チャットボット企業「Intercom」のAI変革
2022年11月にOpenAIがChatGPTを発表して以来、さまざまな業界が変革を迫られていますが、中でも大きな影響を与えているのが、既存のチャットボット業界です。
それはそうですよね。
その中でも今回は、カスタマーサポートチャット分野で代表的な、Intercom(インターコム)の今を取り上げます。
☕️coffee break
Intercomは2011年にアイルランドで設立された、IPO間近のスタートアップです(現在は米国との二本社制)。売上高は推定2億ドルに達しています。
あらゆるチャネルからの顧客問い合わせを自動化して業務を効率化するカスタマーサポートチャットを、25,000社以上に提供しています。
このカスタマーサポートチャット分野では、Zendesk(ゼンデスク)と並ぶ代表的な1社ですが、さらなる事業拡大を目論んでいるタイミングで、OpenAIからChatGPTがリリースされます。
突如、危機的な状況が訪れたかと思いきや、どうやら違ったようです。
というのも、Intercomは2018年から独自にAIの活用を目論み、過去の問い合わせと類似の内容から、最適と思われる回答を自動提供する「Resolution Bot」を提供していました。
しかし、求められている回答を即座に返答する確率は、33%ほど。
この精度をさらに高める上で、ChatGPTは、まさに"渡りに船”だったというわけです。
2023年1月、IntercomはOpenAIのGPT-3.5技術を既存のチャットボットに組み込み、3つの機能を発表しました。
1. 「Make More Formal」「Make More Friendly」ボタンをクリックすると、回答メッセージの表現を調整できる
2. チャットボットの担当者が引き継ぎをスムーズに行えるよう、問い合わせと回答内容を要約する
3. 要旨を書くだけでヘルプセンター記事の文章を生成する
そして、3月には第二弾の発表を行います。
それが、OpenAIのGPT-4とChatGPT API、さらにIntercom独自の機械学習技術を組み合わせたAIチャットボット「Fin」です。
これは、トレーニングをすることなく、オン/オフを切り替えるだけで、導入企業のヘルプセンターから学習して、引用先のURLとともに即座に回答してくれるというもの。
複数の会話にまたがる文脈も理解するため、追加の質問にも柔軟に対応することができます。
これにより、一部の導入企業は、実に50%の問い合わせが「Fin」の回答だけで完結したため、業務が大幅に効率化されたとのこと。
現在は、ウェイティングリスト登録から徐々にサービス提供していますが、Intercomの経営陣は“途方もないほどの需要がある”と話しているようです。
🍪もっとくわしく
とはいえ、IntercomはAIをプロダクトに組み込むにあたり、スピードを重視しながらも、かなり慎重な判断をしてきました。
彼らはまず、ChatGPTリリース直後に小規模の専門チームを作り、「以前は不可能だったものを作ることができるのか」と検証を進めます。
1週間の検証で、それは可能だとわかりましたが、今度は別の課題が立ちはだかります。AIが最もらしい嘘を捏造してしまう、ハルシネーション(幻覚)問題です。
そこで、まずは一部機能のみにAIを組み込みます。それが、先述の第一弾の3つの機能発表です。
実はこのとき、2022年にリリースしたSmart Replies機能(問い合わせの返信における挨拶を提案する)の次世代版を、内製の技術モデルをもとに構築中でした。
しかし、新たにリリースされたChatGPTの技術モデルの方が優れたことがわかったため、すぐに乗り換えて、新規開発することを選んだんです。
そして、2月上旬にはハルシネーション問題を克服できる方法が見つかったことで、新規開発にリソースを全投入して、わずか1ヵ月ほどでリリースしたのが「Fin」でした。
このようにIntercomは、2018年にプロダクトにAIを組み込んで以来、共通した意思決定をしています。
最高戦略責任者のデス・トレイナー氏によると、「ローリスク・ハイポテンシャルで、期待値がそれほど高くない分野にAIを組み込む」ことにこだわっているそうです。
例えば、1月の新機能や、3月発表の「Fin」は、いずれもサポートエージェント(導入企業の問い合わせ担当者)側の業務支援に注力しています。
初めから「AIによる自動回答」ではなく、「回答の提案」からスタートさせている。これなら上手くいかなくてもリスクは低く、上手くいけば大きな成果が生まれます。
成果が生まれれば、徐々に川下から川上に向かってAIを組み込んでいくのです。
🍫ちなみに
共同創業者として創業(2011年)〜2020年までCEOを務めていたEoghan McCabe(オーエン・マッケイブ)氏が、2022年10月からCEOに復帰しました。
マッケイブ氏は、CEO就任と同時に、「カスタマーサポートを再定義すべく、極端な集中力を持ち、これまで積極的にはチャレンジしなかった大きな賭けをする必要がある」と全社員に共有しました。
現時点で勝ち組と言えるかはわかりませんが、IntercomがAIの波に乗り遅れなかったのは、2018年から準備をしてきたことに加え、創業者がCEOに復帰したことで、会社全体が一段階、引き締まったことが大きいのかもしれません。
AIによって破壊されようとしている企業は、単にAI機能を追加するだけでなく、真のAIネイティブ企業になるために、自らを改革しなければならない。
そういった考えのもと、AI改革に取り組んでいる興味深いケーススタディでした。
参考:
How Intercom navigated the AI paradigm shift
Introducing Fin: Intercom’s breakthrough AI chatbot, built on GPT-4
Conversation starter: A chat about our groundbreaking new AI chatbot
Building AI that works: How to navigate the AI frontier as a product leader
サムネイル画像:Wikimedia Commons/Simon Berger
コメント
注目のコメント
Intercom、こんなにアップデートしてたの知らなかった。
『初めから「AIによる自動回答」ではなく、「回答の提案」からスタート』このさじ加減とても大丈夫だと思います今、IntercomはGenerativeAIの渦に飲み込まれようとしているタイミングでもありますが、3月にリリースした新プロダクトは“途方もないほどの需要”を呼び込むことに成功しています。
激しい渦をむしろ乗りこなしているIntercom。さらなる展開が楽しみです。