2023/6/9

問題解決力に潜む“囚われの罠”。はまらないための7つの観点と3つの質問

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なぜ“コンサル本”を読んでも「問題解決力」を高められないのか──。
そう問いかけ、問題解決力向上への具体的な道筋を示した、前回のベイカレント・コンサルティングの記事は、多くの注目を集め、1000Picksを超えた。
 ビジネスにおいて良い論点を設定できるかどうかが問題解決の成否を握ると指摘する書籍は多いが、具体的な手法の言語化に関しては道半ばにある。
 そんな現状を打破しようと情報発信に取り組むベイカレントが今回フォーカスするのは、「囚われ探索」である。問題解決に取り組むうえで特に論点設定は難易度が高く、訓練されたビジネスパーソンであっても、バイアスに囚われ近視眼的な思考に陥ることが少なくない。
 自ら囚われに気付き、抜け出すための手法について、具体的なチェックポイントを踏まえながら國藤アントワーヌ英也氏(ベイカレント・インスティテュート所属 シニアマネージャー)が解説する。

センスに頼らない再現性のある技法

──前回は常務執行役員の則武譲二さんから「問題解決技法は体系化できているようで、本当に大切な部分が言語化されていない」という提起がありました。
國藤 問題解決の技法は、大きく「論点設定」「仮説立案」「検証」の3つからなります。論点設定とは、問題の核心に迫る問いを明らかにすること。仮説立案はその問いについて仮の答えを作ること。検証は、立てた仮説の確からしさを検証することです。
 書店には問題解決の技法を解説する書籍が並びますが、「論点設定」と「仮説立案」については、良い事例と悪い事例の提示にとどまり、具体的な手順や身に付け方までは述べられていないものが多くあります。
 ベイカレントでは、センスに頼ることのない手法を広め、日本企業の持続的な成長を後押ししたいという考えの下、問題解決技法のさらなる言語化に取り組んでいます。
第1回の記事では、問題解決技法の全体像と「同質化」について解説し、第2回では「囚われ探索」を説明した。
──その考え方に沿って、事例もお話頂きました。「既存事業に囚われない新たなビジネスを考案したい」と、半年以上試行錯誤を続けてきたクライアントでしたが、なかなか経営層に納得してもらえる事業プランを生み出すことができず、ベイカレントが相談を受けたというものでしたね。
 はい。そのプロジェクトにおいても、初めに着手したのは「同質化」でした。そして、それをもとに現状の論点と仮説をいったん言語化しました。
 同質化とは、業界や業務に関する知識をキャッチアップするのに加えて、それまで関与してきた人たちの思考や意思決定の過程を“追体験”するプロセスです。事業会社の方なら、上司や経営層の思考や意思決定の過程をたどっていきます。
 成果を出せない論点としてご紹介したのは、ただの作業手順と化してしまっていた論点です。そういった論点には、往々にして同質化するための問いが混在しています。
 そのクライアントは自社のパーパスにかなう事業領域の中から、勝算の高い事業を見つけ出し、事業計画を立てるという論点を考えていました。
 正統派の良い論点のように思えますが、検討が停滞してしまっていたのが実態です。同質化を終えることで初めて、良い論点を考えるスタートラインに立てるのです。
 さて、ここから今回の本題です。
 同質化が終わった後で、良い論点を考え始めるのですが、その領域に精通した人ほど、間違った方向での決めつけや誤った情報の常識化をしてしまいがちです。それをチェックするための技法が「囚われ探索」です。
 良い論点を導き出すには、誤った常識やバイアスによる「囚われ」をあぶり出し、別の要素に転換する「要素転換」を行っていくことが必要です。
 今回は「囚われ探索」にフォーカスして深掘りします。前回の記事で「要素転換が難しそうだ」という声が多数ありましたが、囚われ探索ができれば要素転換は易しくなります。

囚われ探索の必要性

──改めて囚われ探索の必要性を教えてください。
人間の思考には癖があります。例えば確証バイアス、損失回避、アンカリングなどがこれに該当します。熟練のビジネスパーソンであったとしても、思考にバイアスがかかってしまうことは珍しくありません。
 そうなると物事を考える視野が狭くなり自社に有利な世界観で論点・仮説を構築してしまうなど、問題解決を行ううえで悪影響が出るのは、想像に難くないと思います。
「議論がなかなか前に進まない」、「プロダクトをリリースしても売り上が伸びない」といった問題は、囚われによって生じていることが多いです。前回ご紹介した事例では「新規事業はパーパス起点で考えねばならない」という囚われに陥っていました。
──囚われに気づいて解放されると、どのような要素転換につながるのでしょうか。
大胆ではあるが実現性も見込めるような、面白い論点と仮説を導き出せる要素転換につながると考えています。
 例えばUberは、タクシーが全然来ない状況を改善したいと考える中で、「本当にタクシーでなければならないのか?」と疑問を持ち、囚われを認識しました。その囚われから解放されて、「タクシーでなくてもいいじゃないか」という発想に至り、自家用車を手配するビジネスモデルが生まれたのです。
 また、JINSは「目がいい人は眼鏡をかけない」という常識を覆して、眼鏡の需要を掘り起こしました。

囚われに気づく「7つの観点と3つの質問」

──第三者目線を入れずに自分たちだけで考えていたのでは、なかなか囚われに気づけないはずです。どうすればいいのでしょうか。
UberやJINSのように囚われから解放されたビジネスを耳にする機会が少ないという事実が、囚われに気づくことの難しさを物語っているように思います。
 ですが、それは技法が言語化されていなかったことにも起因していると思います。技法を言語化しながら手順に落とし込むことで、世の中の企業が革新的なビジネスを生み出す助けになるのではないかと考えています。
 そこでベイカレントは、過去のプロジェクトを振り返り、特に囚われに陥りがちだったポイントを洗い出したうえで、「7つの観点」と「3つの質問」にまとめました。センスに頼ることなく囚われに気付くことができるかといった、実用性に重きを置いています。
「定義」は、企業や部門独自の用語や、関係者間で認識が揺れがちな事象の定義を見つめ直す観点です。知らず知らずのうち陥ってしまいがちな認識齟齬を掘り起こします。
「プレイヤー」は、ビジネスで関わるプレイヤー(顧客、競合、パートナーなど)の選択肢や妥当性に関するバイアスを導き出すものです。「あえて」違う立場で考えることは、競合だと思っていたプレイヤーが実はパートナーになり得るのではないかと捉える機会でもあります。
「セグメント」は、顧客や事業、プロダクトの特性・ニーズを捉えるための切り口です。セグメンテーションの対象や、軸の切り方、フォーカスするセグメントのふさわしさについて、囚われてしまっている部分をあぶり出します。
「バリューチェーン」は、価値創造の一連の流れに関する囚われに気付くための観点です。自社や担当者が携わってきた経験のある領域のみに着目しないように注意を促しています。複数のバリューチェーンを想像・比較して考えることも大切です。
 最近は「マネタイズ」で苦労している企業も多い印象です。持っている価値と、それに価値を感じてくれるプレイヤーのつながりを捉えるための観点であり、収益を最大化するために、この囚われに気付くことが重要なのは言うまでもありません。
「シチュエーション」は想定しているシチュエーションに漏れがないかや、外部環境と内部環境の双方を踏まえて論点が成り立つかを問いかけるものです。
 最後の「時間軸」も囚われがちな観点です。時間がもたらす変化に関する囚われに気付くための観点であり、時間軸を変えることが他の6つの観点にどんな影響を与えるかを見直すことも重要です。

【囚われからの解放事例】価格を上げて収益を最大化せよ

──チェックリストの使い方や有効性を、ベイカレントの支援事例に照らして解説していただけますか。
過去に消費財メーカーのクライアントから、ラグジュアリーブランドの収益性を高めたいという相談を受けたときの事例についてお話しさせてください。
 クライアントは国別で自社の収益構造を分析したうえで、プライシングの見直しが課題だと考えていました。
 競合の価格を分析して、自社が過剰に安売りしてしまっている国では値上げをしたいというのが基本的な考え方でした。
 小売りにおけるプライシングでは、SKU(プロダクト)別の「価格弾力性」分析が標準的な手法です。価格と販売数量の関係性を定式化し、最も売り上げが大きくなる価格を探ります。クライアントもそれを見据えていました。
 こうした背景がある中で、「競合に負けないSKU別のプライシングとはどのようで、その時の事業インパクトはいかほどになるのか」を論点としました。
 「価格弾力性があるSKUは何か」、「その価格弾力性はどの程度か」、「商品ごとの顧客のロイヤルティ度合いを踏まえた適正価格はいくらか」などが詳細な論点です。
 これに対する仮説は、「価格弾力性が弱いラクジュアリーブランドでも、価格弾力性がある製品群も存在するはず」、「価格弾力性がある製品群では、ロイヤルティで顧客を分類することで、より価格弾力性をクリアにできるはず(=ブランドが好きな人は高くても買ってくれる)」、「製品群×ロイヤルティ度合いのセグメントで価格弾力性分析をすれば、競合ベンチマークと比較した場合の最適価格が導き出せるはず」というものでした。
 ここまでが同質化です。
──ここまでの流れに、違和感はありませんね。
ところが、この流れにもとづいて2週間ほど分析してみたところ、どのSKUにも価格弾力性がほとんど見つかりませんでした。
 そこで、いったん自分たちが何かに囚われていないか疑ってみることにしました。これが囚われ探索です。実際に囚われ探索を進めてみたところ、4つの囚われを認識して要素転換(最適な価格の設定)につなげることができました。
 1つ目は「定義×妥当性」です。まず、“プライシング”という言葉の定義を問い直しました。当初、クライアントは最適価格を見つけることをプライシングと定義していましたが、それだけで、値上げは実現できません。
 例えば90円から140円に変える時、いきなり翌日に50円も値上げして消費者から受け入れられるでしょうか。徐々に値上げしていく過程も“プライシング”の検討を進めるうえで重要なはずなのに、言葉の定義を誤って認識してしまっていました。
 これは、先ほど述べた価格弾力性分析の話とは関係が薄いですが、論点の構造を見て、まず目につきました。
 2つ目が「セグメント×妥当性」です。そもそもラクジュアリーブランドにおいて、本当に価格弾力性は存在するのでしょうか。
 実はクライアントも何となく感づいてはいたのですが、他に拠り所になるアプローチが思い浮かばず、価格弾力性の分析を行っていたというのが実態でした。
 ベイカレントも疑ってはいたものの、他の有力な手だてを提案できる段階ではなかったので、まずは分析してみることにしたのです。その結果、やはり価格弾力性がないことが分かり、価格と数量の関係性から見直すことにしました。
 3つ目は「セグメント×あえて」です。当初SKU別の最適価格の分析は、競合の価格と顧客のロイヤルティを絡めて行おうとしていたために、検討は大変複雑化していました。そこで、「競合の価格は、消費者の購買動向を踏まえて値付けしているはず」と考え、あえて顧客のことは忘れることにしました。
 4つ目は「時間軸×漏れ」です。一度最適価格への値上げを実現した後も、最適価格が同一であり続けるかどうかはわかりません。継続的に事業インパクトを創出するためには、値上げした後も、PDCAを回し最適価格を探し続けることが重要だと気付きました。
──とても分かりやすい事例だと思いましたが、結局どのようにして価格を決めたのかが気になります。
単純なことでして、各SKUを3×3の9セルに分類して方針を決めていきました。それぞれのSKUについて、価格面で「値上げ」、「据え置き」、「値下げ」の3つのアクションを取った場合に、数量が「増える」、「ほぼ変わらない」、「減る」の3つのうち、どれに該当する可能性が高いのかを、自社・競合のデータを統合して統計分析を行って分類していきました。
 例えば、あるブランドの、ある価格帯のSKUでは値上げによって顧客に価値の高まりを感じてもらうことができ、数量が増える傾向があるため、「値上げ」×「増える」に分類します。
 値上げして数量が増えるなら、値上げすれば良い。値上げして数量が変わらないなら、これも値上げできます。一方で値上げして数量が減る場合は据え置くという方針としました。
 9セルに分類するだけでSKU別のプライシング方針が明確化できたのです。これをもとに、どこまで値上げするかを決めていきました。
──囚われを取り払ったことで、シンプルな考えにたどり着いたわけですね。
 囚われに気付くことさえできれば、そのあとの検討はシンプルなものにできます。当たり前の問いを解くだけで解決する問題も少なくないです。このプロジェクトでは、分析の対象を競合だけに絞り、素直に傾向を見ていく方針を打ち出したことで、9セルで分類するというシンプルな考え方に行き着きました。
 我々がクライアントの成果を創出でき、感謝していただけたプロジェクトというのは、先の事例のように基本的なことを問い直して新しい方向性が生み出されたケースが多いような気がします。もちろん、そういったプロジェクトでは7つの定義と3つの質問が役立っています。
例えば、長期間に及ぶプロジェクトでは囚われるポイントも多くなりますから、チェックし続けることが大事だと思います。
 また、新規事業の開発では認識の齟齬が起こりやすいいので、囚われ探索の重要度はより一層大きくなります。さまざまなシーンで効果的な技法だと思うので、ぜひ参考にしてみてください。次回は、要素転換について詳しく解説します。
*次回の記事は、8〜9月に掲載予定です。