2023/5/22

「重機」のテレワーク。業界を支える新しい現場オペレータの姿とは?

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 ビデオ通話やクラウドサービスによって、ノートPCひとつでどこでもデスクワークができるようになった。

 製品をラインに流す製造・加工工場でもロボットによるオートメーション化が進み、さまざまなセンサーやAIを駆使して高度なDXが実現されている。

 この革新は、より広い空間で、より大きなものを扱う土木や建設、資源リサイクル、災害復旧などの現場へと広がっていく。

 今回取り上げるコベルコ建機の「K-DIVE®」は、そんな建設テックのなかでももっとも現場に近い「重機」を扱うソリューション。油圧ショベルをリモートで運転し、クラウドでのデータ管理を実現するシステムだ。
リモート重機はここがスゴい
  • 無人のショベルカーが動き、土を掘る!
  • 遠隔操作のコックピット、現場の評価は?
  • 遠隔操作が業界に与えるインパクト
  • 建設DXのスタンダード化で働き方が変わる

無人のショベルカーが動き、土を掘る!

 神戸市中央区にあるコベルコ建機神戸テクニカルトレーニングセンター。
 さまざまな重機が居並ぶ敷地に入ると、まず目に飛び込んでくるのは高さ4メートルほどの砂山だ。その山に向かって13トンの油圧ショベルが前進する。
 大きなバケットで砂をすくい、機体を旋回させてすぐ脇の山に積み直す。
 だが、運転席には誰もいない。無人の重機が動いているのだ。
「ここは、コベルコ建機の最新技術や先端機械を体験できる研修施設です。あの機械は自動運転ではなく、建物の2階に設置された遠隔操作用のコックピットで、人が運転しています。
 光回線とWi-Fiで通信しており、東京や広島に置かれた当社のコックピットからも、あの重機を動かせるんです」(コベルコ建機・佐伯誠司氏)
2009年入社。環境特機開発や中型ショベル開発に従事。ハイブリッドショベルの開発では先行開発から商品化に携わる。現在は、土木建設業の発展を目指し、コトビジネス、遠隔重機「K-DIVE」事業を統括している。
 コベルコ建機は1999年に神戸製鋼の建設機械部門と油谷重工、神鋼コベルコ建機を統合して生まれた建設機械メーカーで、油圧ショベルやクレーンなどの製造・販売・サービス提供を行う。
 同社が機械やソリューションを提供する建設土木や資源リサイクルの現場では、少子高齢化による人材難が長年の課題となっており、2000年代以降、国を挙げてデジタル技術の導入に取り組んできた。
 2016年には国土交通省が測量・設計・施工・管理までの包括的なICT化を推進する「i-Construction」を掲げ、自動化・自律化のための技術開発や実証を加速させている。
「これから20年、日本の労働人口はますます減少し、とくに建設業はより顕著に減っていくと言われています。
 しかし、新しいインフラを整備したり、古くなった道路や建物設備を更新したりと、工事の量はむしろ増えています。その乖離が大きくなることが問題です。
 解決のためには、現場の働き方や環境改善と合わせて、新しいテクノロジーで生産性を上げていかなければならない。
 大きな構想はあってもなかなか具体的なアクションが出ないなか、建機メーカーとしてひとつの解を提示したのが『K-DIVE』というシステムです。
 2018年から『誰でも働ける現場へ』の実現に向けて遠隔操作システムの実証試験を重ね、実際の現場で使われ始めています」(佐伯氏)

遠隔操作のコックピット、現場の評価は?

 コベルコ建機の「K-DIVE」は、人と機械を通信でつなぎ、重機オペレータのリモートワークを可能にするシステムだ。
 そのコックピットは、現場で使われている重機の運転席を再現し、まったく同じように操作できる。
 コックピットに座るのは、2020年に実証段階のK-DIVEを見学し、いち早く現場に導入した鈴木商会の塩浦和行氏。オペレータ歴20年のベテランだ。
 鈴木商会は、産業廃棄物や解体現場から出る金属スクラップを選別し、新たな資源として再生させる北海道の資源リサイクル企業。
 塩浦氏が普段使っているのはショベルカーとは別のタイプだが、K-DIVEのコックピットや重機の操作系は共通している。
2004年、株式会社鈴木商会に入社。苫小牧事業所に配属され、主に重機オペレータとして金属スクラップの荷積み・荷降ろし業務を行うほか、ここ数年はスクラップの切断作業にも力を入れ始め、仕事の幅を広げている。
 彼が慣れた手つきでアームを下ろし、先端のバケットを地面に押しつけると、シートがグッと後ろに傾いた。
「複数のモニターで運転に必要なところはすべて見える。むしろ視野だけなら、実際の重機よりも情報量が多いと思います。それに加えて足下のスピーカーから聞こえる現場の音や、傾きが伝わってくることが重要なんです。
 私は普段、ラバンティーシャーというアタッチメントを付けた重機で鉄などのスクラップを切断する作業をしているのですが、重いものを持つと機体が傾く。K-DIVEのコックピットは、その感覚をきちんと再現しています」(鈴木商会・塩浦和行氏)
現場の重機には複数のカメラに加えてマイク、ジャイロセンサーなどを搭載。コックピット足下のスピーカーから現場の音が聞こえ、モーションシートが揺れや傾きをオペレータに伝える。
塩浦氏が普段現場で使っている重機。K-DIVEによって遠隔操作されている。(写真提供:鈴木商会)
 会議室や研修ルームが並ぶ建物の一角に置かれたコックピットは、まるでゲーム機のように見える。我々が塩浦氏の操作をつぶさに見学できたのも、K-DIVEの遠隔操作だったからだ。
「挟む、動かす、切断する……現場によって細かいテクニックがあるんですが、実際の重機は1人乗りなんです。横に付いて教えるわけにはいかないから、外から機械の動きを見て、危なっかしいと思ったら大声で叫びながら身振りで止めるしかなかった(笑)。
 鉄柱を持ち上げて下手に回すと機械が傷むし、場合によってはオペレータがケガをします。このコックピットで手元を見せながら教えられるのは、便利になったことのひとつですね」(塩浦氏)
 最初は遠近感を捉えられるかが不安だったという塩浦氏だが、すぐにコツを掴んだ。
 実際の重機を運転するのと完全に同じとまではいかないが、一日にこなせる作業量は、実機に乗っても遠隔で操作しても変わらない程度まで来ているという。

遠隔操作が業界に与えるインパクト

 この先、遠隔操作できる重機が増えれば、その生産性はますます高まっていく。鈴木商会の加藤弥氏は、2年前にK-DIVEの実証モデルを見学した際にそう感じたそうだ。
大学卒業後、王子製紙株式会社、セイコーエプソン株式会社を経て、2019年に株式会社鈴木商会へ入社。同社では情報システム部に所属、社内システムの構築・運用を管理。また、IT子会社である株式会社EZOTECの社長も兼任。
 同社では北海道全域に数十のリサイクル拠点を構えて事業を展開しているが、拠点によってはオペレータを募集してもなかなか採用できない。大都市の札幌に人材が集中しているからだ。
「現在、K-DIVEを導入しているのは苫小牧の資源リサイクルヤードです。現場に隣接する事務所にコックピットを設置し、塩浦を中心に4人のメンバーで遠隔作業を行ってきました。
 これから札幌本社にもコックピットを設置し、事務を担当している女性社員が重機オペレータの資格を取得して、苫小牧の現場作業を行う計画を進めています。これができれば、札幌にコックピットとオペレータを集め、各地の現場作業を担うオペレーションセンターもできるでしょう。
 現場に出て重機に乗る仕事は、私たち資源リサイクル業者の要です。ただ、危険も伴いますし、夏は日差しが強く、冬は寒い。いまだに3Kのイメージも払拭されていません。
 K-DIVEの遠隔操作は、そういったいくつもの課題を解決し、新しい事業を展開するポテンシャルを秘めています」(加藤氏)
 重機オペレータの採用に苦労しているのは鈴木商会だけでなく、業界全体の悩みだ。K-DIVEを搭載した重機が全国各地の現場に増えれば、札幌から全国各地の重機を遠隔操作する人材供給が新しいビジネスになるかもしれない。
 前出のコベルコ建機・佐伯氏は、2022年12月にローンチした「K-DIVE」によって、さまざまな現場の人材難を解決する第1フェーズに来たと言う。
「コベルコ建機のストロングポイントは、現場の作業に応じて油圧ショベルをカスタマイズし、お客さまが使いやすい製品を提供してきたことにあります。建設土木、ビルの解体、資源リサイクル、林業と、領域も建機の種別も多岐にわたります。
 K-DIVEをしっかりと広めていくため、まずは重機の稼働範囲が限定されている固定ヤードで作業を行う現場から導入を進め、鈴木商会さんのようなパートナー企業に現場で鍛えていただきながら、機能とサービスを洗練させ、お客さまの生産性を高めていきたいと考えています」(佐伯氏)

建設DXのスタンダード化で働き方が変わる

 建機の遠隔操作は現場の作業環境を変える。オペレータのメリットは計り知れないが、「K-DIVE」には経営やマネジメント、データ活用を含めたDXを推し進める機能もある。
フェーズ3では、フリーランスのオペレータによるサテライトからの遠隔操作を組み込み、要求される技能レベルや工期に合わせてさまざまな現場とオペレータをマッチングさせる人材活用サービスも構想。また、コックピットを重機のバーチャル教習所として活用するなど、より効率的な人材育成をサポートし、就業者の裾野拡大にも貢献する。
「K-DIVEで機械を動かす際は、オペレータの顔認識が行われ、誰がどの作業に何時間従事したかが記録されるため、オペレータごとの生産性を見える化できます。これにより、重機や人材の最適化や効率的な作業の提案ができるようになります。
 また、遠隔操作システムや、データ活用のクラウド環境とソフトウェアをサブスクリプションサービスとして提供することで、今後も開発の手を止めることなく、K-DIVEのバージョンアップを継続していきます。
 例えば、作業ガイダンス機能や、オペレータの技術向上のためのシミュレーターといった機能など、現場での使われ方やお客さまのご要望に応じて、最新の技術とサービスを提供していくつもりです」(佐伯氏)
K-DIVEの管理画面。重機やオペレータの稼働状況がクラウド上に蓄積され、効率化や安全性の向上に役立てられる。
 鈴木商会のふたりは上の話を受けて、「これまで重機オペレータを目指していなかったような人たちが、業界に集まるようになってほしい」と語ってくれた。
 これから加速するDXによって、建設業界に従事する人たちの顔ぶれも大きく変わっていくかもしれない。
 通信できる重機があれば、ソフトウェアはどんどんアップデートしていける。顧客の要望をダイレクトに反映し、より使いやすいものになっていく“のびしろ”は無限にあるのだ。