M&Aクラウドの及川です。M&Aをアップデートしていきます。
M&Aは経験を重ねるほど、買い手の社内にノウハウが蓄積され、成功率が高まると言われます。一方、新たにM&Aに取り組む際には、さまざまなリスクを踏まえ、小規模案件から始めたいと考える買い手も多いでしょう。
一般的なM&A仲介会社が取り扱うのは、一定規模以上の案件に限られます。オンラインのM&Aプラットフォームであれば、より小規模な案件もカバーされていますが、業種の面では製造や店舗運営などのリアルビジネスが多い傾向にあります。
その点、当社のプラットフォーム「M&Aクラウド」では、登録している売り手企業の半数がIT系。IT領域で独自の技術やビジネスモデルを持った企業をM&Aしたいと考える買い手のニーズに応えてきました。
そこで今回は、当社プラットフォームのカスタマーサポート部門を統括している滝口 拓実にインタビュー。1億円前後のIT系M&Aでよくある案件のパターン、ディールで気を付けるべきポイントなど、現場の実情に迫ります。

実は大きな成功例も多い、1億円規模のM&A

プラットフォーム事業部 プラットフォームアドバイザリーチーム マネージャー 滝口 拓実
及川:1億円前後のM&Aは適時開示の対象にならないケースが多く、なかなか情報収集しづらい面がありますが、実は成功事例もいろいろ出ていますよね。
これは当社で扱った事例ではないですが、2007年にインタースペースに事業譲渡された育児支援サイト「ママスタジアム」。今や同社メディア運営事業のコアを担うまでに成長しています。
滝口:当社の成約事例でも、大きな効果が出ているM&Aはたくさんあります。例えば、オンラインメンターサービス「MENTA」を運営するMENTAは、M&A後1年半でユーザー数を2.5倍にまで増やし、買い手であるランサーズとの事業シナジーを大いに発揮しています。価格帯は若干高めながら、プラットフォーム利用が向いている規模のM&A成功例といえると思います。
及川:WebメディアやWebサービスなどは、小規模な案件であっても成長パターンがある程度確立されているので、その後伸ばしていくイメージがつきやすいかもしれないですね。システム開発やSESなども同様だと思います。
滝口:システム開発では、当社でサポートした案件では、ベトナムに本社を持つNitro Tech Asiaが、IT関連サービスを展開するデザインワン・ジャパンにジョイン後、わずか4年で、デザインワン・ジャパンの売上の約1/4を占めるまでになっています。
より最近の成約事例では、RPA関連のエンジニア育成支援などを行うPeaceful Morningも、2022年10月にクラウドワークスにジョインした後、業績を大きく伸ばし、2023年1~3月は、売上高で前年同期比77%増、粗利益で同123%増を記録しています。
他に最近、成約が増えてきているのは、Webマーケティングや動画制作の領域です。もともと個人事業として立ち上げられ、事業規模を拡大しきれていない売り手も多く、1億円前後で取引が成立する案件は少なくありません。
及川:事業成長フェーズの観点では、どんな段階にある売り手が多いですか?
滝口:PMF(プロダクトマーケットフィット)の前後、事業がマネタイズするかしないかあたりが多い印象です。典型的なのは、正社員10名以下で、少数精鋭で事業を回している、といったケースですね。
フェーズの観点も加味すると、1億円前後のM&Aは、だいたい次の5つのパターンに分けられると思います。
A:PMF前後の事業譲渡
B:アフィリエイトメディアの事業譲渡
C:伸び悩んでいるチームのアクハイヤー(人材獲得を目的としたM&A)
D:成長軌道に乗っているが、0→1が完了したばかりの小規模な会社
E:小規模や赤字の事業承継案件
及川:AとBは事業譲渡、C~Eは株式譲渡ですね。
ちなみに、CとDについては、売り手の株主にベンチャーキャピタル(VC)がいるケースも多いと思います。Cであれば、VCが入っていてもM&Aに合意してもらえる可能性も大きいですが、DでVCが入っていると、交渉が難航することが予想されるため、注意が必要です。
いずれにしても、買い手は「事業のタネを買う」といった心構えでいる方がよさそうですね。買い手が自ら育てて芽を出させられそうなタネかどうか、見極める必要がありそうです。
「M&Aクラウド」活用Tips 1
1億円前後の案件は、事業のタネを買うという心構えが必要
売り手がシードやアーリーステージにいる場合、バリュエーションの目線合わせが難しいケースも多いと思いますが、この点はどうですか?
滝口:目安となるのは営業利益3〜5年分、メディアの場合は12〜24カ月分で、株式譲渡だとそれに純資産を加える形です。ただ、営業利益が出ていない企業も一定数ありますから、その場合は開発原価や採用コストと比較する、コストアプローチを採用していることもあるようです。
及川:そうした基準を頭に入れておくことで、M&A候補先の選定もその後の交渉も進めやすくなりますね。

成功の前提条件は、売却理由の特定

CEO 及川 厚博
及川:売り手の売却理由はどのようなものが多いですか?
滝口:M&A後に経営陣が残る場合と残らない場合で異なります。
経営陣が残る場合によく挙がる理由は、アセット不足です。例えば、個人事業の延長で、前職までの人脈なども活用して顧客を増やしてきたけれど、さらに成長するには営業リソースが足りない。たとえ営業人員を採用したとしても、新規営業になるので売上の伸び率は落ちる。それならば、顧客基盤が充実している会社と一緒になった方がよいという考え方ですね。
及川:個人事業としてスタートしている場合は、組織化を想定していないことも多いでしょうからね。採用しようにも、採用ノウハウがないこともあると思います。
滝口:他には、事業が拡大するにつれて、バックオフィス業務にまで手が回らなくなったため、他社にグループインしたいという話もよく聞きます。
及川:では、経営陣が残らないパターンの売却理由はどうですか。
滝口:一言でいうと、経営陣がその事業に優先的にコミットするモチベーションを失ったということだと思います。
例えば、サブ事業として始め、メイン事業とのシナジーを期待していた事業が、想定ほどには成長しなかったとか。あるいは、新たな注力事業を見つけてそちらにピボットしたくなり、メイン事業を手放そうというケースもあります。
他によくあるのが、そもそも売却する前提で事業を立ち上げているケース。PMFを達成して軌道に乗ってきたので、そろそろ事業の評価額を確認したいというモチベーションのようです。
及川:別の目的のために事業を手放したい場合は、売り手が初めから本心を明かさないケースもあると思います。特にキーマンが残るかどうかはM&A後の業績に大きく関わりますから、買い手としては、まずは売却理由をしっかり見極めないといけないですね。
「M&Aクラウド」活用Tips 2 
高価買いのリスクを避けるため、売却理由を見極めることが重要

買い手のリード力が交渉の明暗を分ける

及川:当社プラットフォームの最大のメリットは、興味を持った売り手企業に対して、買い手からカジュアルに面談を依頼できる点です。うまくいく面談の特徴などはありますか?
滝口:買い手側のリードがしっかりしていると、面談自体も、その後の交渉も、スムーズに進みやすいと感じます。特に面談の冒頭で、買い手から面談の目的や流れを説明すると、売り手も安心するようです。
「M&Aクラウド」活用Tips 3
売り手との面談時のカギは、買い手が積極的にリードすること
及川:売り手はM&Aも初めての場合が多いですし、買い手とは企業規模に差があるというだけでも萎縮してしまいやすいですよね。
滝口:買い手の方から、M&A後に実現したいシナジーを提案することで、売り手の心をつかんでいる場面も見たことがあります。一方的に「事業内容を説明してください」「決算書を見せてください」とリクエストされるケースも少なくない中で、買い手から積極的にアプローチする姿勢を見せてもらえると、売り手のテンションもぐっと上がるようです。
及川:逆に売り手の方が事業説明に熱が入りすぎ、延々と話し続けてしまうようなケースもありませんか?
滝口:ありますね。そういうときは買い手から質問を挟むと、会話が落ち着くことが多いです。「その事業内容をふまえると、両社でどんなことが実現できるでしょうか」とか。
及川:やはり、面談には買い手が積極的にファシリテーションするつもりで臨んだ方がよいということですね。
滝口:そう思います。
ちなみに事業譲渡の場合、初期の面談で先回りして資料の準備を依頼しておくと、その後の進捗がスムーズになるようです。売り手はもともと事業別にPLを分けていないことも多いので、そこから切り出していくためには、それなりの時間がかかるものと想定しておくことをお勧めします。

収益担保性をシビアに見極める

及川:プラットフォームでマッチングした場合、数回面談した後には徐々にデューデリジェンスが始まっていくことが多いと思います。買い手が特に気にして見ているポイントというと、どんな点がありますか?
滝口:やはり一番は、M&A後にどれだけ利益を上げられそうか、に尽きると思います。特に小規模な売り手企業では、各メンバーの業務量が多い上に、兼務している役割も多かったりする中で、誰に何がどの程度属人化しているのか、環境が変わっても働き続けてくれる人なのか、気になるところです。
「M&Aクラウド」活用Tips 4
小規模な売り手の場合、業績の属人性に注意が必要
及川:M&A後、想定以上にメンバーが退職してしまったり、キーパーソンが副業を始めてそちらに集中してしまう、といったケースもありますからね。
滝口:あとは、この段階で、買い手側の現場担当者と顔合わせの機会を設けるケースも多いようです。
及川:現場との相性を確かめておくことは大切ですよね。M&A後、想定通りのシナジーを上げるためには、買い手のエンジニアが売り手のプロダクトをアップデートするとか、買い手の営業が売り手の商品を取り扱うといった形で緊密な連携が求められることになります。
滝口:一方、そもそも人が付いてこないケースでは、各業務がどの程度仕組み化されているかが焦点になります。もともと会議体が整備されていなかったり、議事録や業務のマニュアルがなかったりして、業務の引き継ぎに手がかかることもあり得ますから。滞りなく引き継ぎできるよう、別途、売り手のキーマンと業務委託契約を結ぶケースも見られます。
「M&Aクラウド」活用Tips 5
「人なし」のM&Aでは、漏れなく引き継ぎできる体制づくりを

優秀な買い手は、テイクより前にギブしている

及川:M&Aの成功率を上げるためには、小規模な案件から経験を重ねていくのが正攻法ではありますが、まだ業績もオペレーションも不安定な事業を買うことには、独特の難しさがありますね。
滝口:結局、買い手の主体性がカギになるのではないでしょうか。私自身、数えきれないほど面談に同席してきましたが、買い手が交渉の段階から主体的に動く姿勢を見せているときは、うまくいきそうな予感がします。
及川:買い手に求められるのは、テイクよりもまずはギブの視点かもしれないですね。売り手の持つノウハウや顧客基盤を手に入れたいという発想が「テイク」だとすれば、売り手の成長のために買い手のアセットを活用してもらおうという発想が「ギブ」です。
これからM&Aを本格的に検討する企業は、そういった意識を持って交渉に臨むと、売り手とのコミュニケーションも円滑に進み、M&A後もよい関係を築けるのではと改めて感じました。