2023/8/29

いまおさえておきたい、AI活用「4つのステップ」

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
2023年3月、日本企業によるAI活用の実態を調査した「2023年 AI予測調査 日本版」がPwC Japanグループから公表された。調査結果によると、この1年で日本は米国と比べてAI活用に後れを取ったことが浮き彫りになった一方で、「挽回のカギは生成AIにある」ことも示唆されている。果たして、生成AIは日本企業の起爆剤になり得るのか。AI活用を成功に導くために必要なステップや気をつけるべきポイントとは。今年のAI予測調査をリードしたPwCコンサルティング上席執行役 パートナー 兼 PwC Japanグループ データ&アナリティクス/AI Lab リーダーの藤川 琢哉氏と、PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー Analytics Insights 三善 心平氏に、AI活用の現在地と具体的な活用のステップについて話を聞いた。

日本企業のAI活用の現在地

──PwC Japanグループが毎年行っているAI予測調査。2023年のレポートから見えてきた日本企業のAI活用の現状について教えてください。
藤川 PwCはグローバルで企業のAI活用の実態と予測に関する調査を毎年実施しており、当グループとしても「2023年 AI予測調査 日本版」を公表しました。今年で米国では6回目、日本では4回目の調査になります。
 日本における調査は、売上高が500億円以上でAIを導入済み、または導入検討中の企業の部長職以上331名を対象に、2023年3月に実施しました。比較対象となる米国の調査では、売上高50億米ドル以上の企業の幹部1,014名に対して同時期に実施しています。
🗒️「2023年 AI予測調査 日本版」調査概要

🇯🇵:AI導入済みまたは導入検討中で、売上高500億円以上の企業の部長職以上を対象にアンケート調査を実施
● 調査実施時期:2023年3月
● 回答者数:331名
● 調査方法:Web調査

🇺🇸:AI導入済みまたは導入検討中で、売上高50億米ドル以上の企業の幹部を対象にアンケート調査を実施
● 調査実施時期:2023年3月
● 回答者数:1,014名
● 調査方法:Web調査
※調査結果は、端数処理などにより数字の合計が100%にならない場合があります。
 4年前の調査開始当時、日本企業はAI活用で米国企業に水をあけられていましたが、昨年度は日本が米国に追いつくという結果が出ました。
東京工業大学大学院でAIを専攻後、ベリングポイントに入社。同社のPwCネットワークへの加入と社名変更に伴い、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント株式会社に転籍。十数年にわたりデジタル領域のコンサルティング業務に従事。専門はデータアナリティクスをはじめ、サイバーセキュリティ、プライバシー、ITインフラストラクチャなどデジタル領域で幅広い。デジタル先進企業のアカウントリードを7年経験しており、DXにおける先進的な取り組みや課題について知見が豊富。現在はPwCコンサルティングにおけるデータアナリティクスチームの責任者を務める傍ら、CDOを中心としたエグゼクティブに対しDXに関するアドバイスを提供中。
 米国ではコロナ禍により企業活動が停滞するなか、日本企業は投資を継続したことでようやく追いついたわけです。しかし、今年は再び米国に突き放されたという結果が出ています。
 AIの導入状況に関する質問では、日本企業は昨年度から導入企業の割合が増えていないのに対し、米国は昨年の55%から72%に大きく伸びています。昨年の調査結果では大きな差がなかったAI導入状況に、大きな開きが生じる結果となりました。
──米国に追いつきかけていたのが、なぜまた差をつけられてしまったのでしょうか。
藤川 米国の方がコロナ禍からの正常化が早かったことも影響しているでしょうが、最大の要因は日本企業がAI投資の成果を実感できておらず、投資を加速する判断が難しくなっていることだと考えられます。
 AI投資に対してROIを感じているかという質問の回答を見ると、すべての項目で日本は米国を大幅に下回っています。
 個別の効果を見ても、「より良い顧客体験の創出で投資効果を得ている」と回答した日本企業の割合は前年を下回っており、せっかくAIを導入しても十分な効果を感じられていない企業が増えているのです。

起爆剤として期待される生成AI

──せっかく導入したAIに対して、効果を感じられないのはどうしてでしょうか。
藤川 AIは何もせずにいると性能が落ちていくので、適切なメンテナンスとモニタリングが必要です。
 実際、「稼働後のAIモデルの性能が著しく低下し想定していたビジネス効果が出なかった」と回答した日本企業は43%に達しており、米国の23%を大きく上回っています。
 せっかく導入したAIも、性能が低下してしまうと、期待通りの効果は得られません。
 その原因としては、MLOps(AIを運用管理し品質を維持していく仕組み)の整備が追いついていないことが考えられます。米国企業はAIの開発・運用を主に内製で行っているのに対し、日本企業は外注が多いため、メンテナンスが行き届かないのです。
──こうしたAI活用の遅れに対して、本レポートでは生成AIの可能性についても言及されています。
三善 これまではAIに対して誰もが漠然とした期待感を持っていました。しかし、ユーザー自身で扱うには一定のリテラシーが必要で、その中身はデータサイエンティスト等の専門家にしかわからなかったため、プロセスやゴールを共有しにくい状況がありました。
 しかし、誰でも直感的に使える生成AIの登場でその距離が一気に縮まり、経営トップや現場主導でのユースケース創出や活用が容易になっています。これを機に、AIに対する意思決定と効率化が進むことが期待されます。
日系自動車メーカー、外資系統計解析ベンダーを経て現職。自動車メーカーで生産管理、原価管理、経営企画などに携わった後、アナリティクスコンサルタントとして、さまざまな業界・業務課題に対するアナリティクス活用にかかわる案件を多数リード。PwCコンサルティングではデータアナリティクスチームにおいてアナリティクス領域をリードし、AI・マシンラーニングのビジネス活用構想策定、実証実験から仕組み化、AIソリューション提供や人材育成までのプロジェクトを多数手掛ける。
 日本企業は保有するデータが構造化されていないことに加え、サイロ化している傾向も強かった。なのでまずは学習させるデータの構造化からスタートする必要があり、それが出遅れにつながっていました。
 しかし、生成AIはサイロ化したデータに強く、すでに学習済みのAIモデルを使用できるところから始まるため、日本企業の弱点が解消されたことになります。生成AIの登場で日本企業のAI活用が一気に進展する可能性があり、日本企業にとってDX推進の起爆剤にもなり得ると考えます。

AI活用「4つのステップ」

──生成AIをうまく使いこなすには、どのような思考法やアプローチが必要になりますか。
三善 多くの企業は生成AIの使い道として、現行業務の効率化をイメージしており、機械的な作業を自動化するRPAの延長線上のような技術と考える人も少なくないようです。
 スタートはそれでもかまわないのですが、生成AIを単なる効率化ツールだと捉えてしまうともったいない。まず重要なのは、既存業務の延長線という思考の枠をいったんはずして考えることです。
 現行の業務や組織をどう効率化するか、という発想を逆転させ、生成AIを使って自分たちに何ができるのか、というアプローチで考えてみることが大切です。
 また従来、企業でAI活用の中心となっている「教師あり学習」による予測モデルがありますが、こちらを加速させる手段としても検討余地が十分にあります。
藤川 生成AIが浸透すれば、いずれ社会インフラといえる存在になるでしょう。
 その未来をイメージし、ユーザー体験がどう変化していくのか。自社のクライアントやその先の顧客はどうなるか。そのとき自社のビジネスには何が求められるか。
 このように未来志向で想像を膨らませながら、活用のイメージを持つ姿勢が重要だと考えています。
──未来志向の発想も踏まえたうえで、生成AIの活用には具体的にどのようなプロセスのイメージを持っておくといいでしょうか。
三善 業界や個別企業によって必要なプロセスは異なりますが、大きなイメージとしては以下の4つのステップをおさえていただけると良いかと思います。
 ステップ1は、「社内導入期」です。
 まずは顧客接点を伴わない、社内に閉じた既存業務に絞って活用をスタートします。すでに学習済みの汎用モデルを使って、アイデア出しや翻訳、要約などの業務での利用が中心となるでしょう。
 このステップでは、個人レベルでもかまわないのでまずは日々の業務で触ってみて、慣れることが重要です。そうすることで、「将来この技術を活用して何ができるか」「どんなリスクが考えられるか」ということがイメージしやすくなり、次のステップへの移行がスムーズになります。
 ステップ2は、社外にも活用の幅を広げる「社外接点活用期」です。
 顧客からの問い合わせや情報発信など、社外接点を伴う業務に活用していきます。あわせて、自社や部門固有のデータを連携させることも検討しましょう。
 業務マニュアルや製品データ、関連する法令などの社内外データを連携させて、アウトプットへの活用を進めていきます。
 ステップ3は、独自データを学習させることで、生成AIに任せたい新しい業務や価値を生み出す「固有価値創出期」です。
 たとえば、広告のキャッチコピーを生成させようとする場合、AIが一般的な言語体系としての日本語や英語を学習しているだけでは不十分だと言われています。
 キャッチコピーは通常使われる話し言葉や書き言葉の法則とは異なる独特の言葉の使い方がされることが多いので、キャッチコピーにふさわしい言語体系を学習させる必要があります。
 ステップ4は、独自の大規模言語モデル(LLM)そのものを自社で研究開発する「独自モデル開発期」です。
 必ずしもすべての企業がこのステップに進む必要はありませんし、逆に1から3までのステップを飛ばして最初からこのフェーズに入る企業も想定されます。
 たとえば、弁護士事務所の場合、いつかAI弁護士が登場して自社が市場から取り残されてしまうような未来を阻むためには、自社で独自モデルを開発してどこよりも優秀な弁護士AIをつくる戦略などが考えられます。
 自社ビジネスがディスラプトされる可能性が高い業界では特に、このステップは社内活用に優先して取り組む必要があるかもしれません。
 すでにAIを活用している日本企業の現状としては、ステップ1のフェーズにあって2へ移ろうとしている企業と、3まで進む必要があるかどうかを検討している企業が多い印象です。

AI活用リスクの4分類

──生成AIの導入・活用には多くのハードルや落とし穴も潜んでいます。企業が気をつけるべきリスクや、向き合い方についてお聞かせください。
藤川 AI活用を規制する法令整備については、意識しておく必要があります。特に、世界に先駆けて欧州議会で承認されたEUの「AI規則案」は、日本企業にも影響が大きく、他の国のルールにも影響を与える可能性があります。
 EUのAI規則案では、AI活用のリスクを「許容できないリスク」「ハイリスク」「限定リスク」「最小リスク」という4類型に分類しています。
 たとえば「ハイリスク」には生体認証でのAI活用への言及が含まれており、これは日本企業も意識しておきたい領域です。
 この規則は罰則が非常に厳しく、最も重い場合はグローバル売上高の7%もの罰金を科されてしまいます。
 たとえEUと直接の取引がなくても、EUにユーザーがいれば対象になってしまいます。いずれ日本でも法令化されるでしょうが、こうしたルールに抵触する事業であれば継続を断念する決断も必要になります。
三善 こうした目に見えるリスクには粛々と対応すべきではありますが、漠然としたリスクを過度に警戒する企業や、イメージだけで導入に二の足を踏む企業も多くあります。
 たとえば、対話におけるリスクを危険視する声は多いのですが、ユーザーに提供するインターフェースは必ずしも対話型である必要はありません。一つひとつのリスクの本質を丁寧に見極めていくことも大切です。
藤川 AIだけに限りませんが、一歩前に出てトライしなければ、その先にある恩恵を受けることはできません。
 リスクを意識し過ぎて導入しないという判断をした企業は、大きなビジネスチャンスを失い、機会損失という新たなリスクを負うことも忘れてはいけないでしょう。
──お二人は日本企業のAI活用を支援する立場にありますが、今後AIを武器に日本企業が飛躍するためにどのようなサポートをしていきたいと考えていますか。
藤川 まずは、生成AIは単なる業務効率化ツールの枠をこえ、社会と自社のビジネスを再デザインするインフラになり得る可能性を持っていることをメッセージとして発信していきたいと思います。
 また日本企業はリスクに対してセンシティブになり過ぎている一面もあるので、一度原点に立ち戻り、大きな可能性を持つ技術を取り入れようとする積極的な姿勢を取り戻すための支援も重要だと考えています。
三善 生成AIは、日本企業が大きく飛躍するきっかけになる可能性を持っていると私は期待しています。一方で、企業が新しい技術を導入するとなると情報システム部門に一任されがちで、それが現場との乖離を生んでしまうこともあります。
 特に生成AIは従来の技術と異なり、業務部門の関心やニーズが非常に高いため、攻めと守りの両面において技術と業務の綿密な連携がより求められると言えます。
 中長期での活用計画や組織改革をトップダウンで推進することも重要ですが、経営と現場の分断を起こさないためにも、うまく私たちの知見や実行力を活用いただけると嬉しく思います。
 今日お話しした内容の他にも、AIの可能性や活用法について色々とシェアできることはあります。AI領域でお悩みやビジネスヒントをお探しでしたら、ぜひ気軽に私たちを活用いただければと思います。