2023/8/14

半導体開発のイノベーションの鍵を握る、半導体製造装置「静電チャック」とは

 日本特殊陶業とNewsPicksがタッグを組んで送る、新番組「Niterra Files」(ニテラファイルズ)。

 “技術者”たちのイノベーションにスポットを当て、未来のビジネスのヒントを探りファイリングしていく番組です。

 全3回(予定)の放送を通し、未来を担う最先端技術を専門家とともに深掘りしていきます。
 世界中で需要が拡大している半導体。実は、半導体のさらなるイノベーションの鍵を握るのは、その製造装置だと言われています。ニテラファイルズ第2回は、製造装置のひとつである「静電チャック」をテーマにお届け。
 MCは古坂大魔王さんと鷲見玲奈さん。ゲストは、一橋ビジネススクールの楠木建さん、国際技術ジャーナリストの津田建二さん、NTKセラテック※ 技術開発本部 第1技術開発部長の上松秀樹さんです。
 日本特殊陶業が静電チャック事業を拡大させてきた道のりと、イノベーションに必要なマインドに迫ります。
 ※NTKセラテックは日本特殊陶業のグループ会社

日本の強みは、半導体製造装置にあった

古坂 さあ始まりましたニテラファイルズ。司会の古坂大魔王です。
鷲見 鷲見玲奈です。よろしくお願いします。
古坂 今日のテーマはなんでしょう?
鷲見 今日の主役はこちらです! 結構重くて、4〜5キロはありそうです。何か分かりますか?
楠木 これは静電チャックです。
鷲見 そうです。こちらは、静電チャックと呼ばれる半導体を作るための装置です。静電チャックについて知る前に、まずは半導体について学びましょう。国際技術ジャーナリストの津田建二さんにお越しいただきました。半導体とは何か教えていただけますか。
津田 半導体は “半分”導体という意味です。電気をよく流す金属などを導体と呼び、電気を流さないガラスなどを絶縁体と呼びますよね。半導体はその中間で、電気を通したり通さなかったりするスイッチの役割をしています。
鷲見 半導体は国際的に需要が高く、なかなか手に入りづらくなってしまったそうですね。
津田 実は半導体は、適正な量を作ることが難しいのです。例えるならば、ビルを建設するのと似ています。20階建てのビルを2階までできた段階でもう要らないと言われたらどうですか?
鷲見 困ります。
津田 このまま待つか更地にするしかないですよね。半導体も同じで、製造に3ヶ月くらいかかります。急な供給や生産ストップには対応できません。
鷲見 日本の半導体の製造状況はいかがでしょうか?
津田 実は1980年代前半から1990年代前半まで日本の半導体は世界シェアの5割近くもありました。高い競争能力があったのですが工場をなくして製造を減らしてしまいました。
楠木 かつては半導体といえば日本のものでした。日本のシェアが高すぎて貿易規制が強まったこともあるほどです。
津田 現在も作っていますが、規模が縮小して世界シェアの10%ほどになっています。
古坂 半導体の製造が減った日本ですが、半導体製造のためには日本の部品メーカーが欠かせないという話を聞きました。本当ですか?
津田 その通りで、日本は半導体製造装置を作る人たちが強いのです。
古坂 そろそろ静電チャックが登場しますか?
鷲見 では、この静電チャックが半導体製造にどう関わるのか見ていきましょう。

半導体製造のイノベーションに不可欠な、静電チャックとは

 半導体の製造工程を理解するために、愛知県にある名古屋大学の低温プラズマ科学研究センターの初代センター長である堀勝先生に話を伺いました。堀先生は40年以上にわたりプラズマ科学の開拓に携わる世界的なプラズマ研究者です。
 プラズマとは、電子よりもさらに小さな粒子が飛び交う不安定な状態のことで、第4の物質とも言われています。反応や処理速度が高く、あらゆる産業で活用されています。そんなプラズマは、半導体製造にどう使われているのでしょうか。
「こちらが、半導体の材料である「シリコンウェハ(以下、ウェハ)」です。このウェハに1000回以上の工程を施して、皆さんのスマホの中の半導体チップが生まれています。プラズマの粒子をウェハに叩きつけることで超微細な構造を作ります。現在では、その加工の寸法が水素原子たった8個分の2nm(※)になろうとしています」※nm=mmの100万分の1
 半導体の材料であるウェハを超微細・超精密に削り出すのがプラズマ。では、静電チャックにはどのような役割があるのでしょうか。
「超微細加工をするために、ウェハの温度を絶えず一定に保つことが非常に重要です。温度がたった1℃でも上昇すると、精密な加工ができなくなります。その温度管理を担うのが静電チャックです」
 プラズマがウェハを加工する際、その表面温度は数千℃まで達します。ウェハの端から端まで1℃の誤差も許さず均一な温度に保つことは繊細で高度な技術が要されます。
「静電チャックがなければこのような半導体製造はできません。今後ますます精密な加工と厳しい温度管理が求められます。したがって静電チャックのさらなる開発なくして、半導体製造のイノベーションは起こりません。静電チャックの開発こそが、半導体製造の核心を握っていると言えるかもしれません」

超微細加工と厳密な温度管理を支える日本特殊陶業の技術

(スタジオトーク)
鷲見 静電チャックについてさらにお聞きするため、静電チャックの製造をしているNTKセラテック 技術開発本部 第1技術開発部長の上松秀樹さんにお越しいただきました。
上松 よろしくお願いします。今日は加工する前のウェハをお持ちしました。
鷲見 鏡みたいですね。
上松 この中に、電子回路を3次元的に組み上げて加工すると、何百個とチップが並んだ一枚のウェハが出来上がります。
古坂 触った感じは普通のアルミに似ています。
鷲見 このウェハを静電チャックの上で固定するんですね。静電チャックをよく見ると物質が通る穴や溝など、いろんな構造があります。
上松 この構造は、温度管理のためのものです。プラズマでウェハを加工すると数千℃の熱が発生します。金属板の中に冷媒を流して熱を取り除きつつ、ヒーターで温度をコントロールしています。この温度管理は人間がコントロールできるスピードではないためコンピューターで制御しています。
古坂 とんでもない速さと正確さで温度が調整されているのですね。この静電チャックを日本特殊陶業が作っているのですか?
上松 はい、我々が作った製品です。この白い部分がセラミックスになります。
津田 ウェハは、製造過程で細かくいろんな膜をつけるため自然とストレスがかかって歪んでしまいます。だから静電チャックは、露光した時にズレないようにウェハを真っ平にする役割もあります。
鷲見 ウェハに負担を与えないように静電チャックの上に乗せて、さらには温度管理もしないといけないのですね。では、この静電チャックについてさらに詳しく見てみましょう。

難易度が高まるほど、自社に有利な状況になる

 静電チャックを作るには、セラミックスのシートを加工し何層にも積み重ねます。そこに電極の通り道となる溝や穴を加工。メーカーの要望によって構造が変わるため、同じ形のものはありません。
三輪「様々な機能のヒーターや、静電気を発生させる吸着電極をセラミックスとセラミックスの間に挟み込みます。ミルフィーユのような構造になっており、クリームのところが電極のイメージです。そうしてセラミックスを何層も重ねて機能を追加できることが、日本特殊陶業の一番の売りになっています」
 静電チャックの製造には、日本特殊陶業が培ってきた極めて薄いセラミックスを作る技術が生かされていました。
三輪「電化製品が小さくなるにつれ、ウェハのチップも小さくなりました。今後さらに複雑で高精度なものが求められています。その複雑な構造を実現できることが日本特殊陶業の強みなので、複雑になればなるほど有利になってくると思います」
(スタジオトーク)
鷲見 静電チャックを作る過程で、セラミックスを薄くシート状にすることが日本特殊陶業の強みなのでしょうか?
上松 そうです。静電チャックは装置全体が一つのヒーターになっているわけではなく、ゾーンを分けて温度を細かく調整しています。開発当初は1ゾーン、4ゾーンでしたが、現在は20数ゾーンまで増えました。
古坂 この中に20数個のゾーンが。
上松 今後は100を超えるゾーン分けが予想されます。静電チャックは、静電引力でウェハを固定する仕組みになっています。この中には、ウェハを固定するための電極と、温度をコントロールする電極、そして企業秘密の電極が入っています。そして電流をZ軸方向にも行き渡らせ、3次元的な電気回路が10〜20層にも静電チャックの中で重なり合わさっています。
鷲見 セラミックスは絶縁体でそれぞれ干渉しないため、日本特殊陶業の強みになっているのですね。複雑になるほどできることも増えると。
上松 半導体デバイスの製造プロセスは、まずIntelさんなどのエンドユーザーが希望のデザインを、半導体装置メーカーに依頼します。半導体をどのように作るかは、半導体装置メーカーの提案力が試される部分です。どういう風に作りたいか静電チャックを設計し、パーツメーカーである私たちに製造を発注します。
古坂 そもそもの話に戻ってしまいますが、日本特殊陶業にとって静電チャックは既存事業とは全く別の領域だったと思います。社内の誰かがたまたま「静電チャックやってみない?」と提案した人がいたのでしょうか?
鷲見 いいところに気がつきました。どのようにこの静電チャック事業が大きくなったのか見ていきましょう。そこには様々なビジネスヒントが隠されていました。

諦めずに考え続けることで実績は積み上がる

 日本特殊陶業は、50年以上も前からセラミックを使った半導体のパッケージを製造しており、老舗メーカーとしての豊富な経験と品質の高さが評判でした。一方で、半導体ビジネスを伸ばすために新製品の開発も行っていました。その一つが静電チャックでした。
亀山「日本特殊陶業はパーツメーカーなので、小物の製品が主流です。一方で静電チャックは直径150mm、300mmと他のパーツよりも大きく、社内では異質の存在でした」
 後発メーカーとして研究開発が始まった静電チャック。実績を持たない日本特殊陶業は長年どの企業からも相手にされていませんでした。しかし、当時課長を務めていた森田直年さんは大きな可能性を感じていました。シート加工したセラミックスを積層する技術は大きな強みになるのだと。
亀山「静電チャック事業は、森田さんの着想からすべてスタートしました」
 ある日、いつものように営業に訪れた得意先で静電チャックの開発を依頼され、製品化への大チャンスが巡ってきました。ここからチーム森田の挑戦が始まります。
亀山「当時のチームメンバーは4〜5名でした。設計しながら製品を作り、検査や段ボール詰めまでみんなが手分けして全部やっていた時代です」
 初めての製品化かつ少数精鋭でのチャレンジ。顧客の要望に応えようと、夜遅くまで設計図を書き直すこともありました。数ヶ月かけて納品するも、顧客からは不良品だと苦情の電話が。渾身のデビュー作は苦い結果に終わりました。先方が要求する高レベルで緻密な温度管理がどうしても上手くいかなかったのです。それでも諦めなかったのは、彼らの深いポリシーに理由がありました。
三輪「新しい技術を生み出すことができないか、常に考え続けています。いろいろな注文をアグレッシブに答えるため、まずは『やってみます』と答えるようにしています」
亀山「最初は不良ばかりで、80回以上も改良を重ねました。もうこれで最後だと言われた締め切り直前にお客様の求めるパフォーマンスが出て、やっと発売までたどり着きました」
 厳しい競争の世界で、無理難題にも決して根を上げずに食らいつき、製品化へとたどり着いた静電チャック。手探りで始めた事業は、今では250名以上が携わり、日本特殊陶業を支える大きな柱の一つとなりました。

とんがった(特殊な)ものにこそ投資をせよ

(スタジオトーク)
鷲見 それにしてもすごいですね。最初は「まずやってみよう」から始まったと。
楠木 本件に限らず、日本特殊陶業には明確なコア技術がいくつかあります。他社にはない技術をどう活かしていくのかをずっと考えている。その時点で、日本特殊陶業以外にはできないことに投資するチャンスが既に生まれているわけです。
上松 その後の我々の会社のシェアは年々伸びています。自社の特殊な技術があるからこそ、徐々にお客様にも採用されて広がっていると思います。
楠木 取引先に納品して、実際に先方が使ってみて改良を求める電話がかかってくる。このフィードバックの回数が非常に重要だと思います。上松さんいかがでしょうか?
上松 当時は我々も後発メーカーだったため、自社で製品の評価ができませんでした。まずはお客様のところに持っていって評価いただいて、ダメなら素早く次の手を打っていました。常に二の手三の手を打つというのは、今も変わらない姿勢です。
鷲見 次の一手を重要視しているのですね。
古坂 シェアが伸びている一方で、現在日本特殊陶業としての課題はあるのでしょうか?
上松 台湾の半導体メーカーTSMC(台湾積体電路製造)の現在の消費電力量は、発展途上国の小国ほどの規模感があると言われています。まずその消費電力を抑えていかないと、今後は許されないだろうと考えています。
古坂 環境のことも気にしないといけないのですね。
上松 電力量を減らすことは、コスト削減にも直結します。つまり、良いものを作れば利益になり、環境にも優しくなるわけです。
津田 半導体の今までの歴史を見ていると、どんどん消費電力を下げています。この技術は日本の技術の強みですから、井の中の蛙にならず、外の世界でビジネスを広げる良いモデルになると思います。
鷲見 古坂さん、今日はいかがでしたか?
古坂 半導体だけではなく、静電チャックまで知ることができました。
 最近、“幸せ”についてよく考えています。例えば欲しかったものがスマホのタップひとつで届く。そんな便利な生活を叶えてくれるスマホの部品をひとつひとつ読み解いてみると、そこには半導体があり、半導体を作るためには静電チャックがありました。
 身近に使っているものの“川上”を知ると、様々な人の思いや時間が詰まっていることに気づきます。私たちはその結晶を指先ひとつで享受している。これってとても幸せなことだと、今日のお話を聞いて気づきました。
鷲見 新しく触れる単語が毎回あって学びになりますね。ありがとうございました。
動画視聴はこちら