竹中平蔵の経済がわかる

竹中平蔵の「経済がわかる」

郵政民営化・本格始動への課題

2015/2/26
「この先の日本経済がどうなっていくのか」「世界経済はどのように動いているのか」ーー経営者にとっても、ビジネスパーソンにとっても、日々の経済動向をウォッチすることが不可欠です。本連載では、竹中平蔵氏が、経済の時事テーマやキーワードについて、鋭くわかりやすく読み解きます。

2005年に民営化が決定

日本郵政が民営化されることが決まったのは、ちょうど10年前の2005年のことでした。2007年には正式に株式会社としての体制が整い、三井住友銀行出身で日本を代表するバンカーである西川善文社長の下、さまざまな試みが始まりました。

しかし民主党政権下で、民営化法の改正(実質的な改悪)が行なわれ、トップを西川氏から元官僚に変えるということが行なわれました。

その後も日本郵政は、官僚をトップとする体制を続けようとしましたが、安倍内閣になって再び民間から西室泰三氏(元東芝会長)がトップに就任。ようやく今年、株式の上場が行なわれようとしています。つまり日本郵政が、本格的に市場の評価にさらされようとしているのです。

そうしたなか、郵便部門である日本郵便(株)が、オーストラリアの物流企業トール社を買収し、世界物流に本格進出するというニュースが流れました。今回の大型買収で、世界第5位の物流会社が誕生するといいます。

このニュースを聞いて、私はポジティブとネガティブの、二つの評価が頭に浮かびました。

まずプラスの評価です。そもそも郵政民営化の目的の一つは、じり貧になりつつある郵便事業を、民間の経営によって強化をするという点にありました。モデルは、ドイツ郵政です。

日本と同様、ドイツも国内の郵便事業だけでは成長は見込めません。一方で世界の物流、とくにエクスプレス事業は大きな成長分野です。しかし、国際ビジネスに進出するためには、国の信用を背景にした国営企業であることは許されません。DHL、UPSやフェデラルエクスプレスなどの世界的物流企業と対等の競争にならないからです。ドイツ郵政はそのために民営化を決め、民営化してすぐにDHLを買収しました。

今回の決定は、ドイツ郵政のような経営姿勢を、ようやく日本郵政もとりはじめたという意味で、プラスの評価ができるわけです。これによって企業価値を高め、株式上場に備えてもらいたいものだと思います。日本郵政の株式を所有しているのは国、つまり究極的にはわれわれ国民ですから、国民の利益につながるのです。

平坦ではない道

しかし、手放しで喜べるわけではありません。懸念される要素、つまりマイナスの評価材料も少なくないのです。

まず、民主党政権下の郵政改悪や不適切な人事によって、ずいぶんと回り道をさせられたという点です。これは、スピード経営が問われるグローバル時代にあっては致命的なことです。

すでに世界の物流市場は大きく成長しており、今回の買収によっても日本郵便の規模は、売上げベースでドイツ郵政DHLの4割程度、UPSの半分にしか過ぎません。この分野では「ネットワークの経済性」が働きますから、出遅れは大きなマイナスになります。

さらに、国際業務に進出できるだけの人材が確保できるのか、という大問題があります。民営化が始まった2007年から、一気に民間の優秀な人材を登用する必要があったのに、その途中、幹部ポストがまるで官僚の天下り先のような状況になったことが悔やまれます。いまから巻き返すのは、なかなか大変です。

そして、財務的な負担能力の問題があります。『日本経済新聞』(2月19日付朝刊)によれば、トールの買収価格は17日の同社株終値を49%も上回るといいます。最近の大型買収で話題になったサントリーの米ビーム社買収でも、その価格は株価総額の25%増程度でした。この差額を「のれん」として償却するとなれば、大きな負担であり、郵便離れによって本体の収益力がどんどん低下しているなか、これは大変な負担というべきでしょう。

ようやく民営化の本来の姿を見せ始めた日本郵政。しかし大きな回り道をした分、これからの道は決して平坦ではありません。

今週の経済ニュースの要旨

「日本郵政、国際物流で成長へ 豪大手の買収発表 『世界トップ5に』人材難など課題多く」『日本経済新聞』2月19日付(朝刊第1面)

日本郵政は64億8600万豪ドル(約6200億円)を投じて、6月にも豪物流大手、トール・ホールディングスを日本郵便の完全子会社にする。しかし、日本郵便とトールの合計売上高は約3兆5000億円、ドイツポストDHLの年間売上高は約7兆4000億円、米物流大手のUPSも売上高が約6兆9000億円と規模は大きく、航空、海上網も含めて世界に根を張る世界大手の背中は遠い。

国際物流を運営する人材の確保も課題だ。日本郵便は買収後もトール社の経営陣などをそのまま残して運営を続けることにしたが、それは日本側の人材難の裏返しでもある。また、トールの買収価格は17日の同社株終値を49%も上回る。西室社長は「成長の時間を買った」と力説するが、高額買収の成果は両社でノウハウを持ち寄って相乗効果が発揮できるかどうかにかかっている。

※本連載は毎週木曜日に更新する予定です。

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