【後編】本当に男性はマジョリティなのか?”男らしさ”の正体を知る
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今回は“男性らしさ”の正体について、男女の生物学的な観点から解明をしてみました。
ちょうどホットな話題として、岸田総理の「女性ならでは」というワード取り上げられていますね。
私は、「女性ならでは」という言葉自体は、至極真っ当な発言だと思っています。なぜなら、持って生まれた生物学的な能力として女性にしかない能力はないが、社会的な役割分担の中で、結果として女性が多く持ち合わせている視点や、磨かれた能力があるからです。
ジェンダーギャップがある世の中からこそ、逆説的に言えば「女性らしい」「男性らしい」が存在するということを、ぜひ今回のトピックスを通じて理解いただけると嬉しいです!コメントもお待ちしております!
注目のコメント
自身の中にある、経験や他者介入によって育まれた価値観を、全くのクリアにして再構築することは難しい。
自身やコミュニティの中にある価値観やその影響を受けているであろうアウトプットを、自覚し、調えて、コントロールする意識とそうしている自身のイメージをいかに持つか。
話が少し逸れますが、
"能力主義でジェンダーを否定する議論には、性別に関わらず機会が本当に平等なのか、そして誰もが自分の能力を平等に高められる機会があるのか、という観点が圧倒的に欠けているということを私たちは理解しなければなりません。"
以前、一緒に働いた知的障害(4度なのでぱっと見ではわからないかもしれないくらい)の従業員は、学校の先生からのアセスメント表の中で「漢字が苦手」と書かれていました。
ところが、行内の配送集荷を担当していた彼は、当時300ほどあった、支店名(地名が反映されるのでややこしい)を全て覚え、荷物の地域別仕分けを親会社からの転籍者と同じくらいの精度で対応してくれました。
雑多に漢字を覚える場面では現れなかった能力が、範囲を限定したらきちんと活躍の場を得たということなのだと思います。
私たちは本当に自分たちの力をのばし、活かせているのか、期待を込めて考えます。