骨盤が寝ている
なぜ宇佐美貴史は後半に疲れやすいのか?
2015/3/13
宇佐美貴史はなぜ日本代表に選ばれないのか? 多くの人が疑問に思っていることだろう。そのために課題となりそうなのが、90分間動き続ける能力だ。スプリントした後にプレーが止まる傾向があり、後半途中にピッチを下がることも多い。トレーナーの西本直の眼に、宇佐美の動きはどう映るのか?
宇佐美をめぐる賛否両論
日本代表の新監督に、ハリルホジッチ氏の就任が決まりました。
これからどういうメンバーが招集され、どういうサッカーが展開されていくのか。サッカーファンにとっては、最大の関心事だと思います。
そうした中で、「なぜあの選手は選ばれないのか」と言われ続けてきたのが、昨年三冠を達成したガンバ大阪の宇佐美貴史です。
彼は昨シーズンのスタート時には故障で戦列を離れ、チーム自体もスランプに陥っていました。しかし、彼の復帰とともにガンバは息を吹き返し、成績も急回復。最終的には三冠の立役者になりました。
22歳という若さと、創造性豊かなプレー、そして何より決定力を備えているのに、なぜ代表に呼ばれないのか、サッカーファンの間でも色々な意見があったと思います。
骨盤の反りが見えない
私もその一人として、彼の動きを個人的に注目していました。
これまでの本連載では、クリスティアーノ・ロナウドやメッシといった海外の超一流選手、日本人の中で突出した能力を持つ中田英寿選手、FC東京の武藤嘉紀選手など、たくさんの選手の動きを見てきました(FC東京の武藤とクリスティアーノ・ロナウドの共通点)。
けれど、宇佐美選手の動きは、今まで見てきた選手たちと何か違うのです。
ユーチューブにアップされている動画は、彼の活躍しているシーンばかりです。にもかかわらず他の選手とは異質なものを感じました。
それが骨盤の反りです。
今まで見てきた一流選手は、例外なく骨盤の後ろ側が引き上げられていて、腰の部分(ちょうど背番号の下のあたり)がしっかり反っているのが分かりました。
例えばメッシは肩の辺りが猫背に見えていても、腰の反りが消えることはありません。
しかし、宇佐美選手には、その部分の反りが見えません。
常に獲物を狙うように体を丸め、気持ちも体もゴールに向かっているかのようです。
私にとって、その不自然とも言える姿勢から、目の覚めるようなパスや強烈なシュートを放つことができるのです。
普通なら正確に蹴ることができないような体の近くにあるボールを、体を丸め、つんのめるような体勢でパスやシュートを放つシーンが多く見られます。
前側の筋肉を使ってコンパクトに体を動かすことで、相手にとって、タイミングやコースを読みにくくなることは間違いありません。
腹筋が割れたライオンはいるか?
ただし、前側の筋肉を使うことにはデメリットもあります。
「腹筋が割れたライオンはいない」
人間と四足動物の違いを説明するときに、私がよく口にするフレーズです。四足動物は「背骨」がしなやかに動いて、まさに背中の筋肉だけで動いているように見えます。
もし「腹筋」や「胸」の筋肉が発達してムキムキだったとしたら、四足動物の動きはかなり制限されると思います。
なぜ発達しないのか? 必要がないからです。
ライオンのメスがお腹側に対して気を許すのは、子どもに乳を吸わせるときだけでしょう。
いくらのんびり寝そべっているように見えても、おなかをガブッと噛まれるまで気が付かないわけがありません。
おなかは彼らにとって守るべきところではないということです。
と言うよりも、ゆったりしていることで内臓のポジションが安定し、それぞれが正しく機能してくれるようにできているのだと思います。
前側の筋肉は、ほぼ緊急避難のため
人間は二足歩行になったことで、体の前側が正面にさらされることになりました。
大切な心臓や肺を守るための肋骨ではありますが、さらにその周りを筋肉でカバーする必要が出てきたのだと思います。
おなかの筋肉は内臓を外力から守るということのほかに、重力によって骨盤内に押し込まれてしまう内臓を、適正なポジションに支え留めておくことで、その働きを阻害させないという重要な仕事もあります。
外敵からの攻撃に備える現代の我々の生活に、そんな状況は滅多にありません。
前側の筋肉、屈筋は、まさに緊急避難の際にのみ働く筋肉といっても過言ではありません。
前側の筋肉に持久力はない
従って前側の筋肉は瞬間的な力は発揮できても、持久力はありません。
前側の筋肉は大きな力を発揮してくれそうですが、背中側の筋肉に比べて大きさそのものが違いますので、(背中と比較して)思っているほどの力も発揮してくれません。
体の前側に位置していて、なおかつ筋力を発揮していることを意識しやすい…これが前側の屈筋を使ってしまう原因です。
伸筋は使っているという感覚が持ちにくいですから。
その屈筋を主に使ってきたのが日本人です。
手元の細かい作業に必要なのは、この屈筋です。これこそ最も日本人が得意としてきた体の使い方ではないでしょうか。
宇佐美は屈筋を主に使っている
宇佐美選手には、この日本的な体の使い方である、屈筋を主に使っていると思われる動きが目に付きます。
なぜなのでしょう。彼の経歴を調べると、少年時代から誰も寄せ付けないほどのテクニックを発揮し、前へ前へ突き進むドリブルでディフェンスを切り裂き、ガンバ大阪の下部組織が生んだ最高傑作とまで呼ばれていたそうです。
想像でしかありませんが、これだけ抜きん出た能力を持っていると、細かい指導が必要なく、プレースタイルを変える必要もなかったと思います。
その一つの特徴が、少し猫背気味に体を丸め、スピードとテクニックのあるドリブルで3人4人を交わし、そのまま1人でシュートということになったのだと思います。
疲労という面では明らかに不利
素晴らしい能力の持ち主です。ゴールを決めているのですから、姿勢がどうだとか蹴り方がどうだとか、まったく意に解さなかったと思います。
しかし、屈筋を主に使う動き方は、伸筋を主に使う動き方に比べ、比較の問題ではありますが、疲労という面では明らかに不利となります。
誰に教えられるわけでもなく、全力で走った後には少し間合いを取らないと、最高の動きができないということが経験上分かってきますので、よく言えばメリハリを効かせて、悪く言えば少しサボる時間帯が必要になるのです。
ここぞという時にこそ自分の最大限の力を発揮したいという、ある意味選ばれた一部の人間にしかわからない感覚なのかもしれません。
本人はサボっているつもりはなく、次のワンプレーに備えているということなのですが、結果として周りの動きとの比較で、運動量が少ないと言われてしまうことになるのです。
これまではそういう選手に対して、ハードワークを求め、更に負荷の高いトレーニングで、頑張りの効く体にさせようとしました。
その発想こそが、そういう選手の本来の良さを消してきたのだと思います。
宇佐美とは対極の武藤
体の使い方という意味でその対極にあるのが、J1開幕のガンバ大阪対FC東京戦で、後半に2ゴールを決めた武藤嘉紀選手の動きでした。武藤選手は骨盤が起き、伸筋を主に使っています。
この試合、宇佐美選手は後半8分にゴールを決めたものの、後半34分にピッチを退きました。
それに対して、武藤選手は終盤に強さを発揮します。
武藤選手は後半35分、ゴール前で味方がヘッドで折り返したボールをキーパーのすぐ前でキープし、ディフェンダーを背負った状態でも力任せに踏ん張ることなく、一瞬相手に背中を預けた後、素早く離れてターンし、振り向きざまにシュートを決めました。
解説者は「ディフェンダーが背中に近づきすぎた」と指摘しましたが、武藤選手がわざと背中を預けて、そこから離れたというのが正しい見方だと思います。
後半46分の同点弾も、相手の中途半端なクリアを見逃さず、奪った瞬間にシュート態勢に入り、キーパーの位置を確認してループ気味のミドルシュートを放ちました。
宇佐美に必要なのは「動きの意識」の変化
こちらも特筆すべきは、プレー前後の姿勢です。バランスよく立てていたからこそ瞬時に動き出せ、相手のミスを見逃さずボールを奪えたのだと思います。
このプレーにも現れていますが、武藤選手は90分の試合を通して屈筋で力むことなく、伸筋を使った自然な動きを繰り返しているからこそ、最後の最後にあのようなプレーができたのだと思います。
走り続けるではなく、動き続けるというのはこういうことです。
同じ22歳ですが、歩んできた道は違う二人です。
宇佐美選手には今のプレーを存分に発揮し続けるために、ハードなトレーニングで体を追い込むのではなく、「動きの意識」を変えることが何よりも必要なのだということに、どうか気付いて欲しいと思います。
それが宇佐美選手が日本代表としてプレーする可能性を広げると思います。
筋肉には骨を動かし、関節の角度を変えるという大きな役割があります。
関節を曲げるのか伸ばすのかという意味で、屈筋と伸筋という概念が生まれます。
無理なく伸びやかに体を動かすためには、伸筋に働いてもらわなければならないのです。