2023/11/17
エネルギーの源は「資源」から「技術」へシフトする
日本のスタートアップ・エコシステムは、この10年で確かに成長してきた。しかし、諸外国との差は広がるばかり。なぜか。
そんな問いを巡りながら、日本ならではの希望と勝ち筋を探る、NewsPicks主催のカンファレンス『START UP EVERYTIME』が開催された。
カンファレンスの反響を受け、すべてのステークホルダーのリテラシーを上げる大型連載、題して「〝スタエコ〟の論点──日本のスタートアップ・エコシステムの論点」をお届けする。
「核融合」は何がすごいのか
マイクロソフトの共同創業者ビル・ゲイツ、アマゾンのジェフ・ベゾス、OpenAIのサム・アルトマンなど、グローバルなテックイノベーターたちが今、巨額投資するのが「核融合エネルギー」の分野。日本にもその潮流は届き、2023年上半期の資金調達額において、核融合特殊プラント技術を手がける「京都フュージョニアリング」がシリーズCの調達にて105億円を集め、ランキングトップに躍り出た(INITIAL調べ)。次世代エネルギーとして、世界中から熱い視線を集める新技術・核融合。世界中の大富豪たちと、日本の研究は闘えるのか? 京都フュージョニアリング・長尾昂氏に聞いた。
──「核融合エネルギー」とは、どういうものでしょうか。
長尾 ちょっとイメージが湧きにくいですよね。たとえるなら「地上に太陽を作る」ようなものです。
太陽では4つの水素の原子核が融合してヘリウムになり、その核融合反応が大きなエネルギーを生み出しています。これと似た環境を人工的に作り出し、エネルギーを取り出そうというのが技術的な話です。
もう少し具体的に言うと、横幅と高さが30メートルぐらいの大きな真空容器の中に核融合の燃料を入れ、1億度越の高温でプラズマ状態にすると、核融合反応が起こる。
そうして得られる中性子から熱を取り出すことで核融合エネルギーを獲得することができます。
──「原子力発電」とは、どう違うのですか。
「核」という言葉で混同されやすいため、内閣府の戦略で「Fusion Energy(フュージョンエネルギー)」と呼ぶことが示されています。核分裂による原子力発電とは根本的に違うものです。
核融合には、明確なメリットがいくつもあります。
まず、温室効果ガスを排出しません。そして核分裂と違って暴走することがないため、原理的に危険性が少ない。また、人体に影響がないレベルにするまで10万年かかるような高レベルの放射性廃棄物も残らないため、環境負荷が低く、安全性が高いと言われています。
加えて、燃料のもとを海水から取り出せることも、多くの資源を持たずエネルギーを輸入に頼らなければならない日本という国にとっては大きな魅力です。
私が考える核融合エネルギーのもっともエポックメイキングな点は、エネルギーの源を「資源」から「技術」にシフトさせたこと。
技術があればエネルギーを生成できるという新しい文脈を世の中にもたらした点です。
──巨額の資金が集まる理由がわかりました。ただ、研究開発自体はかなり前から行われていたんですよね。
核融合の技術開発自体は1950年代頃から行われていて、気候変動などの環境問題やエネルギー安全保障の流れによって、近年、世界から大きく注目されるようになりました。
安全保障の観点からも重要な技術であり、日本政府としても「統合イノベーション戦略推進会議」を作って「フュージョンエネルギー・イノベーション」という戦略をまとめ、国としてもしっかりバックアップする姿勢を示しています。
国家規模のR&Dに、なぜスタートアップが挑むのか
──実現すれば、国家のエネルギー政策や国際関係にも影響するくらい革新的な技術ですよね。
ええ。これまでは国や公共機関が開発を主導し、少しずつ気運を高めてきました。アメリカやイギリス、EU、中国も、積極的に核融合技術の開発に取り組んでいます。
その結果、リスクマネーが民間に流れ、スタートアップが何社も生まれているのが近年の状況です。
2022年時点のものですが、グローバルで調達金額額の大きなスタートアップは7社あり、京都フュージョニアリングは8社目と認識しています。
投資額の順に見ていくと、1位のCommonwealth Fusion Systemsの調達総額は20億ドル超。出資者にはビル・ゲイツがいます。以下、TAE TechnologiesにはGoogle、Helion EnergyはOpenAIで有名になったサム・アルトマン、General Fusionにはジェフ・ベゾスと、それぞれIT業界のビリオネアたちによってしっかりサポートされているんです。
──とはいえ、まだ核融合の技術は確立されていませんよね。出資者たちの狙いは?
おっしゃる通り、まだ実験炉も完成していません。それでも、ビリオネアたちが一声挙げるだけで人や資金が集まるし、ムーブメントが起こるんです。
今後のIT業界では、AIによって電力消費量がケタ違いに増えていく一方で、カーボンニュートラルも課題になっています。
クリーンな電力を安定的に確保できる技術に耳目が集まるのは、理にかなっていると思います。
──京都フュージョニアリングは累計122億円を調達し、ランキングでは世界8位。これからさらに上位を目指せるのでしょうか。
実は、私たちは先に紹介した企業と競争する立場にあるわけではないんです。むしろ、協力関係を築ける立場にあると考えています。
核融合発電が実現すると将来的に市場規模は90兆円ほどになると見られていますが、足下でも5000億円ほどの実験炉市場があります。
将来の90兆円の市場に入り込んでいくためには、実験炉市場から入り込まなければ出遅れてしまいます。
そうした意味でも、世界中の研究機関やスタートアップ企業などは当社にとって重要なパートナーであり、今からきちんと関係を構築していくことを目指しています。
──90兆円と比べると小さく見えますが、まだ実用化の目処がついていない実験炉だけで5000億円市場とは核融合技術への期待とポテンシャルを感じますね。
そうですね。スタートアップに流れている資金だけでこの額なので、国の研究機関を含めるとより大きいかもしれません。
おっしゃるとおり、研究開発の実験をするだけでこの規模の市場ができることは珍しい。
我々のようなスタートアップ、とくにDeepTech企業にとっては、そのような成長産業を見極めて参入することが非常に重要です。
もちろん、90兆円の市場が創出されるまでに、しかるべき事業の柱を作っておく必要があります。その事業戦略にも、当社の特徴が表れています。
日本のスタートアップの勝ち筋とは
──先ほどグローバルトップと「協力関係」を築けるという話がありました。京都フュージョニアリングの事業戦略には、どんな特徴があるんですか。
世界上位の核融合スタートアップは、それぞれコア領域を持っています。
主に彼らが集中的に開発するのは、核融合反応を起こすための核融合炉のコア技術です。
それに対し、私たちはその前後に必要となる重要なシステム・機器の開発や全体領域を手がけるプラントエンジニアリングを手掛けています。
たとえば核融合炉を1億度に加熱する「ジャイロトロン」というシステム、核融合反応が起こったあとの中性子を発電タービンに誘導する熱サイクルシステム、燃料である三重水素(トリチウム)を炉心から分離して再度炉心へと循環させる燃料サイクルシステム。
こうした核融合プラントに欠かせないシステムや機器を幅広く手がけています。
コアな領域を手がける企業とは相互補完関係にあり、彼らが苦手な技術があれば京都フュージョニアリングに提供してもらえないかと相談してくれます。コア領域で競合していないからこそ、気軽に声をかけてもらえる関係にあります。
核融合炉の方式には、いくつか種類がありますが、まだどれが世界のスタンダードを獲るのか定まっていません。
私たちはこれからどの方式が採用されようとも、核融合を起こして中性子さえ出してもらえれば、発電まで持っていけます。これが、当社のユニークネスであり、プラント技術の強みです。
──あえて、そのポジションを狙いにいったんですか。
「核融合の領域を広くやる」というコンセプトは、実は、創業時にはありませんでした。
プラズマ周辺の「ブランケット」というコンポーネントを作ろうと創業したのですが、最初はまったく売れず。すぐにピボットして「ダイバーター」という装置を作ろうとしたのですが、また売れず。
3度目の勝負で「ジャイロトロン」にピボットして、ようやくお客様から評価を得ました。
1年ほど提案活動を続けて、マーケットニーズを確認でき、それなりの売り上げも立つようになりました。
そうやってピボットを重ねていくうちに、いつの間にか自分たちは「核融合全体の領域を包括した技術提供ができる」と気づいたことが、今のビジネスモデルにつながっています。
稼ぎながらR&Dを続け、技術をそろえていく
──2019年10月の創業からたった4年です。核融合のようなDeepTech領域としては、ピボットの回転数も、成長スピードも、驚異的です。
そうですね。共同創業者の小西哲之(さとし)先生が核融合技術では世界的な権威だったので、目利きは確かでした。
彼が技術的に実現できることを提案してくれ、私がビジネス的に刺さるか刺さらないかを見極めていきました。
創業者二人による、すばやい対話によって高速回転しながらピボットも迅速に決断でき、3回目の挑戦で成功しました。当初より面的な技術力を有していたので、ピボットという表現が正しいかわかりませんが、顧客ニーズに合わせたシステムを柔軟に提供する姿勢がよかったと考えています。
幸い、グローバルでも核融合反応の部分を飛ばして周辺技術の開発に取り組もうとするスタートアップは多くありませんでした。
経済産業省の補助事業などに採択されてしっかりR&Dに取り組み、その成果をお客様に提供できたことも転機になりました。
──90兆円市場の創出は近づいていますか。核融合発電の実用化がいつ頃、実現するのかは、世界の最大の関心事です。
少しずつ近づいていることは間違いありませんし、期待が高まっていることも感じます。
ただし、政治や規制が絡む大きなものを作ろうとしているので、2〜3年の間に非連続的な進展があるような領域でもありません。
私たちにとって、今は実験炉において一定の収益を上げながら、より高度な実験を増やしていくフェーズです。
核融合発電を実現し、新しいエネルギー産業を創出することが世界全体で目指すゴールではありますが、京都フュージョニアリングとしては今、足元で実用炉の研究だけをするわけではないんですよね。
実用炉を成功させるまでのステップが100あるとしたら、今をがんばって一段でも二段でも積んでいく。それを多くの研究機関やスタートアップが繰り返すことでパーツが出そろい、いつの間にか実用化を実現できる。
スタートアップとして新しい産業を創出する道のりを、私たちはそんなふうに考えています。
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お申込みの際は「アーカイブ・オンライン配信」チケットを選択👇
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取材:樫本倫子
デザイン:月森恭助
編集:千代明弘、宇野浩志
デザイン:月森恭助
編集:千代明弘、宇野浩志
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