2023/6/9

【独自路線】なぜ顧客を“絞る”のか。新時代の「コンサル戦略」を考える

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
3年続いたコロナ禍がようやく落ち着きを見せ始めた今日。しかし景気の先行き不安、消費者の価値観の変容、サステナビリティ経営への時代の要請、生成AIの台頭など、企業の経営環境は目まぐるしく、かつ猛スピードで変化を続けている。その変化の荒波を乗り越えようとする企業変革に伴走するためにも、いま大きな変化を迫られているのがコンサルティングファームだ。経営戦略や企業変革を支援するコンサルティングファーム自身は、どのような戦略を掲げ、時代の変化に適応しようとしているのか。大手コンサルティングファーム、PwCコンサルティングCEOの大竹伸明氏に、これからのコンサルティングファームに求められる役割と独自路線の成長戦略について話を聞いた。

生成AIをどう捉えるか

──昨年もお話を伺いました。まずはこの1年で大竹さんが実感されている変化からお聞かせください。
大竹 お客さまの意思決定に関して、「事例の要求」が少なくなっているのを非常に実感しています。
 そもそも私がコンサルティング業界に入った30年ほど前は、コンサルティングのソリューションといえば「経験移転型」が中心でした。
 コンサルティング業界では、「ベストプラクティス(最もすぐれた実践事例)」と言われますが、過去をさかのぼり、最も成功した事例をお伝えするというのがコンサルティングの主流だったのです。
 その後は、次第にコンサルティングは「伴走型」に変化していきました。過去の成功事例から学べたとしても、肝心の実行フェーズが難しい。そこを一緒に考え、伴走する存在が求められるようになりました。
外資コンサルティング会社および外資IT系コンサルティング会社を経て、プライスウォーターハウスクーパース株式会社に入社。自動車メーカーや自動車部品メーカーを中心とした製造業、総合商社のセクターに強みを持ち、主に戦略策定支援から業務改革(バックオフィス、フロントオフィス系業務)、IT実装(ERP導入経験多数、クラウド導入など)、PMO案件までさまざまな案件に従事。得意分野は会計管理領域、販売管理領域、設計開発領域で、海外案件やクロスボーダー案件など国際色の強いプロジェクト経験を豊富に有する。2020年より現職。
 そして現在のような不確実性の高い時代は、過去の成功事例をそのまま転用することが難しいために、戦略から実行をアジャイルに回すことが求められます。そこでの失敗や経験から得た気づきから、また新たに戦略を策定・実行する。
 この新しいビジネスの手法には、セオリーや常識にとらわれない柔軟な発想が求められるため、若手でも十分活躍できるチャンスがあると考えています。
 またこの1年でそのトレンドはますます顕著になり、意思決定における「構想の確からしさ」や「ROI(投資対効果)」の優先順位が過去よりも下がっていると実感しています。
──生成AIの台頭をはじめ、ビジネス環境も大きく変化したと思います。「生成AIがコンサルタントの仕事を奪うのでは」といった声も聞こえますが、こうした声やビジネス環境の変化はどのように捉えていますか。
 誰しも未来を確実に予測するのは難しいですが、現状は生成AIがコンサルタントの仕事を奪うことはないと考えています。
 仕事を奪われるというよりは、「人間がやらなくてもいい仕事」を生成AIが担うようになるという捉え方をしています。
 たとえばコンサルティングを行うプロセスにおいて、市場や競合状況などを調査するリサーチ業務があります。仮にこのリサーチ業務に1週間ほどかかる場合、生成AIに任せれば30分ほどで終えられるかもしれない。
 それならリサーチは生成AIに任せて、分析やアウトプット、コミュニケーションなどにコンサルタントは時間を割くことができます。
 そしてその生成AIを扱うノウハウや経験をサービスとしてお客さまに提供することができれば、多くの人がより創造性を発揮することに集中できるようになるはずです。
 実際に私たちは、生成AIコンサルティングサービスの提供もすでに始めています。専門組織を設置し、企業の市場参入や利活用、またリスク管理まで生成AI領域を全面的に支援することを目指しています。
 生成AIに関してはまだ確実な答えがあるわけではありませんが、私たち自身がお客さまとともにチャレンジを繰り返しながら、AIとの向き合い方のヒントを日本企業に還元できるような組織でありたいと考えています。

日本とアジアの架け橋へ

──ここ数年、コンサルティング業界は活況な印象がありますが、米国では人員削減の動きも出ています。今後もコンサルティングファームのニーズは順調に伸びるのか、それとも落ち着く傾向にあるのか、どのように見ていますか。
 総論から話すと、全体的には伸びると思います。
 コンサルティングビジネスの成長率を予測するにあたっては、経済成長率が大きな指標になります。その国や、その地域の経済の発展性に伴い、コンサルティングのニーズも伸びるという構造で読み解くことができます。
 それは一方で、経済成長が停滞してくると、コンサルティングのニーズも下がる傾向にあることも意味します。そういう意味では、苦しい状況になると考えられるのは北米などで、一方で当面の伸び代が大きいのはアジアです。
(istock:Pyrosky)
 世界的にアジア進出の動きも加速していますし、PwCコンサルティングとしてもアジア地域は注力領域として捉えています。
──大竹さんは、アジア地域のリーダーも兼務されていると伺っています。
 アジア圏でのコンサルティングは、現在主に東南アジアへフォーカスしていますが、「インバウンド」と「ローカル」の2つのバランスをとることを大切にしています。
 ここで言うインバウンドとは、米国や日本などの海外企業のソリューションをどれだけ取り入れるかという視点です。欧州や米国、日本のソリューションの方が先見性や技術力は高いですし、現地のビジネスを力強く後押ししてくれるはずです。
 一方で、国力という点では、国内企業であるローカルな会社をいかに成長させるかという視点も重要です。
 これら2つのバランスを取りながら、PwCコンサルティングが日本とアジア地域の架け橋として存在感を発揮していきたいと考えています。
 もともと東南アジアは、日系企業にとっても経済成長の期待値が非常に高いマーケットです。もちろん中国市場も期待値は高いですが、依存するには特有のリスクが伴います。
 その点、東南アジアやインドは、成長の余白が大きい魅力的な市場です。こうしたマーケットに、日本からエイジテック(高齢者向けのテクノロジー)やロボット技術、または文化や農業などの知見を輸出することができれば、日本企業のプレゼンスの向上にもつながるはずです。
 現地の視点と日本の強みを組み合わせることで、アジア地域全体の成長を牽引できればと思います。

40社で、売上70%の「主要顧客戦略」

──今後、PwCコンサルティングとしてはどのような方針や戦略を描いているのでしょうか。
 私たちは、2021年から「3つのDによる変革プラン」という自己変革のプランを打ち出しています。
 3つのDとは、「Design(新しい姿を描き、作る)」「Disruption(従来の概念を覆す)」「Dimension(多くの側面から多面的に考える)」を意味します。
 これは2021年から2023年までの「3年間の変革プラン」で、今年は最終年度。次世代マネジメントへの継承を準備し、新たな成長基盤を持った企業に生まれ変わる段階です。
 またこの3D戦略には、3つのポイントがあります。
 1つ目は、「スピード」。複雑性が増す時代のなか、とにかくスピードを重視してコンサルティングを実施すること。
 次に、そのスピードを増すために、より「専門性」を強化すること。テクノロジーや脳科学、財務会計、製造業に強い人など各分野の専門家を育成し、競合他社にない優位性を生み出していく。
 最後に、各分野の専門家たちによる「コラボレーション」です。各領域のスペシャリストたちが、領域や業界を越境しながら、新たな価値を生み出す組織を目指します。
──専門性を強化するためにも、「プライオリティアカウント」と呼ばれる主要顧客を絞り込む戦略を実施されていると伺いました。
 おっしゃる通り、独自戦略として「プライオリティアカウント」という戦略を実施しています。これは主要顧客を40社に絞り、その40社で全体の売上の70%を形成するという戦略です。
 その40社は、私たちの強みを提供できる業界や企業が中心です。主要顧客を絞ることで、各コンサルタントが業界の専門性を高め、お客さまへの理解を深めることができる。
 そうすることで、専門性が高いコンサルタントが増え、またその知見が他の業界や企業に越境し、PwCコンサルティング全体の進化にもつながる。そのようなサイクルを意識しています。
 また専門性を高めることで、お客さまの課題や要望に対して即座にYesかNoの判断ができるため、スピードを持った意思決定も可能になります。
 本来、これが伴走型コンサルタントのあるべき姿だと思いますし、私たちが顧客志向を本気で体現しようとしていることがおわかりいただけるかと思います。
 一方そのうえで、残りの30%の領域も非常に大切になります。この領域で私たちは新しい業界やお客さま、あるいは新規事業開発など、新しいチャレンジをしていきたい。
 主要顧客のコンサルティングで得た知見や視点を、他の業界やお客さまにも循環させることで、新たな価値を提供するサイクルを生み出したいと考えています。
──主要顧客からのリピートがカギになりそうですね。
 まさにそうで、顧客に本質的な価値提供をし続けることができなければ、この戦略は実現できません。
 実際、この戦略策定のプロセスにおいても、「本当にそれが実現できるのか」「果たしてそれはお客さまにとって良いことなのか」という声もありました。
 それでも、まずは実践してみてわかったのは、売上の70%を40社で占めたまま成長するには、当たり前ですが40社のお客さまの期待に応え続ける必要があるんですよね。
 そのためにも大切なのは、ともにリスクをシェアできる存在であるかどうか。お客さまはいま、一緒にリスクを理解しながら、実行まで伴走してくれる存在を求めています。
 けれども業界や顧客のことを深く知らないと、お客さまが本当に抱えている葛藤やリスクをともに背負う以前に、理解できる存在にすらなれません。だからこそお客さまと長期的な関係性を築き、コミュニケーションを丁寧にとるプロセスが大切なのです。
 またお客さまの期待に応え続け、業界の専門性を高めるために専門チームを設置したり、専門的なコンサルタントを育成するプログラムを新たに開始したりと、社内でもこれまでにないさまざまな挑戦や仕組みが生まれています。結果的には、この戦略は現状は非常にうまくいっていると思います。

グローバル×専門性×コラボレーション

──最後に、PwCコンサルティングが描く未来を教えてください。
 コンサルティング業界は、規模が大きくなると、どこも同じような戦略になっていきます。
 たとえば大型案件を受注して、そこに多くの人数を登用し、それにより規模で稼ぐモデルです。
 そのほうが企業としては、リスクヘッジがしやすく、結果品質を担保しやすいんですよね。ただそれを、私たちがやる必要はないと考えています。
 当社は、組織拡大と専門性のトレードオフをうまく両立しながら、顧客に本質的な価値を提供する存在になりたい。「グローバル×専門性×コラボレーション=スピード」の方程式で、成長し続ける企業を目指したいと考えています。
そうして日系企業の価値向上に貢献し、日本経済を上向きにしていく。日本経済の発展に貢献することが、PwCコンサルティングの役割でもあります。
またその実現のためにも、私たちは現在新たな仲間も募集しています。専門性を深めたい方やグローバルに関心が高い方、またはさまざまな専門家とコラボレーションしながら成長したい方など、ぜひ今回のお話に共感いただけるところがあれば、PwCコンサルティングという組織に興味を持ってもらえると嬉しく思います。