2023/12/15

【学び】XR、メタバース…その先は? IMAGICA EEX代表に聞く、エンタメテックの未来

NewsPicks / Brand Design Division
 エンターテインメントは、テクノロジーの実験場だ。
 XR、メタバース、AI――我々の生活にもインパクトを与える先端技術の多くは、まずはじめにエンタメを通じて届けられる。エンタメテックを知ることは、これからの社会のありようを考えることにつながる。
「映像のイマジカ」で知られてきたIMAGICA GROUPもまた、エンタメテックを軸に、いまや社会のあらゆるフィールドへと事業を広げている。同グループにおいて、先端技術をフル活用した知覚体験の提供を目指すのが、2020年に設立されたIMAGICA EEXである。
 同社代表・諸石治之に、エンタメテックの潮流と未来について聞いた。

空間が「変容」した2010年代

 ここ10年のエンタメテックを振り返るなら、まず起点となるのは、2012年に開催された東京駅丸の内駅舎保存・復原 完成記念イベント「TOKYO STATION VISION」である。
 東京駅の駅舎前方全面にプロジェクションした映像は大きな話題を呼び、ニュース報道もされることで、「プロジェクションマッピング」という単語を、一躍世間に知らしめた。
「TOKYO STATION VISION」©East Japan Railway Company / NHK Enterprises
 このプロジェクトは、諸石がNHKエンタープライズ在籍時に手がけたものだ。
「2000年代、4Kや8Kなどの高精細技術や、プロジェクターやLEDといった表示装置が飛躍的に進化します。ただ、ここ日本では、それを活かしたコンテンツの多くがテレビや映画などフレームの中にとどまっていました。
 一方、海外ではパリのエッフェル塔やスペインのサグラダ・ファミリアに映像をプロジェクションする試みがされるなど、映像表現がディスプレイやスクリーンの枠を越えていく、という流れが生まれていました。私自身もようやくそのスタート地点に立てたと思えたのが、あの東京駅のプロジェクトでした」
 周知のとおり、プロジェクションマッピングはその後さまざまな場面で活用されることになる。いまや空間演出の代表的な表現として、観光産業も巻き込み、アイコニックな場所で開催、新しい時代の映像産業の顔となっている。
 いまでこそ誰もが手元のスマホで当たり前のように映像コンテンツを鑑賞するが、かつて人間の表現は場所やロケーション、すなわち空間と密接に結びついているものでもあった。
 プロジェクションマッピングもまた、場所の持つ表現の可能性を引き出す。その最大の効果は「空間の変容」である、と諸石は指摘する。
「その昔、まだテレビが普及していない時代、力道山(日本にプロレスを根づかせた第一人者)の試合を見るために、大勢の人々が街頭テレビの前に集まったと言われていますよね。その場所には、テレビ画面の中にとどまらない祝祭のような空間が発生していたと思うんです。
 それと同じようなことが、映像技術の進化によって可能になりました。さらに史跡などでは、プロジェクションマッピングによって場所や建物に宿る物語を可視化し、エンターテインメントとして再構築するプロジェクトなども出てきています」

空間が「拡張」したコロナ禍

 2018年には、IMAGICA GROUPが立ち上げた未来志向型のライブエンターテインメントを切り拓くプロジェクト「VISIONS」を諸石は手がけている。この時期、エンタメテックは、「空間の変容」から、さらに「空間の拡張」へと進化していったという。
 カギとなるのは、リアルとバーチャルを横断するデジタルテクノロジーだ。
「デジタルテクノロジーは、3つの点で、エンタメにおけるリアルとバーチャルの体験を変えました。
 1つ目は、プロジェクションマッピングのような映像技術の進化が、リアル空間を変容させることでした。 2つ目は、メタバースやデジタルツインなど、ユーザーが体験するフィールドがバーチャル空間へと広がり、リアルとバーチャルの共生が生まれました。
 そして、3つ目として挙げたいのが、5Gなどに代表される大容量・低遅延といった通信技術の高度化や、現実空間と仮想空間が交錯するXR技術のようなリアルとバーチャルの融合です。
 この3つ目が可能とするのは、『空間の拡張』であると私は考えます」
 例えば、諸石が「VISIONS」で手がけたLDHのライブビューイング「VISIONS SUPER LIVE VIEWING supported by LDH」(2019年、東京国際フォーラム)を見てみよう。
「VISIONS SUPER LIVE VIEWING supported by LDH」
 ここでは、ライブ会場において複数の4Kカメラで撮影した映像を、継ぎ目のないパノラマ映像としてリアルタイムで合成し、離れた会場の12K大型ワイドスクリーンに伝送する。さらに、複数台のスクリーンの映像を組み合わせ、ライブ会場との照明演出も同期させることにより、離れた会場の観客にとっても、あたかも目の前でライブが行われているような圧倒的臨場感を実現した。
 つまり、「VISIONS」では、別の現実空間にライブを再構築する。これは従来のライブビューイングを超えた、新たなライブスペクタクル体験といってよい。
 こうした「空間の拡張」はコロナ禍を経てさらに加速した、と諸石は続ける。
「ただライブを配信するのではなく、『XRやデジタルツインを活用することでどのような付加価値を生むか』というのは、コロナ禍において、エンタメテックに携わる者なら誰もが挑んだ問いだったと言えます。結果、本来なら10年ぐらいかかるはずだった技術の進化が、わずか1、2年のうちに一気に果たされることとなりました」
NTTドコモ 新体感ライブ CONNECT Special Live「TWICE in Wonderland」©NTTドコモ
 諸石自身もIMAGICA GROUPの一員として、ライブエンターテインメントの新規事業や他社との共創を次々と手がけていく中、2020年7月、IMAGICA EEXが誕生する。コロナ禍まっただなかでの設立であった。
「まだ先行きも見えず、社会の空気、人の気持ちも鉛色の雲の下にある状況でしたから、何とか未来への光を生み出したかったんです。
 IMAGICA GROUPの強みである映像、さらにクリエイティブとテクノロジーの力を結集させ、新たなエンターテインメントが作り出せるのではないか。加えて、グループ内にとどまらず、多くのクリエイターやいろいろな業界のパートナーとも共創していきたい。先端技術のプロトタイピングや実証実験を重ね、それを社会実装へとつなげていくようなことがやれないか。
 そういった想いのもと、新会社としてIMAGICA EEXを立ち上げたんです」

パリコレで「体験」を拡張

 今後、さらにエンタメテックはどう発展していくのだろうか。
 諸石が考えるのは、「体験の拡張」だ。注目しているのは「環世界」というキーワードだという。
 ドイツの生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱したこの概念は、「すべての生物は、自身の独自な知覚によってのみ世界を捉えている」ということを説く。 裏を返せば、私たちが普段、知覚している外側にも世界は広がっている。
 こうした、人間の知覚や認知そのものにアプローチする動きがすでに出てきているという。
 昨今、IMAGICA EEXが挑んだ、光を当てることで素材の色が変化する演出もその一つだ。ファッションブランド・ANREALAGEが出展したパリコレ2024S/Sのためのもので、NTT、ANREALAGEとともに共同開発した。
©ANREALAGE SPRING/SUMMER 2024 COLLECTION “INVISIBLE”
「この演出で活用されているのは、ハイパースペクトル色彩制御という技術です。この技術を使うと、さまざまな照明環境下で生地の色や柄がどう変化するかをシミュレーションし、正確に再現できるんです。
 観客は、日常の知覚を超えたところで起こる変化を目の当たりにして、かなり驚かれたと思います」
 IMAGICA EEXがこのようなプロジェクトを実現できたのは、IMAGICA GROUPが、イメージ(想像)を形や色にビジュアライズ(創造)する事業体として、高度な専門性を持つ企業を擁していたからだ。さらに、現場では通信技術を支えるNTTとも密に連携するなど、IMAGICA EEXの強みが十全に活かされた。
 大規模なプロジェクトも得意とするIMAGICA EEXだが、同時に、諸石はテクノロジーがより多彩な領域で活用されていく未来も見据えている。
「これまでは表現の世界において、エンタメもアートも学術もビジネスも縦割りで分かれていました。ですが、テクノロジーの発展がその境界を溶かして、多彩で豊かなクリエーションが活性化していくのではないでしょうか。
 IMAGICA EEXとしても、さまざまな方々とコラボレーションしていきたいと思います。『一筋の光がプリズムを通過すると、7つの色が生まれる』というニュートンの言葉があるんですが、まさに私たちもプリズムとなれたらと。誰もが、新しくて自由な、未来標準の体験を作り出すための媒介になれればと考えています」