もの言う株主を重視する元年」に

フリーランス 編集者・ライター
「2024年大予測 経営者が抑えるべき経済トレンドは」。NewsPicks +dとNTTコミュニケーションズが共催するオンラインセミナーが2023年末、開催されました。

講演ゲストには元ネスレ日本代表取締役社長兼CEOで、ケイ アンド カンパニー株式会社代表取締役社長の高岡浩三さんと、元日本経済新聞記者で、経済ジャーナリストの後藤達也さんの2人が登壇。

2024年の景況予測や日本のトップ経営者が取り組むべき課題などヒントいっぱいの講演内容を前編・後編で配信します。

前編には高岡浩三さんが登場。辰年の2024年は「もの言う株主を重視する元年」と強調します。
INDEX
  • 2024年以降、失われた40年に向かう日本
  • 日本はバブル期の繁栄にあぐらをかいたのが原因で、「衰退を招いた」
  • 労働人口減少という現実に改革を起こすのがプロ経営者の役割
  • 2024年、経営トップが取り組むべき課題3つはこれだ

2024年以降、失われた40年に向かう日本

日本が抱える大きな課題の一つが少子高齢化と人口減。高岡さんがネスレ日本の代表取締役社長兼CEOに就任した2010年、「高齢化と人口減少により縮小しつつある先進国市場における持続的な利益成長モデルを確立する」ことをスイス本社での社長演説で掲げたと振り返ります。
高岡「当時のネスレ日本の売り上げと利益はすでに下がっていました。外資系企業ですから海外進出もできず、縮小する国内マーケットで利益成長をさせていかなければなりません。高齢化していて、しかも人口が減少している先進国は日本以外になく、他国が将来直面するであろう課題を先取りしている日本は大事なマーケットとみなされていました」
オンラインイベントで日本経済に課題を解説する高岡浩三さん
10年間の社長の期間でネスレのチョコレート菓子「キットカット」を活用した「キットカット」受験生応援キャンペーンや「ネスカフェ」の新規ビジネスモデルを構築し、超高収益企業の土台を築いてきました。
そんな高岡さんの目に、現在の景況感はどう映っているのか。「少し良くなっている実感は皆さんあると思いますが」とした上で、「経営者としてそう捉えていいのだろうか」と疑問を呈します。
高岡「経産省のデータによると、日本の上場企業の8%が赤字で、約80%が利益率1桁。一方、アメリカの上場企業の約70%は利益率2桁です。この差はヤバいですよね。要するに、日本企業は圧倒的に稼げていないのです」
オンラインイベントで投影したスライド(高岡浩三さん提供)
主要国の平均年収が上がっていく中、日本だけ横ばいが続く。こんな状況になったことを「当たり前」だと高岡さんは続けます。
高岡「日本が給料が安くて貧乏な国であることは、15年前からわかっていました。ネスレにいた頃、本社のスイスで外国人役員から『これだけ給料が安いのになぜ日本では暴動が起こらないんだ』とよく言われたものです」
オンラインイベントで投影され1990〜2020年までの主要国平均賃金の推移(高岡浩三さん提供)
日本のバブル崩壊は1991〜93年。1983年にネスレ日本へ入社した高岡さんは、「自分のキャリアは失われた30年のど真ん中にあった」と語り、現状に警鐘を鳴らします。
高岡「バブル崩壊から30年が過ぎ、『失われた30年』が終わったかのようですが、僕からすると2024年以降の日本は『失われた40年』に向かっているように見えます」

日本はバブル期の繁栄にあぐらをかいたのが原因で、「衰退を招いた」

高度経済成長により世界第2位の大国にのし上がりながら、その後の30年間で日本はなぜ低迷してしまったのか──
高岡さんはその答えを「日本株式会社モデルの功罪」と説明します。
高岡「戦後にアメリカから資本主義を導入し、会社を立ち上げる際に資金が必要でした。世界史をみれば外資が入るのが一般的ですが、日本政府は外資に頼るのではなく、日本だけで成長することを考えた。とはいえ日本に投資家はいませんでしたから、結果として銀行が投資家の役割を果たしました。これが日本のメインバンクの起源です」
一方、戦後からの50年間で人口は5000万人増加。今とは真逆の「作ったら売れる」状況が生まれます。
高岡「さらに当時の日本の労働力は世界一安く、労働者は真面目で土日も働くほど勤勉でした。日本は1945年の敗戦当時から労働人口のほとんどが読み書き可能という稀有(けう)な国であり、それが日本の発展の大きな礎の一つにもなっています。有名な経営者はたくさんいますが、実は労働者がすごかったのが戦後の日本なのです」
オンラインイベントで講演する高岡浩三さん(左)
良いものを低コストで作り、それを国内外で売る。イノベーションは不要であり、言い換えれば「誰が社長でも成立する時代が何十年も続いた」ということ。
その結果、「特定の人が長く社長を務めるのは不公平であるという考えが生まれ、社長に任期が設けられるようになった」と高岡さん。
高岡「これは世界に例がないことです。本来、社長を含めた取締役は株主総会で決まるものであり、業績が悪ければ社長はクビになるのが当たり前。ところが日本では株式の半分以上をメインバンクが持っていたから、株主総会は不要だったのです。ゆえに日本企業のガバナンスは成長せず、プロの経営者も育ちませんでした」
こうして戦後の復興を支えた日本株式会社モデルは負の遺産に転じ、「失われた30年から脱却できない要因となってしまった」と高岡さんは指摘します。
高岡「日本企業は売上至上主義である一方、稼ぐことに対する執着は弱い。だから利益率が低く、さらに社長の任期が決められていて、その期間が短いから大きな変革ができない。失われた30年の根本的な原因は、戦後の復興とバブル期の繁栄にあぐらをかいて、海外から学ぶ謙虚さも忘れたことにあるのだと思います」
オンラインイベントで投影した「日本株式会社モデル」をまとめたスライド(高岡浩三さん提供)

労働人口減少という現実に改革を起こすのがプロ経営者の役割

高岡さんは2024年にグローバル経済が直面する課題として、まず「気候変動や地政学的リスクによる資源価格と物価の上昇」を挙げます。「資源価格は基本的に上がっていくと考えるべき」とした上で、物価高に対応した賃上げについて言及します。
高岡「労働力コストの増大は各社が向き合わなければいけない課題です。賃金を今年上げたからいいという話ではなく、来年以降もずっと上げていかなければいけない。しかも相当引き上げなければ、他の先進国にはとても追いつけません」
2023年は生成AIが大きな話題を呼びましたが、「DXや汎用性AIによる国ごとのイノベーション格差は相当広がっている」と高岡さん。そこで重要になるのが、「ホワイトカラーの生産性改革」と「ホワイトカラーからブルーカラーへのシフト」です。
オンラインイベントでグローバル経済の課題について解説する高岡浩三さん(右から2番目)
高岡「人材不足は2024年以降も直面する大問題ですが、日本は大学が増え過ぎたためにホワイトカラーが圧倒的に余っています。一方、不足しているのはブルーカラー。日本はホワイトカラーも時間給なのでわかりにくいですが、本来ブルーカラーは肉体労働者のみならず、時間給で働いている人を指します。AIの進化やDXによってこの先ますます余るであろうホワイトカラーを減らし、ブルーカラーを増やす方向へのシフトが求められるでしょう」
実際に高岡さんはネスレ日本社長就任時、ホワイトカラーを減らすために定期採用をやめ、10年間で500人以上の正社員を減らしたと言います。
高岡「社内は『人が足りない』と大反対でしたが、ふたを開けてみれば少ない人数でも結局やっていけました。新卒を採らなければ社内の年齢層が上がるのではと言われますが、そもそも国の年齢構成が逆三角形になろうとしているのに、会社の年齢構成が正三角形なんてありえないんですよ」
高齢化社会で労働人口が減るという現実に対して、人事計画そのものの舵を大きく切る。そうやって「イノベーションを起こすのがプロの経営者の役割」だと続けます。
高岡「高齢化社会において、年金生活者が経済的困窮に陥ることが予測されます。終身雇用がなくなれば退職金がもらえなくなり、もらえる年金額はこれからもっと減っていく。だからこそ企業はこの先、新卒採用のように定年退職者を取り込んでいかなければならないと思っています」

2024年、経営トップが取り組むべき課題3つはこれだ

2024年の日本の経済界が取り組むべき重点課題の一つとして、高岡さんはサービス産業を挙げます。
高岡「サービス産業は労働人口の70%を占める重要な産業ですが、プロ経営者やマーケティングが手薄であり、プライシングに大きな課題を抱えています。例えばアメリカのプロ野球のチケットは、大谷翔平選手が出る試合は5万円、そうでない試合は5000円など、価格の変動性があるのが一般的。片や日本は一律にそろえる傾向があります」
「そもそも日本はすべての物が安すぎる」と高岡さん。
高岡「特に今は円安ですから、インバウンドで来た外国人にとってあらゆる価格が自国の半額程度だと思います。例えば英語や中国語のメニューを用意し、日本語メニューの倍の価格に設定したっていい。外国ではよくあることですから、文句も出ません。経営者が稼ぐことをしっかり考え、マーケティングを取り入れて利益率を改善する。この点でサービス産業は遅れていると思います」
そして最後に、株主総会によるガバナンス改革と売上至上主義からの脱却の必要性を訴えました。
高岡「日本企業に、もの言う社外取締役はほとんどいません。本来であれば、社外取締役は株主の代表として独立性を持ち、稼げない経営陣に対して『ポジションを降りるべきである』と言えるガバナンスが必要です」
戦後生まれた日本株式会社モデルにより発展が遅れたガバナンス。外国の投資家が増えつつある今、「変わっていかざるを得ない」と高岡さんは指摘します。
高岡「外国の投資家が日本のガバナンスを理解し始めれば、日本の株主総会も変わっていかざるを得ないでしょう。もの言う株主を遠ざけていては、日本はますます世界から取り残され、競争力を失うばかりです。2024年は『もの言う株主を重視する元年』にしなければと強く思います」