2023/9/27

【青森】現代アートが街との“クリエイティブ・ハブ”に

高田公太 作家、ライター
青森県弘前市で街を彩る風景の一つであり、日本シードル発祥の地でもある「吉野町煉瓦倉庫」を改修し誕生した現代美術館「弘前れんが倉庫美術館」が、2023年7月に開館3周年を迎えました。

同館はこれまでに同市出身の現代美術作家・奈良美智さんの煉瓦倉庫で開催された過去展を振り返るドキュメント展や、人気お笑いコンビ「シソンヌ」のじろうさんを講師に招いたワークショップ、アーティストと市民が協力した作品制作など、「地域」をキーワードとした企画を活発に開催。

現代美術になじみの薄い地方都市で多角的な視点から地域のクリエイティブ・ハブ(文化創造の拠点)を目指す同館3年間の足取りをたどり、アートと地域の影響関係を概観します。(第1回/全3回)
INDEX
  • 地域と歩む“現代美術館”PFI事業
  • 〈延築〉で建築された記憶の継承
  • コロナ禍を支えた来場者たち
  • 現代アートで賑わい創出
  • ライフスタイルを見つける場所作り

地域と歩む“現代美術館”PFI事業

同館は2017年から弘前市のPFI事業として複数の企業で構成される特別目的会社「弘前芸術創造株式会社」が業務を行っています。
構成企業の一社であり、様々なアート事業を手がけるエヌ・アンド・エー株式会社(代表取締役:南條史生)が運営業務を担当。
PFI事業とは
PFIはPrivate Finance Initiativeの略。公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力および技術的能力を活用して行う手法。
PFI事業となった背景には「歴史的にも価値があり、市民の思いが詰まった煉瓦倉庫を活用した、新たな賑わい拠点の創出」「質の高いサービスの提供、整備費の縮減、維持管理の効率化を図る」の狙いが定められていました。
同館が掲げるミッション(使命)に関する項目には「煉瓦倉庫の記憶を、未来へ継承」「出会いや交流を生み出し、人々の開かれた感性を育む」などの記載があり、そのミッションを果たすべく、これまでに地域とのインタラクティブな関係を求める理念を礎にしたさまざまな企画が開催されています。
エヌ・アンド・エー株式会社の社員で、開館準備から携わり、現在は同館の広報を担当する大澤美菜さんに、同館の成り立ちや地域との歩みについて聞きました。
大澤「そもそもの始まりは、この建物が明治・大正期に日本酒の工場としてつくられたことです」
倉庫は醸造家・福島藤助が日本酒工場として1923年頃に建築させたもの。
福島は「かりに事業が失敗しても、建物が市の将来のために遺産として役立てばよい」と、工場を煉瓦造りにしました。
戦後、朝日シードル株式会社を設立した実業家・吉井勇は、倉庫を日本初のシードル工場として運用。
その後、ニッカウヰスキーが事業を引き継ぎ、1965年にシードル工場が別の場所へ移転した後は1997年まで政府備蓄米の倉庫として利用。そして2002年、当時の吉井酒造株式会社社長・吉井千代子さんの発案により奈良美智さんの展覧会が煉瓦倉庫で開かれました。
大澤「続いて2005、2006年と奈良さんは3回この場所で展覧会を開くことになったんですが、3回目はそれまでの巡回展ではなく弘前オリジナルの『YOSHITOMO NARA + graf A to Z』展として開催されました。
多くのボランティアが関わってできた手作りの展覧会となり、全国からもたくさんの方が訪れたんです。奈良さんの展覧会は煉瓦倉庫の存在が広く知られたきっかけにもなりました」
「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」会場風景(2006年)撮影:細川葉子
県内外から7万7千人余りの来場者が訪れた「A to Z」展は、その後の煉瓦倉庫が美術館に生まれ変わる大きなきっかけとなり、現在もまるでそれを象徴するように美術館入り口には奈良さんの作品「A to Z Memorial Dog」が展示されています。
奈良美智《A to Z Memorial Dog》(2007) ©︎Yoshitomo Nara

〈延築〉で建築された記憶の継承

煉瓦倉庫の改修に携わったのはフランスを拠点に活動する建築家の田根剛さん。田根さんは「記憶の継承」をコンセプトに、倉庫の既存の素材を極力生かすことを選択しつつ、60以上の法令や基準を守る難題をクリアしました。
大澤「建築コンペではなく、設計・施工・運営・維持管理も全部一体になって市に提案するプロポーザル方式でした。設計段階から運営も一体的に考えられています。
田根さんが非常にこだわったのは、できるだけ煉瓦倉庫の建物を残すこと。残せるところはなるべく残して、美術館として新たに再生させることを重要視していました。
なので、展示室は黒い壁を改修前の状態で残していて、ちょっとザラザラとした感じの風合いのある、独特な壁面の展示室になっていますし、もともと漆喰(しっくい)の壁だったところは剥がし、オリジナルのれんがの内壁を見せています。
例えば1階のエントランスの部分。現在の壁は全部れんがなんですけど、もとは漆喰がありました。床には新しいれんがを敷き詰めており、これには温かみのある空間にしたいという田根さんの意図がありました」
『弘前れんが倉庫美術館-記憶を継承する建築』(田根剛(Atelier Tsuyoshi Tane Architects)+ 弘前れんが倉庫美術館)より
田根さんは「改築」や「移築」ではなく、造語「延築」という言葉を使って同館の建築を表します。
黒いコールタールの壁面を持つ広大な展示室は、同館の特徴の一つ。そこでは他に類をみない、独自の展示空間が広がります。
大澤「展覧会はアーティストが地域をリサーチして作品を制作する場合もあれば、建物に合わせた作品構成にするということもあります。
そのアーティストがどういう考えを持っているか、どういう作品を作っているかによってかなりそのやり方は変わってくるんですね。
この場所でしか見られない展覧会を作っていきたいというのが美術館としての方針です」
同館は2021年度フランス国外建築賞(AFEX Grand Prix 2021)のグランプリを受賞しています。
「大巻伸嗣—地平線のゆくえ」(10日9日まで開催中)より。壺を描いた《Abyss》(2017)
《Abyss – Jomon》(2023)と円形の世界地図が広がる《Flotage》(2004-2006)
《Liminal Air -core- 天 IWAKI》《Liminal Air -core- 地 IWAKI》
《Liminal Air Space-Time: 事象の地平線》(2023)

コロナ禍を支えた来場者たち

大澤「コロナ禍の始まりとともにオープンしたので、来場者は想定していたよりもずっと少なかったです。
2020年4月に開館する予定だったのが延期になって、6月にまず地元の方々に見ていただく期間を設けました。7月11日にグランドオープンし、事前予約や地域制限もなく来ていただけるように。
まず地元の応援してくださる方たちが心から開館を喜んでくれて、それが私たちとしても嬉しかったところでした。
まだ地元の方でも来たことがない方もいらっしゃるのかなと思いますが、それでも『れんが倉庫』と言うと、『あそこか』とわかっていただけるのはこの場所の力だと思います」
新型コロナウイルスの影響で初年度の来場者数は目標の3割にとどまり、展覧会の開催にあたっては、作品輸送の遅延や臨時休館などが生じました。
大澤「来場者数は年を追うごとに増加しています。ライブラリーも今日みたいに夏休みで勉強しにくる学生や、美術館のファンになってくださって、展覧会が変わるごとに遠方から足を運んでくれる方もいます。
美術館のこれからについて気にかけてくれたり、とにかく応援してくれる方が増えてきている実感がありますね」

現代アートで賑わい創出

同館の周辺には街のメインストリート「土手町通り」や「弘南鉄道大鰐線」中央弘前駅、歓楽街・鍛冶町などがあります。
不況の中、地方経済の苦しさは各所に及んでいます。「新たな賑わい拠点の創出」のため、近年では同館を中心に据えた街ぐるみのイベントが開催されるようになりました。
大澤「美術館を拠点の一つとして居心地のいい街を目指すイベント『まちなかピクニック』があります。地方では車移動が主となりがちですが、街を歩いて楽しもうという企画です。
官民が連携し、弘前のシードル協会や青年会議所などさまざまな団体が参加しています。ウォーカブルを推進して、中心市街地の各エリアを巡ろうという催しです」
現代美術館の醸し出す雰囲気は、従来の建物や周辺の新店舗にも影響を与えています。
大澤「中央弘前駅から美術館に抜ける自由通路が開設されました。味わいのある小さな駅から美術館の緑地に抜けて行く歩みも体験として喜ばれています。
土手町から美術館への動線の一つに、『まわりみち文庫』という小規模の書店が開店しました。アート関連の書籍も扱うしゃれたお店で、店主自身が開店にあたってれんが倉庫美術館近くの場所を探したそうです。
まだ3周年で、コロナ禍の影響もありますがそれでも街の変化は感じます」

ライフスタイルを見つける場所作り

同館では子どもを対象とした制作ワークショップや、中学生を対象にしたアーティストとの共同制作の企画なども開催しています。観覧料は高校生以下無料。若者たちが現代アートから受ける刺激はどれほどの力があるのでしょうか。
大澤「企画の参加者の中にはアーティストとの交流に感化され、活発に制作をするようになった方がいます。美術館をきっかけにこの街から現代アーティストが生まれるといいな、とは思います。
でも、アーティストにならなくとも、自分のいろんな生活の中で、こういう考え方もあるんだっていうことを知ることができたり、あるいは美術館で展覧会やイベントを通して、この世界にはいろんな人たちがいるということを知っていただいたりする機会になればと思います。
絵描きでも音楽家でも映画制作でも、何か自分がこれは好きだと思えるようなものに出合えたり、もっと世界を見てみようかなと明日を前向きに思ってもらえたりすると嬉しいですし、ただ『ここにいるとなんか落ち着く』でもいいと思います。
アートに触れたり、いろんな人と話をしたりする機会を作って、より良い生き方みたいなものが見つけられるような環境にしていきたいです」
vol.2に続く