2023/7/25

【白木夏子】センスには「方程式」がある

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
顧客のニーズを捉える、美しいデザインを作る、消費者の心の動きを読む──ビジネスのさまざまな意思決定において求められるのが、「センス」だ。

だが、そのセンスとは極めて曖昧なもの。センスを磨く方法は体系づけられておらず、「自分にはセンスがない」と嘆く人も少なくない。

一方で唯一無二のセンスを武器に、活躍の幅を広げ続ける人もいる。

そんな話題の“あの人”の「センスの磨き方」をテーマにした本連載。今回取材したのは、HASUNA代表取締役CEOの白木夏子氏だ。

白木氏は2009年、日本におけるエシカルジュエリーの先駆者として「HASUNA」を立ち上げ。以来、セレクトショップや化粧品、アパレルブランドなどのブランドディレクションで、自身のセンスを発揮し続けている。

そんな白木氏のセンスはどのようにして磨かれたのか。白木氏の話から浮かび上がってきたのは「方程式」というキーワードだ。

自分が吸収してきたもの、それがセンス

白木 ジュエリーブランドの運営は、まさに「センス」が問われる仕事です。
 では私にとってのセンスとは何かと言えば、自分がそれまでの人生で吸収してきたものの塊。見て、感じて、吸収したものがセンスとなって表れると考えています。
「センス(sense)」の語源は、ラテン語の「センティーレ(sentire)」。感じる、知覚するという意味があるとおり、センスを身につけるには、「これは良いものだ」と感じる能力が重要です。
 感じる能力が磨かれれば、自分の中にセンスの“受け皿”ができていく。
 その受け皿が大きくなるほど、センスの良いものをキャッチできる能力が上がり、センスを活かしたクリエイティブも可能になっていくと考えています。
 ここまでHASUNAというブランドにも、もちろん苦労がありました。ジュエリーづくりを始めたときは、なかなか納得のいく作品が作れずに悩んだり…。
 当時は、センスの良いものに触れる絶対量が足りなかったのでしょう。時間を見つけては、美術館やジュエリーの展示会に通うようにしました。
 そのうち気づいたのは、世の中で美しいといわれるものには、何かしら“普遍の要素”があるということ。
 今なお残る50年〜100年前のジュエリーは、現代に生きる私たちが「美しい」「素敵」「かわいい」と思える要素を宿している。
 そんな時代に左右されない普遍的な美しさこそが、センスの良いデザインなんじゃないか、と。
 だからブランドディレクションをする際は、流行を追いかけることなく、いつも普遍性を重視します。

センスを身につけ、磨く方法は2つある

 センスを身につけ、普遍的な美しさを見出せるようになる方法は、私の場合2つ。情報にあふれた世界で感性を養うこと。もう1つは、大自然に触れることです。
 矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、この両方が大切なのです。
 日常の情報社会で感性を養うには、惰性ではない、良質で能動的なインプットが欠かせません。
 私は普段、作り手をリスペクトして、作り手の目線や作品に込められた情熱を読み解こうと心がけています。
 たとえば雑誌には、編集者やフォトグラファー、デザイナーの情熱が文字や写真、デザインやレイアウトに注ぎ込まれていますよね。
 企画のインスピレーションはどこから来たか、なぜこのテキストを、写真を採用したんだろうと、ひたすら考えて、
 作り手の意図を“因数分解”していくんです。
 レストランで食事するときも同じです。こだわりの空間ほど、インテリアのバランス、カトラリーの形状が口に合うかどうか、細部が考え抜かれていますから。
 こうしたインプットの積み重ねが、センスに結びついていくのではないかと思います。
 もし「自分にはセンスがない」と悩んでいるなら、センスが良いと思う人の真似から始めましょう。
 センスが良い人は“正解”を持っています。それを模倣し続けると、だんだん正解を導き出すための“方程式”が見えてきます。これが、センスを磨くということ。
 たとえばファッションなら、まずトップスとボトムスの組み合わせを真似する。次にバッグを。靴はどうか。正解が見えるまで、徹底的に真似して試しましょう。
 ジュエリーデザインも同じです。普遍的な美しさを感じさせるジュエリーを真似て、素材とデザインの掛け合わせを何百通りも試しては作り直します。
 正解の方程式を見出して初めて、納得いくものを作れるようになりました。
 一方で、非日常の大自然からのインプットは極めてシンプルです。
 これまで何度もジュエリーの石の買い付けに訪れたパキスタンの採掘場は、首都のイスラマバードから16時間ほど北上し、5000m級の山を越えた場所にあり、文明とはほど遠いと言っていい。
 けれども、そんなフンザ渓谷で見る夕日は、筆舌に尽くし難い美しさです。
「ただ沈んでいく夕日を、私はなぜこれほど美しいと感じるのか」「夕日だけで満たされるのに、あんなにもたくさんの物が必要なんだろうか」
 大自然の中で、そんな根源的な問いを考えさせられるからこそ、情報過多な世界でも普遍的な美しさについて深く考え、追求していけるのではないかと思っています。

ホテルは、センスを体感・吸収できる貴重な空間

 私にとって、「旅」も重要なインプットの1つ。プライベートだけでなく、石の買い付けなどで年間何十カ国も足を運び、インスピレーションの源として欠かせません。
 旅先では、人の手による傑作といわれるものを必ず見にいくようにしています。宿泊先にも、デザインの優れた、作り手の思いを感じられるホテルを選ぶようにしています。
 今回のインタビュー場所のホテル「voco大阪セントラル」は、新たなライフスタイルの発見がコンセプトとのことですが、古材をすごく上手に使われているのが印象的ですね。
 時代を経た素材が入るだけで、こんなにも受ける印象が変わるのかと驚いています。
2023年5月末に開業した「voco大阪セントラル」。エントランスをくぐると広がるのは、吹き抜けのロビーエリア。特徴的な内装部分は、古民家から回収した古材を、一部釘を使わない伝統技術で組み上げている。
大阪の街並みの写真をコラージュした八木仁志氏のアート作品は、以前にここに建っていた旧京町ビルを再現している。
 新しいホテルはきれいな反面、無機質になりがちです。温かみを出そうと意図した演出が、残念ながら取ってつけたように感じてしまう場合もあります。
 vocoは、そうした不自然さをまったく感じさせません。日本の木造家屋で馴染みのある梁や柱を連想させる古材の使い方には、空間にいるだけで気持ちが落ち着きます。
 洗練された雰囲気がありながらも、客室やバスルームなどには、私たちの日々の暮らしにつながるような、ホッとする愛らしさも随所に感じられますね。
プレミアムとリラックスが共存する客室は、全11タイプ。中には、畳スペースを設けた部屋も。
「空間のデザイン性が高く、リラックスしながら、新しい発想が生まれたりしそうです」(白木さん)
 ホテルで過ごすひとときは、デザイナーや建築士といったプロフェッショナルのセンスを丸ごと体感して吸収できる貴重な時間。
 この体験をしたいがために、ホテルにお金を払っているといっても過言ではありません(笑)。

サステナブルは、作り手へのリスペクトと感謝

 voco大阪セントラルは、サステナビリティにも配慮しているホテルだそうですね。HASUNAの掲げる「エシカル」と同様に、まだまだ新しい価値観です。
voco大阪セントラルのアメニティは、竹製の櫛と歯ブラシのみを基本とし、カミソリやシャワーキャップ等はリクエスト可能。竹櫛は持ち帰って使いたくなるようなデザインを採用した。ほか、各客室にリターナブル瓶の水を用意するなど、グローバルに展開するvocoブランド全体が、各地で持続可能な未来に向けた小さな一歩を積み重ねている。
「持続可能な社会のためには、多少の不便を我慢しなければならない」そんなイメージを持たれる方もいるかもしれません。
 たしかにHASUNAを立ち上げた15年ほど前は、実際にフェアトレードやエコを謳う商品の中には、質が良いとは言えないものもありました。
 けれども今は、あらゆるメーカーが品質管理に気を配り、サステナブルあるいはエシカルな製品はむしろ、「環境や社会に配慮しながら作られた高品質なもの」というイメージに変わりつつあるのではないでしょうか。
 私自身も買い物では、年齢を重ねても身につけられるか、使い続けられるかを重視します。
 そのほうが、長い目で見ればコストも安くなりますし、地球のためにもなる。何より、質の高いお気に入りを長く身につけられるのは、自分にとっても心地いいことなんですよね。
 サステナブルやエシカルが、社会に確実に浸透してきているのを感じる一方で、この価値観をどう伝えていくかには常に気を配っています。
 声高に「私たちはこんなに社会に良いことをしています」というロジックでは受け手の心には響かず、むしろ反感を持たれかねません。
 そもそもHASUNAがエシカルを掲げているのだって、生産者や地球がかわいそうだから、ではないんです。
 ジュエリーは、美しくも過酷な自然の中で、唯一無二の色や形を持つ宝石を丁寧に採掘してくれる人たちのおかげで生まれるもの。
 だからこそ私たちは、地球と人にリスペクトと感謝の気持ちを込めてジュエリーを生み出す。このロジックを忘れてはならないと思っています。
 ここvoco大阪セントラルも、以前ここに建っていた旧京町ビルの歴史をリスペクトし、次世代につなごうと考えられていますよね。
1926年の竣工以来、京町堀を象徴する歴史的建造物として親しまれてきた旧京町ビル。その跡地に誕生したvoco大阪セントラルは、ビルの外観に使われていたレリーフに新たな命を吹き込んで、再利用している。
 そのために建築やデザインなどプロフェッショナルの英知を結集している。
 だからこそ、この空間にいる私たちの心をこんなにも動かすのだと思います。