2023/7/19

【必見】スタートアップは、IPOをどう捉えるべきか

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
IPO(新規上場)か? M&A(合併・買収)か? あえて非上場であり続けるのか?
起業家にとって、いつかは迫られる選択。IPO、M&A、非上場のどれを選ぶかで、企業の未来が大きく変わる重要な選択となる。
なかでも、スタートアップ経営者の目標のひとつとして語られることが多いのが、「IPO」だろう。実現すれば、企業価値の向上や大規模な資金調達などにつながり、事業成長を加速させる絶好の機会となる。
(istock:marchmeena29)
一方で、IPOができるのはひと握りのスタートアップのみ。実現に向けて乗り越えるべきハードルは高く、早い段階からの準備が必要となる。
そもそもスタートアップはIPOをどのように捉えればいいのか。IPOを達成して上場後も成長を続ける企業と、そうではない企業の違いとは何か。
スタートアップ上場後の成長加速をテーマに活動するシニフィアン共同代表の村上誠典氏と、2018年からIPO監査実績5年連続首位、EY Japanのスタートアップ支援組織「EY Startup Innovation」をリードする齊藤直人氏による対談から、IPOの役割や向き合い方のヒントをお届けする。
※2022年上場承認ベース、TOKYO PRO Marketを除く (参考情報:<新規上場会社情報>、各証券取引所ホームページ<2022年12月15日>のデータを基にEYが集計)

IPOは変革の“きっかけ”

──そもそもスタートアップは“IPO”というプロセスをどのように捉えるべきでしょうか。
村上 IPOの理解を深めるために重要な視点が、「複数のステークホルダー」の存在です。それぞれの立場によって、IPOの役割や意義は異なります。
 従業員や既存の株主にとっては、IPOはこれまでの努力や投資が報酬やリターンとして顕在化する「出口」の意味合いが強くなります。
 彼らに対して報いる意味でIPOを考えると、どうしても出口という捉え方になりやすい。そのためスモールIPOのような、いわゆる上場ゴールが目標になってしまうことがあります。
 一方で、新規投資家にとって、IPOは企業への投資の「入り口」です。会社にとっては、新たな株主を迎えて資金を調達し、持続的かつさらなる成長を目指していくという点で通過点であり、入り口としての意味合いが大きい。
 つまり、スタートアップにとってIPOとは、単なる資金調達の手段にとどまらない。多様なステークホルダーの利害関係を考慮しながら、長期的な目線で「出口」と「入り口」のバランスを調整し、企業の長期的な成長を支える基盤をつくるための一大イベントなのです。
齊藤 とても共感します。スタートアップにとってIPOは、会社をさらに成長させるブースターのようなものです。
 一般的に、スタートアップがIPOを準備し始めるのは、売上がおおよそ数億から10億円に達するタイミングが多い。
 しかし、ここからさらに100億円、1000億円と売上を拡大するには、これまでの成功体験を一度リセットし、経営者も会社も大きな変革を遂げなければなりません。
 社員の構成から経営手法、ビジネスモデルに至るまで、全てを見直し、必要に応じて再構築が必要です。会社が次のフェーズへ成長するために、このような大きな変革を促す“きっかけ”になるのがIPOの役割でもあります。

上場後の成長戦略を描けているか

──これからIPOを見据えるスタートアップには、どのようなマインドセットやスタンスが必要になりますか。
村上 まずは前述した入り口と出口、この二つの観点を持つことが大切です。
 一般的に、多くの経営者は株主や従業員といったステークホルダーを意識し過ぎるがゆえに「出口のIPO」にマインドの比重が置かれがちです。IPOをいったんのゴールと捉え、その目標に向けた計画や準備を進めています。
 しかし、IPOを新たなステージへの「入り口」と捉え、その観点で上場準備を進める経営者はあまり多くはありません。出口の準備は創業初期から意識しているものの、入り口の準備が不十分なまま上場する企業が多いのが実態です。
 構造的問題、体制面の課題もあり仕方ない実態もあるわけですが、会社が成長を続け、社会に大きなインパクトを残すためには、徐々に目線を長期的な視点に切り替えるメリットは非常に大きいと考えています。
齊藤 上場はできたものの、入り口の準備をしないためにその後の成長が停滞してしまうケースが多いのは日本の課題ですよね。
 上場後にさらに成長してプライム市場を目指したり、海外進出を実現したりといった展開になるのが本来のあるべき姿です。
 ただし、既存事業だけに依存していては、これらの目標を達成するのは難しい。IPOを目指すタイミングで、長期的な成長戦略に基づいた新規事業への投資を行うことも大切です。
村上 ビジネスも組織も一定の賞味期限がありますよね。5年連続成長はできても、20年連続成長するためには、どこかで一定の息切れを想定すべきです。だからこそ、戦略面、組織面、財務面など何らかの経営上の転換することを前提に考えておかなければなりません。
 この「ギアチェンジ」ができる会社でなければ、持続的に成長することは難しい。
 たとえば、早期IPOした企業の中には、最初に立ち上げた事業が特定の顧客セグメントにフィットした結果、順調に推移し、大きな経営上のギアチェンジを一度も経験せずに上場する企業もあります。
 しかし、その多くが上場後に息切れして、成長が鈍化する傾向にあります。これらの問題を私は「上場後の第二の死の谷」と呼んでいます。本当に大きな社会的価値を創造するためには、長期的かつ持続的な事業活動が不可欠で、それに耐えうる経営基盤の構築とアップデートを繰り返し行い続ける必要があるのです。
 一度もギアチェンジをすることなく、成長し続けている会社はありません。上場前後で企業に求められるものは変化するため、自己変革をし続ける胆力も必要になるでしょう。
齊藤 ギアチェンジの方法の1つに、「経営メンバーの入れ替え」があります。
 上場前後で経営の主要メンバーが入れ替わっている企業は、上場後も成長しているイメージがあります。なぜなら、創業後に新規事業や組織をつくり出すスキルと、コンプライアンスなど上場企業に求められるスキルは全く別物だからです。両方できる人は少ないため、フェーズに応じてメンバーが入れ替わるのは決してネガティブなことではありません。
村上 加えて、ギアチェンジのもう1つの方法としては、私やEYさんのような外部のステークホルダーが入る方法もよく使われます。IPO準備に向けて組織の基礎力を底上げし、自分たちだけではできなかった変革を進めることができます。
 ただ、IPOのタイミングでギアチェンジするのは困難になる側面があることも、IPOを目指す経営者は理解しておく必要があります。上場審査の最中にキャラ変すれば、一貫性がないと受け取られ、審査過程でマイナスとなる可能性があります。
 事業戦略、組織戦略、ファイナンス戦略の大きな変更により事業計画や将来見通しが変化することは、上場前は上昇審査が嫌いますし、上場後は機関投資家からもサプライズのない一貫性を求められます。逆に言えば、一定期間は一貫性のある事業推進が可能な状況になってから上場すべきだという期待値もあるわけです。
 いずれにせよ、上場を入り口として捉え、先を見据えながら準備をすることが必要です。
 一方で、ステークホルダーの期待値に応えながら、上場というある種の非連続性に折り合いをつけて成長することの難易度が高いのも事実です。だからこそ、米国などではスタートアップのExitの9割がM&Aとなり、IPOを目指す企業はほんの一握りに限られるわけです。
 今回は、IPOを目指すスタートアップを意識してお話ししていますが、IPOの意味やその後の期待値を正しく理解することで、会社にとって何が正解なのか考えるきっかけになってほしいとも思います。

成長するスタートアップに必要なIPO戦略

──スタートアップは、具体的にどのようにIPO戦略を描けばいいのでしょうか。
齊藤 まずは上場後も見据えた成長戦略を描くこと。すでに成功している事業に加えて、今後成長が見込まれる事業をいくつかつくることが必要です。
 ファイナンスの観点では、時価総額300億円くらいなければその後の成長のための資金が集まりにくいのが事実。
 ある程度ビジネスを大きくして投資家に評価される規模になってからIPOしたほうが、会社が成長する可能性が高まります。
村上 上場すると、ゲームのルールが変わります。それを知っているかどうかも重要です。
 たとえば、中高生のときは学校に真面目に通い、成績が良ければ優秀だと言われます。しかし、社会人になるとルールが変わります。
 人脈がある、話が面白い、要領がいいなど、学生時代とは異なるスキルが求められ、優秀な人の基準も変わります。
 経営もこれと同じ。未上場のときはスピード感を持って、いいプロダクトをつくり、ユーザーを見て仕事していればいいのですが、上場後はファイナンス戦略、機関投資家、流動性など、これまで考えていなかったことと向き合わなければなりません。
 投資家が安心して投資できる状況を提供する責任も経営が負うことになり、一貫性と高度な期待値コントロールも求められるようになります。一生懸命頑張ったとしても出資してもらえるとは限らないのです。
 このルールの違いは、IPOや上場企業の経営を経験したことがない経営者にとっては想像しにくいものです。そのため、早い段階からポストIPOのルールを知っておくことが大切です。
 優秀な経営者ほど、重要そうなことに対して高いアンテナを張っていて、行動も早い。
 ルールが変わることを知っておけば、「自社のIPOはこのタイミングでいいのか」「もっと実力をつけなければ」と考えるきっかけになり、成長戦略の描き方も変わってくると思います。
齊藤 おっしゃる通り、創業したばかりの起業家に対して、上場前後でルールが変わることや会社に求められるものが変わることを伝えるのは重要ですよね。
 IPOに向けてどんな準備をすればいいかが感覚的にわかるだけでも、心持ちが変わりそうです。
 政府が掲げるスタートアップ5カ年計画ではユニコーンを100社に増やす目標を掲げていますが、大事なのはその先。将来的にはIPO後の成長を支えるための対策も出てくるのではと思います。
村上 IPO時の時価総額を高めることも大事ですが、もう1つ忘れてはならない視点が、IPO後にどれだけ成長できるかです。
 GAFAMを筆頭にした米国の成功しているスタートアップの時価総額について調査したことがありますが、平均すると上場後に1,000倍超に時価総額が増加しています。経済インパクトとしては相当大きい。
 日本でこの規模のスタートアップを生み出すためには、政府やベンチャーキャピタルの取り組みをはじめ、スタートアップの成長を支える人材を含めたエコシステムを一層拡大していくこと、その結果として経営や執行の現場における経営力やエグゼキューション力の益々の向上が重要だと思います。

スタートアップは「武器」を使いこなせ

──スタートアップを支援する立場としては、IPOを目指すスタートアップをどのようにサポートしたいと考えていますか。
齊藤 ユニコーン100社にとどまらず、GAFAレベルのスタートアップを日本から生み出したいというのが私たちの目標です。そのためには、長期的な視点に立ってスタートアップの成長を支えるエコシステムが不可欠です。
 日本は公平に機会を与える傾向が強いのですが、大きな可能性を秘めたスタートアップに対しては、積極的に手を差し伸べる、つまり優遇するくらいの扱いが必要だと思います。
 そのくらいのことをしないと、時代を変えるような会社は出てこないでしょう。そしてEY Startup Innovationとしては、それを実現するためにも包括的なスタートアップ支援に取り組んでいます。
 具体的には、スタートアップに対しては会社設立支援から、事業創出や拡大、資金調達、IPOやM&Aの支援、ポストIPOの支援まで、各成長ステージに応じたさまざまなサービスを提供しています。EYがグローバルで展開する監査法人、税理士法人、コンサルなどの各サービスラインを横串にしてシームレスにサービス提供できるのが、当ファームならではの特徴でもあります。
 対象となるスタートアップだけでなく、ファンドや事業会社、機関投資家、官公庁や自治体などを巻き込んで、新たなイノベーションを起こすために多岐にわたる支援をワンストップで提供していくことがEY Startup Innovationのコンセプトです。
村上 これからの時代に大事なのは、たとえるなら大谷翔平選手のようなスーパースターを生み出すことです。誰かがフロントランナーとして圧倒的な成果を挙げると、いろいろなことが一気に変わります。そして、次のスターが生まれ、全体のレベルも底上げされます。
 スタートアップの成長を支えることは、日本経済全体を強くすることにもつながります。ぜひEYさんのような存在もうまく使いこなし、長期的な視点で成長戦略を描きながら、圧倒的な成果を生み出していってほしい。
 加えて、EY Startup Innovationの立ち位置だと、創業初期から大企業になってからも、長くお付き合いできる素地がありますよね。
 IPO前後でゲームのルールが変わるだけでなく、投資家も切り替わりますし、金融機関の担当部署も変わります。どうしても非連続になってしまう部分があるのに対し、創業初期から連続して支援ができるという点で、EY Startup Innovationのような組織がスタートアップ・エコシステムを構築することの意義は非常に大きいと思います。私も、その点を強く意識してクロスオーバー投資や、IPOを通過点として捉えた連続的・長期的な関係性・視点を大事にエンゲイジメント活動を行っています。
齊藤 ありがとうございます。
 深める部分については、外部の投資家やベンチャー・キャピタルのみなさんと連携しながら取り組んでいきたいと考えています。逆に言えば、特定の組織に偏った支援にならないため、公平性があるという捉え方もできます。
 また、IPO監査をしているので、インフラのような形で機能していることも我々の特徴です。それを活かして外部のネットワークを使って補強しながら、スタートアップ支援に取り組んでいきたいですね。
村上 EY Startup Innovationが提供するスタートアップ支援をお伺いすると、大企業並みの支援体制を構築されようとしていることが理解できます。10年前はこういう仕組みはなく、エンジェル投資家などが個人的にスタートアップ経営者にアドバイスしていたと思います。
 かつては起業家が自力で成長を目指す世界だったのが、ここ5年くらいでスタートアップ支援の環境が整ってきたのです。ただ、スタートアップ側がまだ全然使いこなせていないのが現状です。
 成長を実現するための素晴らしい武器はたくさん登場していることを、スタートアップの経営者はまずは知り、武器を使いこなせるようになってほしいですね。出口戦略の部分だけでなく、入り口の部分から活用し、事業の成長や経営ガバナンスの強化に役立てていってほしいと思います。
齊藤 EY Startup Innovationでは、スタートアップ企業の資金調達支援もしていますが、我々のようなプロフェッショナルファームを使うという文化自体が、日本のスタートアップにはなかったように思います。
 ようやく認知され始めてきたので、今後も成功事例を積み上げていきたいと考えています。
村上 個人的には、EY Startup Innovationにはもっと採用強化していただいて、スタートアップ・エコシステムの専門人材を輩出する会社になっていただきたいですね。
 最近はコンサルや投資銀行出身者がCFOとしてスタートアップに入ることが増えていますが、CFOだけではIPO準備はできません。ストックオプション、M&A、内部統制、税務会計、監査など各分野の専門家が必要です。
 その点で、EY Startup Innovation出身者がスタートアップで活躍するようになると、もっと盛り上がると思います。
齊藤 それは私も同じことを考えておりまして、EY Startup Innovationをぜひステップアップの場としても活用してほしい。
 スタートアップが新しいイノベーションを起こして成長するためには、マネジメントやファイナンス、法務、IPO、ポストIPOなどの専門的な人材が必要です。
 そういったCFO人材を輩出するファームとしての役割も果たしながら、より日本のスタートアップエコシステムに大きな貢献ができるような存在を目指していきたいと思います。