2023/10/16

3700万超ダウンロード。「ウェザーニュース」成功を支えるモダンアプリケーション開発

NewsPicks / Brand Design editor
 世界最大規模の民間気象会社、株式会社ウェザーニューズ。
 航海気象や航空気象をはじめ鉄道気象、道路気象、流通気象など多岐にわたる気象コンテンツやリスクコミュニケーションサービスを法人向けに展開する一方、一般ユーザー向けにはスマートフォン向けお天気アプリ『ウェザーニュース』の提供でも知られている。
 2023年10月時点の累計アプリダウンロード数は3700万ダウンロード超え。この成功を下支えしているのが、AWSクラウドだという。
 数年前まではオンプレミス(サーバーの自社運用)で運用してきた同社がなぜ、クラウド活用に踏み切ったのか。
 株式会社ウェザーニューズ 取締役副社長執行役員の石橋知博氏と、アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 技術統括本部 インターネットメディアソリューショングループ本部長の千葉悠貴氏が、「ウェザーニュース」のクラウド活用事情について語り合った。

「ウェザーニュース」アプリ人気の秘密

── 天気予報アプリとしてユーザーから支持を得ている「ウェザーニュース」ですが、多くのユーザーから支持される理由は何ですか。
石橋 一番は予報精度の高さです。天気予報は、当たってなんぼの世界と言われます。
 サービスの見た目の良さや使いやすさも大切ですが、私たちは天気予報そのもので差別化をしようと決断し、基礎となる予測技術の開発に多くの投資をしてきました。
 今年5月、日本国内の主要5サービスのうち、弊社の天気予報精度が最も高いという評価を外部からいただきました。
 その点がユーザーさんに使っていただいている大きな理由だと思います。
── ユーザー数も伸びていると伺っています。どんな工夫をされていますか。
石橋 最初から明確な答えや黄金比があったわけではなく、長年の試行錯誤の結果が今ですね。
 私たちは、iモードが開始された1999年当初から、月額100円でモバイルインターネットサービスを提供してきました。
 徐々に広告も出せるようになってきて、うまくいったと思ったら、黒船よろしくスマートフォンアプリの波がやってきて沈みそうになったことも。
超高解像度の雨雲レーダー。250mメッシュ/10分間隔で、最長30時間先まで確認できる。
 様々なプラットフォームで挑戦しながら、現在の会員サブスクと無料コンテンツを組み合わせたビジネスモデルを作ってきましたね。

気象や自然の気まぐれに立ち向かう

── テクノロジー面での特徴もあるそうですね。
石橋 はい。アクセス負荷への対応は重点的に行っています。
 天気予報アプリの宿命ですが、雲の数だけデータ量が増えるんですね。例えば、東名阪で雨が降っていたら、その分のアクセスが一気に来る。
 サーバーが都度落ちたりして運用効率が悪くなるので、クラウドを採用することによって、瞬間的なアクセス増にも対応可能なインフラを構築しています。
千葉 雲が無くなった後のアクセス減によって「縮小させる」といった柔軟性も必要だと思いますが、スケーラブルなインフラを作る上で何かチャレンジはありましたか。
石橋 現在のインフラのかたちに至るまでは、何度も転んで痛い目を見てきました(笑)。
 晴れの日も雨の日もしっかりと皆さんに正確な情報を届けるとなると、インフラ側は基本的にアクセスのピークに合わせてサーバーを設定します。
 でも実際に大雨が降るのは、年間を通しても数日程度。残りの97%くらいは余裕がある状態になるので、無駄にサーバー費用が掛かってしまいます。
 さらに厄介なのが、日本には地震がある。地震の時間的ピークはとてつもなく短いんです。震度5強や6弱の際には、ほぼ全国の人が一気にアクセスします。
千葉 一瞬で。
石橋 そうなんです。ここに合わせてオンプレミス(自社運用)でサーバーを用意すると、おそらくペイしません。
 でも、大雨や地震の時に見ることができない天気予報サービスに価値はあるでしょうか。
 前回のピークは問題なかったけど今回はダメだった。フロントは問題なかったけどバックエンドでこけた。という経験を幾度も繰り返してきました。
 そうした環境下で、アクセスに応じてスケールアウトだけでなくインも可能なクラウド環境に行き着いたのは、ある意味で必然でしたね。

ビジネスニーズの変化に追従するモダン開発

── クラウドを活用したアプリ開発について、最近の傾向や特徴はありますか?
千葉 そうですね。既存のAWSのお客様やAWS上で新しいアプリ開発にチャレンジしたいお客様からは、できる限り「モダン」な開発スタイルでアーキテクチャを構成したい、というご相談をいただく機会が増えていますね。
── モダンな開発スタイルとは何ですか。
千葉 スケーラブル性と可用性(システムが継続して稼働できる能力)を担保しながら、ユーザーへのサービス提供価値を最大化することを目的としたアプリケーション開発手法のことを指しています。
 今日のビジネスやそれを支えるアプリケーションに求められる要件は日々変化しており、アプリケーション開発にはこれまで以上にアジリティが求められています。
 一方で、石橋さんのお話にもあったように、はじめから将来のビジネスに対する正解を見つけることは難しいため、高速にイテレーションを回し、試行錯誤を繰り返すことが必要です。
 そのために、AWSのようなクラウドを取り入れ、サーバーレスやコンテナの特性を生かしながらインフラ構築や運用の工数を下げアプリ開発の俊敏性を高めるという手法をAWSはモダンアプリ開発と呼んでいます。
 ただし、モダンアプリ開発の本質は、ビジネスニーズの変化に追従すること。手法自体ではなく、達成したい目的と最適な方法について常に検討することが大切です。

時代の風に乗り、経営判断を下す

石橋 おっしゃる通り、時代ごとのビジネスニーズを捉えることは重要ですね。
 と言うのも、私たちも10年ほど前までは100%オンプレミスでの開発環境でした。
 特に法人向け気象システムのデータ収集は独自の技術を使っておりニッチすぎるため、外部委託をするにしてもランニングコストが掛かりすぎて内製化したほうがいい、という結論に至りました。
 当時は3箇所くらい全国にデータセンターが存在しており、全て社内リソースで対応していました。サーバーの変更も自社エンジニアが都度ガッチャン、ガッチャンやっていましたね(笑)。
千葉 クラウド移行の転機は、石橋さんがニューヨークに駐在されていた時だったと以前伺いました。
石橋 はい。2012年から17年頃までアメリカ支社にいました。
 日本のインフラエンジニア界隈ではまだオンプレでもいいよね、という雰囲気がありましたが、アメリカの方はクラウドを利用しないなんて何をやっているんですか?といった空気があって。
 そういった時代の風を感じながら、この波には乗らないとマズいのではないか。そんな危機意識を強く持つようになり、経営的にも判断を変えてきた経緯がありますね。
 笑い話かもしれないですが、ウチは天気屋なのになんで雲(クラウド)のこと全然知らないんだ!と本気で悩みました(笑)。でも、ここで変わらないと退路がないというくらいの感覚でしたね。
千葉 大きな決断でしたね。ここ数年でクラウドを取り巻く外部環境は大きく変化してきています。その点は、どのように見られていますか。
石橋 新しい技術のトレンドが次々と出てきていますよね。ただ、私たちのビジネスは、最先端のテクノロジーそのものを作り出すことではなく、あくまでも「気象」というドメインの情報をその時に一番フィットするテクノロジーで効率的に伝えたり、解析、予報することです。
 クラウドがメインストリームの今、市場がそこに流れているのであれば、とりあえず乗ってトライアンドエラーを繰り返して、自分たちにとってそれが使えるのか都度判断する。その繰り返しではないかなと。
千葉 気象予報精度を上げる、という御社のビジネスのコアな部分に、クラウド活用が最適だった、ということですね。
石橋 はい。to Bだけでなく、to Cのアプリビジネスをやっていたことも幸運でした。つまり、冒頭でも申し上げたように、to Cビジネスにおいてはスケーラブルなインフラ構築を行う必然性も緊急性もあったため色々試せた。そこでクラウドの味をしめたわけです。
 toB領域を担当している社内エンジニアにも、徐々にその理解が浸透していった感じですね。
千葉 既存のやり方に慣れている社員もいる中で、トップダウンでモダン開発を推し進めるのは難しいイメージがありますが、社内で成功例や失敗例を素早く出せたことが開発体制の変革にも役立ったんですね。

小さなつむじ風が組織変革を起こす

── 組織にクラウドを導入する際に必要な考え方とは何でしょうか。
石橋 先ほど「風に乗る」という表現をしましたが、最初は本当に小さな「つむじ風」を起こすことから組織は大きく変わると僕は考えています。
 どうしてもリーダークラスになるとチームを構成する規模が大きくなるので、組織の成功イコール会社の成功のようになってしまい、プランニングから実績が出るまでのスパンがどんどん長くなっていきますよね。
 でも、小さな成功なら本当に1ヶ月とか下手したら2週間でも出る。それが社内のみんなに伝わるかどうかが結構重要で。そうした小さな風を伝えることも大切です。
 例えば、僕はよく現場の新人にSlackで「いいね!」のようなポジティブなスタンプをよく押しています。
 コメントも書いたりすれば、後から何かしらの検索で引っかかって誰かが見るみたいな。そういう些細なことが社員のモチベーションや変革のきっかけとなることもあると思うんです。
千葉 重要ですね。あえてお聞きしたいのですが、モダン開発(クラウド化)のマイナス面は何だと思いますか。
石橋 一番は、本来触る必要が無いモノに、触らなければいけない点ですね。そのままでも動いているオンプレのシステムをわざわざいじるのは、誰にとっても怖いことだし面倒なことです。
 組織面では、エンジニアのモチベーションですよね。これまで頑張ってきた人のスキルやアセットをある意味でリスキリングしたり、別の最適な活かし方を考える必要があるところも、実際問題において悩ましいところですね。

今ではなく、10年先を見越す

千葉 経営者の中には、メリットを並べても納得できずモダン開発に踏み出せないというケースも多いと聞きます。
 レガシーなアプリケーションを刷新するべきか悩まれている経営者の方がいるとしたら、どんなアドバイスをしますか。
石橋 まずコンシューマ系のスマホアプリのサービスを作っている会社があれば、オンプレはあり得ないと考えています。
 オンプレを選択しているということは、今後の成長を見込んでいないとも受け取れます。成長し続けているアプリで、100%オンプレは、私自身は出会ったことがありません。
 オンプレかクラウドかという観点では、法人向けサービスを提供している方々が、この問題について悩まれているのではないかと思います。
 あえてその方々にアドバイスをするなら、今は良いとしても、この先5年や10年先のことを考えていますか、ということですね。
 お客様に継続的に価値創造をし続ける使命があるなら、ゼロから自社で開発環境を作るよりも、常に新しいテクノロジーを簡単に取り入れられるほうが、激しい環境の変化にも対応できるのではないかと。
千葉 ポジティブにビジネスを変えていくために、柔軟な体制を整えておくべきだと。
石橋 はい。その風に乗らないとお客さんも幸せにならないですし、何よりもエンジニアは新しいものが好きな人が多いと思うので、そういう人たちのことを考えて経営も決断しなければいけないのではないかと思います。

人が専念すべきは、顧客価値創造

── ウェザーニューズは、今後、AWSとどのようなパートナーシップを組んでいきたいですか。
石橋 私たちにとって最も大切なことは、気象というビジネスドメインにおいて、ユーザーさんに喜んでいただくことです。
 それは、予報精度や最新のテクノロジーだったり、使いやすさ、反応スピードであったり。それらのアイデアをすぐに実行してテストができる環境をこれからも作っていただけると嬉しいですね。
 この先、5年10年と見据えた時に、機械に出来ることは機械に任せることが重要になると考えています。
 気象は世界共通の情報であり、弊社のターゲットは80億人の地球人口そのもの。無限のマーケットを有限のリソースで取っていかなければならない使命もあるわけです。
 機械に任せられる部分はどんどんクラウドに任せて効率化させていき、お客様への価値創造や経営判断といった重要な仕事は人間が行う。
 そして、必ず去年よりも昨日よりも今日のほうが良いサービスをお客様に提供していく。
 そんな世界観を目指していますね。
千葉 ありがとうございます。お客様のビジネスの成功に寄与できることが、私たちにとってのゴールです。
 現在、7年ほど御社のサービスを支援させていただいておりますが、今後も強力にバックアップさせていただけたらと思います。
── 10月に開催予定のAWS Innovateでもこうした事例が見られるのでしょうか。
千葉 はい。AWS Innovateは、年に4回開催しているイベントでして、10月26日に開催するAWS Innovate Modern Applications Editionでは、今日お話に出たモダン開発をテーマに、モダンアプリケーションの開発手法や運用方法、開発体験向上のナレッジなどを、AWSのエキスパートから16セッションでお届けします。
 2年前に石橋さまにもご登壇いただいたように、3社のお客様が実際にAWS上でモダナイゼーションを進めている実例を紹介されるので、ご興味のある方はぜひご参加いただけたら嬉しいです。