2023/8/9

「人工知能×哲学」の共犯。異色の商談解析AIの正体とは

NewsPicks / Brand Design editor
 近年、ChatGPTをはじめとした生成AI関連のサービスが急速に発達し、スタートアップにもその波が到来している。
 さまざまなAIサービスが登場するなか、サービスローンチから1年弱という短い期間で、異例の成果を上げているAI企業がある。
 2023年5月26日に開催された国内最大級のスタートアップカンファレンス B Dash Camp 2023 Spring in Sapporo 内で開催されたピッチコンテスト「Pitch Arena」の Final Roundで優勝を勝ち取ったPoetics(ポエティクス)だ。
 彼らの武器は、独自のAI解析技術を用いて開発された営業DXツール「JamRoll(ジャムロール)」。オンライン商談における話者の「感情」をAIで解析し、その場にいないメンバーにもひと目で商談のポイントや改善点が可視化される。
 SaaSの月次の売り上げ平均成長率が2.1%〜4.5%と言われているなか、JamRollは正式リリース後、月次平均成長率27.5%と急成長を続けている。
 PoeticsにはAIエンジニアだけではなく、数学者や哲学者、アーティストなど多様な専門家が所属し、「人文知と科学で21世紀の詩学をつくる」という一風変わったテーマを持つ点もユニークだ。
 代表を務める山崎はずむ氏に、サービス成長の理由から、多領域の専門家が属する組織構造の背景、そしてビジョンや取り組みに秘めた哲学について聞いた。

本質的な営業DXが求められている

──「Pitch Arena Final」優勝、おめでとうございます。反響はいかがですか。
 イベント後、案件のお問い合わせが4〜5倍増えました。6月の売り上げも前月比3倍くらいにアップしたのでありがたいですね。
コンピューターサイエンスと人文科学を組み合わせて音声・言語解析AIを開発するPoeticsのCEO。バックグラウンドは人文科学。これまでICT Spring (ルクセンブルク)など国際的なピッチ・コンテストで6度優勝しているほか、IFA Next 2019(ベルリン)やInnovex 2019(台北)など国際的なテック・カンファレンスでAIに関するキー・ノートを担当。 東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。 ニューヨーク大学大学院客員研究員(2013-14年)。 青山学院大学社会情報学部特別研究員(2017-2019年)。
 サービス自体が導入しやすいものだからこそ、その場で商談が決まったりもして。認知だけではなく、営業の数字にも結果が表れたことに、改めてピッチの影響力を感じました。
──優勝のきっかけとなったサービス「JamRoll(ジャムロール)」について教えてください。
 オンライン商談の内容を自動録音・録画し、お客様との会話を分析することで営業生産性を向上させるプロダクトです。
 音声認識や感情解析、会話解析のAIにより情報分析・共有を自動化。商談の改善ポイントを営業にフィードバックできるほか、属人化した営業ノウハウを社内で共有しやすくするなど、営業教育の側面も担っています。
 また、SFA/CRMツールへの自動入力の機能も持っています。
──リリースから1年弱で、数百社の企業がサービスを導入しています。ニーズは何ですか。
 営業改革に手が回っていない、という日本の現状があります。コロナ禍ではZoomやSlackといったコミュニケーションツールを導入するフェーズでした。
 導入のフェーズが過ぎた今、本質的な営業DXを実現するためには「CRMやSFAをとりあえず入れておけばOK」というわけにはいかないことを、各企業が気付き始めていますよね。
──本質的な営業DX……?
 そもそも営業活動は、オンライン・オフラインかかわらず、身体的なコミュニケーションに依存する部分が大きいので、楽器演奏やスポーツに似ている側面があると考えています。
 野球にたとえてみましょう。
 野球のスコアボードだけを見ていても、そこから得られる情報は少ないですよね。それだけではなく、それぞれの選手がどんな打ち方をして、どんな投球方法だったのかを細かく分析することが重要なはずです。
 一方、営業に立ち戻ると、営業マネージャーはメンバー一人ひとりの現場に同行するほかなく、時間的な制約から目を配る余裕がありませんでした。
スコアボードだけ見ても実態は分からない。
 コロナ禍を経て「守破離」の「守」の部分であるトークスクリプトを個別最適化する、という今までフォーカスしてこなかった部分に、企業が目を向け始めています。
 そのうえで、最近ではインサイドセールスやフィールドセールス、カスタマーサクセスが在籍しているような「The Model」の営業体制をしているスタートアップからお問い合わせをいただくことが多いですね。また、エンタープライズの導入も増えてきています。
「いかにセールスの領域を改革していくか」という課題の解決策として、私たちのサービスを使っていただけるようになりました。
──なぜ営業DXに特化したプロダクトの開発に至ったのでしょうか。
 私たちはもともと、音声情報から人の感情などを解析し、言語処理する人工知能を開発する会社としてスタートしました。
 人工知能を作るとき、必ずと言っていいほどぶつかる壁は「学習に必要なデータをどのように取得するか」ということ。
 研究する音声情報──特に生の会話音声は、オンライン上にアーカイブが公開されていることがまずありません。従来は学習するためのデータの取得が困難でした。
 やがてコロナ禍に突入し、ほぼすべてのビジネスコミュニケーションがオンライン化されました。今まで取れなかったデータが取れる可能性が見えたことが、プロダクトの開発の後押しになりました。
 生の会話データを取得し、自分たちの人工知能を強靭(じん)にしていくために開発されたプロダクト。それがJamRollなんです。
 同時に、コロナ禍では対面での商談機会が失われ、アイスブレイクやエレベータートーク、「飲みに行きましょう」という接待も難しくなりました。
 どの企業も本質的な「営業力」を見直す段階に突入した、と感じています。
 今後もオンラインで商談を行う流れはしばらく定着するはず。そこでセールスの領域で、プロダクトの最適化を図ることに決めました。

高性能AIとフェアな情報共有による差別化

── 営業はコミュニケーション能力であるとか、センスが必要なもの、という印象がまだ一般的に残っていますね。
 そうですね。まだサイエンスの力が介入していない領域だからこそ、AIやデータを活用することで営業活動のあり方を根本的に改善することができると考えています。
 営業は「根性論」に陥りがちです。セールスコミュニケーションのノウハウも「トップセールスのトークスクリプトを全員が真似すれば、商談は取れる!」と画一的な場面も多い。
 また野球にたとえてしまいますが、骨格も得意分野も異なる選手全員に、同じフォームを強いているのと一緒です。
 野球選手が他の選手のプレーを研究して技を盗むように、「この人の技を参考にしよう」という知見を共有し、変化球のバリエーションを開拓できるようなプラットフォームがあれば、画一的な営業文化を打破できると思いました。
 実は「JamRoll」というプロダクトの名前は、ジャズの即興演奏から取っています。
 一つの決まった譜面に沿って演奏するのではなく、他人の演奏に触発されて別のフレーズを生み出していく……という世界観が、ビジネスの現場でも生み出せたらいいな、と考えています。
──そこでなぜAIが役に立つのでしょうか。
 口では「ありがとう」と言っているけれど、電話口の相手がネガティブな感情を抱いているのがわかる……なんて経験をしたことはありませんか?
 実は、人が相手の喜怒哀楽を察知するには「しゃべっている内容」と「声色」の両方が重要なんです。
 JamRollでは言語情報だけではなく、音声情報からも感情を解析することで、商談相手のポジティブ、ネガティブな反応を視覚化することができます
 より解像度高く心の機微をキャッチしてコミュニケーションを円滑にするためにも、音声解析AIを導入しています。
──AIを活用した営業DXツールは近年注目されつつあります。他社サービスとの差別化は、どのように図っているのでしょうか。
 まず私たちが長年培ってきた、音声認識技術のレベルの高さがコアバリューです。次に一次情報の共有に対する考え方が、差別化のポイントだと考えています。
 そもそもJamRollがなぜ録画の解析機能にこだわっているのかと言えば、情報の透明性を担保できるから。
 JamRollには、自社だけでなくお客さまにも、個別の商談URL(動画)と議事録を無料で渡せる機能があります。他社にも似た技術はありますが、これはうちだけです。
──なぜそんなことをするのでしょう。
 一方的にツールを持っている人だけが一次データを保有していることは、不健全かつ双方にメリットがある状態を作れないからです。
 データを共有することで、商談相手側の社内でも、デモ動画などの情報共有が円滑になります。
 もちろん一つのアカウントで複数企業が無償利用してしまうリスクもある。でも「会社としてどういう組織でありたいか」を考えたうえで、この機能を導入しました。

「共感」で社会に良い循環を生む

──そうしたプロダクト設計の根本にある考え方は何ですか。
 もっとも重視しているのは「共感」です。
「共感」とは、その人が置かれている具体的な状況や背景事情に配慮できる力のこと。共感し合うことで、お互いの思想が異なっていても、価値体系を踏み越えることなくコミュニケーションが取れる、と考えています。
 それが営業の現場であってもお互いのメリットだけでなく、相手にとって必要な情報や感情を深く汲み取ることは必須です。
 フィットしないところを無理に合わせる必要はありませんが、共感を増幅させ、個別の状況に配慮することで、成約の可能性を高めることはできると思うんです。
 そのためにも商談相手の立場や企業が置かれている状況など、刻一刻と変化する「見えない部分」にまで気を配って、「こうしてほしい」という根本的なニーズを掴むことが、セールスには求められます。
 一見すれば思想体系が分断された相手にも「共感」できるようになるんです。
 この考えは、Poeticsが目指す「共感で声を響かせる」というテーマにも通じます。「声」というのは音声をはじめとするコミュニケーション全般のこと。
 社会は数多の議論・会話を重ねながら進歩しています。「黙っていれば完成した」なんて、コミュニケーションは甘いものではありません
 議論の循環が生まれれば、社会が良い方向へと進化していく。コミュニケーションを響かせることで、どうやって社会に良い循環をもたらせるか、ということは弊社の掲げる大きなテーマです。

コミュニケーションは諸刃の剣

──なぜ研究者の道から起業をしたのでしょうか。
 人文科学系を横断的に学べる教養学部を卒業し、博士課程では比較文学比較文化という研究室で文学研究をする傍ら、人工知能と密接な哲学領域、たとえば心の哲学や言語哲学をかじっていました。
 博士課程の途中で研究を継続するかどうかを判断するときに「人文科学系は食えないから」と一度研究から離れて民間企業に就職し、セールスを経験します。
 民間企業に就職したとき、たまたまやっていたのがAIの領域でした。
 感情を人工知能で解析する研究を行ってきたからこそ、研究領域とビジネスを掛け合わせれば、僕にしかできないことが実現できる可能性がある、と感じました。
 社名の「Poetics」というのはアリストテレスの「詩学※」から取っています。アリストテレスは哲学だけではなく、植物学や動物学、天文学にも携わっています。
※古代ギリシャ悲劇から、ストーリー創作としての詩作の要素を分析した最古の芸術論。
 リベラルアーツの学部にいたからこそ、何か一つを極めるよりは、全部円環状につながるなかでものを作りたい。
 その思いから、数学哲学者やアーティストなどもプロジェクトに参加してもらい、多角的に研究開発を行なっています。
──組織の多様性には理由があるんですね。
 はい。AIのアップデートを仕掛けるためには、領域横断性が必要で、総合格闘技的な構造にならざるを得ません。奇妙奇天烈なサーカス団を作りたいわけではないんです(笑)。
 現在話題となっている大規模言語モデルの根本にある「次に出てくる単語を予測する」という発想は、1980年代から言語哲学の領域ですでに登場していました。
 そこからさらにアップデートするためには、各領域の専門知を結合し合うことが今後必要だと考えています。
 また、ビジネス畑や哲学畑の考え方だけで暴走することがないよう、ストッパーの役目を果たしてもらいたい、という思いもあります。
 例えば、アーティストであるスプツニ子!さんが弊社にジョインしている理由としては、彼女がスペキュラティブデザインに精通しているからです。
 実は一度、スプツニ子!さんと一緒に「感情解析のような自分たちの技術を悪用したら、どういった世界になるのか」というワークショップを開催したことがありました。
 参加者と一緒に技術の悪用によって生まれるディストピアの結果は想像以上で、「こういった文脈で使うのはやめよう」という話にもなっていったんです。
 私たちの音声解析の技術を日常会話で実装するのは「監視資本主義」そのものになってしまいますし、目的以外の用途で使わないようレギュレーションは用意すべきだと考えています。
 今はIP通話とオンライン商談というビジネスの場に特化していますが、対面の商談や、店舗空間での商談にも対応できるようになる場合、どのラインがグレーになるのかを決めています。
 だから、自分とは異なる視点で指摘をしてもらえる他領域の専門家の意見が重要なのです。

大学やR&Dでもない、新たな研究所をめざす

──様々な属性の人とコラボすることでプロダクトの品質を上げているんですね。
 そうですね。一方で、ビジネス面でも大きくグロースさせるフェーズに入っています。
 採用文脈で言えば、「共感」という私たちが大切にしている思想に対して賛同し、世界観を一緒に追えるビジネスサイドの人をどのように連れてこられるかは、課題だと思っています。
 ビジネスロジックの世界でゴリゴリやってきた人は弊社では少数派です。今のメンバーは共感性が高いぶん、繊細で優しい人が多い。
 いわゆる「軍隊感」は出したくないし、「自分の思想に同化させよう」という人はちょっと違う。でも、ビジネスエクスペリエンスをもとにアドバイスをくれる人は必要です。
 スタートアップ起業であるからには、ビジネスの論理を知らなきゃいけないと思っています。
──成長組織の過渡期ですね。どのように拡大していきたいですか。
 今はSaaS企業のように見えていますが、僕らはあくまで自分たちを「AIの企業」だと言い続けています。しかも大学の研究所とは異なり、データが入手しやすい立場にあることも強み。アップデートをし続けやすい環境を生み出しています。
 今後はその研究成果をJamRollの中だけに閉じ込めるのではなく「音声認識」「感情解析」「自然言語処理」「大規模言語モデル」とパーツごとに切り出し、顧客がそれを使って好きなプロダクトを作っていけるような方向へ、舵を切りたいと思っています。
 また、各商談相手の個別具体的な状況にどれだけ配慮できるか、ということを判断できるようになるまでには、ビジネスコミュニケーションデータというインターナルな情報だけではまだ不十分で。
 プレスリリースやIR情報、採用情報などのエクスターナルな情報と掛け合わせることで、より深く共感性を持った働きかけができるような仕組みを作りたい。
 現在、外部情報を一括で収集できるAIアシスタントを構築しようとしているところです。
──AI分野でシステム開発におけるAPIのようなモジュールができるのはおもしろいですね。
 この会社をいかにおもしろくするか、ということに懸けています。
 博士課程で教職ポストに就く人って、本当に数%しかいないんです。僕自身、本来であれば大学で研究を続けたい思いが強かった。でも既存の大学制度では難しい。
 Poeticsの取り組みを通しAIのプロダクトアウトが利潤を生み出せるということが示せれば、どんどん研究者を雇う機会は生まれるはず。
 Poeticsを成長させることで、文理融合の民間研究所が増加する可能性は、大いに広がっていくと思っています。
 先ほど「サーカス団」と言いましたが、Poeticsがおもしろい場所になっていることは事実。いわゆる大学でもなければ、大企業が保有しているR&Dとも異なります。
 これからもオルタナティブな研究所を作っていこうと思います。
※本記事は、B Dash Camp 2023 Spring in 札幌のPitch Arena協賛商品として、NewsPicks Brand Designが優勝企業へ無償提供したものとなります。