2023/6/8

【厚切りジェイソン】できるエンジニアほど、“怠け上手”? 

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
世界中で引く手あまたの職業、ITエンジニア。日本でも大手からベンチャーまで、優秀なエンジニアを求める声は多い。一方で、IT人材が最大79万人不足するとされる2030年問題からもわかるように、その需要に対してエンジニアの数は足りていないのが現状だ。そもそも人口減少が加速する日本において、エンジニアがより可能性を解放するにはどのような環境が必要なのか。日本企業、エンジニアそれぞれに求められる変化とは何か。エンジニアとしてのバックグラウンドを持ちながら、現在はIT企業役員、芸人、タレントとマルチに活躍する厚切りジェイソン氏と、エンジニア育成のプラットフォームを目指すアウトソーシングテクノロジー インテグレーション事業本部 本部長 齋藤拓哉氏との対談からそのヒントを探る。

Why①:エンジニアを“作業者扱い”してないか?

──厚切りジェイソンさんは、アメリカでエンジニアとして働いた経験を持ち、現在は日本のIT企業で役員を務めています。はじめに、日本と米国におけるエンジニアの働き方や求められる役割の違いについて教えてください。
厚切りジェイソン そうですね。日本は米国と比較して、エンジニアを“作業者扱い”するケースが多いように思います。
 もちろん業界や企業規模によって一概には言えませんが、仕様書通りにコードを書くだけや言われた通りに機能を実装することがエンジニアの仕事と思われがちです。
 そもそも日本は未経験からでも、エンジニアを目指すことができますよね。とりあえず会社に入社して、その後にエンジニアとしての経験や学習を積むことができる。
 それはある意味恵まれた環境ではあるのですが、受け身の仕事の進め方や文化に慣れてしまう側面もあるのではないでしょうか。
米国GE Healthcareにて、ITのソフトウェアに特化したリーダーシップ育成加速プログラムを修了。 Salesforce.comのグローバルトップCPQパートナーである、米国BigMachinesの日本法人を立ち上げ、Country Managerに就任。 2012年(株)クラウドシステムの開発を行うテラスカイにグローバルアライアンス部部長として入社(現任)。同年(株)テラスカイの米国法人TerraSkyInc.を設立し、Corporate Officerに就任(現任)。2019年からは、クラウド領域のベンチャー企業を投資対象とするテラスカイベンチャーズ取締役も兼任している。
 一方で米国では、エンジニアといえばリスペクトの対象ですし、コードは芸術品のように扱われます。
 エンジニアになるには、学生時代からコンピューターサイエンスの授業を履修し、厳しいインターンの面接を勝ち抜く必要がある。もっと言えば、コンピューターサイエンスの学士を持っていないと、面接すら受けさせてもらえないことも少なくありません。
 要するに、日本では「仕様書通りにコードを書く」ことを求められますが、米国では「課題を優雅に解決する」ことがエンジニアの役割ですし、それが求められる環境でもあります。
齋藤 たしかにまだ日本企業の経営層のなかには、仕様書どおりに定義されたことだけを対応するのがエンジニアの仕事だと捉えている人が少なくありません。
 しかし本来エンジニアは直接対話しながら、課題の解像度を高めたり、必要な機能を精査したりすることが必要なわけですが、その過程が自然にスキップされているプロジェクトも散見されます。
 そうした働き方が当たり前になれば、日本のエンジニアに受け身のスタイルがなじんでしまうという指摘はおっしゃる通りだと思います。
1996年、インターネットサービスプロバイダーに入社し、インターネット基幹システムの構築と運用を担当。その後、システムインテグレーションを手がける企業に転職。オンラインゲームのポータルサイトの立ち上げや、大手人材企業のプライベートクラウドの基盤構築など、大型案件でプロジェクトマネージャー(PM)を務めた。製品・サービスを軸としたインテグレーションを遂行するため、IT商材を多数取り扱う商社で事業統括責任者を経験後、(株)アウトソーシングテクノロジーに入社(現在)。要職を歴任し、2023年1月より現職。
 私自身、さまざまなバックグラウンドを持つエンジニアと働く機会が多いですが、海外拠点のエンジニアとプロジェクトで一緒になると、決められた仕事や範囲をこえて、どこかで存在意義を出そうとする傾向があるように思います。たとえば仕様書一つにしても、その背景や内容に次から次へと疑問をぶつけられます。
厚切りジェイソン Why!?
齋藤 まさに、そうなんです(笑)。「どうしてそう考えたんだ」「それはなぜなんだ」って、どんどん質問が出てくるんですよ。
 もちろん日本にも積極性が高い人はいますが、全体的に自らの枠を飛び出さないように気をつけている人が少なくないと思うのです。
厚切りジェイソン それは待遇が大きく異なるのもあるでしょう。
 どうせ給与も低くて尊敬もされないんだから、頑張らなくていいと思いますし、モチベーションも上がらないですよ。そうして優秀な人は、もっと尊敬されて給与も高い職業に就職してしまうから、日本のIT産業は育たないという側面がありますよね。

Why②:エンジニアを評価できる人が経営陣にいない?

齋藤 私も日本のエンジニアの待遇には、強い課題意識を持っています。
 ここ数年で日本もエンジニアに対する評価は少しずつ変わっているものの、それでも米国やインドと比べると待遇や社会的地位などにも大きな差があると感じています。
 その一因として、日本にはそもそも「エンジニアを評価できる人が経営陣にいない」という課題があるのではないでしょうか。
 システム開発のプロセスや中身も知らない上司や経営陣が少なくないため、エンジニアを単純労働者として認識してしまい、正しく評価できていないというのが大きな問題としてあると考えています。
厚切りジェイソン それはありますよね。たとえばシリコンバレーのCEOの多くはエンジニア出身なので、システム開発の技術を深く理解していることが多いです。
 実現したいサービスがあれば、どんな技術を使うか、人や時間はどれくらい必要かなど、当たり前に認識しています。
 でも日本の経営者のなかには、パソコンの使い方にも詳しくない人がいますよね。それだとエンジニアと対話することもできないし、技術力や貢献度を的確に評価できないのは当たり前でしょう。
 またそもそも日本は、開発チームが社内にないケースもありますよね。米国では内製化が主流ですが、日本は技術を外注する構造が根付いてしまっているという問題もあると思います。
齋藤 システム開発の「丸投げ」は、日本企業が長く指摘されている問題ですよね。
 その背景には、経営層の技術への理解不足に加えて、責任を負いたくないと考えている人が少なくないのだと思います。外注すれば、開発会社の責任にできますから。
 ただそうすると、一向に技術の知見はストックされませんし、エンジニアを的確に評価するスキルも育まれない。
 私としては、将来的にこうしたベンダー依存体質からは脱却すべきだと思っているので、ベンダーでありながらも、技術的な知見や視点を企業に提供できるような存在でありたいとも考えています。

Why③:エンジニアへの「報酬」と「リスペクト」が足りない?

齋藤 私たちが企業に新しい視点や知見を提供する存在になるには、同時にエンジニアの可能性を解放できるような環境の構築も大切になります。
 日本企業がよりエンジニアの可能性を解放するためにも、どのような環境やアプローチが必要になると厚切りジェイソンさんは考えていますか。
厚切りジェイソン とにかく「報酬」と「尊敬」が重要だと思います。
 日本には優秀なエンジニアがいますが、その価値に見合った報酬を用意できている企業は決して多いとは言えない。どんなに頑張っても報酬が上がらないのであれば、モチベーションは下がるだけですし、もしくは外資系企業に転職するだけの話だと思います。
 そのうえで、エンジニアへのリスペクト。実際にどんなに良いアイデアや妄想があっても、技術が実装されなければ、社会に価値を生み出すことはできないはずです。
 尊敬されるからこそ、多くの人がエンジニアを目指し、分母が多いから優秀な人が生まれる。そしてその優秀な人を多く集めるために、高額な報酬がある。
 いまはその逆のスパイラルで、尊敬されないからエンジニアが増えなくて、優秀なエンジニアが育たなくて、報酬が上がらなくて……という状態です。
 尊敬される職業になるためには、そもそも優秀なエンジニアが必要でもあるので、ニワトリとタマゴ問題でもありますが。企業もエンジニアも、双方に努力が必要ですよね。
齋藤 おっしゃる通りですね。企業とエンジニアはもっと対等な関係を築く必要がありますし、社会全体のエンジニアという職種への理解がより進むとうれしく思います。
 たとえばこれはインフラエンジニアあるあるかもしれませんが、インフラは問題なく動くことが当たり前なので、通常稼働している時には、評価されづらいという側面があります。
 もちろん障害が起きないことが第一ではあるのですが、どうしても何らかの問題が起きてしまう場合がある。そうした時に、そのリスクを一緒にカバーし合える関係性だといいのですが、問題が起こったことだけを取り上げられエンジニアだけが非難の対象にされてしまうことも少なくありません。
 ビジネスサイドとエンジニアが対等な関係性を築くためにも、お互いに理解やリスペクトできるような仕組みづくりができるかどうかは、今後日本企業に求められる重要な要素になりそうですね。

Why④:できるエンジニアは、怠け上手?

齋藤 最後に、エンジニア一個人に求められるマインドセットやスキルもお聞きしたいです。
厚切りジェイソン エンジニアに求められるのは、「考える力」と「実行する力」。そして「学ぶ力」と、基礎的なところは他の職業と変わらないですよね。
 加えて、もっと日本のエンジニアは“怠け上手”になるといいと思います。
 優秀なエンジニアは、とにかく“楽をしたい”と考える人が多いです。それはエンジニアにはとても重要な素養で、なぜなら仕事の効率化や仕組み化につながるからです。
 たとえば一つの課題を解決する際に、選択肢が一つだけ提示されたとします。それで実際にその選択肢を実行して、後で大規模な修正が必要になったら嫌じゃないですか。
 だから後々楽するためにも、「なんでそれが必要なんですか」と聞いておく。聞いた結果、その実現手段としてもっと効率的なやり方があれば、その選択肢を選ぶ。
 優秀なエンジニアがしっかり「Why!?」をぶつけるのも、結局後で苦労したくないから。うまく怠ける力が、エンジニアや日本全体にも必要だと感じますね。
齋藤 たしかに日本だと、怠けることや楽することはあまり良い意味に捉えられないですが、エンジニアの場合、怠惰であるがゆえに作業の繰り返しを嫌う傾向がありますよね。
 どうすれば効率的に作業を終えられるか、考えるクセが身についているというか。怠惰であるために、努力を惜しまないところがあります。
厚切りジェイソン そうそう。それが優雅に課題を解決する、エンジニアの役割でもあるんです。
 こうした思考法や習慣を知るためには、自分の世界を広げることが重要です。たとえば私自身がそうでしたが、日本だけでなくグローバルのエンジニアと接点を持ったり、さまざまな価値観を知ったりする機会を増やすことは、長いキャリアのなかでとても貴重な経験になるはずです。
齋藤 とても共感します。実は当社でもエンジニアの成長の機会として、オンライン上の空間で世界中にあるグループ企業のエンジニアとチームを組み、一緒に仕事をする取り組みを新たに始めました。
 たとえば海外のグループ会社では、GAFAをはじめグローバルテック企業のR&D(研究開発)の仕事に携わるエンジニアも少なくありません。そうしたエンジニアとプロジェクトを組む機会を増やすことで、さまざまな国における文化や意識、働き方の違いなどを肌で感じてほしいと考えています。
 アウトソーシングテクノロジーは、こうした取り組みや厚切りジェイソンさんをはじめ、さまざまな方との対話を通じて、エンジニアの可能性を解放できるような環境づくりに挑戦していきたい。
 そんなエンジニア育成のプラットフォームをつくることで、私たちは日本のエンジニアの未来をデザインすることに貢献したいと考えています。ぜひこれからの私たちのチャレンジを応援してもらえるとうれしく思います。