2023/11/15
足りないパーツは明確。いまスタートアップ・エコシステムに必要なもの
NewsPicks / Brand Design Division
日本のスタートアップ・エコシステムは、この10年で確かに成長してきた。しかし、諸外国との差は広がるばかり。なぜか。
そんな問いを巡りながら、日本ならではの希望と勝ち筋を探る、NewsPicks主催のカンファレンス
『START UP EVERYTIME』が開催された。
カンファレンスと連動した、すべてのステークホルダーのリテラシーを上げる大型連載、題して「〝スタエコ〟の論点──日本のスタートアップ・エコシステムの論点」をお届けする。
伝統的企業が「スタートアップ」を買う意味
四半世紀にわたりベンチャーキャピタリスト(以下、VC)として活動し、国内外のコネクションを駆使した投資を手がけてきた中垣徹二郎氏。スタートアップへの投資のみならず、グローバルな視野で大企業とスタートアップの連携も支援する中垣徹二郎氏に、日本の伝統企業とスタートアップの連携について課題を聞いた。
──今年6月に刊行された『企業進化を加速する「ポリネーター」の行動原則 スタートアップ×伝統企業』(日経BP)は、スタートアップと伝統企業の連携を後押しする本です。その観点から、いまの日本のスタートアップ・エコシステムをどうご覧になりますか。
中垣 著書では、スタートアップと伝統企業の連携やオープンイノベーションについても多くのページを割きましたが、今回は私が以前から大きな課題だと感じている「M&A」を中心にお話ししましょう。
よく「日本の大企業はスタートアップを買わないからダメだ」と言われます。それを受け、「買収しやすくするための制度が必要だ」という声もあります。
ただ、私は、その意見は本質的ではないと感じています。
1996年日本アジア投資(JAIC)入社。2011年に北米の大手ベンチャーキャピタルDFJのネットワークファンドDFJ JAIC Ventures(現DNX Ventures)を設立。General Partnerを勤めたシリーズファンド3号まででファンド規模としては合計約600億円。スタートアップへの投資と共に出資者を中心とした事業会社のオープンイノベーション支援も手掛ける。これまでに担当した投資先は12社が上場し、6社が大手企業に買収された。現在、東証プライム上場企業のSHIFTはじめ4社にて社外取締役を務める。早稲田大学法学部卒業。米国のベンチャーキャピタル養成機関Kauffman Fellows Program修了。
仮に、そういった制度ができれば外資系の企業も日本のスタートアップに手を出しやすくなるわけです。
ここ数年でも「Googleに買収された」「PayPalに買収された」といったニュースが、いくつかありました。
もちろん、それ自体はすばらしいことです。ただ、日本のエコシステムを考えると「はたして、それでいいのか?」とも思うんです。
日本の伝統企業がスタートアップをM&Aし、その後、両者のビジネスがきれいに伸びていく。こうなってはじめて日本のスタートアップ・エコシステムが一段と進歩したことの証明になると思うんです。
──海外に日本のスタートアップの優れた技術や資本が流れてしまうだけだと、国内のエコシステムは発展しないと?
はい。著書にも書きましたが、GoogleやAppleは、自分たちに足りていない分野の会社を次々と買収しています。
たとえば、自社のポートフォリオにAI領域が必要だと考えた際には、まずAIに特化したスタートアップの買収から始めます。つまり、既存事業の「足し算的なM&A」だけではなく、手をつけていない分野の知と経験を外から調達するわけです。
これは、ここ数十年で国際的な競争力が相対的に落ちた日本企業にとっても、あるべき姿だと思います。しかし、いきなりやれと言っても、おそらくうまくいかないでしょう。
M&Aと、それに伴うPMI(買収・合併後の統合プロセス)は、非常に大変です。
ましてや、自社内にその領域やスタートアップカルチャーに詳しい人間がいない大企業による買収となると、組織文化から業務のリズムまで、すべてがまるで違うわけです。
アメリカでもよく起こるのが、大きな企業が、あるスタートアップを買収し、数年経ったら、スタートアップに当時のメンバーが誰も残っていないケースです。
大企業が持つ既存事業と似たビジネスであれば、スタートアップの社員がいなくなっても、ある程度、事業は回せるかもしれませんが、これから伸びていくフェーズの新領域で未完成の企業を買った場合、社員がみんなやめてしまったら、ほぼダメになってしまうでしょう。
つまり、自分たちが知らない領域のスタートアップを仲間に迎え入れるということは、「アクハイアリング(Acqui-hiring)」と呼ばれますが、プロダクトやアイデアとともに、“人を買っている”部分が大いにあるんですね。
そのため本来は、統合のプロセスで企業カルチャーの融合も含め、両者が歩み寄りうまく仲間になる必要があるんですが、「違う競技の選手と一緒にチームをつくりましょう」といった話ですから簡単ではないわけです。
オープンイノベーションにおける提携や協業と比較しても、M&Aにはもう一段上の難しさがあります。
スタートアップとの協業を進めていく上では、6月に刊行された私の本においてもスタートアップと伝統的企業の両方の性格を理解してつないでいく存在(ポリネーター)が必要だと書かせていただきましたが、ましてM&Aとその後のPMIを考えるとそういった人材がますます求められます。
また、日本でM&Aが増えない要因のひとつに「事業価値の算出法が合わない」というケースもよくあります。
すでに安定した事業であれば、EBITDAなどを用いてマルチプルで判断すれば、ある程度、妥当な評価ができます。
しかし、スタートアップの場合、現状まだ利益が出ていない(出していない)ケースもあるため、そう簡単に価値をつかめないわけです。
そういった企業を仲間に迎えるには、一緒に将来の価値向上を実現するための投資なり、努力なりをする必要があります。
これらの課題については、伝統企業サイドがもう少しスタートアップの買収に関して理解を深める必要があると思います。
アメリカを見れば、ウォルマートやP&G、ユニリーバのような伝統企業であっても、自分たちにない要素──たとえば、Eコマースやデジタル、DtoC、製品技術などを求め、積極的にM&Aを仕掛けています。
おそらく失敗も少なくないと思いますが、数多くトライを続けた結果として、いずれも“世界的トップ企業”としていまも君臨し続けているわけです。
「IPOの意味」を再考せよ
──なるほど、よく理解できました。スタートアップ側に課題はありますか。
まず、「なぜ、上場を目指すのか」と問いたいです。
たとえ小さなIPOだとしても、日本では毎年十何万社が起業されているなか、上場は「年間100社程度」しかできないわけで、それ自体は本当にすごいことです。
ただ、上場のメリットを鑑みるとどうでしょう。
知名度向上、社会的な信用の獲得……など、さまざまありますが最大のポイントは、「資金調達の手段」だと思います。
「IPO=Initial Public Offering」ですから、株を発行して、資金調達をすることをし続ける意味がある企業じゃないと、上場コストに見合ったメリットは享受できません。
しかし、IPOで資金調達がほとんどできていない上場企業もたくさんあります。さらに上場時の公募調達以降に増資ができていない会社も数多く存在しています。
これは、バリュエーション(企業価値の評価)の問題も大きく、VCへの義理でとにかく上場しなくてはとか、経営者の意向でここまで来たらとにかく上場したいとか、上場の基準が低いからできてしまうとか、いろいろな背景があると思います。
私もVCを長年やってきましたし、東証グロース市場、それ自体を否定する気はありませんが、ほとんど資金調達ができない状態でIPOしてしまうことに「矛盾を感じる」のも事実です。
しかも、その会社が数年経過しても次の増資もできず、鳴かず飛ばずになっていることも多く、それは会社にとって幸せな選択肢であったのかな、と。
一方、M&Aを考えると、よりお金のある伝統的企業と一緒になることで与信も広がるし、その後の投資資金も増える可能性が高い。資金調達という視点のメリットも、当然あるわけです。
──日本のスタートアップも、M&Aをもっと視野に入れたほうがいいと。
それもありますし、そもそもIPOについての考え方がもう少し変わってもよいかと思うんです。
VCが出資したリスクマネーは、スタートアップからすると、端的に言えば事業が成功すれば「返さなくていい」資金です。VCが株式を証券市場で売ってくれれば終わりだからです。
一方で、VCサイドからすると、イグジットをいつまでにどうしてください、という契約はできないものの最終的には全株を売らないとファンドを終わらせることができない。
その結果、よく起こってしまうのがファンド期限の2〜3年前頃から、「ここまで7年付き合ってきたけれど、残り3年はどうしましょう?」と、お互いがそわそわし始めることです。
起業家としては「このビジネスでまだまだ伸び続けます」と自信満々の方もいれば、「うーん。実際、どこまでいけるんだろう」と不安になっているケースもある。
「社員もがんばってくれたし会社もここまで来たなら、なんらかのかたちでイグジットして、“次のチャレンジ”をしたい」と思う起業家もいると思うんです。
そうしたケースでM&Aは、かなり現実的な選択肢になる。投資家としても、どうせならよいかたちで成就してもらいたい。
──たしかに日本にはイグジットの選択肢がほぼIPOしかないため、“ゾンビ化”しているスタートアップが少なくないですね……。なにか明るい材料はありますか。
実は日本の伝統的企業はキャッシュリッチな会社が多く、グローバルで一定の規模を持つビジネスの買収にチャレンジをする企業も増えています。
つまり、お金はあるし、成長のドライバーも求めている。あとは、スタートアップのM&Aと、伝統企業内の新規事業がもっと増えるとよいと思います。
そのためには、スタートアップのM&AとPMIをスムーズに進めるための人材が、世の中にもっともっと必要です。
最初は小さな存在だったスタートアップが、“メガベンチャー”と呼ばれるほど急成長を遂げ、積極的にM&Aを仕掛けていく流れもあると思います。ただ、その結果、北米におけるGAFAのように元々スタートアップだった企業が数年で国の経済を牽引するような存在になるまでには、正直まだ時間がかかるでしょう。
やはり、いまある伝統的企業に変わってほしいところです。残念ながら、このままだと10年後の日本経済は厳しい。変化を躊躇している場合ではない。急がなくては、と思いますよ。
知識や経験の格差はある。だが、大半はテクノロジーで埋められる
大手商社、VC、起業家、Google、エンジェル投資家と、さまざまな環境や立場を経験し、現在は一般社団法人スタートアップ協会・代表理事の顔も持つ砂川大氏。2018年にはスマートラウンドを創業し、スタートアップと投資家の業務効率化のためのプラットフォームを提供する。スマートラウンドとは一体どんな会社なのか? 立ち上げの背景には、日本のスタートアップ・エコシステムの課題と直結する、長い業界経験を持つ砂川氏だからこその視点があった。
──砂川さんから見た、日本のスタートアップ・エコシステムの課題から教えてください。
砂川 まず思うのは、知識のギャップですよね。たとえば、シリコンバレーでは、そのあたりにいる人々が皆、お茶を飲みながら普通にスタートアップやストックオプションの話をしている。
長い時間かけて蓄えられた知識や経験が積み重なって、それを土壌にたとえれば、もう50階層ぐらいあるイメージです。
一方で、日本はまだまだ歴史が浅く、3階層ぐらい。みんなが、まだ手探りな状況だと思うのです。
三菱商事、米国独立系VCを経て株式会社ロケーションバリューを起業し、同社をNTTドコモに売却。その後Googleマップの製品開発部長、Androidの事業統括部長を歴任。2018年に株式会社スマートラウンドを起業。一般社団法人スタートアップ協会代表理事。エンジェル投資家。
たとえば、事業計画書を見て「この先どれだけキャッシュが必要なのか。そのキャッシュをいつ調達すべきなのか。全部で100億円必要であれば、株の希薄化率を鑑みながら、最初は5000万円、次は2億円、その次は20億円、さらに50億円──」と資本政策を組んでいきます。
途中で「これはバランスが悪い。思っていたように成長しないな」と気がつけば、計画を組み直す。本来はこういったプロセスが必要ですが、日本の起業家たちに資本政策の作り方を教えてくれる人はほとんどいません。
身近な起業家に聞いてみるのもひとつの手ですが、IPOまで果たしたシリアルアントレプレナーならまだしも、数年先を行っている「先輩のスタートアップ経営者」は、残念ながら専門家ではないんですよね。ちょうど最近、Xにこんなポストをしました。
財務・経理や契約の専門家という意味では、税理士や会計士、弁護士といった士業が存在しますが、スタートアップの資本政策に精通した専門家は、あまりいません。
では、誰ならわかるのか。 たとえば、ケース・スタディを多く持っている存在としては、投資家(VC)が挙げられるでしょう。ただ、彼らは起業家とは一部で利益相反する存在でもあるため、常にスタートアップの側に立った助言ができるかと言うと、構造的に難しいと言わざるをえません。
もちろん、親身になって的確なアドバイスをくれるVCもいますが、「投資家に言われた通りにします」という姿勢だと、なすがままにされてしまう危険性もある。投資家にも起業家にも知識がない場合は、とんでもない条件になってしまうリスクも。
こうした全体的なリテラシーの低さが、日本におけるスタートアップ・エコシステムの一番の課題でしょう。
──それが、50層と3層の差なんですね。知識や歴史の差はいかんともしがたいと感じてしまいますが、時間が経つのを待つ以外の方法で埋められるものでしょうか。
個別の知識は経験から学ぶしかありません。
ただ、整理・形式化された知識は、共有することが可能です。これまで暗黙知だったものを形式知化し、より多くのスタートアップが同じような間違いを犯さないようにしているのが、私たち「スマートラウンド」です。
スマートラウンドでは、スタートアップの資金調達、株主総会、チャットを通した投資家とのコミュニケーションまで、コーポレートセクレタリー業務を一通りオンラインで完結できるSaaS「smartround」を提供しています。
smartroundでは、スタートアップの担当者が未経験であってもスムーズに手続きが行えるようになっています。たとえば、資本政策smartroundを使うなかで、なにか間違った入力をするとエラー表示が出るようになっています。各所に説明のツールチップがあるので、専門家に頼らなくても、ある程度、自分で学んで修正していくことができるんです。
J-KISSのようなコンバーティブル・エクイティ(有償新株予約権の発行によって資金調達を行う方法)についても計算が自動化されているので、Excelで計算式を組むような複雑な作業をしなくてすみます。
──スタートアップの経営者として、最低限の知識は身に着けておいたほうがよいと思いますが、その複雑な計算は自身でできなくても経営的に問題ないのでしょうか。
はい。スタートアップの経営者はただでさえ時間がないので、概念的になにをやってるのかが理解できていれば、それで十分です。細かい計算や手続きは誰がやってもいいので、そもそも外部に委託すべきですし、smartroundのようなサービスを使えば、それすら必要なくなります。
変化の激しいスタートアップの業界では、制度やツールが日々進化しています。
最近では「J-KISS」が「J-KISS2.0」に進化しましたし、ストックオプション(SO)の税金にかかるルールも変わりました。
こうした変更点を細かくフォローし続けるのは、本質的には士業など専門家の役割です。経営者は、それがどういう意味なのかを把握さえできていればいいと私は思います。
ひるがえると、私たちスマートラウンドは「なにをどこまで経営者が知るべきなのか」という線引きを提供しているとも言えます。
資金調達の計画や資本政策の作成・管理は、元会計士やCFO経験者など、ファイナンスが得意な方には無理なくできるかもしれませんが、そうではない起業1回目のスタートアップ経営者が、半年間、ファイナンスのことに頭脳のリソースを割いていたら、その間、事業が止まってしまいます。
こうした非常にもったいない状況が、現実として多くのスタートアップで起こっているのです。
形式知はこちらで提供するので、経営者のみなさんは、あなたでなければできないことに専念してください、というのが私たちのスタンスです。
徐々にではなく、一気に乗り越える
──50層の知識と経験を積み重ねたアメリカにも、「smartround」のようなサービスはあるのですか。
「Cap Table Management Software」で検索してもらえればわかりますが、私たちのような領域は、実はひとつの産業になっており、2023年現在では20社近くが競合している状態です。
最大手は「Carta」というスタートアップで、2022年時点で時価総額8.6 billion USD(約1.3兆円)のデカコーンになっています。
なお、サービス内容も一歩先を行っていて、まだ荒削りではありますがコンセプト的には「AIがすべてやってくれます」という世界になりつつあります。
私たちがこうしたサービスを徹底的に研究し、日本向けに磨き上げたプロダクトを提供することで、日本とシリコンバレーの間にある知識ギャップ──3階と50階だとすれば、その47階分の差を埋められると考えています。
──果てしないギャップに感じますが、テクノロジーがリテラシーギャップを解決する世界に向けた手応えはありますか。
もちろんあります。それも、時間を早回し、じわじわとその差を埋めていくというよりは、テクノロジーの活用によって一気に追いつき、乗り越えていくスピード感を想定しています。
大げさに言えば、日本のスタートアップを前進させるといった公共的な使命感を持って事業を進めているところもあります。
ただ、「社会のため」「日本の未来のため」といった、飾られたきれいな言葉を掲げるつもりもありません。これからの経済を生きていく子どもたち、とくに、自分の子どものためが、個人的には最大のモチベーションですね。
私自身は、先人たちが作ってくれた豊かな時代の日本で育ちました。これはとても幸運なことでした。そして、子どもが生まれたときに、自分が子どもを見る視線に重なるかたちで、親が、あるいは祖先が持ったであろう、後に続く自分に対する思いを感じたんです。
そうした歴史のなかの一員として、子供のために、すばらしい日本を継承、引き渡していくことが必要だと思うんです。
──豊かな土壌を育むためには、スタートアップ・エコシステムの発展も欠かせないと。
スタートアップがすべて、と言うつもりはありません。私は三菱商事に在籍した経験もありますし、大企業にしか生み出せないプロダクトやサービスもあると思っています。
ただ、アメリカではAIブームを受け、2023年の上半期だけでナスダック100の指標が40%も上昇しました。これほどの経済インパクトは、スタートアップからしか生み出せません。
イノベーションが社会実装されることで世の中が便利になっていく流れも、スタートアップが得意とするところでしょう。
私がいま、できることのなかで、日本に対して最もポジティブなインパクトを与えられることとして、スタートアップの振興をとらえています。
これからもsmartroundを通して、それを実現していきます。新たな世界を体感いただくため、まだsmartroundを使ったことがない方は、ぜひ試しに触っていただけたらと思います。
📍2024年1月31日まで中垣氏が登壇したセッションを含むカンファレンスのアーカイブが、無料配信中。「アーカイブ・オンライン配信」チケットを選択👇
取材:樫本倫子
デザイン:月森恭助
編集:梅山景央