2023/7/29

「1日の仕事でも、履歴書ありき」 慣習の裏に500万人の需要

ライター
2018年のサービス開始から、5年で累計ワーカー数が500万人のスキマバイトアプリ「タイミー」。学生・フリーターはもちろん、会社員の副業にも人気です。

履歴書・面接なし、相互評価の徹底。採用の常識を覆すチャレンジは、人手不足に直面する日本社会をどう変えるのか。取り組みに迫ります。

事業アイデアをつかんだきっかけは、現在26歳の代表が自らアルバイトをした経験からでした。(全3回)
INDEX
  • 履歴書・面接なしでバイト。副業ニーズも
  • 大学時代、タイミー創業のきっかけ
  • 開始4カ月で10万人。出資も決まり「進むしかない」
  • コロナ禍で飲食業に打撃。人手不足の物流へ
  • 働く側も雇う側も、相互に評価する
  • 「なぜ雇用主も評価されねばならないのか」

履歴書・面接なしでバイト。副業ニーズも

面接や登録会、履歴書は必要なし。スキマ時間で仕事でき、お給料は即日入金ーー。
そんなキャッチコピーで人気を集めるスキマバイトアプリ「タイミー」。橋本環奈さんが登場するテレビCMをご覧になった方もいるかもしれません。
タイミーのテレビCM=提供
募集職種は、物流倉庫での軽作業、飲食店のホールやキッチン、販売などが中心。
「今晩、友達と遊ぶまで3時間ヒマになったから仕事しよう」
そんな働き方も可能です。
学生・フリーターや主婦・主夫だけでなく、最近では、副業で利用する会社員も増えています。現在、登録者の33.5%が会社員で、最も多い層だそうです。
タイミーの特徴は、スマホ一つで仕事の申し込みから報酬の振り込みまでが完結することです。アプリで初期登録を済ませ、求人情報の「申し込みに進む」ボタンを押すと、その場で仕事が決まります。
働く当日も、履歴書や面接は不要。出退勤は勤務先のQRコードをスマホで読み取り、その日に稼いだ給与が即日出金できます。
出退勤もスマホ一つで完結=タイミーラボから

大学時代、タイミー創業のきっかけ

サービス開始から急成長を続け、創業から6年で700人超の従業員を率いる小川代表は26歳です。
高校3年生のとき、祖父が他界しました。起業家だった曾祖父が興した会社を再建したいという志半ばでの出来事でした。「人生は有限」。そう痛感した小川さんは、自身もまた起業家を目指そうと決意します。
大学2年時、株式会社Recolleを立ち上げました。ファッションに無頓着な自分がおしゃれになりたいと思い、男性向けにおすすめコーディネートを提案してくれるアプリを開発しました。
収益化を考えるなら、女性向けに特化したほうがいいーー。投資家からそうアドバイスを受けてサービス内容を変えたものの、そもそも自分がやりたい事業なのかと迷いが生じました。投資のオファーもあったそうですが、事業は譲渡し、メンバーは解散しました。
親から借りていた資金を返済するために、学業のかたわら、アルバイトを始めました。飲食やコンビニ、物流倉庫......。日雇いの仕事も多かったといいます。
このアルバイト経験が、創業のきっかけにつながります。
気づいたのは、メディアで「人手不足」が声高に叫ばれる一方で、日雇い労働者にとって必ずしも働きやすい環境が整備されているわけではないという現実でした。
いざ職に就こうとしても、履歴書や面接で落とされて、スタート地点にさえ立てない。そんな状況も目の当たりにしたそうです。
小川「たった1日の仕事でも、まず履歴書ありきです。でも本当は、時間通りに来てくれて、お願いした仕事をきちんとしてくれればいいはず。そこにギャップがあると感じました」
そこで考えたのが、タイミーの原形となるビジネスモデルです。
履歴書・面接は不要。きちんと働けば、実績や信頼が積み上がっていく。「真面目に努力する人が報われる世界をつくりたい」。そんな思いから、サービス立ち上げに向けて動き始めました。
アプリ制作には資金が必要です。
そこで、まず事業用に利用したのがLINEの法人向けサービス「LINE@」(現在はLINE公式アカウントと統合)でした。サークル仲間を中心に約2000人の学生に登録してもらい、アルバイト情報をLINEメッセージで配信するというものです。
創業時のメンバーは4人。小川さんともう一人が営業を担当し、求人広告を出している飲食店を見つけては、一軒一軒、営業して回りました。
ただ、最初は飲食店も半信半疑だったそうです。
「本当に来るの? 来なかったらどうするの?」
そう聞かれたことは一度や二度ではありません。
「そのときは、自分が来て働きますから安心してください」
小川さんは、そう答えていたそうです。「よかったよ。また使ってみるね」という顧客が少しずつ増えていきました。
小川「アプリの形もないところから使っていただいて、一つひとつ信頼を積み重ねながら、サービスをつくっていきました」

開始4カ月で10万人。出資も決まり「進むしかない」

2018年8月、アプリを正式リリース。大々的に記者会見を開きました。
働き方改革の呼びかけや副業解禁が始まった時期。会見がテレビで大きく取り上げられたこともあり、登録者数は開始4カ月間で約10万人まで伸びました。
一方、クライアント数は伸び悩みます。
さまざまなつてをたどりながら、一軒一軒、営業に回る日々。大手飲食店の導入が次第に決まっていきます。
同年12月には、サイバーエージェントによる出資も決定。同社代表の藤田晋氏が自ら手がけ、過去にはクラウドワークスやBASEなどへの出資で知られる通称「藤田ファンド」が再開後の投資1号案件としてタイミーを選んだことは、スタートアップ業界で大きな話題となりました。
タイミー本社=提供
小川「日々めまぐるしく状況が変わり、やることは山積みでしたが、日ごとに伸びていく売り上げの数字を見ながら、世の中に必要とされるサービスを送り出せたという手応えを少しずつ感じていました。出資も決まり、真っすぐ突き進むしかないと覚悟が決まりました」
串カツ田中、「牛角」「しゃぶしゃぶ温野菜」などを展開するレインズインターナショナルなど大手飲食チェーンからの出資も受け、取引先も一気に拡大したそうです。
当時、スキマ時間でバイトできるアプリは、タイミーだけではありませんでした。
では、なぜタイミーが5年間で500万人の登録者を獲得できたのでしょうか。
小川「自分自身、他社サービスに登録して働いてみましたが、履歴書を提出する必要がありました。店長や採用担当者が履歴書をチェックして、承認ボタンを押さなければ仕事が決まらない。そこが差別化できた要因だったと思います」

コロナ禍で飲食業に打撃。人手不足の物流へ

タイミーはその後も、急速な成長を続けましたが、2020年ごろには壁にぶつかります。
新型コロナの感染拡大で、それまで主要顧客だった飲食店が軒並み休業を迫られたのです。2019年には飲食業からの求人が60%近くを占めていた同社にとって、大きな打撃となりました。
窮地に立たされたタイミーは、物流業界へと大きく舵を切ります。体制を見直し、営業チームを物流・小売り・飲食業の3つに分け、新規開拓を進めました。
緊急事態宣言下の巣ごもり需要を背景に、物流業界は空前の人手不足となっていました。お歳暮シーズンを迎えた年末にはタイミーには求人が殺到。V字回復、さらなる急成長につなげます。

働く側も雇う側も、相互に評価する

履歴書・面接なしに加えて、タイミーのもう一つの大きな特徴は、相互評価の仕組みです。業務の終了後、就労先がワーカーを評価するのと同時に、ワーカーも就労先を評価します。
ワーカーと就労先の相互評価の仕組み=公式ページから
利用者は、ワーカーによる就労先レビューの一覧を見ることができます。
「初めての勤務でしたが、スタッフのみなさんが優しく仕事を教えてくださいました」
「まかないがおいしかったです」
「スタッフのみなさんが忙しそうで、ちょっと質問しづらかった」
ポジティブもネガティブも、同じ立場のワーカーたちが残したレビューを参考にして、就労先を選ぶことができる仕組みです。
一方、求人情報では、ワーカーに求める条件が掲げられているケースも多くあります。
「タイミーで3回以上」
「Good率90%以上の方限定」
Good率とは、過去にタイミーで仕事をした際に就労先から受けた評価です。申し込み時点で履歴書は不要ですが、タイミー上に積み重なった自身の評価がそのまま信用や次の仕事につながります。
小川「相互評価の機能は、タイミーを立ち上げたときから入れています。
履歴書・面接なしで採用していただくわけですから、事業者にしてみれば、どんな人が来るのかわかりません。それに対して『きちんと信頼を積み重ねた人が来ます』と説明できなければ、そもそも使ってもらえません。
相互評価の仕組みがあって、初めて履歴書・面接なしの採用が可能になる。両者は補完関係にあると考えています」

「なぜ雇用主も評価されねばならないのか」

クライアントからは「なぜワーカーだけでなく、雇用主である自分たちが評価されなければいけないのか」という声も当初はありました。
小川さんはこう答えたそうです。
「そんなことを言っていたら、この先も人手が集まらないままです」
実際に就労したワーカーがどう感じたのか。率直なレビューを本部が回収して、労働環境の改善につなげていかない限り、離職率は改善できず、人手不足は終わらない。そう考えたためです。
タイミーラボから
働きたくても働けない。その理由の一つに心理的ハードルがある。小川さんは、そう考えています。
・働く人は履歴書を提出して面接を受けるのに、働く現場の情報は限られている。
・どんな人が働いているのか、行ってみないとわからない。
・行ってみたら、求人内容と違う業務だった。
こうした情報の不透明性が、心理的なハードルにつながっているのかもしれません。
小川「ブラックバイトを撲滅したいと考えています。雇用側がワーカーを一方的に評価するのではなく、ワーカーも対等に雇用側を評価する。そのレビューを読んで、安心して働いてもらえるようにしたい。そこは徹底したいと思っています」
Vol.2につづく)