2023/9/20

DXの新たな指針。愛される「デジタル体験」の作り方

NewsPicks / Brand Design editor
 企業のデジタル化が進み、無駄や非効率よりも、生産性向上や効率化が「良し」とされる昨今。
 だが、時には無駄や遠回りと思われるようなモノから、人々に愛されるサービスが発想されることもある。
偶然から生まれる新しい付加価値づくりが、今求められている
 そう語るのは、博報堂DYグループとして2022年4月に新設された組織である、博報堂テクノロジーズの福世 誠氏だ。
 同社の武器は、テクノロジーとクリエイティビティの掛け合わせ。一見、無駄や遠回りと思えるような情報の積み重ねが、新しい価値を生み出すこともあるという。その意味とは。
 同社執行役員の福世 誠氏と、博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 局長の茂呂 譲治氏に、非効率を超えた先にある「生活者に愛されるデジタル体験作り」への思いを聞いた。

求められる、デジタルの効率×信頼の体験

── デジタル環境が成熟した今、広告業界にはどのような変化が起きていますか?
茂呂 今デジタル領域では、生活者のニーズや不満が可視化され、企業はすぐその反応を瞬間的に捉えることができるようになりました。
 その結果、より効率的なマーケティング活動が進んでいます。
2011年に博報堂に中途入社。クリエイティブ、アクティベーション、デジタルセクションに在籍し、現在は、デジタル時代の事業・社会構想から、サービス開発、マーコム、XR、コマース、CRM等あらゆる領域のエクスペリエンス実装までを担うクリエイティブ組織を率いる。今年3月、グループ・関連会社24社横断のCX(顧客体験)のプロジェクトチーム発足とともに、リーダーに就任。愛される成長をモットーに、日々多様な業種の課題に向き合う。カンヌ他受賞。
 これはAIの進化を含め、止まることはないし、ビジネス上は必要なことだと思います。
 ただ、それだけでは提供できる価値の幅に限界がありますし、新しい市場や需要の創造は生まれにくくなる。
 そして、良い声も悪い声もすべてガラス張りのように可視化され、すごい早さで波及してしまいます。
 私は効率的なマーケティングというところに、いかに信頼につながるアクションを掛け算していくことかが、非常に重要なんじゃないかと思っていて。
 このやり方の正解はまだ確立されていませんが、良い兆しはいくつか見え始めています。
── 新しい需要を作り出すためには、何が必要なのでしょうか?
茂呂 「心動かす体験」が、一つのキーワードになると思います。
 デジタルマーケティングで可視化・把握できるデータの多くは、すでに顕在化している需要です。
 でもそれだけでは、隠された生活者の「これが欲しかった!」を測ることはできません。
 思いもよらない出会いを、デジタルの仕組みだけでなく、心動かす体験を通じて、そこら中に用意してあげることによって、生活者にとって豊かなサービスや市場を作り出すヒントが見出せるのではないか。
 デジタルの効率性と心動かす体験。どちらがいい・悪いではなく、両輪が必要だと考えています。
福世 おっしゃる通りですね。
SI/コンサルティングを経て、2000年に博報堂入社。広告効果プラニングシステム、自社プロダクト・サービス開発、得意先/媒体社とのJV立ち上げまで、一貫してデータ・テクノロジー領域に従事。出資会社のボードメンバーを担務し、研究開発局、マーケティング・テクノロジー・センターを経て、2022年4月より現職。博報堂テクノロジーズの設立と共に、エンジニア組織のマネジメントに特化し経営的な視点から組織目標を達成し事業発展を担うべく、開発領域とHR領域両方の組織を担当。
 例えば、電車の乗り換え案内など、経路を調べる時間、また移動時間そのものの効率化という側面では、テクノロジーが力を発揮するのは誰もが分かりやすい話かと思います。
 でも、そこだけではなく、会社・学校の帰り道に素敵なピアノの音色が聞こえてきてピアノを習い始めたり、本屋でたまたま隣にあった本を手に取るような。そして人生が豊かになる。
 そんな、偶然から生まれる新しい付加価値づくりが求められているなと感じます。
── 広告のアイデアや企画作りにも通じそうですね。
茂呂 そうですね。非効率な掛け合わせのほか、今広告業界で重視されているのが「編集力」です。
 SNS等にある、数は少ないんだけど、「何か気になるな」という声に機会可能性を見出し、調査等の大多数の声とも掛け合わせて、付加価値に繋げていく。
 そこに長けている人は、強いなと。
 特に、私たちが携わる企業の事業変革やブランディングにおいては、一方的に企業から社会にメッセージを発信さえすればいい時代ではありません。
 生活者に寄り添いながら考える姿勢と、そこから得た情報から価値に繋がるアイデアや体験、可能性を見出す力が問われていると感じますね。
福世 最近話題の生成系AIもそうですが、世界の集合知にアクセスでき、知りたい情報が簡単に調査・分析できる環境が整えられてきました。
 これまでリサーチに3週間かかっていたものが、テクノロジーを使えば数日で終わると。
 で、その創り出された時間で情報を編集し、提供価値のクオリティを上げることに使える、そんな役目がテクノロジーにはあると広告の業務からは考えられますね。
── 求められる発想がより高度になってきていますね。
茂呂 そうですね。私たちのようなクリエイティブ組織に、最近クライアントのトップ層から期待されることは、時代の変化を語ることだと思います。
 自社や産業のことはクライアント側でもよく把握されているので、自分たちの知らないことを語って欲しいと。
 産業の外側にある社会の変化やテクノロジーの未来、歴史や法律も含め、時間軸・空間軸を俯瞰の鳥の目線で見た時に、その中でブランドが今どのように位置付けられるのか。
 そこを含めた大きな構想と、同時にカタチにして指し示すアイデアが求められていると感じます。

無駄をムダにしない、博報堂流アイデア発想

── 普段実践されている、アイデアを生み出すコツはありますか?
茂呂 まずはとにかくインプットし、その引き出しから情報をたくさん出す、というプロセスは大切です。
 ブレストでもいいし、雑談でもいい。生成系AIにも聞いてみて、ダーッと情報をテーブルの上に出す。そのあと、重ねて、磨いて、良くしていくんですね。
 その際、大事にしている判断基準は「それで人が動くか」どうか。正しいけど動かないものは選ばない。
 でもそれは、大量の案を出してみないと辿り着けない答えだったりもします。なので、決して無駄ではないのです。
 加えて、取捨選択して面白いと思えるアイデアが、しっかりと顧客のブランドのゴールに繋がっているのか、この2段構えが基本の考え方ですね。
福世 あとは月並みですが、スピードも重要ですね。やらないと分からないことがたくさんあるので。
 デジタル領域であれば、プロトタイプなりPoC(実証実験)なりを、間違ってもいいから作って試していく。その方向性をチームで合わせられるとすごくいいですね。
 雑談も一案です。打ち合わせの7割が雑談だったかもしれないけど、プロジェクトは円滑に進んでいく、といったことが私たちの組織ではまれにあります。
── 一見無駄に思える情報や行動も必要なんですね。その他、博報堂DYグループのクリエイティビティを裏付ける仕組みはありますか?
福世 博報堂では、昔から新人研修にKJ法を導入してますよね。
 KJ法とは、付箋などの紙に自分の思いついたアイデアを書いていき、それをグループ化していくことで、脳内で思いついたアイデアを言語化していく手法。
 それぞれのグループの関係性を図解などで分析することで、出てきたアイデアを効果的にまとめていくことができます。
 あとは社内で「デコン」と呼ばれる手法もありますよ。
茂呂 デコンストラクションの略ですね。
 例えば、海外賞を獲った広告事例など、いい仕事と思われるものの要素を想像しながら分解するんです。
 構造化して、このクリエイティブの課題は何だったか、コアアイデアは何だったか、ビジネスゴールは何だったか、ターゲットインサイトは何を捉えたか─などをフレーム化して、「デコンシート」にまとめます。
 うまくいったパターンをあらかじめストックしておくと、アイデア発想が必要な場面で非常に役立ちます。
 そうしたフレームワークを活用した上で、アウトプットの飛距離を最後の最後に伸ばすのは、熱量やこだわりの差だと思いますね。
茂呂 デジタルマーケティングは効率化の部分も多いですが、そこに込めたい熱量やこだわりを「愛されるDX」というキーワードにして、社内外の人たちと意識を合わせることが多いですね。
 自分たちの気持ちが入るとクオリティに跳ね返ってきます。それが最終的な付加価値に繋がって、私たちの強み、優位性が出てくるのだと思います。

愛される「体験」をいかに作るか

── 「愛されるDX」とは、どのような意味ですか?
福世 ここで使っている「愛される」とは、人の感情が動くことを指します。
 加えて私たちはそこにテクノロジーを活用していく。愛されるデジタル体験をつくることが、私たち博報堂テクノロジーズの存在理由と言えます。
 例えば、自分たちの取り組みによって、生活者の趣味が一つ増えたり、海外旅行に行きたくても行けなかった人にVRでそういった体験を提供したり。
 じゃあマネタイズはどうするんだ?と言われそうですが、やり方は一つではないと信じて、常に「別解」を探究しています。
茂呂 博報堂の生活者エクスペリエンスクリエイティブ局でも「愛されるDXをカタチにする。クリエイティブの力で、生活接点すべてを心動かす体験にぬり替える」というミッションがあります。
 DXの効率化に向き合いながら、生活者や社会に愛着を持ってもらえる価値創造の目線も大事にしています。
 カタチにする、も重要なポイントです。クリエイティブ組織として、構想だけでなく目に見えて手に取れるカタチにしていくことも、私たちの存在意義です。
── 仕組みをつくるコンサルティングとは異なりますね。別組織である茂呂さんとチームを組むこともあるのでしょうか?
福世 ありますね。プロジェクト単位でコラボレーションすることもあれば、お互いの組織に出向して仕事を手伝うこともあります。
 組織の体制的にも、博報堂DYグループは、営業、クリエイティブ、テクノロジー、プランニングの四位一体のフォーメーションで動いています。
 私たちのやっていることを分解すると、自社のサービス作りもやりますし、社外向けのサービス開発もやります。また、博報堂DYグループ向けの社内システム開発もやりますし、 8社ほどの企業体が一つにまとまったような生命体なんです。
 こうした体制を組めるのは、博報堂DYグループだからこそではないでしょうか。
茂呂 私と福世さんの組織は全く別々ですが、本当に境界線がない感じですよね。よく起こりがちな組織のサイロ化が起きていない珍しい関係を保てていると思います。
── よくある事業会社のDX子会社、というわけではない点もユニークですね。
茂呂 中途入社の私が外から見ていて、博報堂テクノロジーズ含め博報堂DYグループがユニークだなと思うのは、ブレストでみんなが本当に「生活者」という言葉を頻繁に口にするんですよね。
 普通は、オリエン資料にあるビジネスゴールをいかに達成するかに焦点が当たると思います。
 でも博報堂のメンバーは、「これで生活者は幸せになるのか」「その先の社会が豊かになるのか」ということを真剣に議論して、そこにブランドがどう寄り添い、ビジネスゴールも達成するかという、普通とはプロセスが異なるんですよね。
 こうした考え方を昔からやっているので、営業からスタッフまで、職種問わずみんなに染みついているなと感じます。

技術よりも使い手に「愛される体験」から考える

── それらを体現するデジタル・クリエイティブ事例はありますか?
茂呂 ELI(エリ)という、発話データを活用する音声解析デバイスと、プラットフォーム開発を博報堂オリジナルの事業として展開しました。
 ELI(エリ)は、ピンマイクのように、洋服の襟(えり)につける小型マイク。スマホアプリと連動して、話者の会話を解析してブラッシュアップしたり、ソリューションに繋げます。
 例えば、英語学習や心理状態のモニタリング、接客・toB商談のビジネス現場で使える営業DXなど、用途は幅広く設定しています。
 ビジネスシーンだけでなく、生活者の生活が豊かになる活用場面も想定することで、それぞれの人の感情が動くような「愛される」サービスを目指しています。
 営業DXのみでは効率化で終わります。語学学習もそうです。単なる「○○DX」ではなく、愛に繋げるには、使った人たちの生活がどう良くなるか、まで見ているかだと思います。
── 博報堂DYグループとして、ユーザードリブンな事業展開をされていることが分かりました。展望を教えてください。
茂呂 生活者に愛されるモノを作り、ビジネスも成長させること。それが根っこにある想いです。
 それは、価値創造と効率の掛け合わせによって実現できると思っています。僕なりに解釈をすれば、「愛される成長」づくりという言葉に置き換えられるかもしれません。
 日々向き合っている企業の愛と成長をつくり、それを繋いでいく。その連鎖が結果的に社会へと広がっていけばいいなと思いますね。
福世 弊社の直近の動きでは、「HAKUHODO CX FORCE」という、博報堂DYグループ2,000人のメンバーで組織されている顧客体験設計の取り組みに携わっており、今後続々と新しいプロジェクトが生まれてくると思います。
 私は、物作りをし始める時には、テクノロジーを意識しすぎない方がいいと考えています。
 技術的な要件や出来ることから出発するのではなく、真に生活者から愛されるソリューションやプロダクトを考え抜いて、その後に最適なテクノロジーを活用する。
 その結果として、生活者を豊かにする「愛されるテクノロジー体験」作りが実現できると信じています。
── 採用候補者(エンジニア職)の方々に一言お願いします。
福世 一部のスペシャリストが使いこなせていたAIやテクノロジーが一般化し、ものづくりの平均値が高まった世界では、エンジニアリング力に求められるハードルもより高くなるはずです。
 今後は上位の数%か、外れ値を叩き出すことができるエンジニアリング力が必要になります。
 この先の時代は、確からしい正解を導く人はもちろん、付け加えて「僕はこれが好き、だからやる」というような情熱・個性・衝動こそが、エンジニアリング力に必要なものになるのではないでしょうか。
 博報堂DYグループは元来、生活者発想をベースに、個々人が持つ情熱・個性・衝動を、クリエイティビティの源泉として大事にしてきました。テクノロジーの領域においても、同じ想いを持った様々な人たちと一緒に仕事をしたいなと。
 是非、テクノロジーとクリエイティビティの融合に一緒に挑戦していただける方は、お気軽にご連絡ください。
撮影場所:UNIVERSITY of CREATIVITY