2023/8/28

知られざる難病。「重症筋無力症」を抱えて社会で生きるということ

NewsPicks / Brand Design editor
「怠けているように見える」「ただのストレスではないか?」
 その病気の存在が知られていないことで、周囲から誤解されてしまう人たちがいる。
「重症筋無力症(別名、MG)」は、厚生労働省が指定する「難病」の一つだ。
 日本では約2万9000人(※1)、世界では約70万人(※2)の患者がいると言われている。
 MGの症状は、周囲からは見えづらい、という特徴を持つ。
 また、病気の認知度の低さから周囲の人の無理解に苦しみ、仕事を辞めざるを得ない人も多いという。
 そんな難病の治療薬を製造販売しているのが、アルジェニクスジャパンだ。アルジェニクスは医療用医薬品の研究開発や製造販売だけでなく、病気の認知と理解を広げる活動も積極的に行っている。
 本記事では、父親の難病に向き合った経験を持つフリーアナウンサーの小島奈津子を迎え、MGの当事者として現在も闘病を続けている声優の野下真歩、アルジェニクスジャパン株式会社代表取締役社長のヘルマン・ストレンガーとの対話を通じて、MGを取り巻く問題や当事者の声、取り組みについて迫った。
※1.公益財団法人難病医学研究財団 難病情報センター
※2.Sanders DB, et al. Neurology. 2016; 87(4): 419-25

難病、重症筋無力症(MG)とは

小島 怠けているのではないかと勘違いされてしまうこともある病気だと伺っていますが、具体的にどんな症状が出るのでしょうか?
ヘルマン MGは、神経と筋肉をつなぐ接合部分に障がいが起こる病気で、筋肉の力が弱くなり、力が入りづらくなります。
 人間はさまざまな場面で無意識に筋肉を使っていますから、MGの患者さんは日常生活にも影響が出ます。
 例えば、まぶたが開きづらくなって視界がボヤけたり、腕を上げる動作が辛くなって、疲れやすくなることも。
 休む回数が多くなると、病気のことを知らない周りの人からは「怠けている」と評価されてしまい、仕事や社会活動への参加機会を失ってしまうことも起きていますね。
 私たちアルジェニクスは、MGをはじめとした自己免疫疾患を主な対象に、抗体治療薬をお届けしながら、患者さんへのこうした誤解も解かなくてはいけないと考えています。
小島 野下さんは当事者として、周囲から理解されない状況を経験されてきたのでしょうか?
野下 そうですね。私の外見からは、MGの患者だとは分からないと思います。
 でも実際は、ヘルマンさんが言うような症状が出ていました。知り合い一人ひとりに自分の状態を説明することも難しく、まさに理解が得られにくい病気だと感じますね。
 靴下をはくときに足が上がらないとか、お皿程度の重さのものでも重たくて、洗い物をしているだけで落としてしまうとか、日常生活のほんの小さな動作も難しくなります。
 今の体調はほぼ寛解(かんかい)状態でありながら、治療のための入院が決まっているなど治療はまだ必要ですが、仕事をしながら日常生活はなんとか送れています。

難病を抱えて生きる不安と、安堵

小島 ご自身がMGだと気づいたのはどのタイミングでしたか?ある日、突然動かなくなる感覚なのでしょうか。
野下 いえ、MGの自覚症状は突然倒れたりするのではなく、徐々に体の異変に気付いてくる場合が多いと思います。
 私もMGと診断される前は「鼻声かな、風邪を引いているのかな」くらいの自覚症状から始まったので、当初はまったく関係のない耳鼻科に通っていたくらいでした。
 周囲からは「ストレスなんじゃないの?」「気のせいでは?」と言われました。自分でも「もしかして、気持ちの問題なのかな」と思ってしまうことがありました。
 でも、そこからだんだん手足に力が入らなくなる、ベッドから起き上がれなくなる、まぶたも開けられなくなる……という具合で症状が悪化していきました。
小島 お仕事にも大きな影響が出たと思います。
野下 そうですね。酷いときは、数字でいうと1から20まで声に出して数えられなくなってしまったほどで。
 ほぼ喋ることができなくなったり、台本の文字も読めなくなってきて、もう声の仕事ができないのではないかと、とても不安でした。
 先が見えなくて、正直なところかなり落ち込みましたね……。
小島 それは辛かったですね……。しっかり診断を受けて初めて病名を知ったときは、どう感じましたか?
野下 診断を受けるまでは、重症筋無力症もMGも聞いたことがない病名でしたし、まさか自分が難病になるなんて思ってもいませんでした。
 たしかに自分に与えられた病名にはびっくりしたし、ショックでした。でも、体の不調が続いて原因が分からないまま過ごした期間はずっと怖かったです。
 だから、ちゃんと診断名が付いたときは、ある意味でほっとした部分もあったことを覚えています。

病気でいいことは何もない、でも

小島 私も家族の立場で父の難病に向き合う中で、原因が分からず不安を感じていた時期がありました。
 診断名が出てほっとしたという野下さんのお気持ち、共感します。不安の元となっていた原因が分かり、適切な治療がはじめられること、さらにそこから周囲の理解がはじまり安心した、ということだと思います。
 野下さんが自らの病名を公表したのは、どのような想いがあったからなのでしょう。
野下 実は初めは、MGを知ってもらうために、カミングアウトしたわけではないんです。
 私の場合、長い入院治療が必要だったこともあり、病名を伝えないと周囲から心配されてしまう。
 そこに突然「私は難病です。重症筋無力症です」と言っても、果たして伝わるのか、どんな反応をされるのか不安でしたし、伝え方も悩みました。
入院のために仕事のスケジュールを調整することも。写真:野下さん提供
 そんな中で当時、献血から作られる薬を投与する治療を受けていました。そのことをSNSに何気なく書いたら、見てくれた人たちから、
「献血には何気なく参加しているけど、薬になって役立つんだ」「献血に行きます」などの反応をもらいました。
何気なく投稿したSNSに大きな反響が。写真:野下さん提供
 そこからMGのことを知ってもらったり、応援してくれる人も出てきて、今に至ります。
小島 そこから、ポジティブな体験もあったのでしょうか?
野下 正直なところ、ポジティブな体験を思い出すのは難しいです。病気になっていいことは何もなかったですし、病気にならなければどんな人生だったかな、と思うこともたくさんあります。
 でも普段、生活や仕事で本当にたくさんの人に支えてもらっていることに気づきましたし、仕事のスケジュール調整は申し訳なく思いつつも、事務所のスタッフの方たちも理解して協力してくれます。
 あるスタッフに「芸の肥やしだと思ってがんばりなさい」と言ってもらったことは、自分にとって今の状況を前向きに捉えられる言葉になりました。この人生経験を、役を演じる上での糧にしていきたいと思います。
 まだ悩みながらではありますが、少しでも同じような悩みを持つ方にとって助けになればいいなという気持ちで、情報発信の活動を続けています。

最適な治療を行える社会基盤をつくる

小島 アルジェニクスジャパンは創薬の研究開発だけでなく、病気の啓発活動も具体的にされているそうですね。
ヘルマン はい。MG患者さんやご家族が直面している課題を広く社会に理解してもらうことを目的に、毎年6月になると「重症筋無力症啓発月間」として世界的に発信活動が行われるんです。
スローガンのロゴ:アルジェニクスジャパン提供
 今年私たちは、患者さんの実話をもとにした「MG患者さんとつくるマンガ動画」をYouTubeで配信したり、メディアの方々に広く知ってもらうためのセミナーを実施しました。
 いずれも野下さんにさまざまな形でご協力いただきました。
野下 マンガ動画では、声優として私の声を当てる機会をいただいて、貴重な経験でした。
 見た目からは分かりにくいMGという病気を分かりやすい表現にしていただいたことで、たくさんの方に見て知ってもらえますから、一人の患者としても嬉しく思います。
小島 アルジェニクスジャパンの社内では、ワークショップも行ったのだとか?
ヘルマン そうですね。社員がいくつかのチームに分かれて、患者さんが日々の生活の中で直面している課題から、自分たちには何ができるのかを具体的に掘り下げて考えました。
 患者さんの数だけ悩みの種類はあります。仕事や家庭環境によってもさまざま。実際の患者さんのお話しをもとに、会社としてのサポート方法を考え洗い出しました。
小島 一般的に薬をつくることが目的である製薬会社が、そうした活動に注力するのはなぜですか。
ヘルマン 「新薬を開発して、患者さんの役に立つこと」。それが根本にある、私たちのミッションです。
 新薬は開発されて市場に登場するまで少なくとも10年は必要です。プロジェクトの成功確率も極めて低い。それでも、未だ有効な治療方法がない希少疾患の分野に注力した薬をつくり、届ける。これが当社の第一の使命だと考えています。
 また、MGのように見た目では気付かれにくい疾患について、患者団体や医師と協力しながら、啓発活動を続けていくことも、当社にとって重要な責務です。
 そうした活動を継続することで、患者さんがすぐに必要な情報や医療にアクセスでき、ご家族や職場の方々などへの理解にもつながっているためです。
野下 私は新薬が出たタイミングでアルジェニクスジャパンさんの活動を知ったのですが、今のお話を聞くと、裏側の見えないところでたくさんの社員さんが関わっていることが分かります。
 私たち患者にも見えるかたちでMGという病気に向き合ってくれているのは、すごく心強いですね。

「謙虚さ」が経営の中核

小島 一方で、希少な病気の創薬に取り組むのはなぜでしょうか。事業の観点からも教えてください。
ヘルマン たしかに、ご指摘の通り希少疾患の患者さんの数は多くありません。
 当社には、MGを適応症として承認を得ている医薬品があります。適応症とは、厚生労働省が「この病気の治療に使っていい」と認可した医薬品の使用対象の疾患のことです。
 一つの疾患に対する薬を開発した後、もし別の疾患で承認された場合は、ビジネスの機会を広げることができます
 患者さんの社会生活に深刻な影響を与える難病だからこそ、治療薬の医療ニーズは非常に高い。そこが私たちのビジネスの肝だと考えています。
小島 患者さんと長くお付き合いしていくなかで、別の病気を持つ人のためにもなる、ということですね。
ヘルマン はい。何よりも大切なことは、患者さんのお役に立つことです。
当事者の方の声に耳を傾けることで、本当に必要な手段をつくっていく。
 そうした行動を支える理念として、当社には5つのバリューがあります。
同社資料より作成
 中でも特徴的なのが、「謙虚さ」と「共同・協力による創造(Co-creation)」です。
 常に謙虚な態度で相手の立場になって課題を考え、患者さんと共に新しいソリューションを作っていく。アルジェニクスの創始者はそのように考え、この会社を設立しました。
 これが、当社の経営における中核の考えであり、市場への向き合い方を表しています。

認知と理解の更なる普及をめざす

小島 いち患者さんの立場から、これからの製薬企業に期待することは何ですか?
野下 私の体調もいつまた悪化するかも分かりません。
 現在の治療方法が効かなくなってしまったらどうしよう、という不安がある中で、アルジェニクスジャパンさんのような製薬会社さんが難病を研究し、新しい薬を開発してくださっていることは、患者として希望になります。
 今は治らない病気ですけど、いつかは治るようになるといいなと思っています。
 私も、絶対にあきらめずにがんばっていかなきゃって、思います。
ヘルマン そのように言っていただけて、私も嬉しいです。がんばります。
小島 ヘルマンさん、今後の日本での展開について教えてください。
ヘルマン 私たちは、抗体医薬品の開発に特化した、自己免疫疾患の治療薬を開発するリーディングカンパニーを目指します。
 事業としては、開発品目や疾患領域、適応症の範囲も拡大していきます。
 当社には、アメリカでの承認のわずか1か月後に、日本で承認を取得した実績があります。よく「日本は医薬品の承認が遅い」と言われますが、必ずしも諸外国と比べていつも遅れているわけではありません。
 引き続き、啓発活動も続けていくつもりです。科学的な知識が豊富な方にも、できるだけMGや製品について知っていただきたいですね。
 日本には、希少疾患の領域であっても、多くの専門医が研究をされています。
 そうした皆さんと協力しながら、患者さんのメリットになるような活動をこれからも進めてまいります。