2023/7/28

問題解決のカギは、「仮説の立案、検証」の前にあり

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センスに頼らない実践的な問題解決の技法を紹介するベイカレント・コンサルティングの連載の3回目は、論点の前提を問い直したうえで新たな問いと仮説を導く方法を土性尚暉氏(ベイカレント・インスティテュート所属 マネージャー)が紹介する。
これまでの“コンサル本”でも、論点設定、仮説立案の重要性が強調されてきた。ベイカレントではその中でも特に、核心を突く論点設定に力点を置いて、クライアントの問題解決を支援している。前回に続き、今回も実例を交えながらその手法を明かす。キーワードは囚われの正体を明らかにした後に行う「要素転換」だ。

“囚われ”の正体を突き止め新たな論点設定につなげる

──前回、國藤さんから「囚われ探索」の概要を説明していただきました。
問題解決では、まずクライアントあるいは上司の思考や意思決定の過程を追体験する「同質化」を行い、それをもとに現状の論点と仮説を言語化します。
ベイカレント・インスティテュート所属 土性尚暉マネージャー
 すでに設定されている論点があったとしても、バイアスや誤った情報の常識化によって「囚われ」ている可能性があります。それを「囚われ探索」であぶり出すのですが、このとき役立つ手法が「7つの観点と3つの質問」です。
7つの観点と3つの質問をベイカレント・インスティテュートの國藤さんが詳説している第2回の記事は、こちらです。
 今回の記事のメインテーマは、「囚われ探索」の後の工程である「要素転換」ですが、その前にまずは、前回國藤がお話した「囚われ探索」について、「手の動かし方」も含めて具体的にご説明します。
 実は、「囚われ探索」と「要素転換」の工程は密接につながっており、前者をかみ砕いて理解することが、要素転換の理解を深めるのに役立つのです。

実践的な囚われ探索の進め方

──2回目の記事では、実際にベイカレントが手掛けた消費財メーカーのプロジェクトを例に、「7つの観点と3つの質問」の使い方を説明いただきました。
今回も引き続き、この事例で説明していきます。プロジェクト参画時点で、クライアントは、既に論点を設定していました。そのため「同質化」では、検討の背景や、どんな情報を取得してどんな意思決定をしてきたのかを洗い出すことから始めました。
 続く「囚われ探索」では、同質化で得た情報を整理したうえで、7つの観点と3つの質問を用いて、論点の前提の中で真偽が疑わしいポイントを抽出しました。
具体的な手順として、まず、クライアントが当初立てた論点の前提として「①良い論点だと思った理由の書き下し」をしていきます。
──思考の過程は、うまく言語化して残せていないこともありますね。
はい。書き下しが難しい場合には、2つのアプローチで推察を行い、書き下しのリトライをします。
 1つ目のアプローチは「②仮説からの推察」です。クライアントは、論点と一緒に仮説も立てているケースがあるため、その仮説をヒントに「良いと思った理由」を改めて書き下します。
もう1つは「③7つの観点からの推察」です。下記に示した7つの観点を3つの質問で“疑い”、囚われているポイントと論点を導き出します(詳細は第2回記事を参照)。
次に、書き下した「良い論点だと思った理由」の全てについて、7つの観点のどれに当てはまるか「④ラベリング」します。
「7つの観点からの推察」で導き出したものは、既にラベリングが済んでいるので、それ以外のアプローチで導き出したものについて、ラベリングします。複数のラベルを付けても問題ないです。
 そして最後に、良い論点だと思う理由の「⑤問い直し」を行います。7つの観点でラベルを付けているので、「3つの質問(漏れ、妥当性、あえて)」を用いて自分自身に質問を投げかけ、問い直すことができるのです。その結果として“疑い”(囚われの候補)を見出すことがこの工程のゴールです。

“論点を疑う”ための4つの方法論で要素転換が容易に

──論点の間違いの種である“疑い”が見つかったところで、次の要素転換に進むわけですね。
はい。要素転換は“仮説”部分に位置する工程ですが、手順としては、まず「囚われ探索」の工程で疑った論点の要素転換を行います。
 “疑い”の正体を明らかにした上で、新たな問いへ転換することができれば、新仮説全体の一部となる新たな要素仮説は自ずと導かれるというのが我々のスタンスです。最終的に新たな要素仮説が導かれることになるので、「要素転換」の工程は“仮説”部分に位置付けています。
 具体的なステップは3段階です。まずは論点の“疑い”(囚われの候補)の正体を明らかにして、囚われではないものと囚われであるものを判別します。
次に新前提の捉え直し、つまり囚われて誤った認識をしていた前提を、正しい前提に転換します。
そして最後に、前提を問い直した部分についての新たな問いを導き出し、その問いに対する要素仮説を立案します。
──初回のインタビューで難しそうだと感じたのが、この要素転換でした。特に2ステップめの「正しいものに転換」する部分の難易度が高そうです。
そこで、囚われを紐解くための4つの方法論を使います。いずれか、もしくは複数を用いて、自らが何に囚われていて、それを取り払ったときに何が正しい認識になるかを明らかにします。
方法論A:ミッションに照らして目的を改めて確認し、立ち返る。

・目指す先は何で、それはどんな要素を含んでいるかを再確認する。
・特に、目的と採ろうとしているアプローチに不整合がないかを確認する。
 あれこれと考えるうちに問いが複雑化し、やっていることが当初の目的からずれてしまうというのは、よくある囚われの要因の1つです。改めて目的に立ち返ることで囚われを紐解きます。
方法論B:一次情報を取り直す(ソースを変える)。

・疑った対象に関する情報を、ソースを変えて取り直す。
・特に、世の中で認識が固まり切っていないものごとについては、複数のソースから始める。
 自分たちにとって都合の良い情報が見つかると、そこに安易に飛びついてしまうこともよくある囚われの要因だと思います。偏った情報を元に論点設定していると、途中で行き詰まったり、後になって大きな間違いが発覚したりすることになりかねません。
 違うソースで一次情報を取り直してみて、論拠としている情報の確からしさを改めて確認することが囚われ解消のポイントになります。
方法論C:定量化する。

・疑った対象に関連する数字をざっくりと定量化する。具体的なデータを集め直し、(違ったまとめ方で)定量的に表す。
・特に、暗黙のうちに方向性が固まってしまっているものについて、一度数字で見る。
 簡単に言うと「きちんと数字を見る」というだけのことですが、「大体これくらいの数字になるだろう」などと決めつけがちな場合に大切な観点です。
方法論D:言語化する。

・疑った対象について、より具体的に言語化して書き記す。
・認識が“なんとなく”定まったように感じるポイントや、概念的/抽象的な事象について、より具体的に言語化する。
 言語化していないことが原因で、囚われてしまうことも多いです。例えば、経営層は、収益よりも顧客とのタッチポイント獲得を求めていたが、プロジェクトをリードする事業部門では収益最大化を狙い、高単価プランの推進を仮説として掲げてしまう事象が発生したこともあります。
 その原因は、経営層がやりたいことを明確に言語化していなかったことにあったと、我々は考えます。認識がゆるく定まってしまっている部分がないかをチェックし、言語化した上で共有することが重要です。
iStock/yangwenshuang

【事例で解説】囚われ探索からの要素転換

──前回と同じように、消費財メーカーを例に要素転換の手順を解説してください。
ラグジュアリーブランドの収益性を高めるために、クライアントは「競合に負けないSKU(プロダクト)別のプライシングとはどのようで、そのときの事業インパクトはいかほどになるのか」を論点としていました。
 前回ご説明した囚われ探索までで、以下4つの疑いを導き出しました。
・疑い①:“プライシング”という言葉の定義を正しく認識できているか。
・疑い②:ラグジュアリーブランドにおいて、本当に価格弾力性は存在するか。
・疑い③:あえて顧客ロイヤルティを検討対象から外してみるとどうか。
・疑い④:最適価格を実現した後の対応について、検討漏れはないか。
 今回はこの4つの“疑い”について、どのように要素転換の手法を用いて検討を進めたかをご説明します。
疑い①:“プライシング”という言葉の定義を正しく認識できているか
 まず疑いの正体を明らかにするために用いたのが、方法論Aのミッションに照らした目的への立ち返りです。
これによって“プライシング”の言葉の定義を誤って認識したことに気づきました。元々はSKU別の最適価格を見つけることがゴールだと考えていましたが、その価格設定を実現し、事業インパクトを創出するまでが“プライシング”の本当の定義であることを認識しました。
次に、新前提を捉え直します。ここで言う事業インパクトとは利益の最大化ですが、最適価格を見つけるだけでは、それを実現できません。
 実際に最適価格を実現するためには消費者への影響を分析したうえで、段階的な値上げ等、実行するための施策が必要だからです。
 たとえ、最適価格を特定できたとしてもすぐに実現できるわけではありません。実際には消費者への影響を分析したうえで、段階的な値上げ施策の検討やそれに伴い発信するメッセージ設計などが必要だからです。
 ですので、新前提は「事業インパクトを創出するためには、最適価格を実現する方法も組み立てる必要がある」と捉え直しました。
 そこで新たな問いとして抽出したのが「どのように最適価格に至ると、最も利益が大きくなるか」です。捉えた新前提から、必要なアクションを明らかにする問いを導き出しました。
 最後に、この新しい問いに対する要素仮説を導くのですが、同質化や囚われ探索等ここまでのプロセスを正しく通ってきていると、仮説は意外と簡単に導くことができます。
 今回の事例では、同質化の際に見ていた競合データを改めて見直し、「リニューアルタイミングでの値上げが王道パターンなのではないか」という仮説に至りました。同質化の過程を通ってきていたため、導き出すことができたのです。
iStock/real444
疑い②:ラグジュアリーブランドにおいて、本当に価格弾力性は存在するか
 こちらは、方法論Cの定量化を用いて、疑いの正体を明らかにしていきました。SKU別の価格と数量のデータをクライアントから受領し、価格弾力性の有無をクイックに定量分析。その結果、ラグジュアリーブランドの領域においては価格弾力性が存在しないことがわかりました。
 そのため、新前提はそのまま「ラグジュアリーブランド領域には価格弾力性は存在しない」と捉え直しました。
 この新たな前提だとすると、ラグジュアリーブランドの領域において、価格と数量の関係性が明らかになっていないことになります。そこで、新しい問いとして「ラグジュアリーブランドの領域において価格と数量の関係はどのように定義できるか」を導き出しました。
 これに対する要素仮説は「変動パターンは5つに分類できる」です。価格が増減したときの数量への影響を整理し、収益を向上させ得る価格と数量の変動パターン5つを導きました。
 A:値段を維持したままでも数量が増える
 B:値上げしたときでも数量が変わらない
 C:値上げすると数量が増える
 D:値上げすると数量が減る
 E:値下げすると数量が増える(価格弾力性)
 Eは価格弾力性であり、ここに該当するSKUが存在しないことはわかっていましたが、パターンの全量を示す意味合いで含めました。
疑い③:あえて顧客ロイヤルティを検討対象から外してみるとどうか
 これも方法論Cの定量化を用いました。顧客ロイヤルティごとにSKU価格と数量の関係性を定量的に調べたところ、傾向に大きな違いがないことが明らかになったのです。
 そこで、新前提を「顧客ロイヤルティは分析の指標から除外し、競合製品の価格変動に焦点を当てる」と捉え直しました。
 ここから導き出した問いは「競合製品の価格変動から、値上げ/現状維持すべきSKUはどれか」「値上げ時の上限値はいくらか」の2つです。競合から学ぶべきことを具体化して、問いとして2つを設定しました。
 この2つの問いは、実際に検証作業を進めることで解決できるものです。そのため、前者の問いに対しては「値上げしたときでも数量が変わらないもの・数量が増えるものについては積極的に値上げ、それ以外は一旦据え置きにする」という方針を要素仮説として立てました。
 後者についても「競合の値上げ実績から、自社SKUの上限値を算出するための係数を特定した上で、実際に算出する」という方針を要素仮説として立てました。
疑い④:最適価格を実現した後の対応について、検討漏れはないか
 ここでは再び、方法論Aのミッションに照らした目的への立ち返りを用いて、部の目的が、中長期的に収益を向上させ続けることだと改めて認識しました。このとき、最適価格を実現した後の対応について、何も検討しようとしていないことに気づいたのです。
 そこで新前提を「最適価格は変動するものであり、捉え続けるための仕組みが必要」であると捉え直し新しい問いとして「いかにして事業インパクトを創出し続けるためのPDCAを回すか」を設定しました。
 これに対する要素仮説は「このプロジェクトで最適価格を明らかにしたプロセスを仕組み化して、PDC でAを回す」ことです。プロジェクトで実施した一連の分析プロセスを定常的に実施していくことが、収益を向上させ続けることにつながるのではないかと考えました。

従来の問題解決との違い「論点を疑ってかかる」

──一次情報の取り直しや定量化は、よくあるコンサル本の「仮説検証」で説明されていることと同じようにも感じました。
そうですね、ファクトを取りに行く、定量化するなどの検証のプロセスを走らせるという点では同じです。
 ただ、対象と狙いが違います。従来の問題解決では、「仮説」の「正しさ」を証明する狙いで検証しているのに対して、この技法では、「論点」を対象に「誤っている前提」を明らかにする狙いでクイックに検証を行います。
 いきなり仮説の検証から始めると、囚われのループから抜け出しにくいという問題があります。
 というのも、大半の人は、仮説が間違っていた場合、論点を変えずに仮説だけ見直すことが多いです。その場合、有効な仮説を導き出せず時間ばかり浪費してしまうことになりかねません。1度論点まで戻って検証を行うことが、結果として有効な仮説を早く導き出すことにつながると考えています。
──確かに、仮説だけをチェックしてしまいがちかもしれません。論点がずれているから当然、結果は思わしくない。
どんなに仮説が面白くても、問いが違っていればクライアントには刺さりません。だからこそ、論点の段階で囚われを見つけて疑いにかかります。このとき、誤った前提を問い直すための調査・分析はクイックに行います。この点もよくあるコンサル本に書かれている仮説検証と異なる部分です。
 調査・分析をクイックに行うので、短期間で核心に迫る問いと仮説を導き出せるのです。特にプロジェクト開始当初は、成果が出るか不安視するクライアントもいらっしゃいますが、この技法を用いて早期に成果への道筋を示すことで、納得感を持って臨んでいただけることも多いです。
 今回ご説明した要素転換は問いへの疑いを起点に関連仮説を転換するものであり、ここで見つけた新たな問いは、この後の工程である「核心化」の中で本当のメカニズムに迫る論点構造を構成する要素となります。
 それらの工程についても手を動かせるように技法へと落とし込んでいます。次回はそちらの内容についてご紹介します。
*次回の記事は、9〜10月に掲載予定です。