2023/7/8

あえて紙。感謝が残る地域通貨、使っても受け取っても後味良く

ライター
東京都の中心に位置する国分寺で地域通貨「ぶんじ」が発行されたのは、今から11年前のことでした。

日本各地でさまざまな地域通貨が生まれては廃れるなか、単なる「お金の補完」ではなく、街との関わり合いや対話、アイデアを育てる存在にもなって根付いています。

コロナ禍を経て、人と街、暮らしの関係性が見直されるなか、地域通貨の果たす役目を探りに現地を訪ねました。(第1回/全3回)
INDEX
  • 国分寺で11年、紙の地域通貨「ぶんじ」
  • 地域通貨の裏面には感謝のメッセージ
  • 入会手続き不要。誰かから誰かに渡る
  • 地域通貨を使った「後味」を良く

国分寺で11年、紙の地域通貨「ぶんじ」

「ぶんじ つかえます」「国分寺地域通貨 ぶんじ SINCE 2012」ーー。
東京都の中心に位置する国分寺。一帯の飲食店などの店先で、こんな掲示をみかけることがあります。「ぶんじ」は、界隈の約30店舗が加盟している地域通貨です。
地域通貨をめぐっては、日本では緊急経済対策として1999年に配布された地域振興券をきっかけに注目が集まりました。2000年代初めごろから地域課題を解決しようと、各地でさまざまな地域通貨が生まれましたが、廃止や休止に追い込まれたケースが数多くみられました。
法定通貨ではないため活発に流通させるのが難しいことや、導入の効果を見いだしにくい事情もあります。紙から電子マネー、ブロックチェーンへと形を変えて今も導入が続いていますが、地域になかなか根付きません。
そんななか、紙の地域通貨で11年にわたって受け継がれ、若い世代にも広がりをみせているのが「ぶんじ」です。
「ぶんじ」のアイデアが育まれた国分寺駅近くの胡桃堂喫茶店を訪ねました。
胡桃堂喫茶店
お店の中で見せてもらった「ぶんじ」は、名刺サイズの紙製カード。表面には「100 BUNJI」「500 BUNJI」といった表記があり、店舗で「円」を補う通貨として使えるといいます。
どのように使えるかは、店によってバラバラです。
ある食堂では「100ぶんじでコーヒー1杯サービス」。ある喫茶店では「展示販売スペース1か月500ぶんじで棚貸しいたします」。「100ぶんじでカレーにトッピング」というカフェがあれば、「100ぶんじで通常300円の入場料が半額に」というゴルフの練習場もあります。
胡桃堂喫茶店レジに掲示された「ぶんじつかえます」

地域通貨の裏面には感謝のメッセージ

こうした「お金」の要素を持ちながら、換金はできない「ぶんじ」。裏面は、手書きのメッセージがびっしりと残されていました。
「コーヒーおいしかったです。ほっとしました」
「新鮮な野菜。おいしかったです」
「畑仕事、手伝ってくれて、たすかりました」
こうした感謝を伝える言葉の数々は、「ぶんじ」をどうやったらもらえるのか、という地域通貨の仕組みや特徴にもつながっています。
「ぶんじ」の裏面に書かれた感謝やお礼のメッセージ
「ぶんじ」を手にするには、お店でお釣りとしてもらったり、地域のイベントに参加したり、誰かの仕事を手伝ったりと、国分寺に住む人たちと何かしら関わる必要があります。
そうして受け取る「ぶんじ」は、仕事や優しさに対する感謝を込めて、メッセージ付きで手渡されます。このため店舗で使われるだけでなく、地域に住む個人同士でサンキューカードのように使われる場面も多いそうです。
現在までの発行枚数は「100ぶんじ」が1万7000枚、「500ぶんじ」が1000枚。人から人の手へと「ぶんじ」が回れば回るほど、この地域で交わされた感謝やお礼の軌跡が刻まれていく。そんな計らいがあります。
胡桃堂喫茶店に来たお客さんら

入会手続き不要。誰かから誰かに渡る

「ぶんじ」のアイデアが生まれたのは、2012年でした。
国分寺の店主らが立ち上げた地域のウォーキングイベントの一環で、関心のあるメンバーが集まりました。中心となったお店の一つが「カフェスロー」です。
カフェスローは「経済のスロー化」を目指していました。効率や合理性だけを追求するのではない経済の流れのことで、この店では国内のあらゆる地域通貨を使えるようにしていました。
最初の顔合わせで10人ほどのメンバーが集まります。店を運営しているメンバーがほかにもいたことから、加盟店は5、6店舗でスタート。その後、徐々に増えていきました。
取りまとめ役になったのは、クルミドコーヒー店主の影山知明さんです。
コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーを経てベンチャーキャピタル(VC)の創業に参画するという異色の経歴で、以前から地域通貨には関心を持っていました。資本主義の経済で暴走するお金の正体に迫り、「リーマン・ショックを予言した奇跡の書」とも言われる『エンデの遺言』のもととなるNHKのドキュメンタリー番組が心に残っていたそうです。
影山知明(かげやま・ともあき) 1973年西国分寺生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ベンチャーキャピタルの創業に参画。その後に独立して、国分寺エリアにクルミドコーヒーを開き、同店は2013年に「食べログ」(カフェ部門)で全国1位となる。17年には胡桃堂喫茶店をオープン、本屋も併設した。国分寺市の地域通貨ぶんじプロジェクト発起人の一人。著書に『ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済』。
国分寺で始まった地域通貨のプロジェクト。「ぶんじ」は当初から紙製が選ばれました。発行が始まった2012年は、スマホアプリがいまほど普及していなかったことも背景にあります。
一方、地域通貨は「お金」によく似た形式に限りません。影山さんらは「ほかの地域通貨も調べました」と説明します。
例えば、神奈川県の相模原市緑区藤野地区(旧藤野町)で、「ぶんじ」よりも少し前の2010年に始まった地域通貨「よろづ」は、紙製の通帳型です。
住民たちが「誰か駅まで車に乗せていって」「飼い猫の世話をお願いしたい」などと、日常的な困りごとを助け合って、その貸し借りを記帳していきます。
通帳型の良い点を「参加メンバーが明確になること」と影山さんは説明します。「クローズドサークル」と言われるように、参加メンバーが入会して通帳を手に入れた人たちに限られるのです。「よろづ」は住民の相互扶助を支えるツールとして、登場から10年となる2020年時点では600人以上に利用され、この紙の通帳型がフィットしました。
胡桃堂喫茶店の店内
一方、影山さんらは、通帳型には「クローズド」だからこそ生み出される熱がある半面、通貨としては広がりにくい面もあると捉えました。
影山「『ぶんじ』は飲食店で使われることを考えると、手から手へと渡っていく券面式がいいのではないかと考えました。入会手続きも不要で、誰かが感謝のメッセージを書いて手渡すことで広がっていきます。そういう意味では、参加の境界線が曖昧です。それからアナログな感じが僕たちらしいよね、ということもありました」

地域通貨を使った「後味」を良く

「ぶんじ」という通貨を通じて住民同士の交流やふれあいを緩やかに促す。影山さんらのそんな願いや狙いが形となったものの一つが、「ぶんじ食堂」です。
住民たちで食材を持ち寄って、「ぶんじ」だけを使って食事ができる食堂だといいます。
もともとは「地域通貨だけでごはんが食べられる食堂をやれたらいいね」という雑談から、地域イベントの一環で開かれました。そこから何人かメンバーが手を挙げたことで、2018年からは定期的な食堂の開催につながります。
場所も営業時間外の店舗やスペースを借りていたのが、2020年11月からは、街の寮として始まった「ぶんじ寮」の食堂で定期的に開くようになりました。この2年あまりで四十数回開催して、参加者数は1000人を超えました。
ぶんじ食堂=Facebookから
「ぶんじ」を手に入れようとすれば、この地域で誰かから「ありがとう」と言ってもらう必要があります。
影山「例えば、カフェでお客さんに感謝してもらうにはどうしたらいいのでしょうか。それは、おいしいコーヒーを入れて、お客さんがいい時間を過ごせるよう尽くすこと。『ありがとう』を手に入れるためではなく、まずギブする。その結果として『ありがとう』が流通していくわけです」
地域通貨をめぐるギブ&テイク、「渡す側」と「受け取る側」の関係性を捉え直すことに、流通が長続きするかどうかの一つの分岐点があるのではないか、と影山さんはみています。
ポイントは「消費者的な人格を刺激しないこと」だといいます。
影山「『消費者的な人格』とは『できるだけ少ない労力で、できるだけ多くのものを得ようとする姿勢』のことです。渡す側と受け取る側、お互いがそう思ってしまうと、地域通貨はだんだんと使われなくなってしまいます」
「地域通貨を使ったら100円引きになると言われれば、お客さんは当然の権利として使おうとします。お店としては、売り上げが100円減るので、あまり使ってほしくないお金になってしまう。地域通貨をせっかく使ったのに、やり取りであまり喜ばれなければ、使う側にそれが伝わりますから、『じゃあ使うのをやめておこうか』となって、次第にお財布にも入れなくなります」
「ぶんじ」は、流通量も加盟店が約30店舗というのも、決して多くはありません。ただ、2000年代に日本中で相次いで登場した地域通貨の多くがすぐに廃れていったなか、後発ながら細く長く続いているのは、ここで話題にした受け渡しの後に地域通貨を使う人たちが抱く感情が影響していそうです。
影山「僕は『交換の後味』という言い方をするのですけど、ギブ&テイクのうち、テイクが先行する交換は、どうしても後味が悪くなってしまいます」
「ぶんじは、100円安くなるから使うのではなく、誰かから受け取った仕事に感謝を伝えるために使うお金です。それはテイクではなく、ギブを受け取る行為なわけです」
お店も受け取ることが嬉しいし、喜んでもらえれば、使う側もまた使いにこようと思う......。そんなウィンウィンの関係性をつなぐ存在が、通貨とサンキューカードを兼ねた「ぶんじ」だというのです。
Vol.2につづく)