2023/11/30

高騰する市場。東京のマンションづくりはこう変わる

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
かつて“夢のマイホーム”は、人生におけるゴールの1つだった。

しかし、そんな価値観も今や昔。家族や暮らしのあり方は多様化し、サブスクリプションやシェアリングによる“持たない暮らし”も普及しつつある。

一方で、新築マンションの価格は高騰が続く。

マイホーム以外の選択肢が広がる時代に、デベロッパーはどのように顧客と向き合い、物件を提案しているのか?

マンションブランド「リビオ」を手がける日鉄興和不動産 常務取締役の猪狩甲隆氏に、住まいに対する価値観の変遷とその未来について聞いた。

新築マンション市場に今何が起きているのか

──新築マンション市場には、近年どのような変化が生まれているのでしょうか。
猪狩 ご存じの通り、新築マンションの価格は上昇を続けています。
 主な要因は、物価高騰により工事費が上がっていること、都市開発によってマンションに適した土地が減っていることにあります。
 特に首都圏では、新築マンションの供給戸数が減り続けています。2000年には9万戸以上あった供給戸数は、2022年は3万戸を割り込みました。
 それゆえ、大規模マンションや高価格帯のものなど、際立った特徴を持つ物件が市場の中心になってきています。
──供給戸数が減っているのは、人口が減少傾向にあることも影響しているのでしょうか?
 影響はゼロではありません。ですが世帯数に着目すると、むしろ東京は増加傾向にあります。
 1世帯当たりの人員が減っていることもあり、都内の一般世帯数は2020年に700万世帯を超え、以降も年々増加。東京都の予測では、2035年にピークを迎えるとされているので、この傾向はまだしばらく続くでしょう。
 マンションは減っているが、世帯数は増えていく。需要と供給のバランスが非常にタイトなのが、現在の新築マンション市場の特徴と言えるのではないでしょうか。
──マイホームの所有がステータスの1つだった時代もありましたが、近年はシェアリングやサブスクモデルをはじめ、モノの所有についての価値観が変わりつつあります。
 そうですね。住まいの価値観の変化といえば、住宅金利が低いこともあって、近年はマンションの「住み替え」という選択肢が広がっているように思います。
 昔はマイホームに向けた“住宅すごろく”がスタンダードでした。
 最初は賃貸の社宅に住んでお金を貯めて、やがて郊外の分譲マンションを買い、最後は一戸建てに住んで“あがり”だったわけです。
 今は、最初から都心の物件を購入する若い方も増えています。それを売却して地方に移住したり二拠点生活をしたりと、選択肢が増えていますね。
──コロナ禍を経て、「どこに住むか」を考え直した人は多そうです。
 そうですね。リモートワークが可能になって、郊外へ移り住む方もいましたが、最近は「やっぱり都心が便利だな」と戻ってくる方も多いと感じています。
 ただそうなると、最初にお話しした「マンションに適した土地が減っている」という問題に返ってくるわけです。住み良い場所は既に埋まっている。
 これからは、まっさらな土地から開発を行うのではなく、建て替えや再開発などがより顕著になるだろうと考えています。

付加価値をつくり、良質な住まいに育てる

──大手デベロッパーを含むさまざまなマンションブランドが市場にあるなかで、日鉄興和不動産の「リビオ」はどのような戦略で成長してきたのでしょうか?
 リビオは、土地の価値を考え抜き、良質な物件へとじっくり育てることに注力してきたマンションブランドです。
 誰にとっても“100点満点の土地”というのはそうそう存在しません。仮にあったとしても、地価が高額であることがほとんどです。
 そこで、100点に足りない部分に、いかに付加価値を見出して、良質な住まいへと育てるかがポイントになります。
──立地以外の「付加価値」を物件から生み出すのですね。
 そうです。物件を供給する側としての固定観念を捨て、お客様の行動原理に寄り添えば、どんな場所でも何らかの価値が見出せるはずだと、私は思っています。
 実際にリビオは、不動産業界の定石にないチャレンジで潜在的なニーズを捉え、実際に販売につなげた例があります。
 この事例は、リビオが千葉県の柏エリアに新築マンションを計画したときのことです。
郊外に建つマンションといえば、3LDK以上の部屋を多く揃え、主にファミリー層が住むイメージがありますよね。
 しかしその地域は、駅から離れたところに古い戸建てが多く見られ、主な住民は高齢者の方。なかには1人暮らしの方も少なくありません。
 であれば、実は「便利な駅前に住みたいけど、もう広さはいらない」という人もいるのではないか──リサーチをもとにそうした仮説を立てた結果が「郊外の1LDK物件」だったのです。
──発想を変えた物件供給で、新たな需要を掘り起こしたのですね。
 はい。時間をかけて仮説を立て、新たな価値を見出すことで、そこが誰かにとっての“良質な住まい”へと育つ。結果、その土地を適正な価格でお客様に提供できるのです。
 こうして20年以上成長を続けてきたのが、リビオというマンションブランドだと言えるでしょう。首都圏エリアでは2018年以降、毎年1000戸超の物件を安定的に供給し続け、供給戸数ランキング6位をキープしています。
 こうした方針は今後も変わりませんが、冒頭にお話ししたように、新築マンションを巡る状況は絶えず変化しています。いかに時代に見合った付加価値をお客様に提供できるかが、今後のマンション開発の肝になると考えています。

マンションは、人生を共にするパートナー

──2021年に、リビオはリブランディングしています。これも時代に合わせた変化かと想像しますが、改めてそのコンセプトや背景について教えてください。
 20年目の節目に、これまで大切にしてきた「顧客視点」をより強化すべく、新たに「LIFE DESIGN!(ライフデザイン)」というコンセプトを掲げました。
 マンションという大きな買い物をするタイミングは、人生でそう何度もありません。当然、お客様のその後の人生に、大きなインパクトを残すでしょう。
 であれば、購入後も長きにわたり、リビオはお客様と人生を共にするパートナーであるべきです。
 しかし従来、我々を含むデベロッパーは売買契約を結び、物件を引き渡したらそこで終了とも言えるスタンスだったのではないか、と感じます。
 そうではなく、マンションを通じてお客様の人生をデザインすることにもっと責任を持ち、未来を見据えたモノづくりをしていく。
 その思いを「人生をデザインする」という言葉に込めています。
──物件の引き渡し後も“人生を共にするパートナー”であるために、具体的にどのようなことに取り組んでいるのでしょうか。
 たとえばリビオブランドの情報発信拠点である「Life Design! SALON(ライフデザイン)」で、定期的にご入居者・ご契約者向けのイベントを開いています。
 2023年9月に開催した「リビオファミリーデー」には300名を超える方々が来場され、お客様同士の交流も生まれていました。
品川港南口にある「Life Design! SALON」。入居者及び契約者を対象に、小学生を対象とした自由研究イベントや睡眠改善エクササイズ、夏のお掃除術セミナーなど、幅広いテーマでイベントを開催する(画像提供:日鉄興和不動産)
 他にも、弊社社員がマンションに伺って、現地でコミュニティづくりのお手伝いや、住まいの不満などを直接ヒアリングさせていただく入居者調査も展開しています。
 入居者の皆さまと直接顔を合わせる機会を増やせば、「Life Design!」に何が必要かに気づきやすくもなるでしょう。
 物件の引き渡しまでではなく、こうした継続的な接点をより重視していきたいと考えています。

共創によって広がる未来の暮らし

──「未来を見据えたモノづくり」としての取り組みについてお聞かせください。
 リブランディングに合わせて、社内シンクタンク「リビオライフデザイン総研」を設立しました。
 マンション事業には、土地購入や建築、検査、販売、管理など、さまざまな部門が関わりますが、そういった既存事業を行う部署とは切り離し、未来を見据えることに特化した部署という位置づけです。
 マンションとの出会いから暮らしまで、さまざまなシーンを生活者視点で研究し、よりよい暮らしを提案することを目的としています。
 たとえば近日発表予定のレポート「LIVIO AGENDA」は、テクノロジーの進化と、それに伴う新時代の価値観の観点から、2030年の暮らしを調査研究し、未来の不動産業のあり方を探っています。
 また、未来の顧客層としてZ世代の研究や、単身世帯に特化した研究を進める「+ONE LIFE LAB」、リモートワークに対応する新しい住まいのソリューション「Remotas(リモタス)」など、取り組みは多岐にわたります。
 リビオライフデザイン総研は、今この瞬間すぐに役立つことにこだわっていません。社内のシンクタンクとして、これからの時代に主役となるテクノロジーや価値観に向き合う未来志向の研究機関です。
──未来を見据えたモノづくりを志すなかで、商品開発や住まいづくりに向けたアプローチに、変化はありますか?
  これまでは社内でゼロから立ち上げることが多かったのですが、近年は「共創」という形で、想いを共にする企業と新しい暮らしの模索にも注力するようになりました。
 その1つが、共創型プロジェクト「Co-Creation BASE(略称:コクリバ)」です。さまざまなアイデアを具現化する実証実験の場として、弊社のマンションを提供する取り組みを進めています。
 たとえば2018年にスタートした「Plus Kitchen PROJECT」では、雑誌『オレンジページ』と共同で、本当に使いやすいキッチンの開発に取り組んでいます。
モニター組織「オレンジページメンバーズ」とのワークショップの様子。実物大のパネルを使い、理想のキッチンレイアウトを考案した(画像提供:日鉄興和不動産)
 また、マンション向けMaaSやロボットを活用した荷物配送サービスといった企業合同での実証実験など、先端テクノロジーを住まいに取り入れる試みにも積極的に取り組んでいます。
──先ほどの“住まいの付加価値”につながる取り組みですね。正直なところ、不動産の売り手市場が続く今、こうした投資をされているのは意外でした。
 少子高齢化社会で、この先マンションを買う人が減っていくなか、 20年後、30年後も市場に通用するマンションでなければならない。常にそうした危機感を抱いています。
 マンションブランドとしては後発ですが、一定の供給数があり、事業としての実力がついてきたからこそ、リビオが“これからのマンション”に最も適応したブランドになれるはずです。
 リビオライフデザイン総研をはじめ、未来の暮らしに価値あることに何でも取り組んでいく。この柔軟性に、リビオの独自性が宿っていると考えています。

時代の“うねり”を捉えた住まいづくりを

──マイホーム以外の選択肢が広がる今、購入する側も、より柔軟に住まいを考える時代のように思います。
 そうですね。都心はまだまだマンション需要があるものの、新たに建てられる土地は限られる。建て替えやリノベーションなど、今あるものの活用がますます重要になるでしょう。
 郊外のファミリー向けの供給も増やしたい思いがあるのですが、工事費が1.5〜2倍に上がると、なかなか“適正価格”での供給をやりきれない現状があります。
 私たち日鉄興和不動産も、分譲に限らず、良質で手の届く新しい形の賃貸マンションの提供を視野に入れねばならないかもしれません。
 いずれにせよ、これまでのマイホームに求められていた「安心・安全」は当然兼ね備えていく。その上で、時代の“うねり”を捉えた住まいづくりに取り組むことに変わりはありません。
 今お住まいの方々との接点を保ちながら、未来の暮らしも追求する。マンションを通じて現在と未来をつなげることで、「リビオ」というブランドのファンを増やしていけたらと思います。