2023/6/15

常識外の「顔出しVTuber」で世界へ。STPRの未来戦略

Re entertainment 代表取締役
世界的に見ても破竹の勢いで拡大する、日本のVTuber市場。
ANYCOLOR・COVERの2社による寡占状態とも言われるが、実はそこに、とある新興勢力が存在する。
STPR──彼らはVTuberでありながら、バーチャルではなくリアルな「顔出しライブ」を行う独自戦略によって、国内トップアーティストに比肩する年間約70万人を動員し、他の追随を許さない。
NewsPicks Studiosは、エンタメ社会学者でプロピッカーの中山淳雄さんによる解説のもと、今年4月にSTPRが新設したシンガポール拠点にて、創業者・ななもり。/柏原真人氏へのインタビューを実施した。
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さらに中山氏による寄稿のもと、STPR社のビジネスモデルを記事でも深掘り。
前編では、メインユニット「すとぷり」の発起人かつパフォーマーでもあるななもり。氏が、動画配信、ライブ興行、CD販売などを自身で手掛けながら、わずか7年ほどで事業を急成長させた道のりを紹介した。
後編の今回は、中山さんとななもり。氏の対談を通じ、その仕事論や、シンガポール拠点を足がかりとした世界戦略に迫っていく。
INDEX
  • ソシャゲ配信者から、トップVTuberアイドルへ
  • キャラクター設定へのこだわり
  • 全部見るし、全部目を通す
  • 24時間動き続ける「陰キャの体育会系」
  • 自由でなければ、意味がない
  • 世界に「楽しいを届ける」会社になる

ソシャゲ配信者から、トップVTuberアイドルへ

中山 まず、そもそもななもり。さんとは何者なのかをお聞きしたいと思っています。
ななもり。 僕自身は1995年生まれで、配信を始めたのは2013年、高校生のときです。
中山 最初はどんな配信をしていたんですか?
ななもり。 最初はニコ生などで顔出しも声出しもなしで、当時流行っていたソーシャルゲームの解説をしていたんです。
ガチャを引いたリアクション動画などもアップして、50人くらいの方が見ているところからのスタートでした。
そのときにアフィリエイトで、ちょっとだけお小遣い程度の収入を稼いでいました。
中山 ニコニコ動画世代ですもんね。2013年といえば、まだHIKAKINさんがゲーム実況を始める前です。
当時のソシャゲ動画の配信から、どのようにして「すとぷり」のようなアイドル活動に繋がっていったのでしょうか。
ななもり。 ただ動画を流していても、視聴数が伸びませんでした。そこでちょっと声をつけてみたら、意外にもリスナーさんからの反響があって。
そこから「歌ってみた」で歌を配信するなどして、どんどん自信をつけていきました。
中山 その個人の活動から、どのようにして「すとぷり」結成に至ったのでしょうか。
ななもり。 現メンバーの「ころん」くん、「さとみ」くん、「るぅと」くん、「ジェル」くん、「莉犬」くんには、一人一人Twitterなどで声をかけて、みんなでグループ組んだら面白いことできそうだな、と考えたんです。
すとぷり。左からななもり。、るぅと、莉犬、ころん、さとみ、ジェル(提供:STPR)
中山 じゃあ、完全にオンラインだけで結成してしまったんですね。
ななもり。 はい、住んでいる場所もバラバラ。スタートしたときは、お互い素顔も見たことがないメンバーもいたくらいです(笑)。
中山 顔も知らずにアイドルユニットを組む。新時代すぎますね…。どうして6人だったんでしょうか?
ななもり。 6人だと2人ずつの組み合わせにしたときに15通りのパターンになるんですよ。そのパターンで順々に配信していくと、飽きることなく見てもらうことができると思ったんです。
中山 配信し続けることから逆算して、適正なメンバー数を考えた、と。ファンの方々はどの性別・年齢層が一番多いのでしょうか?
ななもり。 ライブによく来ていただくのは、15歳から24歳くらいの女性が中心ですね。お母さんと2世代で応援してくださる方も多いです。YouTubeで視聴している方々はもっと若い層が多く、男性も15%くらいいらっしゃいます。
中山 ファン層でいうとANYCOLORさんに近いですが、「にじさんじ」(ANYCOLOR所属のVTuberユニット)より年齢層が若い印象です。この層に刺さった理由って何なのでしょうか?
ななもり。 何か特定の年齢とか性別に向けて作ってはいないんですよ。今目の前で応援してくれているリスナーさんに喜んでもらいたいという気持ちが強くて。
ライブに来てくれて、「面白かったから」と次は友達を連れてきてくれたり、SNSで拡散してくれたりしながら、「なにか楽しいもの」に皆がちょっとずつ集まってきてくれた感じです。
中山 最初は数千人が視聴するようなところからスタートしていたかと思いますが、どんな形で伸びていったんですか?
ななもり。 本当に、地道に増えていったんですよ。特に何か大きな山があったというよりは、2016年から継続して毎月1000人くらいずつ増えてきた感じです。
ソロ活動別に見ると、さとみくんのゲーム実況動画の中で『バイオハザード7』のタイムアタックが世界1位になったり、莉犬くんの「歌ってみた」やジェルくんの「遠井さんシリーズ」(乙女ゲームの要素を入れた企画)がバズったりということもありました。
そのように各メンバーで頑張った結果、楽しんでくれるリスナーさんが増え続けたのだと思います。全員が全員、それぞれ違う領域の天才たちなんです。

キャラクター設定へのこだわり

中山 STPRでは、ななもり。さんがメンバーのキャラクター作りにおいても全面的にプロデュースをしていますね。その際に気を付けていることはありますか?
ななもり。 すとぷりはリスナーさんと一緒にキャラを作っていくのが特徴的かもしれません。
例えば、僕のキャラクター「ななもり。」には、最初は「アホ毛」がありませんでした。あるリスナーさんがファンアートでアホ毛を描いてくれて、それが広まった結果、今のビジュアルになっています。
中山 そこを聞きたかったんです。なぜすとぷりだと、そういった「ゆるさ」が許されるんでしょうか? そもそもライブで顔出しをしているVTuberという存在自体が珍しいですよね。
ななもり。 ファンの方と一緒にすとぷりを作ることで繋がっているから、大丈夫なんです。
莉犬君(犬耳がついたキャラ)なんか、リアルなライブでは犬耳をつけていませんが「なんで犬耳がついてないんだ!」って怒る方はいないんです。
僕たちの場合、楽しかったらそれでいい。
例えば、3Dモデル同士のライブ配信で2人のキャラクターが抱き合ったりすると、マーカー(モーションキャプチャーを作るため、身体の要所要所につけるもの)がこすれてモデルがくずれちゃうから、普通はしません。
でも、すとぷりだとそういうのもお構いなしにやっちゃう。それでモデルがぐしゃぐしゃになっても、皆が笑ってくれている。そんな関係性がいいなと思います。
中山 ほかのメンバーも、プロデュースや運営に携わっているんですか?
ななもり。 メンバーは皆「パフォーマーがやりたい」という考えで一貫しています。僕が唯一プロデューサー業にも興味があり、会社の運営や資金繰りをすべて手掛けるうちに事業規模が大きくなり、今に至ります。

全部見るし、全部目を通す

中山 会社はどのような部署に分かれているのでしょうか。
ななもり。 今は3つのセクションに分かれています。
マネジメントや運営を含めたプロデュースチームに約20人。ECの企画をしたり、興行のチケットを販売したりするソリューションチームに約20人。そこにコーポレートチームの約10人を加えた約50名体制です。
中山 ななもり。さんは経営者として、プロデュース部門を主に見ている形でしょうか。
ななもり。 基本的には全部やってます。
中山 えっ、全部ですか? 特にライブ興行などでは専門スキルが必要ですよね?
ななもり。 もともとは、自分一人でやっていた領域ですから。今はもちろん、協力会社さんと一緒に取り組んでいますが、ライブごとのコンセプトや企画は、今も僕が担っています。
中山 グッズの企画・販売も自社で行っていますよね。
ななもり。 はい。自分たちでできないカードゲームだけはブシロードさんにお任せしていますが、それ以外は自分たちでグッズを作り、イベントやECで販売しています。
リスナーさんの反響を一番よく見ているのは自分たちなので、リスナーさんに喜んでもらえることに応えようと思ったら、他社にライセンスアウトするより、全部自社で行うのがベストなんです。
中山 ものすごいスキルですけれど、それだけつぶさに自社の作品に対するファンの反応を見ている、ということの証左でもありますね。
ななもり。 STPRの文化かもしれません。普通であれば、外部の協力会社さんに任せるようなところを、一回自分たちでやってみようというところがある。周囲の人には驚かれますが(笑)。
中山 僕もいろいろな会社を見ているほうですが、ここまで全部自分たち、しかも全部社長が目を通してやっている会社は類を見ないですね。他にも、特に自社でやることにこだわっている領域はありますか?
ななもり。 著作権の管理ですね。楽曲の原盤権はすべて自社で持っていますし、MCN(マルチチャンネルネットワーク=チャンネルの管理や、デジタル著作権管理)も自分たちでやっています。
いろいろなレーベルや事務所からもお声をかけていただいたのですが、詳しく話を聞いてみると「クリエイターに還元される分が少なすぎる」と感じてしまって。
中山 CDの場合、作詞・作曲・歌唱でクリエイターに入るのが2%ずつ、などですよね。
ななもり。 はい。なぜレーベルが大半を取っていくのでしょうか?と聞いても「それが慣習なので…」と歯切れが悪くて。
じゃあ自分たちでやってみよう、とレーベルを立ち上げました。
クリエイターさんへの還元が大きいということで、ほかのVTuberさんたちも弊社からCDを出してくださるようになり、最近はプロデュースの幅も広がっています。
中山 今や、STPRに所属するユニット以外にも、さまざまなクリエイターをプロデュースされています。
ななもり。 自分で配信を見ていて「この人、いいな」と思ったら自分から声をかけています。
現在10ユニット以上をプロデュースしていますが、僕の名前をあえて出していないケースも多いです。そのほうが僕の色がつかず、結果として良いものになるんです。
中山 ちょっとドン引きレベルで、ご自身で手掛けられていますね。クリエイター「ななもり。」としてだけではなく、経営もプロデュースもMDも全部やる、という狂気のビジネスモデル。
ななもり。 そのため、今は採用に力を入れています。最近、営業や音楽イベントなどの経験が豊富な方に入っていただき、その部分はお任せできるようになってきてはいます。

24時間動き続ける「陰キャの体育会系」

中山 ななもり。さんの役割が多すぎて人間業に思えないのですが、毎日どのくらい働いているんでしょうか?
ななもり。 うーん、起きている時間=働いている時間、という感じなんです。日中は主にビジネス周りのやりとりをして、夜からはクリエイターのみんなとモノづくりをしています。
中山 なるほど、9~18時の会社勤務時間と、クリエイターとモノづくりをする夜の時間が分かれているんですね。0時までに寝られることはあるんですか?
ななもり。 あ、それはないですね。作業が終わるのは明け方の4〜5時くらいです。で、翌日は会社があるので8~9時に起きる。完徹してそのままやっていることも多いので、一概に言えないのですが。
中山 休んでいる時間ってあるんですか?
ななもり。 休日は休めてますよ。社会人の方々からの業務連絡は少なくなるので、そこでクリエイターとモノづくりをしています。イベントに行くのも土日です。
中山 全然、休んでないじゃないですか(笑)! その割にはほかのVTuberを研究したり、アニメを見たり、インプットもたくさんされていますよね。
ななもり。 コンテンツの摂取は、常にし続けています。映像系はパソコンで2~3台のモニターを稼働させて常時流しっぱにしていますし、本もこれまでかなり読んでいます。
孫正義さんを尊敬しているんですが、彼が病気になったときに3年間で3000冊を読んだって聞いて。それで自分もやってやろうと思い、5000冊を読破しました。
中山 えっ、かなり読んでますね! おススメの本とか、ありますか?
ななもり。 そのなかで1冊を選ぶとしたら『志高く 孫正義正伝』(井上篤夫著、実業之日本社)です。
孫さんは、心の中で勝手にライバルだと思わせていただいています。個人的な趣味なんですけど、孫さんが何歳のときに何をやっていたのか、全部リスト化しているんですよ。いまのところ20代後半のところまでは事業サイズなども含めて勝てているんですけど。
中山 ほかに尊敬する経営者などはいますか?
ななもり。 ブシロードの木谷高明さん、ドワンゴの川上量生さんです。
川上さんは最近Twitterなどでの発言が多く、ファンとしては「推しの供給」が増えて嬉しいんです(笑)。
中山 孫さんは分類が難しいですけれど、木谷さんも川上さんも、ななもり。さん同様にクリエイター性が強い経営者ですね。
しかし、これだけ業務も引き受けるし、コンテンツの摂取もしまくるし…「丸一日何もない休日」って、ここ10年で何回くらいあったんですか?
ななもり。 …一日もないかもしれません。ただ、「働いている」って感覚もないんです。やりたいことにひたすら向き合っているだけで。
中山 見た目とのギャップがすごい。実はものすごい体育会系だったりするんでしょうか?
ななもり。 「陰キャの体育会系」って、自分たちではよく言っています(笑)。たとえばVTuber界隈では「リレー生放送」という定番の人気企画があります。
24時間、48時間、72時間などの長時間、メンバーがリレー形式で放送をし続けるのですが、これを始めたのは僕たちすとぷりが最初なんです。
こういう体を張った企画をやる部分も含めての、「陰キャの体育会系」な会社なんです。

自由でなければ、意味がない

中山 でも、ななもり。さんがここまで一人で何でもできてしまうと、それはそれで組織のひずみを生みませんか?「どうせ社長が決めるんでしょう」とか。
ななもり。 確かに、そういう課題はありますね。自分で考えずに、とにかく答えを聞きに来るようになってしまったり。
中山 トップの優秀さやコミットの強さは、組織全体にとっての正解ではなくなることもあります。STPRは上場を考えていないというお話も聞きましたが、ここにも何かこだわりがあるんでしょうか?
ななもり。 上場は、一度はしたいと思っています。先ほどの孫さんに追いつくためのリストにもありますし。ただ、それはこのSTPRの事業ではないな、と。
というのも、僕は「エンタメとかアートの領域はIPOに向いていない」と考えているんです。
中山 それはなぜですか?
ななもり。 売り上げや利益を追いかけることが、必ずしもいいものにつながらないと思うからです。
僕たちの会社は、クリエイター=VTuberとファンの方との関係性によって成り立っているものですよね。
IPO自体はリスナーさんにとってのメリットにならないですし、ファンの方が喜んでくれないことは、僕らにとっての価値もゼロなんです。
中山 業界全体では現在、時価総額が数千億という数字も出てきており、皆が注目しています。それは上場した結果があってこそ、とも言えますが。
ななもり。 ああいった「時価総額4ケタ億円」という数字は、ずっと保てるものじゃないんじゃないか、と思っているんです。
そもそも僕たちが「顔出しライブ」をできているのは、STPRがVTuber界の常識にとらわれず、バーチャルなキャラクターになりきらないスタイルを確立したからこそだと思うんです。
たとえIPOをして何百億円が入ってきたとしても、その金額はあくまで制約付きのお金。
それによって今の自由さを手放すことになり、結果としてSTPRの良さが崩れる可能性があるなら、上場なんてしなくていいと思っています。
中山 さきほど社員の方にも、他社とSTPRでは文化としてどういったところが違うのかと聞いたら、「ファン・ファーストの精神が飛び抜けている」とおっしゃってました。
ななもり。 それは間違いないと思います。「楽しいを届ける」が、僕たちの会社のテーマなんです。とにかくリスナーさんが楽しいと感じることを届け続けられる会社でありたい、と思っています。

世界に「楽しいを届ける」会社になる

中山 今回、シンガポール法人を4月に設立し、ななもり。さんも拠点をシンガポールに移しました。
VTuber事務所として、海外拠点まで作るのは初めてではないかと思います。これにはどういった意図があるのですか?
ななもり。 もともとすとぷりのリスナーさんのおよそ1割は、海外の方でした。グッズをECで買っていただく海外の方も多かったので、海外展開はずっと考えていました。
そんななか、11月にシンガポールで開催されたAFA(Anime Festival Asia)に出演する機会に恵まれ、ライブが大盛況だったことで手ごたえをつかんだんです。
中山 海外だとどのあたりのリスナーさんが多いんですか?
ななもり。 今はインドネシアとタイ、台湾などがファンの方が多いです。そこでシンガポールを海外拠点のハブにして、まずは配信にどんどん字幕をつけ、海外向けに展開していこうと思っています。
STPRはこの2023年6月で5周年を迎えるので、ブランドロゴも刷新し、いろいろなチャレンジをしていきます。
経営者としてこういうインタビューを受けたりするのは、本当は超苦手なんですけれど(苦笑)。
中山 あれだけ配信ではっちゃけている人が、意外ですね!
もっとパリピでイケイケな感じかと思っていたんですが、こうしてお会いすると想像してたのと全然違って、非常に腰の低い好青年というか…(笑)。
ななもり。 会社を動かしていくのは、当然ですが、パフォーマーとは全然違う動きですよね。今ジョインしてくださっているのは各業界のベテランの方も多く、本当に勉強させていただくことばかりです。
中山 今後も採用も増やしながら、さらなる事業拡大を考えられていると。
ななもり。 まだまだ発表できないものも多いのですが、M&Aや出資なども進めていきます。
シンガポールに拠点を置いたこともあり、メタバースやWeb3型の事業にも興味が湧いています。
中山 本丸のすとぷりは、どうしていくのでしょうか?
ななもり。 すとぷりは今後、きちんとIP(知的財産)にしてグローバルに届けていきたいですね。
物語も楽しんでいただいて、配信者としてだけでなく、IPとしてのゲームやアニメなどの形で展開をすることで、ドラえもんやクレヨンしんちゃん、コナンやワンピースのように長く愛される存在になりたいと思っています。
中山 それはなかなか壮大なビジョンですね! とはいえ、認知度・人気度を考えると、現実味を帯びている気がします。
ななもり。 はい。「すとぷりを世界へ持っていって、天下統一がしたい」という新たなゴールに、いま燃えています。他の事業展開も含めて、ぜひ楽しみにしておいていただければ嬉しいです。
*前後編終了。