2023/7/29

「わたくし、生まれも育ちも都会」 旅して働き、第二の故郷に

ライター
2018年のサービス開始から、5年で累計ワーカー数が500万人のスキマバイトアプリ「タイミー」。学生・フリーターはもちろん、会社員の副業にも人気です。

履歴書・面接なし、相互評価の徹底。採用の常識を覆す同社の挑戦は、人手不足に直面する日本社会をどう変えるのか。4年前に新事業として立ち上げた「国内各地を旅するようにバイトできる」サービスは、一人の利用者の声を聞いたことが転機だったといいます。(第2回/全3回)
INDEX
  • 働きながら旅する「タイミートラベル」
  • きっかけはワーカーさんとの対話
  • 自治体と組み「第二の故郷」をつくる
  • 仕事を軸に地域との「関わりしろ」をつくる
  • 地域の仕事を「体験したい」「学びたい」
  • 農作業のマニュアル整備を手伝う
  • 雇用ミスマッチ 「情報が可視化されていない」

働きながら旅する「タイミートラベル」

2018年のサービス開始から5年で累計ワーカー数が500万人。急成長を続けるスキマバイトアプリ「タイミー」。2019年には、新たな事業として「タイミートラベル」を立ち上げました。
1日数時間、飲食店や物流のスポットワークが掲載されているタイミーに対して、タイミートラベルに掲載されている求人は、数日間から1週間程度、地方に滞在し、農家や旅館などその地域ならではのお仕事を手伝うという募集内容です。
例えば旅行で地方都市を訪れようというとき、タイミートラベルで行き先での仕事を探します。宿泊・交通費の補助がつく募集もあり、旅費の一部をまかないながら、レジャーや地域の人との交流を楽しんだり、各地を働きながら旅したりできます。
「タイミートラベル」でのアルバイトの様子=提供
地方経済を支える農業や水産業、観光業は、繁閑の波が大きく、繁忙期には多くの人手を必要とします。
「来週、台風が来そうだから、その前に農作物を収穫しておきたい」
「大型連休中はお客さんが多いので、旅館を手伝ってほしい」
そんなニーズにも柔軟に応えられる仕組みは、人手不足に悩む地方の1次産業や観光業のみならず、いまや地方自治体から注目されています。

きっかけはワーカーさんとの対話

タイミートラベルの立ち上げは、代表の小川嶺さんが一人のワーカーさんと出会ったことがきっかけだそうです。
ある飲食店に出かけたときのこと。いつもの習慣で、タイミーを使ったワーカーが働いているかどうか確認すると、その日もシフトに入っていることがわかりました。そこで何げなく話しかけたところ、大阪から東京に遊びに来て、滞在中のスキマ時間を使ってタイミーで旅費を稼いでいることを知りました。
小川「びっくりしました。正直、その使い方を想定していたわけではありませんでしたから。でも自分の身一つとタイミーアプリさえあれば、どこでも好きなところに出かけて仕事はできる。これは面白いと思いました」
最初に立ち上げた会社を事業譲渡したことで、返済に追われ、旅行に行けなかった自身の体験とも重なったそうです。
小川「お金がないからあきらめるのではなく、働き方を少し変えることで、選択肢を広げられる。タイミーの特徴は、いつでもどこでもスキマ時間で働けること。そして働いた実績が信用として積み重なっていくことです。好きな場所に旅しながら働ける社会をつくれたら、より多くの人が旅に出る後押しもできるのではないかと思いました」
「タイミートラベル」でのアルバイトの様子=提供
タイミートラベルは2019年4月にベータ版の「ただ旅」として立ち上げました。第1号は、長野県のリゾートホテルで数日間、配膳や客室清掃などを手伝う募集でした。宿泊交通費や滞在中の食事は無料、リフト乗り放題。
ふたを開けてみれば、わずか2人の募集に130人の応募があったそうです。
想像を超える反響から手応えを得て、ワーカーや事業者にヒアリングを重ね、2019年10月にタイミートラベルとして正式にリリースしました。
主なユーザー層は20代、そしてリタイアした60代以上の層。リピーターとなって全国各地を働きながら旅している人も多いといいます。また最近は、会社員が週末とリモートワークを組み合わせて参加するケースも増えています。
「タイミートラベル」でのアルバイトの様子=提供

自治体と組み「第二の故郷」をつくる

「好きな場所に旅して働くことのできる社会をつくりたい」。そんな思いで立ち上げたタイミートラベルには、予想を上回る反応がありました。
とりわけ反響が大きかったのは、地方自治体からです。
小川「タイミーの強みは集客力です。地方で働いてみたいというワーカーさんも多く、たくさんの応募をいただきました。その応募数を見た自治体の方たちが喜んでくださった。『こんなに興味を持ってもらえてうれしい』『これからもやっていこうという気持ちになれる』と」
人口減少に歯止めをかけようと、移住者誘致や関係人口創出に各自治体が力を入れています。お試し移住や移住者交流プログラム、地域の魅力体感ツアーの企画などです。しかし現状では、予算や人手も限られており、PRや集客に苦戦する自治体が多いのも事実です。
一方、旅をしながら働いたワーカーからは、仕事の感想だけでなく、滞在中の楽しかった体験談が寄せられるようになりました。
「仕事終わりに、地元の方と飲み会をして楽しかった」
「ガイドブックに載っていない名所を教えてもらって、行ってきました」
「タイミートラベル」の利用者ら=提供
滞在先で旅費を稼ぐだけでなく、訪れた場所が「第二の故郷」のような存在になる。それこそタイミートラベルが提供できる価値ではないか。小川さんたちは、そう考えるようになりました。

仕事を軸に地域との「関わりしろ」をつくる

タイミートラベル事業責任者を務める葛西伸也さんは、こう話します。
葛西「仕事で滞在する間、地元の方たちと交流したり、観光を楽しんでいただいたりすることで、地域への興味や関心は一層高まります。今度は旅行で訪れたい、あるいは移住してみたい。そう感じていただけるようなプログラムを自治体さんと一緒に組み立てています」
「観光以上移住未満」といわれる関係人口。かつて住んでいた人、血縁がある人はもちろん、その地域が好きで頻繁に行き来する人、強い思い入れを持って地域づくりに参加したいと考える人も含まれます。
葛西「関係人口を創出するために大切なことは、人と地域の深い『関わりしろ』(プロジェクトに『関わる』ための「のりしろ」)をつくることです。旅行で訪れて、お客様としてもてなされるのもいいのですが、それ以上に、地元の人と同じ目線で働いたり、時間を共にすることで、より深い『関わりしろ』が育まれます」
自分に合う土地が見つかれば移住したいというワーカーもいるそうです。
現在は17自治体と連携し、地域おこし協力隊やまちづくり会社、観光協会などの力を借りて、共同でプログラム開発に取り組んでいます。
「タイミートラベル」でのアルバイトの様子=提供

地域の仕事を「体験したい」「学びたい」

最近では、事業者が中長期の採用ニーズから利用するケースもあります。
鹿児島県南九州市で農業の6次産業化に取り組む事業者は、輸出や海外展開を視野に入れており、大卒人材を採用したいと検討していました。ただ、高校を卒業すると就職するか都市部に出ていってしまう地方の現状では、大学生との接点がそもそもなかったといいます。
そこでタイミートラベルで募集したところ、都市部に住む大学生から、たくさんの応募がありました。地元の同業者だけの交流では気づかない視点や意見も得られ、ビジネスアイデアにつながった事例もあるそうです。
地域への関心や興味だけではなく、募集された仕事に注目して「体験したい」「学びたい」と希望する人も増えています。
熊本県苓北町(れいほくまち)で有機農法に取り組む農家にやってきたのは、大阪で新規就農を予定している人でした。自分の目指す分野の第一線で活躍している人のもとで、仕事を学びたいと考えたそうです。
仕事終わりに地元の方と歓談=提供
葛西「タイミートラベルで仕事をした後、一緒に農業を始める仲間を連れて、苓北町を再訪することを約束したそうです。地域の人とつながって、ご縁が生まれていく。これも、まさに『関わりしろ』だと思います」
これまでは、会社が決めた出世と研修プログラムに沿ってキャリアを形成することが一般的でした。今後は、いろいろな学習機会や就労体験を自ら組み合わせることで、好きな仕事も働く場所も選べる。こうした自律的キャリアの形成を下支えする事例が増えていくかもしれません。

農作業のマニュアル整備を手伝う

タイミートラベルが自治体と連携し、移住促進や関係人口の創出に取り組む一方、タイミーでも、農業の分野において自治体やJAと共に人手不足の解決に乗り出す事例が増えており、取り組みの中で農作業のマニュアル整備を手伝うこともあります。
例えば、農作物の収穫に「動きやすい服装で来てください」というと、経験のない人は半袖短パンで来てしまうこともあります。それでは枝で手足を傷つけてしまったり、虫に刺されたりすることもあります。屋外での作業では日よけも必要で、斜面で滑ったり、ぬかるみに足を取られたりすることもあるので、長靴や足袋が望ましい場合があります。
普段から農業に従事している人にとっては当たり前のことですが、初めて農作業をするワーカーにとっては、わからないことだらけ。
作業時の服装だけでなく、どの業務が切り出しやすいか、どのように業務手順を教えるか。実際に就労したワーカーや受け入れ元のフィードバックも踏まえて、一つひとつ言語化やマニュアル化をしていきます。
タイミーワーカー向けマニュアル=提供

雇用ミスマッチ 「情報が可視化されていない」

タイミーでは現在、地方展開を進めていますが、地元企業から聞こえるのは人手不足の苦労ばかりだそうです。
小川「地元の学校を卒業した若者が都市部に出ていってしまう。一方、学生に話を聞くと、地元に就職口がないといいます。
ミスマッチの原因の一つは、情報が可視化されていないことではないでしょうか。現状では、東京にたくさん仕事があるという先入観が大きいように思います。でも実は、地元にも魅力的な仕事がたくさんある。それを可視化できれば、卒業後も地元に残ったり戻ったりする選択肢がもっと増えるはずです」
地域の魅力や選択肢を可視化することで、地元で就職する人が増える。さらに都市部だけでなく近隣からも、働きがてら何日か滞在してみようと気軽に足を運べるようになれば、関係人口が各地で育まれて広がっていくのではないか。そう考えているそうです。
小川「1次産業も含めて地域の産業が潤っていく構造になるはずです。そんな仕組みづくりに貢献していきたいと思っています」
(Vol.3につづく)