“怪童”中西太さん死去、90歳心不全 本塁打王5回、3球団で監督、イチローら育てた名伯楽
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最後の西鉄ライオンズ野武士がこの世を去ったとのこと。
中西さんの記憶に残るエピソードを書くとキリがないほどありますが、一つに絞ってあげるとすると、1988年10月19日のロッテ対近鉄戦ダブルヘッダー試合終了直後の姿でした。
このダブルヘッダーは球史に残る近鉄バファローズが優勝をかけた死闘でしたが、最後に引き分けて優勝を逃した瞬間、中西コーチがベンチで横たわっている姿が一瞬だけ映りました。
全てのエネルギーを出し切った男の姿を見ました。
野球に情熱を注がれ、全てのエネルギーを出し切った人生だったと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
夢を見させて頂き、ありがとうございました。
注目のコメント
中西さんが所有していた、名将・三原脩さんの秘伝のノート。この存在を侍ジャパンの栗山監督は、評論家時代の中西さんへの取材中に知りました。コピーをとって日ハム監督時代、そして先日のWBCなど節目節目の重要なゲームの前に三原ノートを読み返し戦略を練ったと、栗山さんは先日のNHK番組「マジックの継承者たち」で証言していました。
中西さんの選手時代は知りませんが、コーチとしてとても熱心に選手に接していた印象です。リーグ優勝を掛けた伝説の10.19川崎球場でのロッテ戦。得点が入ると、誰よりも先に飛び出してホームを踏んだ選手を抱きしめた中西さんの姿は忘れられません。本当にお疲れ様でした。