2023/6/17

【ビジネス×福祉】うつ病と難病の先に見つけたメダカで就労支援

フリーランス ライター
メダカブームの火付け役とも言われている日本メダカの第一人者・青木崇浩さん。

メダカの専門家が、今、人生をかけて取り組んでいるのが福祉の改革です。

福祉が持つイメージを一変させることから始めた取り組みは、障がい者福祉の可能性を大きく広げました。

青木さんが描く「メダカ×福祉」の未来とは。仕掛けてきた数々の意識改革をひもときながら探ります。
INDEX
  • メダカと福祉の異色の組み合わせの誕生
  • 闘病中に出合った福祉の世界
  • 「生産性のない人間」なんていない
  • 福祉の課題をメダカで解消!?
青木崇浩さん
1976年生まれ。日本初のメダカ飼育専門書を発刊した日本メダカの第一人者。26歳で発症した難病の影響でうつ病に。5年に及んだ闘病経験から福祉業界に関心を持つ。2016年、株式会社あやめ会(東京都八王子市)を設立し、障がい福祉サービス事業(就労継続支援B型)を展開。メダカと福祉を融合させた事業モデルで福祉業界の改革を目指す。

メダカと福祉の異色の組み合わせの誕生

観賞用として改良された美しい“ダルマメダカ”
今や観賞魚として人気のメダカ。品種改良されたメダカの中には、一匹数万円で取引される高級なものもあります。そんなメダカブームを牽引したのがメダカ専門の情報サイト「めだかやドットコム」です。その創設者である青木崇浩さんは、そのスタートをこう語ります。
青木「メダカとの出合いは小学生の頃ですが、繁殖や改良に興味を持ったのは20歳の時です。ホームセンターでたまたま目についたメダカを飼っているうちに、個体によって色味が違うことに気付きました。その謎を知りたくて専門書を探したのですが、当時は十分と言えるものはなく、独学で研究を重ねました。新たな色合いや品種がどのようにして生まれるのかなども研究し、その蓄積した知識をサイトにまとめて公開したのが2004年、27歳の時でした」
代表の青木崇浩さん
まだウェブサイト自体も今ほど容易に誰もが作る時代ではなかった当時、専門的な情報や美しい改良メダカが話題となり、年間100万PVを超える人気サイトに成長するまでに時間はかかりませんでした。掲示板での情報交換や全国でオフ会が開催されるようになると、メダカファンのすそ野が拡大していきました。2010年には、日本初のめだか専門書『メダカの飼い方と増やし方がわかる本』(日東書院本社)を出版。改良メダカの先駆者として、その名を馳せることになります。

闘病中に出合った福祉の世界

一般的な川メダカや黒メダカくらいしか知られていなかった時代に、改良メダカというジャンルを確立した青木さんですが、決して順風満帆の人生ではありませんでした。
改良メダカの先駆者として様々なガイド書籍も執筆してきた
青木「サイトを立ち上げる2年ほど前、26歳で脳の神経が癒着してしまう難病を患いました。開頭手術の影響で体が動かなくなり寝たきり状態に。体も口も思うように動かないけど、頭ははっきりしているという状態は非常につらく、正直、死にたいと思う毎日でした。体が動かせるようになったら、窓から飛び降りてやる……。そう心に決め、リハビリに取り組んでいたほどです」
懸命なリハビリの効果で、車いすなしで生活できるようになったものの、元の生活に戻れる状態ではありませんでした。
しかも、当時は子どももまだ幼く、家族を養いたいのに働くことができない罪悪感や自己否定ばかりの日々に、いつしか青木さんは精神も病んでしまったといいます。
そこで少しでも家計を助けるためとサイトを開設。体調のいい時に更新するなどうつ病と闘いながら運営し、広告掲載などで収入を得ていました。

「生産性のない人間」なんていない

青木「『生産性のない人間』という言葉を聞いたのは、とあるテレビ番組でした。障がい者への雇用政策などについて語られていたと思うのですが、ちゃんと社会活動に参加できていなかった僕には『自分のことだ』と突き刺さりました」
祖父の時代からの会計事務所を継ぐため大学院への進学を決めた矢先に起きた予期せぬ病気。一気に世間から切り離されたような気分でした。
そんな青木さんに転機が訪れたのは、2007年の頃。メダカの専門家として、児童養護施設にメダカの飼育方法を教えるという依頼が舞い込みました。
青木「子どもたちにメダカの飼育を教えるという僕にとっては容易なことでしたが、子どもたちは『先生』と慕ってくれました。その姿に心を動かされました」
2015年コンテスト改良メダカの部で総合優勝(写真:青木さん提供)
「自分を必要としてくれている」「社会に居場所がある」という自己肯定感は、青木さんを少しずつうつ病からの出口に向かって歩き出させてくれたのです。

福祉の課題をメダカで解消!?

その後もメダカの飼育方法を教えるボランティアとして福祉施設に出向くうちに福祉事業に関心を持つようになりました。
特に青木さんが気になったのは、障がい福祉サービスの利用者が就労支援の生産活動を通じて得る「工賃」の問題です。
就労支援とは、障害者総合支援法で定められている福祉サービスの一つ。一般企業などでの就労が困難な人に、働く場を提供するとともに、知識や能力の向上のために必要な訓練を行います。
サービスを提供する事業者は自治体からの給付金を収入源として運営。生産活動で得た利益は、全て利用者に工賃として分配されるという仕組みです。
あやめ会の利用者をサポートするスタッフたちも働くのが楽しそう
青木「当時、工賃が月額数百円という事業所もあると耳にし、その低さに驚きました。1カ月働いても給料が数百円ということですよ。
生産活動で得た利益は、全て利用者に還元するという仕組みですので、生産したものが高く売れれば売れるほど工賃も高くなる。ならば、一匹数万円の値が付くこともある僕のメダカの飼育・販売を生産活動に取り入れれば、もっと工賃を上げることができるのでは、とひらめいたのです。
『生産性のない人間』なんていない。僕は障がいを抱えている利用者さんの可能性をもっと広げたいと思いました」
メダカ×福祉のコラボレーションを思いついた青木さんは、うつ病の投薬治療を続けながらも、福祉業界に飛び込みます。
まずは自分がゼロから学ぼうと、介護と障がい、それぞれの福祉施設の現場に入ります。現場で働きながら、業界の知識を身に付け、10年後の2016年に株式会社あやめ会を設立。就労継続支援B型の障がい福祉サービス事業を開始し、福祉改革への挑戦が始まりました。
そして青木さんが生み出した独自の福祉事業について、次回は迫ります。