尾州から全産業にグッドインパクトを。共創コミュニティで繊維産業のDXに挑む!

2023/8/28
 繊維産業の集積地である尾州(びしゅう)地域。世界三大毛織物の産地だが、安価な化学繊維の台頭によって衰退産業とも呼ばれている。
 そんな尾州で立ち上がったのが、三星毛糸株式会社 代表取締役社長 岩田真吾氏だ。
 コロナ禍で長期的な大打撃を受けた繊維産業を救うべく、2021年から産業観光イベントとして複数の繊維工場を見学する「ひつじサミット尾州」を開催。
 この活動により共通の経営課題を把握した岩田氏は、NewsPicksCretionsと三星毛糸との共創コミュニティ「尾州・繊維産業DX推進コミュニティ」を2023年に立ち上げた。
 尾州・繊維産業DX推進コミュニティとは具体的にどのような活動に取り組むコミュニティなのか。岩田氏に話を伺った。
この記事は「尾州・繊維産業DX推進コミュニティ事務局」が企画・制作しています。

「尾州・繊維産業DX推進コミュニティ」は、三星毛糸株式会社と法人向けマーケティング支援事業 NewsPicks Creations が運営する共創コミュニティです。
INDEX
  • 世界三大毛織物産地の尾州を守りたい
  • 販売・生産・管理、全ての側面でDXを目指す
  • 心理的安全性の高い場で課題を抽出
  • 短期、中長期での課題解決に向けて
  • 心理的安全性の高いコミュニティ作り
  • 尾州から全産業へ、グッドインパクトを

世界三大毛織物産地の尾州を守りたい

──尾州・繊維産業DXコミュニティを作った背景を教えてください。
 尾州とは、愛知県西部から岐阜県西濃地方の古い呼び名「尾張国」の別称で、このエリアは古くから繊維産業の集積地として栄えてきました。
 日本ではあまり知られていませんが、木曽川や長良川の軟水を使って仕上げる尾州のウールは高品質のため、イタリア・ビエラ、イギリス・ハダースフィールドと並ぶ世界三大毛織物産地なんですね。
 しかし、繊維産業は化学繊維が増えたことと、安価な海外生産が主流になったことで、1990年代をピークに衰退していくことに。
 実際、ピーク時に4000社以上あったとされる尾州の繊維企業は200社程度にまで減少し、洋服の輸入浸透率は98.2%に。つまり、高品質な日本製は日本で2%未満しか出回っていないんです。
 それだけ国内では厳しい産業なので、務めていた外資系コンサルティングファームを辞めて2009年に三星毛糸に入社したとき、前職の同僚から「火中の栗を拾うようなことはやめた方がいいのでは」と言われたこともありました。
 それでも経済的な価値だけでなく、文化的な価値として残すべき産業だと強く思えたので、まずは自社を変えるべく、欧州のトップブランドを中心とした海外展開や自社ブランドの開発など新しいことに次々と取り組みました。
 しかし、突如として訪れたコロナ禍は繊維ファッション産業に長期的なダメージを与えました。
 このまま何もしなければ、産業の衰退が加速してしまう……。
 産地全体の意識を変えないといけない、自社だけでなく同業他社との共創が必要だと思い、2021年に産業観光イベントとしてオープンファクトリーの「ひつじサミット尾州」を始めました。
 これは、『着れる、食べれる、楽しめる! ひつじと紡ぐサステイナブル・エンターテイメント』を副題に、使い手と作り手が直接つながる新しいクラフトツーリズム。
 分業体制でつながる複数社の工程を見て、希少な日本製の布地や服に触れてもらうことで価値を感じてもらえるよう、同年代の11人の跡継ぎ仲間と一緒に開催しました。
 ひつじサミット尾州がもたらした副産物は、使い手と作り手だけでなく、作り手と作り手をつなげたことです。
 これまでお互いに工場を見せ合うことはほぼなかったのですが、その歴史的な壁をナチュラルに超えたんですね。
 作り手同士が現場を見せ合ったことで心理的安全性の高いコミュニティになり、自然と経営上の課題も話せるようになりました。
──そこからDXをみんなでやれないかと考えた。
 その通りです。みんなデジタル化に課題を感じていたものの、中小企業が単体でIT人材を雇うことも、さまざまなプロセスをデジタル化するのも難しい。
 でも、尾州の繊維産業は分業体制で会社は分かれているものの、共通する部分やつながっている部分が多いんですね。
 個社で別々に投資するよりも共同で投資して一緒にシステム開発する方が効率が良いのは明らかだったので、会社の枠を超えてDXを促進していくプロジェクト「尾州・繊維産業DX推進コミュニティ」を立ち上げました。

販売・生産・管理、全ての側面でDXを目指す

──尾州・繊維産業DX推進コミュニティが解決したい課題について教えてください。
 繊維工業は全国の全産業の労働生産性に比べると、はるかに労働生産性が低いという課題があります。
 その要因の一つは「販売」「生産」「管理」全ての企業活動でデジタル化が進んでいないこと。
 洋服の布地は触感や質感が大切で、それをデジタルで伝えることが難しいため、「販売」は対面が主流です。さらに、数万点の糸や生地サンプルもデジタル化が難しいという課題があります。
 また、繊維産業の「生産」工程は長く複雑で、その上尾州では個社ごとに独自の技術を生かした分業体制が成り立っているため、工程全体での最適化ができていません。
 「管理」面も、「販売」「生産」の手法や工程が昔ながらのアナログなやり方が続いたことで会社としてデジタルリテラシーが低く、会計システムや勤怠管理システムなどの導入まで手が回っていなかったんですね。
 そこで、これら3つの側面から解決すべき課題を共通フォーマットで整理し、短期〜中長期の打ち手に向けて、ナレッジシェアや人材シェア、共同投資によるシステム開発などを議論する基盤作りを始めました。

心理的安全性の高い場で課題を抽出

──具体的に、どのような取り組みを進めているのでしょうか。
 経済産業省の「地域DX促進環境整備事業(※)」の補助金を活用し、2023年4月から12月までの8ヶ月のプロジェクトを組みました。
※地域の主力産業が抱える課題に精通した産学官金の専門家が伴走し、地域企業がDXを実現させるために必要な経営・デジタルに関する各種支援活動を促進することで、地域企業のDX推進と生産性向上を加速させることを目的とした事業
 三星毛糸が代表機関となり、地域産業の理解者や、デジタルや経営、サイバーセキュリティーの専門家として、一宮地場産業ファッションデザインセンターと十六銀行、LEO社、ニューズピックス社、十六電算デジタルサービス社が構成員となりチームを作りました。
 このチームが支援するのが、ひつじサミット尾州の参加企業でDXに課題意識を持つ6社です。
 紡績から糸染め、織り、編みなどバリューチェーンを横断できるメンバーに入ってもらい、現在はそこに最終工程となる染色整理企業2社もオブザーバーとして加わっています。
 このコミュニティでまず行ったのは、支援先の企業がお互いに相談できるような心理的安全性を確保するためのチームビルディングです。
 社長同士は知り合いでも、販売・生産・管理の現場でDXを推進する人たちは知り合いではないので、現場の人たちがお互いを理解し、相談し合えるコミュニティ作りに注力しました。
 その後、5〜6月の2ヶ月間で各社の課題をヒアリング・分析して整理し、DX戦略を立案。7月10日に課題共有会を実施しました。
 この課題共有会の特徴は、支援側やコンサルがプレゼンするのではなく、コミュニティの主役である支援先の繊維企業の現場の人たちに、自分たちの言葉でプレゼンしてもらったこと。
 同じフォーマットで課題を整理したことが功を奏し、産地全体の課題を全員で俯瞰して共有できたのはとても良かったですし、全国から参加したベンダー12社からの専門家としてのアドバイスも良い学びになりました。

短期、中長期での課題解決に向けて

──どんな課題が出てきたのでしょうか?
 大小さまざまな課題が見える化できましたが、その中でも短期で解決できる課題として、全社が「労務管理のDXをしたい」と宣言したのは印象的でした。
 それだけ負荷がかかっていたということですし、社会的要請として信頼感のある体制作りが必要になっているということ。
 管理業務は労務管理に限らず、さまざまなSaaSサービスがあるので、すぐに着手できると考えています。
 中長期で解決したい課題を2つ挙げると、一つはバラバラで非効率な生産現場の進捗管理を揃えること。これは共同投資でのシステム開発を検討しています。
 もう一つはアナログなサンプル管理をデジタル化することです。
 サンプル生地や糸は各社それぞれ数万種類あるのですが、どのサンプルがどこにあるのかは担当の頭の中でしかわからないという話をよく聞きます。
 探すのも大変ですし、非効率な作業が発生しているので、これもみんなで投資して管理システムを作れたらと考えています。
──これから12月までに、まずは短期的な課題解決に動くのでしょうか。
 そうですね。個社で進められるものは進め、共同で導入するものや作るものはミーティングを重ねながら課題解決の実現を目指します。
 今回は、共に育む“共育基盤”を作るのがテーマなので、現場同士が会社の壁を超えて相談し合えるようSlackでいつでも連絡が取れるようにしていますし、月に1回、現場が中心となってコミュニケーションを取る機会を作りながら、本格的にDXを推進します。
 コミュニティを作ると個社では難しかったデジタル化の壁を突破できることを証明できれば、最先端の事例として繊維産業だけでなく全産業に良い影響を与えられるのではないかと考えています。

心理的安全性の高いコミュニティ作り

──コミュニティを運営するにあたって苦労した点があれば教えてください。
 苦労したことはあまりなくて、それよりも現場の人同士で横のつながりができ、相談し合えることでマインドが変わってきている実感があります。
 たとえば、DX担当になって何もできずに社内で浮いていた人も、心理的安全性の高いコミュニティで他社のDX担当と相談しながら高め合えると、自己肯定感が上がるんです。
 自分が相談するだけでなく、逆に自分が相談に乗って役に立てるのが嬉しいという声もよく聞きますし、各社から積極的にいろんなアイデアが出るようになりました。
──それは課題共有会までにしっかりとチームビルディングをしたからですね。
 そうですね。支援先だけでなく、支援する側も同じです。僕は昨年、北海道上川町の共創コミュニティ「KAMIKAWA GX LAB」にアドバイザーとして参画したときに、コミュニティに大切なのはチームとしての一体感だと認識したんです。
 だから、支援側もチームとして一体になる必要があると考えて、他地域のDX先進事例を勉強するために、山中漆器産地の伝統工芸DXコンソーシアムの視察合宿を企画したところ、忙しいはずの構成員の皆さんが参加してくれて。
 合計約40名のコミュニティなのですが、構成員とも支援先企業ともいいチームを作れていると思います。

尾州から全産業へ、グッドインパクトを

──今後、尾州地域をどう変えていきたいでしょうか。
 6月の課題共有会は、心理的安全性を高めるために守秘義務契約を結んだ参加者のみで開催しましたが、12月11日に開催される成果共有会ではこの活動を尾州全体、将来的には繊維産業全体に広げるべく、誰でも参加できるようにします。
 尾州や全国の繊維産業の人たちはもちろん、地域を活性化させたい他業種の方にも学びがあるような共有会を開催できるよう、まずは短期、中長期両方で未来を感じられるような成果を出したいです。
──日本の繊維業界をどう変えていきたいですか?
 昔は儲けるツールとして繊維業界がありましたが、今は繊維や布地、洋服などが好きな人が就く職業に変わっているんですね。
 だから、好きな人や興味のある人が誇りを持って働けるよう労働生産性を高め、若い人たちも挑戦したいと思えるような給与水準や職場環境を作って、日本人が誇りを持てる産業にしたいと考えています。
 みんなが「日本の繊維産業はいいよね」と思えるよう、少しでも尾州・繊維産業DX推進コミュニティで産業全体を底上げできたら嬉しいです。
企画:尾州・繊維産業DX推進コミュニティ事務局
執筆・編集:田村朋美(NewsPicks Creations)
撮影:河瀬賢汰
デザイン:武田英志(hooop)