(ブルームバーグ): 伊藤忠商事が過去約10年で取り組んだ働き方改革は、社員の生産性向上が利益拡大につながった上、出生率の上昇という思いがけない恵みをもたらした。

同社は2013年に午後8時から10時までのオフィス勤務を原則禁止し、「朝型勤務」というルールを導入。当時、業界トップに追いつき追い越すことを目標としていた同社にとっては、やや逆方向ともとられかねない戦略だった。

10年4月に社長就任し現会長の岡藤正広最高経営責任者は、朝型勤務について「短期間で集中して残りは自分の時間を大事にすることだ」と述べた。

夜遅くまで働く代わりに翌日早く仕事を始めるよう社員に促し、早朝5時から8時の間の勤務に手当を支払う。開始直後には警備員らが東京都・北青山の本社ビルを巡回し、時間になると帰宅を催促した。規模で圧倒するライバルに勝つためにとった手法は、夜型に比べて効率性が高く意図した以上の成果になった。

コロナ禍の中で資源高や円安の恩恵もあったが、働き方改革による社員の意識向上も後押しし、一人当たりの連結純利益は22年3月期には11年3月期と比べて5倍超になった。

朝型勤務の導入に関わった小林文彦副社長は、「生産性の向上を目指したが、それが出生率に影響を与えるとは考えもしなかった」と振り返る。同社の女性社員の合計特殊出生率は11年3月期の0.94から22年3月期に1.97まで上昇した。いまでは女性社員が産休後、ふつうに職場復帰する。

繊維部門に勤務していた降矢安那さん(38)は、朝型勤務が始まったばかりの頃に産休から復帰した際、同僚より早く帰宅するたびに後ろめたさを感じ、「申し訳ない」気持ちになった。今では9歳になる男の子の宿題を見ながら夕食を作る時間ができ、また職場で責任ある仕事にかかわることができていることを「すごく幸せな環境にいる」と実感する。

同社の朝型勤務は22年5月よりさらに改められ、最短では従来より約2時間早く、午後3時以降に会社での仕事を引き上げることも可能になった。

少子化問題

6月に政府が公表した22年の日本の出生数は初めて80万人を割れ、岸田文雄首相は少子化を「国難」と表現した。40年までに約1100万人の労働力不足と社会崩壊をもたらす恐れがあるとの試算もある中、伊藤忠の例は政府が注目するモデルケースになる可能性がある。

国内では18年に「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が成立。少子高齢化で生産年齢人口の減少に直面する中、政府は長時間労働の是正や多様で柔軟な働き方の実現などを目標に関連の法令改正を進めている。

徐々にではあるが、ほかの企業でも少子化問題を見据えた改革の動きが芽生えつつある。三井住友海上火災保険は育児休業中の社員から仕事を引き継いだ社員に7月から10万円を支給すると発表した。

フレックスタイムを導入している三菱商事は女性社員の出生率を公表していないものの、女性社員の仕事と出産・育児の両立支援に取り組み、商社ならではの海外駐在にもサポートを設けた。同社には子連れの女性海外駐在員が17名と、女性駐在員全体の約3割を占める。

大企業に広がりつつあるこうした取り組みが深く浸透するかは未知数だ。厚生労働省の22年の就労条件総合調査ではフレックスタイムを導入している企業は全体のわずか8.2%に止まり、規模別では1000人以上が約3割と最も多く、100人未満の企業は6.6%に止まる。

出生率が低い理由について、立命館大学の小林 ・ハッサル・柔子准教授(社会史)は、最大の要因は「経済的地位の低い人たちが家庭を持ったり子供を産んだりする経済力がないこと」だと指摘する。その上で伊藤忠の例については「持ってる人は持ってる、みたいなところの象徴的なケース」だと冷ややかだ。

確かに総合商社は日本で最も給与の高い仕事のひとつで、伊藤忠で働く人の23年3月期の平均年収は1730万円と全国平均の約4倍。同社の例がそのまま全てに当てはまるとは限らない。

昭和の経済成長を支えた総合商社には、男性優位、長時間労働など日本企業の象徴的イメージが付きまとってきた。だが、伊藤忠が働き方改革推進のパイオニアになるとすれば、日本の企業文化に大きな変革を起こすかもしれない。

   13日の伊藤忠株は8営業日ぶりに反発し、終値は前日比1.9%高の5477円だった。TOPIXは1%高。

(2段落目の表現と株価情報を更新しました)

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