2023/9/9

【森永康平×馬渕磨理子】経済アナリストの金融教育

日本の金融教育改善のため力を尽くす経済アナリストの森永康平さんと馬渕磨理子さん。そんなお二人が、もっと若い頃にこれを知っていたら......と思う、昔の自分に教えたい金融リテラシーを伺いました。
投資を始めたばかりの時期はつい「どの銘柄が上がるのか?」と考えがちですが、お二人が口を揃えて強調するのは「何を買えばいいか」ではなく「いかに学ぶか」の重要性。
2024年に新NISAが始まれば新たな情報商材や詐欺が増えることも懸念されますが、騙されないための情報の見極め方も紹介してくださいました。
INDEX
  • 「金融教育=投資教育」という誤解
  • 情報商材の詐欺を見分けるポイント
  • 思考力を鍛える最強の方法

「金融教育=投資教育」という誤解

森永:僕は親が経済や金融に関する仕事をしていた影響で小学校高学年くらいから経済を勉強し始めたのですが、大学生になる頃にはそれが自分にとって非常に大きな強みになっていることに気がつきました。一方でこのような金融リテラシーが身につくかどうかが家庭環境に依存しているというのは不公平なことだとも思いました。誰もが平等に金融について学べる環境を実現することを目指して2018年に作ったのが今の金融教育事業を行う会社です。
この5年くらいは地方自治体や学童、私塾といった子供と接点のある地元のコミュニティと協働して、金融リテラシーを身につけられる場所を作っています。この活動自体はボランティア、慈善活動に近いものなので、ビジネスとしての収益は他のところで上げています。
馬渕:私は11年前に金融の世界に入りました。初めの2年半は専業トレーダー、その後アナリストに転身しました。もともとは投資家側に立って仕事をしていたのですが、金融に関する用語や情報分析は非常に難しく、理解するのに非常に苦労した時期がありました。その経験を経てアナリストになり、今度は投資家側ではなく企業訪問をして取材をすることが増えました。そこで新たにわかったのは、企業としては実は工夫して情報を発信しているのですが、それがなかなか投資家たちには届いていないということだったんです。
投資家側には情報が「わからない」という課題があり、企業の側は発信している情報が「伝わらない」という課題がある。その風通しを良くするのが自分の役割だと感じて「日本金融経済研究所」を設立しました。どのように情報を可視化すれば投資家の人たちにより伝わるのか、最適な公開頻度はどのくらいか、発信方法はTwitter(現X)かあるいはウェブサイトのIRだけでいいのか、といったコミュニケーションの方法を研究する社団です。
企業側から非常に多く賛同をいただき、現在は上場企業の経営者を招いて大学生向けのイベントを行っています。どのような理念で創業、上場したのかといったことやビジネスモデルのお話をしていただくのですが、それはなぜかというと「投資教育=株」ではなく、そもそもの社会や金融の仕組み、そして経営者たちがどういう考えを持って生きているのかをまず知らないと金融への理解が歪んでしまうからです。
その実態を若い人たちに知ってもらうために、森永さんと同じようにマネタイズは考えずボランティアでやっているというのが実情です。
(Unsplash/Carlos Muza)
森永:僕も馬渕さんの問題意識に共感します。ここ1、2年「金融教育」という言葉が流行っていますが、ほぼ「投資教育」と同じような意味で扱われていますよね。「投資」というと資産運用のように考えられがちで、日本ではまだまだ「投資」=危ない、悪いものだ、というイメージを持っている人も少なくありません。そのため、「金融教育=投資教育」と誤認されると、金融教育の信頼が損なわれる恐れがあります。
金融教育のスポンサーは金融機関が多いので、顧客を育てるためのものと誤解されていることも多い印象です。でも投資教育は金融教育の一部ではあっても全部ではない、ということはあらためて強調したいです。
日本の金融教育は伝統的に「教育は無料であるべき」という風潮があります。そのためビジネスとして金融教育を手掛けたいという人たちもいるのですが、なかなか難しい。マネタイズして資金調達している会社は、情報商材的な方向に走っている場合があります。会社としてはリテラシーを謳いながら、その顧客たちはリテラシーが低いという違和感があります。
馬渕さんや僕などが手掛けている金融教育の主要な目的は、純粋な利益の追求ではありませんが、持続的な活動を行うためには一定のビジネスモデルの確立が不可欠。そのために、金融業界全体の協力とサポートが必要だと感じています。
馬渕:近年金融教育の需要は増加しており、健全なカリキュラムと事業環境の構築は急務です。残念ながら、利益を第一に考えた情報商材の販売やそれに関連する詐欺が深刻な問題となっているのも事実です。「儲かる銘柄の紹介」などの甘い誘惑に乗ってしまう人々が増加しているという実情は、金融教育の不足を如実に示しています。特にNISA制度の拡大や国の投資促進策などにより金融市場への参入が増える今、正確な知識が不足していると大きなリスクを背負う可能性は増すばかりです。私たちの役目は、このような状況に対してきちんとした金融教育を普及させ、投資家の安全を確保することだと強く感じています。
森永:馬渕さんのLINEやFacebookの詐欺も出回っているんですよね。
馬渕:そうなんです。今まで自分が「学び方を教えます」と言ってきたはずなのに、「儲かる銘柄を教えますよ」というグループに登録してしまう人たちがいるという事実も悲しい。LINEで銘柄教えるなんておかしいと気づかなければいけません。これからNISAが拡充したらもっと被害が出ると思いますので、危機意識をちゃんと伝えなければいけないと思っています。
(Unsplash/Adem AY)
森永:NISAの拡充内容に関して僕自身は非常に肯定的です。使い勝手が向上し、投資できる金額も増加しています。国もこの制度を推進し、貯蓄から投資へのシフトを促進したいと考えているでしょう。日本株の好調を受けて、投資に対する印象も良くなっている。投資家人口が増える流れに繋がっていると思います。
ただ注意したいのは、「NISAを利用すれば利益が出る」という単純な認識を持っている人がまだまだ多いと感じられる点です。国がこの制度を推進しているからといって、投資が必ず儲かるわけではない。投資にはリスクが伴い、損失を出す可能性も常に存在するという基本的な理解が不足しているように思います。投資のリスクや金融リテラシーの向上についての啓発活動も必要です。
馬渕:新しいNISAの制度は明らかに使いやすく、限度額の増加も評価できる。その結果、以前は投資に興味を示さなかった層からの質問が増えてきましたが、その中には「どの投資を選べば利益が出るのか?」というものも少なくありません。しかし先ほども話に出たように、何を選ぶのかを他人に教えてもらうのではなく、自分自身でどう学ぶのかが重要です。
NISAは、長期的な視点での資産形成を目的とした制度であるにも関わらず、多くの人々にその真意が伝わっていないのが現状です。

情報商材の詐欺を見分けるポイント

森永:投資の始め方としての僕のアドバイスは単純で、「とりあえず、やってみる」こと。自分のお金が増減すること、特に減少するリスクと緊張感を実感することが、学びの動機になると思います。どれだけ勉強しても、どれだけ分析しても、損する時は損するもの。10年以上経験している僕も、確実に利益を上げる方法は知りません。もちろん情報収集は大切ですが、あまりにも情報だけを求めるのは効果的ではありません。生活に影響のない範囲でまず始めてみることが近道だと思います。
馬渕:まったく同感です。たとえ1万円程度からでも、実際に投資を始めることで多くの気づきが得られます。口座開設して投資するとなると、アメリカ株と日本株っていうのがあるなとか、インデックスとかS&P500っていう用語はなんなんだろうとか、少しずつ知っていくことになる。具体的な用語や投資方法についての理解はそういう実践や体感を通して深まります。
実際にやってみて10%の利益と3%の利益を比べると、その差の大きさを実感できるでしょう。そしてわからないことを一つずつ検索したり、本を読んだりして調べていけばいい。そしてそういうタイミングで色々な情報商材が出てくる(笑)。そういう情報商材は全部排除してください。高額なお金をかけなくても必要な情報はネットでオープンになっているものや新聞や書籍で調べられます。
森永:詐欺の主なトリガーは、行動を促す「コンバージョン」するポイントを持ってしまっているということ。例えばLINEでやりとりしたり対面で直接会話するというようなことですね。「契約書にサインして」「このボタンクリックして」「URLに情報を入力して」というようなコンバージョンのポイントを設けられていると、どこかのタイミングで詐欺に引っかかる。
それを避けるためにはコンバージョンの接点がない情報を選ぶというのが一つの方法。相手とのコミュニケーションが生じる方法は危険です。
馬渕:おっしゃる通り、意思決定の最終段階に何かしら関与してこようとするものはあやしすぎる。それはなぜかというと、あまりにも大きな責任を伴う行為だからです。そもそも他人に何かを買うことを勧める助言は投資顧問という免許を持つ人にしか許されていません。かつ極めてリスクが高い。そんなことを易々とLINEで教えるなんてありえないな、ということをまず知ってほしいです。
(Unsplash/Gabrielle Henderson)

思考力を鍛える最強の方法

森永:資産運用に興味を持ち始めたばかりの人だと、どの投資信託を買えばいいかとか、どの投資手法がいいかという非常にミクロで利益思考な点に関心が向きやすいと思いますが、それよりも長期的には企業のビジョンや経営者の思考を理解することが非常に重要です。この会社は何をやっているのか、何で儲けているのか、商品やサービス、業績といったことですね。その点で馬渕さんのYouTube対談は経営者の思考を学ぶ上で貴重だと思います。
どの銘柄が上がるかというのは、究極的には星占いのようなもので誰にもわからない。どういうものを作っていて、なぜ顧客に支持されているのか、経営者自身がどういう思いで経営しているのか、若い頃からそういう視点で見る習慣づけをすれば、ビジネスや就活にも役立つでしょう。
馬渕:学生時代の私は大企業への就職こそが成功と考えていました。今もそういう考え方の学生さんは少なくないと思います。ですが企業を取材するようになり、実は知られていない企業でもすごい成長力を持っているということを目の当たりにして私の考え方も変わりました。そのことを学生の頃から知っていたら就活の時も違う意思決定をしたと思います。株式市場を見るときにもこの視点は参考になると思いますね。
(Unsplash/Towfiqu barbhuiya)
森永:僕は子供が3人いるのですが、子供の着眼点はまさに最高の思考訓練になるなと思います。例えば僕と馬渕さんがこうやって話をしている時はお互いバックグラウンドや知識を共有しているので、少しくらいわからないことがあっても勝手に補完して聞き流すということもありますよね。大人はみんなそうやってコミュニケーションを円滑にしている。でも子供はそういう配慮をしないので、「なぜ?」と思うことを全部聞いてくる。これが思考訓練になります。
言葉を覚え始めた時期の子どもと一緒に街を歩いていると、目に入った看板をひたすら読み上げるということがよくあります。例えば「セブンイレブン」と言ってから「コンビニ」と言う。まず店名を読み上げて、次にそれが何のお店であるかを確認していくわけです。
あるとき駅前の銀行を通りがかったときに、子供は初めて銀行を見たので「これ何のお店?」と聞いてきました。その時の答えることの難しさたるや。「銀行ってなんの店って答えればいいんだろう?」と思わず考えてしまいました。結局「お金を預けるお店だよ」と答えたのですが、「なんで?」とまた聞いてくる。彼は自分のお小遣いを貯金箱にためているので、大人もそれでいいんじゃない?なんで預けるの?というわけです。
それに対して「預けるとお金が増えるから」と言ってもいいけれど、今は利子もほとんどつかないですから、家に置いておくと泥棒や火事にあったらお金を失ってしまうかもしれないけれど、銀行に預ければ安心、という説明をしました。すると今度は、安心だけどすぐに使えないというデメリットもあるじゃないか、と。
なのでこちらは「クレジットカードを使うと自動的にお金が引き落とされるんだよ」と答えましたが、こういうやりとりをすると非常に思考が広がるなと思いました。
クレジットカードって誰でも持てるのか、と考えると今度は与信の話になってくる。大人同士でこんな話をしたらうざいでしょうけど(笑)、自分自身に対してやり続けることは最強の思考訓練だと思いました。
馬渕:素晴らしい。おもしろいですね。私は子供を育てていないのでその視点はありませんでしたが、自分の幼少期の反省点として、答えがあるものにいかに早く答えを出すか、というインプットしかしてこなかったというものがあります。今はもうそういう時代ではありません。森永さんがおっしゃったように、答えがないものに対して「なぜなのか」と考える訓練をすることが大事です。
私は社会人になってから後天的に思考を変えたので苦労しました。最初は上司に正解を聞いていましたが、自分で考えろよ、と言われて。でもそれが社会で生きていくということ。答えがないことを自分で考えるということが大事ですね。
銀行とは何なのかというお話が出ましたが、私は常々「金融とはそもそも何なのか」ということをまず考えることが重要だと考えています
これは私が金融を愛する理由でもあるのですが、金融とは「お金を融通する」ということなんですよね。お金が余っている人が不足しているところに貸して「頑張れ」と融通をつけるというのがもともとの金融業界の本質です。決して奪ったり上澄みで商売するということではありません。
トヨタやソニーといった大企業が成長してきた背景には金融の存在がありました。表には出てこない日陰でサポートする存在です。ガツガツ儲ける禿鷹ではない。この世界には大きな情熱を持った人たちがたくさんいることをぜひ多くの方達に知っていただきたいですね。
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