2023/6/14

【新職種】「クリエイティブマーケター」が広告業界の新標準になる

NewsPicks Brand Design Editor
 ChatGPTがコピーを書き、Generative AIが画像や動画を生成する。AIはついにクリエイティブの領域にまで影響を与えはじめた。

 このイノベーションがビジネスへ実装される、最初の震源地と目されるのは運用型広告の世界だろう。

 さまざまなパターンのクリエイティブでPDCAを回していく運用型広告がAIと相性が良いのは想像に難くない。

 クリエイティブの担い手は人からテクノロジーへと変わっていくのか。2023年3月2日、マーケティング動画クラウドサービスを運営するリチカが、意味深なプレスリリースを出した。

「クリエイティブマーケター始動。」という印象的な言葉で締められた動画のプレスリリース。そこには、クリエイティブマーケターという新たな職種の育成に着手する旨が記載されていた。

 動画制作企業からSaaS企業へと転身を遂げたリチカが、AI時代になぜまたヒトに回帰するのか。クリエイティブマーケターとは何か。リチカ 共同CEO 中西佑樹氏に話を聞いた。

人でもAIでも、クリエイティブの質は「インプット」で決まる

──クリエイティブマーケターについてお聞きする前に、まず今回の取り組みの背景について教えてください。
 すでに運用型広告の世界では、AIによる自動化が加速しています。
 その最たる例は運用型広告のオペレーティブな業務。ターゲティングも入札も、プラットフォーム側で自動設定できるようになっています。
 一方、近年のGenerative AIブームからもわかるように、クリエイティブの世界にもAI化の波はやってきています。確かに一定のレベルのクリエイティブは自動で生成できるようになりました。
 しかし、それが本質的にユーザーに刺さるクリエイティブかと言われれば、僕はそこには懐疑的です。
 このままではユーザーに刺さらないクリエイティブが量産されてしまうのではないか……、それが今僕の感じている危機感です。
──なぜ、Generative AIのクリエイティブはユーザーに刺さらないと思うのでしょうか。
 やみくもにGenerative AIでクリエイティブを生成しても刺さらない、という表現が適切かもしれません。
 ChatGPTもプロンプトエンジニアと呼ばれる職種によるインプットが、回答の質に大きく影響すると言われています。
 Generative AIも同じで、どのようなインプットをするかがアウトプットの質を決めます。じゃあそのインプットは誰がするのかと考えると、やっぱり人。
 今の時代に求められているのは、インプットの質を高められる人材なんです。

マーケティングとクリエイティブに見られる分断の構造

──インプットの質が重要なのは、AIだけでなく人がデザインする場合にも言えそうですね。
 おっしゃる通りです。従来のデジタルマーケティングのプロセスにおいても、誰に何を届けるかをインプットするマーケターと、それをクリエイティブとしてアウトプットに落とし込むクリエイターの間には分断がありました。
 たとえば、運用型広告の場合、運用者は運用のことだけを考え、クリエイターは制作のことだけを考えていました。
 そこがうまく橋渡しできていないと、できあがるのはGenerative AIで生成したのと同じ、戦略的な一貫性のない「なんとなく良さそうなクリエイティブ」になってしまいます。
 これはそれぞれの領域の担当者のケイパビリティの違いから生じる問題だと考えています。
 クリエイティブ側はもっと媒体への知見が必要だし、クリエイティブの検証サイクルの設計力も求められる。
 一方で、運用側には誰に何を届けるかをクリエイティブに落とし込む力が求められます。
──分断はデジタルマーケティング領域に限ったものではなさそうです。
 さらにいえば、テレビCMなどのマス広告を対象とするブランド領域とデジタルマーケティング領域の間にも分断が存在します。
 テレビCMのクリエイティブをそのままデジタル広告で配信するのは、連携とは言えません。ユーザーのファネルや媒体が変われば最適なクリエイティブも変わります。
 デジタルマーケティングにおける運用者とクリエイティブの間にあるのがミクロな分断だとすれば、ブランド領域とデジタル領域の間にもマクロな分断が存在するのです。
──その各領域を横断するケイパビリティを有するのがクリエイティブマーケター、ということでしょうか?
 はい。私たちが定義するクリエイティブマーケターとは、全体のマーケティング戦略と連携しながら、デジタルマーケティングの領域で媒体特性を理解して、マーケティングからクリエイティブまでを一気通貫して担当することのできる人材です。
 これまでマーケターの領域だった「誰に(Who)何を届けるか(What)」を設計するところから、具体的なクリエイティブの指示書(How)へ落とし込み、デザイナーへインプットする。
 ひいてはクリエイティブの検証サイクルを回すところまでを行います。
──デザインを行わないのであれば、従来のデジタルマーケターの領域と変わらないようにも感じられます。クリエイティブマーケターならではの特徴はどこにあるのでしょうか。
 デジタルマーケティングの領域においては、メディアプランニングを含む運用が「主」で、クリエイティブが「従」の関係になってしまうことが多くありました。
 しかし、僕たちがクリエイティブマーケターを通じて提供するサイクルは、クリエイティブがど真ん中にあるイメージです。
 運用型広告には動画広告もあればリスティング広告もあります。どの手法を選び、どんな発信をするかの中心には、本来ならクリエイティブがあるべきだと思っています。
 それがなければ、顧客と最適なコミュニケーションはできません。
 マーケティング戦略ではなく、クリエイティブ戦略を提供する。それがクリエイティブマーケターの役割だと考えています。
 その上で、デザインやコピーに落とす力やクリエイティブ検証サイクルの設計力ももちろんですが、「誰に(Who)何を届けるか(What)」の設計を圧倒的に高い解像度で行えること。
 つまり、本質的に顧客に刺さるクリエイティブを生み出すための「問いの探索」を行えることが、クリエイティブマーケターの一番の特徴だと考えています。
 そのためにまずクリエイティブマーケターが行うのは1人の顧客を徹底的に分析する「N1」の発見です。
──いわゆる「ペルソナ」のようなものですか?
 理想のユーザー像のデモグラフィックデータ、趣味趣向、行動などを定義して「ペルソナ」という形でまとめるケースがありますが、僕たちはそれではまだ解像度が低いと考えています。
 クリエイティブマーケターはインタビューに基づいて相手の頭の中を思考マップに落とし込んでいきます。
 コーヒーが好きだと答えたら、それがなぜ好きなのか。その好きは他の好きとつながるのか。マインドマップ形式でどんどんと聞き出した内容をつなげていくんです。
「この人だ」と確信を持てるN1が見つかるまで、この作業を徹底的にやり続けます。
 そして、N1と呼べる「誰に(Who)」が見つかったら、「何を届けるか(What)」を見つけるために、その人物のカスタマージャーニーを分解していきます。
 僕たちは「What」を、N1が購入した際に得たポジティブな感情と定義しています。
 買ったときにどんな感情を抱いたか、どんなベネフィットがあるのかなどを細かくヒアリングし、ポジティブな感情を洗い出していくのです。
──そこまで高い解像度でユーザーを理解するのは、簡単なことではないように思います。
 僕たちは「N1になりきる力」と呼んでいますが、クリエイティブマーケターはN1になりきって、その人の思考や生活をあぶり出していくことが求められます。
 そのためのポイントは2つ。
 まず、N1候補にインタビューする際は仮説を持たないようにすること。
 仮説思考でインタビューをすると、相手も構えてしまってなかなか本音を話してくれませんし、仮説を立証するために誘導質問してしまうケースもあります。  
 例えば、一般的なユーザーインタビューのように「なぜその商品を買ったのか」と商品について聞くのではなく、「何が好きか」「どんな暮らしをしているか」などその人自身のことをフランクに聞いていきます。
 このときに大事なポイントの1つが、傾聴することです。話しやすい雰囲気をつくって共感し、相手に対する理解を深めていきます。
 N1になりきるように思考をトレースすることで「What」となる情緒的価値を見つけ出す。
 ここまですることで、N1に訴求すべきメッセージやデザイン、適した媒体が見えてきます。
──なるほど。その結果導き出した「How」をクリエイティブ指示書に落とし込んでいくわけですね。
 N1がポジティブな感情を抱く情緒的価値を訴求するために、どのようなメッセージが効果的なのか。デザインはどうあるべきなのか。
 そういったことを考えながらクリエイティブのラフ案を作成していきます。
 この段階ではデザインをロジカルに捉え、言語化する力に加えて、TwitterやFacebookなど各媒体に対する知見も求められます。
──この「How」の部分を検証してPDCAを回していく、と。
 検証には2軸あります。
 1つは、おっしゃる通り、規定の「Who」「What」に対して、クリエイティブや配信のタイミング、媒体などの「How」を最適化していくという意味のもの。
 1つの「Who」「What」に対して存在する複数の「How」の改善すべき点を見つけていきます。
 そしてもう1つは、次の「Who」「What」を見つけていくというものです。
 規定のサイクルを回していく中で、購入者にヒアリングをしていると、N1がもう1人いるという事実に気づくことがあります。
 そうするとそこからもう1つ、「Who」「What」「How」の輪ができてくる。
 例えば、最初は下北沢好き=サブカル好きと「Who」「What」を定めてクリエイティブを展開する中で、購入者にいろいろ話を聞いてみると他にもスパイスカレー好き、古着好きなど、同じ輪の中に別の価値観を持っているクラスターが見えてくる。
 そうしたら今度はその人を新たなN1として「Who」「What」「How」を掘り下げていくわけです。
 こうして「Howの検証」「新しいN1の発見」という2つの検証を行っていくことも、クリエイティブマーケターの重要な役割です。

動画生成SaaSからクリエイティブマーケター集団へ

──リチカでは今後、クリエイティブマーケターをどのように育成していくのでしょうか。
 現在、弊社でカスタマーサクセスとしてお客様の支援をしているメンバーを中心に、クリエイティブマーケターのトレーニングを行っています。
 リチカに入社してからマーケティング支援に携わりはじめたような人材で、そこまでマーケターとしての経験が長いわけではありません。
 ただ、それでもトレーニングを継続することでクリエイティブマーケターとして一定レベルまで教育できる、ということは確信を得つつあります。
 教育プログラムの開発にあたっては、僕自身も3カ月ほどフルコミットしました。
 実はここまで紹介してきたN1へのなりきり、媒体やクリエイティブの理解、検証などをハイレベルで実行し、高い顧客満足度と成果を出してきた方が実際にいるんです。
 その方をロールモデルにして、徹底的に話を聞き、思考や行動を分解し、再現性のある教育プログラムへと落とし込みました。
 ゆくゆくは新卒の人材もクリエイティブマーケターとして育成し、お客様企業に伴走しながら運用広告を最適化するクリエイティブ支援を行う集団になりたいと考えています。
──動画広告生成クラウドサービスの企業からクリエイティブマーケター集団に方向転換していく、と。背景にある考えや、今後展開していくビジネスモデルについてお聞かせください。
「リチカ クラウドスタジオ」ではフォーマットを活用し、データを蓄積することで、誰でも簡単に媒体に最適化したクリエイティブをつくれるようになりました。
 その中で、ターゲットやクリエイティブで訴求するメッセージを考えるのはお客様企業です。核となるこの部分が弱いと、最適化したところで成果は出ませんし、適切な検証もできません。
 リチカとしてもお客様に価値を感じていただくためには、より的確に「Who」「What」を整理するサービスを提供する必要があると考えていました。
 今、運用型広告のマーケットは約3兆円の規模感で、その内訳は広告代理店に入る金額とプラットフォームに出稿している金額が半々程度です。
 ところが近年は広告代理店側の成長率が下がり、プラットフォーム側が伸びています。つまり、事業会社側がインハウス化を進めているのです。
 こうした中でリチカが攻めていく領域は、クリエイティブマーケターを通したインハウス化の支援です。
 広告代理店の場合、クライアントのインハウス化支援をすると自分たちの事業をつぶすことになるため、取り組みにくい領域です。
 この部分をリチカが担っていきたいと考えています。

AI時代だからこそ、人の介在が必要

──AIが盛り上がっている中で、あえて人に逆張りしていく戦略なのですね。
 少し未来の話になりますが、AIによる効率化が進む一方で、アナログ回帰が起こり、人が介在する重要性が高まると思います。
 コロナ禍でZoom飲みが流行りましたが、一時的なブームで終わりましたよね。アバターロボットが人の代わりに旅行に行くとか、いろいろな話がありますが、テクノロジーだけでは人の心を満たすことはできません。
 人ならではの情緒的価値は必要不可欠なものです。
 その点で、クリエイティブマーケターは人の情緒的価値を捉えることに強みを持つ人材です。
 リチカではこうした人材を多数育成し、今の時代だからこそ求められる情緒的価値の発見やそれを伝えるクリエイティブの支援をしていきたいと考えています。
 リチカは制作会社としてスタートし、2016年以降、第2フェーズとして動画広告生成クラウドサービスを展開してきました。そして、これから迎える第3フェーズでは、クリエイティブマーケター集団として新しい価値を提供していきます。
リチカのさらなる進化にぜひ期待してください。