2023/9/7

【長谷部誠】チームワークは“いつでも伝え合える場“から生まれる

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 キャリアや生き方の多様化が進み、チームマネジメントも進化が求められている。
 一人ひとりの個性を生かしながら、パフォーマンスを最大化し得る「チームワーク」を育むには、いったい何が必要なのか?
 この問いを、二人のプロフェッショナルにぶつけてみよう。
 一人は、サッカーワールドカップ日本代表キャプテンを3度経験し、今なおグローバルの最前線で活躍し続ける長谷部誠選手。そして、もう一人は、日本航空株式会社(以下、JAL)で国内便・国際便の副操縦士を務める安居卓也氏だ。
 いずれもチームワークなしには立ち行かない異なる領域で、チームを支える両名の対話から、その本質を探る。
INDEX
  • サッカーとフライト、チームワークの共通点
  • リーダーの力が問われる瞬間
  • 機内やピッチの「心理的安全性」
  • 電話やメールにはないコミュニケーション
  • ツール導入の気運を高めたのは“現場の声”
  • 「仕事の進め方が劇的に変わった」

サッカーとフライト、チームワークの共通点

長谷部 パイロットの方と、こうしてお話しするのは初めてです。安居さんは、普段どういったところを飛ばれているんですか?
安居 副操縦士として3年ほど、ボーイング777型機に乗り、国内線も国際線も担当しています。国際線は長距離が多く、ロンドンやニューヨーク、先週はパリまで行きました。
 ボーイング777型機の長距離フライトでは、パイロット4人、客室乗務員は12人ほど。そのほかに、予約受付や空港カウンター、清掃、整備といった各担当が一つの「チーム」となり、フライトに臨みます。
 そして実は、チームメンバーは毎回「初めまして」の人たちばかりなんです。
 自己紹介も早々に、ブリーフィング(フライト前の事前打ち合わせ)が始まり、5分ほど業務連絡を交わしたら、各自が仕事に移ります。
長谷部 即席のチームなんですね。そういった状況下で、チームワークを発揮するのは難しそうです。
安居 そうですね。お客さまの命をお預かりしているなか、快適なフライトを提供するためにも、チームワークにはかなり気を配ります。
 一段落した上空で「出身はどこ?」なんて、雑談からメンバーを知るようにしていますね。
長谷部 なるほど。「毎回異なるメンバーとチームを形成する」という点は、僕も共感する部分があります。
 サッカー日本代表には約25人の選手が招集されますが、誰一人として、立場を保証された人はいません。常に選ばれる人も、そうでない選手もいます。
 キャプテンでさえ、次また日本代表に選ばれるとは限らない。そしてそれは、監督やコーチ、スタッフも同じ。変化し続ける組織です。
安居 共に過ごす時間が限られている点も似ていますよね。
長谷部 その通りですね。短い時間で、25人の選手だけでなく、監督やコーチともコミュニケーションを取らねばなりません。
 キャプテンとして参加したときは、合宿期間中はもちろん、普段から連絡を取り合ったり一緒に食事に行ったりして、接点をつくるように心がけましたね。

リーダーの力が問われる瞬間

安居 チームワークといえば、忘れられないフライトがあります。私がパイロットになって4年目に、上司にあたる機長と2人で、羽田から高松へ向かう便に乗務したときのことです。
 その日は12月24日で、高松の空には厚い雪雲がかかっていました。着陸を4回ほど試みてもどうしても降りられず、急きょ、徳島へと向かうことにしたんです。
 緊急時の迅速な決断はコックピットで行うため、決断した時点では、この目的地変更は、客室乗務員やお客さま、管制官さえも知らず、空港側も受け入れ準備ができていない状況でした。
 そこから着陸までの15分の間に、チームメンバーたちと連携を図らねばなりませんでした
長谷部 たった15分ですか。どうやって乗り越えたんですか?
安居 機長の旗振りのおかげですね。
 操縦桿を握りながらも、客室への連絡や機内アナウンス、空港への確認事項、着陸後のお客さまの移動手段の手配に至るまで、何をどの順で行うか、的確に指示してくれました。
 機長が迷いなくタスクを振り分けると、魔法のようにチームが結束していったことを覚えています。
長谷部 素晴らしいです。そういったトラブルが起こったときや組織がうまくいかないときにこそ、リーダーの力が問われますよね。
安居 そうですね。長谷部さんも日本代表のキャプテンとして、何度も難局を乗り越えられてきたのでは?
長谷部 キャプテンはいち選手ですから、最終的な決定権は監督にあります。安居さんのフライトでたとえるなら、「機長」が監督で、キャプテンは「副操縦士」かもしれません。
 キャプテンの役割は、監督と選手の“橋渡し役”が大きい。決定権は監督にありますが、意思決定に至る過程には、チームでのディスカッションが不可欠ですから。
 自分はキャプテンとして、監督の考えを改めて選手たちに伝えたり、自分で抱え込むタイプの選手に話しかけたり、なるべくチーム内で意思疎通を図るよう心がけてきました。
 チームには、さまざまな価値観を持つ人が集まっていて、全員の価値観を統一するのは、僕は間違いだと思うんです。
 それぞれの価値観を尊重できる環境をつくること。その上で、自ら決断し、自信を持ってやり通すこと。それがキャプテンとして、ひいてはリーダーとして、大切なことだと思っています。

機内やピッチの「心理的安全性」

長谷部 安居さんは、チームでのコミュニケーションで心がけていることはありますか?
安居 初めて顔を合わせてブリーフィングする最初の5分間での雰囲気づくりです。
 ここで「この副操縦士は怖そうだ」「近寄りがたいな」という印象がついてしまったら、周りはコミュニケーションを避けるようになりますよね。
 これは上空では致命的です。コックピットからの指示に対しても、客室乗務員からちょっとした疑問がいつでも口にできるように、心理的安全性を保つことを重視しています。
 その意味では、全社で「Google Workspace」を導入して以来、顔合わせ前から Google チャットでコミュニケーションを図れるようになって助かっています。コミュニケーションがだいぶ変わりましたね。
長谷部 全員がチームを良くしようと動けるのは、まさに理想的なチームワークですよね。
 サッカーでも、そのためにメンバーの不満や恐れを取り除くことは非常に重要なポイントだと思っています。
 試合の裏には、先発メンバーから外れてしまった選手たちがいます。
 僕が所属するクラブ「アイントラハト フランクフルト」で監督を務めていたオリヴァー グラスナー氏は、彼らのケアがとても上手だったんですよ。
 試合前のミーティングで「先発の11人だけでは、今日の試合には絶対に勝てない」と言うんです。「ベンチのメンバーがどういう仕事をするかで、今日勝てるかが決まるんだ」と。
 特に大事な試合の前には、これまで自分たちが勝ち上がってきた様子を短い動画にまとめて、士気を高めてからピッチに送り出したりもしていました。
 試合に出ない選手も含め、いかにチームが一丸となれるか、常に考えている監督でしたね。
安居 メンバーとのコミュニケーションについて、長谷部選手がグラスナー元監督から学んだことはありますか?
長谷部 情報共有で“詰め込みすぎないこと”ですね。
 グラスナー元監督は、朝から晩まで相手の研究をしているのに、選手には数えるほどしかフィードバックしないんです。その理由を尋ねたら「受け取る側がパンクしないように注意しているんだ」と言われましたね。
 アイントラハト フランクフルトは2022年、ヨーロッパリーグで42年ぶりに優勝しました。クラブが結果を出せたのも、こうした監督のマネジメントのおかげだと思っています。

電話やメールにはないコミュニケーション

安居 これまでの話を振り返ると、チームワークは限られた時間内で、いかに効率的にコミュニケーションを図るかがカギになっている気がします。
長谷部 たしかにそうですね。
 そういえば、先ほどGoogleチャットを使っているとおっしゃいましたよね。フライトの現場では、そのほかのデジタルツールの活用も進んでいるのですか?
安居 はい。2022年にGoogle Workspaceを全社導入してから、コミュニケーションが劇的に変わりました。
 先日も、事前にホテルの部屋から機長とチャットで会話したんですよ。「中国のあたりに積乱雲が立っていますね」「じゃあ燃料をもう少し積んだほうがいいかも」と。
 事前に会話があった上で集まると、やはりチームの動きが全然違いますね
 フライト後に解散してからも「あのときすごく揺れたのはなぜ?」とGoogle ドキュメント上で振り返りができますし、気軽にチームとつながれるチャットは、心理的安全性の面でも有効だと感じます。電話やメールでは、こうはいきませんからね。
長谷部 いろんな場面でデジタルを活用されているようですが、安居さんはもともとITに強かったんですか?
安居 実は、最近までまったく使えなかったんです。「安居はITに弱い」と、周りでは有名なくらいで(笑)。
 きっかけはコロナ禍です。
 フライトが一気に制限され、しばらく地上で仕事をしていた時期に、他のメンバーがGoogle Workspaceで共同作業をどんどん進めていくのに、自分は全然ついていけなくて……。
 そこで「これを自分たちパイロットが使いこなしたら、チームづくりがもっと良くなるぞ」と思ったんです。
 パイロットは20代〜60代までいて、特にベテランはITに疎い人が多い。それなら自分がGoogle Workspaceを広げていこうと、一念発起しまして。
長谷部 それはすごい。かなり勉強されたわけですね。
 たしかにデジタルツールは、スポーツ界でもここ数年で格段に活用が進んだ印象です。
 以前は、対戦相手の分析ビデオを観るために、チーム全員で集まっていましたが、今は各自のスマホに送られてきます。
 試合後の振り返りや連絡事項も、基本的にはツール上に集約されています。ミーティングの回数も、明らかに減りました。
 デジタルのコミュニケーションは、今の現役世代には合っていると感じますね。私は選手歴が長いこともあり、「時代は変わったな……」と感慨深いのですが(笑)。
 以前は1時間を超えるミーティングもざらで、会議だけで選手が疲れてしまうことも少なくありませんでしたが、今はその分の時間を、アイデアを生み出すために投資できるという効果を実感しています。
JALのチームワークが大きく変わるきっかけとなったのが、2022年7月のGoogle Workspace導入だ。

10年ぶりの社内ツール刷新で、JALグループ全50社の、上空から地上、そして若手から役員クラスまでが活用するまでに浸透している。

巨大組織のデジタルツール改革はいかにして行われたのか。全社導入プロジェクト「Awareness」を主導したキーパーソンたちに聞く。

ツール導入の気運を高めたのは“現場の声”

──現場のベテランパイロットにまでGoogle Workspaceの活用が広がっているという話に驚きました。活用促進のために、どのような取り組みを実施されたのでしょうか?
本田 2021年夏、JALグループ全体にGoogle Workspaceを浸透させるプロジェクト「Awareness」を立ち上げました。
 プロジェクトは部門横断型で、パイロットや客室乗務員をはじめ、営業職や整備などの各部門から、江口のように代表者を一人ずつ集めてチームを形成しました。
 具体的な施策は、以下の5つです。
本田 特に手応えがあった施策は、一つ目のトレーニング動画ですね。
 通常、こうしたトレーニングはIT部門や人事部が主導しますが、今回は客室乗務員や整備士といった現場スタッフに講師をお願いしました
 四つ目の座談会も、参加者全員にそれぞれの制服を着てもらって、新整備場で飛行機に囲まれながら撮影したんですよ。
 参加者には、ツール刷新について本音で語り合ってもらいました。「慣れているツールがいい」「導入する意味がわからない」など、あえてリアルな声も盛り込みながら。
 最後に「こんなふうに変わるといいね」とポジティブに締めくくり、30分ほどの動画にまとめました。
江口 さまざまな現場のスタッフが「新しいツールを使いましょう」と呼びかける動画には、説得力を感じてもらえたようです。
 先ほど、長谷部選手が「自分たちが勝った試合の動画を見て士気を高めた」と話されていましたよね。システム移行にも通じるものがあると思います。
 自分たちがツールを使いこなしているイメージを全社で共有することで、ツール刷新の気運が高まったと感じましたから。
本田 10年使った全社ツールの刷新には、「新しいものを手に入れたワクワク感をもって、みんなで働き方をアップデートしよう」といったメッセージも込めていました。
 そのためには「使いたい人だけ使えばいい」という意識では、意味がありません。「若手も役員クラスもみんな使いましょう」と、全方位に働きかけることを心がけましたね。

「仕事の進め方が劇的に変わった」

──Google Workspaceへの移行は、どれくらい時間がかかったのでしょうか。
本田 アナウンスしてから実装まで約1年半です。2022年7月に、JALグループ50社すべて切り替えました。海外拠点の社員3000人も対象とし、英語のマニュアルや説明会も用意しています。
 コストも時間もかかりますが、1社だけでは働き方は変わりませんから
──具体的に、働き方はどのように変わったのでしょうか?
江口 たとえば経理部では、「Google サイト」で経理部のポータルサイトを立ち上げました。
 特別な知識がなくてもサイトが作れましたし、複数人での共同編集は、それぞれが自分のペースで作業を進められてよかったですね。
 資料や議事録も、今はオンラインで共同編集しています。一緒に作業するメンバーで知見を共有できますし、上司のチェックもすぐに反映されます。
 仕事の進め方自体が、劇的に変わった実感がありますね。
本田 Google Workspaceの全社導入から1年が経ちましたが、現在も管理コンソールで組織ごとの利用率をチェックしています。
 やはり1年も経つと、部署によって差が生まれてきますね。個人では使いこなしているが、組織全体での活用はまだまだ……というところもあると聞いています。
 デジタルツールを使いこなす層が育っていけば、組織文化として根づいていくでしょう。その日が来るまで、活用の働きかけを継続していきたいですね。