2023/4/28

「ゴルチエさん、自分らしさって何ですか?」世界の巨匠に直撃してみた

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
他者との「和」を重んじ、空気を読む──そんな“協調性の国”日本で、突如として「自分はどんな人間か?」を問われるタイミングがある。それが就職活動だ。

ES(エントリーシート)や面接で個性を求められて戸惑い、自分とは何かを探し始めた経験がある人もいるはずだ。

本記事では、今まさに悩める就活生であるNewsPicksのインターンが、自らを表現することでキャリアを築いた世界的クリエイターたちにインタビューを敢行。

自らを表現することでキャリアを切り開いてきた伝説的なファッションデザイナーのジャン=ポール・ゴルチエ氏。そして、日本初上演となるゴルチエ氏のミュージカル『ファッション・フリーク・ショー』のプレビュー公演を、自身が総合統括を務めるイベントで実施したクリエイター・齋藤精一氏の2人を直撃した。

まだ何者でもなかった自分とどう向き合い、自らの人生を切り拓くパワーに変えたのか?

自らのキャリアや価値に悩める就活生や若手ビジネスパーソンに向けて、熱いメッセージの数々が飛び出した。
INDEX
  • 自分らしさって何?
  • 個性はどうすれば見つかる?
  • 周りと比較してヘコみがち……
  • “悪い個性”を克服するには
  • ありのままの自分で生きるには?
  • 「自己表現」で切り拓いたキャリア

自分らしさって何?

ゴルチエ 僕にはいつも夢がありました。その夢を実現するために「こうしたらできるんじゃないか」と考えて目標を立て、そこに向かって走り続けてきました。
 もちろん、楽なことばかりじゃなかった。夢の実現までの道のりはある意味、戦いです。ものすごく働いたし、人の何倍も努力したつもりです。
 こんなふうに「自分らしさ」を追求してこられたのは、周りの人たちが僕の個性を認めてくれたおかげなんです。
 僕が非常に幸運だったのは、まず両親が僕の個性を深く理解してくれたこと。どんなときも「あなたはあなたのままでいいんだよ」と言ってくれました。
 だから僕は「男の子は男の子らしく」と言われていた時代に、服や裁縫に興味を持って学んだり人形の洋服を作ったりと、自分の好きなことに熱中できた。自己肯定感を持てたのです。
フランスにいるゴルチエ氏の取材はZoomで行った。
 今の道に進むきっかけを作ってくれたのは、学校の先生です。
 幼い頃、僕は体を動かすことが苦手で、1人で端っこにいる目立たないタイプ。友だちが多いとは言えず、学校に行くのもそれほど好きではなかった。
 ある日、家のテレビで見たフォリー・ベルジェール(※)のショーに「なんて美しい世界なんだろう!」とすっかり夢中になってしまいました。
※パリの歴史あるミュージックホール
 授業中もずっと羽の生えたダンサーの絵を描いていた。そこを、先生に見つかってしまったんです。
 でも先生は「素晴らしい、ジャン=ポール! あなたにはこんな才能があったんだ!」と、クラスのみんなに見せました。
 それまで僕に興味のなかったクラスメイトも褒めてくれて、僕は嬉しくなって「いつかフォリー・ベルジェールの衣装のような服を作る仕事がしたい」と思ったんです。
 それから約50年、僕の夢の集大成が、2018年から始めた『ファッション・フリーク・ショー』なんです。
伝説的なファッションアイコンを生み出してきたゴルチエ氏。『ファッション・フリーク・ショー』は、氏の幼少期からトップデザイナーとしての躍進を描いた自叙伝エンタテインメントとなっている。5月19日より日本公演が開始する。(画像提供:エイベックス・エンタテインメント)
齋藤 僕は、自分らしさとは、自分の人生を構成するすべての要素や能力のことを言うのだと思います。
「これが好き」「これができる」や育った場所、見てきたものや出会った人などです。
 たとえば僕は子どもの頃、「車はオープンカーこそが最高だ」と思っていて、持っていたミニカーの屋根を片っ端から切り取っていました。自分の中に、実現したい世界観があったんでしょうね。
 実は、この世界観は今でもあまり変わっていません。
 私の活動領域は、建築や都市開発、広告、メディアアート、ファッション、芸術などさまざまですが、常に「“大人の事情”という既存の価値観を取り払った世界をつくりたい」というブレない北極星みたいなものに基づいています。
 この“北極星”こそが、自分らしさや個性だと思います。

個性はどうすれば見つかる?

ゴルチエ 先ほどお話ししたとおり、僕の“自分らしさ”は向こうから来たもので、探し出したものではありません。
 就活のためにと、無理に特別な経験をしようとするのは、やめたほうがいいと思います。
 そうやって見つけた個性は、嘘になってしまいます。今のあなたが「自分には何もない」と感じるなら、それが今のあなたなんです。
 ただ、自分の個性を知る方法がないわけではありません。
 あなたが好きじゃないもの、興味のないもの、情熱を持てないものを“断捨離”するんです。
 たとえば、あなたが音楽のなかでもとりわけロックが好きなら、それだけを集中して聴いてみる。やめる勇気、断る勇気を持ってみると、情熱を持てるものが自然と見えてきます
 もし就職したとしても、働いているうちに「やっぱり今は勉強を続けたいな」と思ったら、仕事をやめて学業に戻ってみるのも“断捨離”になります。
 常に自分を真ん中に立てて、自分で決めることを忘れないでください。自分の人生なのですから、自分で決める能力を身につけないといけません。
 日本には、こんまりさん(※)がいますよね? 彼女のように、日本人は本来、手放すものを決めるのは得意なはずです。
※片づけコンサルタントの近藤麻理恵氏
 逆に、誰かに批判されたりして、自分が「不得意だ」と思っているものが本当にそうなのか、もう一度試してみるのもいいでしょう。
 個性に気づく手助けになるかもしれません。
齋藤 あえてゴルチエさんと異なる視点で考えるなら、あなたは普段、自分の関心がある領域や居心地のいい場所ばかり選んでいるのかもしれません。
 まず、いろいろなものに触れましょう。さまざまな場所に出かけて、いろんなタイプの人と話をしてみてください。新しい選択肢に出会う機会を排除しないことは大切です
 そのうち、やりたいことが見つかったら、それを追求すればいい。
 あるいは、社会の「こんなのおかしい」「生理的に嫌」を見つけて、それを最小化するために行動するのも一手です。
 僕の場合は、大学で建築学科に入り、大学院への進学を考えたときに、ゼミの先生に顔を売らないと進学できない仕組みに違和感しかなくて(笑)。
 その反動もあって、コロンビア大学への留学を選んだんですよ。

周りと比較してヘコみがち……

齋藤 僕はよく「齋藤は器用貧乏だ」と言われていたので、人と自分を比べて落ち込むことは、たくさんありましたよ。
 学生時代は、当時お付き合いしていた人がどんどん有名になって劣等感を抱えたり……でも、その劣等感をパワーに変えたから、海外で奮起できたと今は思います。
 だから、もし人と比べてしまったとしても、そこで感じた課題意識や反骨精神をパワーに変えてみる、というのはどうでしょうか。
ゴルチエ 日本人は調和を大切にするからか、周囲と自分を比べてしまうことがよくあるみたいですね。
 でも、他人との比較はまったく意味がありません
 自分に近い人と比べて、もしそこに追いついたところで、そんなのは小さくてつまらない人生だと思いますよ。大スターに憧れて努力するのなら、僕は否定しませんけれど。
 あなたの人生は、あなたの時間であり、あなた自身のものです。だからまず、自分を一番大事にしてください。
 人と自分を比べる時間があるのなら、もっと知識や教養を深めたり出かけたりして、自分を豊かにすることに集中したほうがいい
 そこに時間を使っていると、人と比べるようなことは自然となくなるはずです。

“悪い個性”を克服するには

ゴルチエ 個性に良い・悪いはないと僕は思いますよ。すべてが“自分”ですから、誰が何を言おうが、個性を変える必要はありません
 ただし、傲慢であってはいけません。ポジティブな意見は取り入れて、必要のない意見は放っておきましょう。
 何より耳を傾けるべきは、あなた自身の“心の声”です。世間の目が気になるかもしれないけれど、自分の心の声に逆らったり、聞こえないふりはしたりしない。恋愛と同じです(笑)。
 心の声を聞いて、選択する感覚を磨いていくのは大事なことです。
 僕は1976年に初めて自分のコレクションを立ち上げました。でも、4回ショーをしたところでお金がなくなってしまいました。
 すると、ある人が「サン=ジェルマン・デ・プレのセレクトショップが、デザイナーを探していたよ」と教えてくれたんです。
 そこですぐにデッサンを持って行ったところ、僕が採用された。その「バスストップ」を経営していたのが、樫山(※)でした。
※現オンワードホールディングス。2021年まで同社の最高顧問を務めた廣内武氏が、子会社が買収した「バスストップ」での自社企画として採用したゴルチエ氏とライセンス契約を締結。パリコレクションへの出展も支援した。
 その後、樫山から「ライセンス契約にして、アジア全体で売っていきましょう」とお話をいただき、フランスに加えてイタリアでも製造が始まりました。
 もしここで「服はメイド・イン・フランスでなければ」と固執してしまったら、今日の僕はここにいないでしょう。
 自分の声に耳をすませたおかげで、日本との縁がつながり、イタリアで丁寧に上質な服を作ってもらうことができました。
 実は、フランス人はめったに褒めません。良いものを見せても「素晴らしい」ではなく、「悪くないね」と言う。それがフランス人なりの褒め言葉なんです。
 一方、日本人とイタリア人はとてもポジティブなフィードバックをくれます。
 一緒に仕事をした彼らの意見には、とても助けられました。特に日本は、自分にとって家族のような国です。
齋藤 僕もゴルチエさんと同じで、無理に自分を変える必要はないと思います。
 僕の経歴だけ見ると、ぶっ飛んだ人に見えるかもしれませんが、僕も最初は世間でよくいわれる“レール”に乗って生きてきました。
 けれど、大学以降のいくつもの経験から、少しずつ影響を受けました。1つの経験が及ぼす方向性の変化が、たとえば0.1度だったとしても、10回で1度変わる。焦って、いきなり変化する必要はありません
 僕は、嫌いなものから逃げられる自由にはこだわってきました。だからこそ、常になるべく選択肢が多い状態を心がけて、いろんな経験に飛び込んでいったんです。
 やりたいことも変わりますから、選択肢は多いに越したことはありません。

ありのままの自分で生きるには?

齋藤 ありのままの自分を出すのは難しいですよね。僕も、かっこいいと思われたくて、自分を大きく見せようとしていた時期があります。
 今は昔に比べると、短所や弱みも個性として許容されやすい時代。だから、どんどん自分を出せばいいと思います。
 採用する側の1人としても、企業は応募者の短所も知らなければ、評価しようがないと思うんです。だから僕らの会社では、3カ月〜半年ほど、人となりを見てから採用しています。
 ありのままの自分を出せたほうが、企業も就活生も、お互いにプラスになるはずですよね。
ゴルチエ まずは、前向きな気持ちを絶対に忘れないこと。何も空元気を出す必要はありません。「やってみよう」「会ってみよう」というポジティブな気持ちを大事にしてください。
 私はファッションの道を拓くまでに、とにかくデッサンを描いて、本当にメゾンというメゾンすべてに送りました。でも、返事さえほとんど来ない。
 忘れもしませんが、数少ない返事をくれたイヴ・サンローラン氏からは「この色はあまり好きじゃないし、今はアシスタントはいらないんだよね」と言われましたね。
 ですが、たった1社、ピエール・カルダンが私を採用してくれたのです。
 もし僕が「ファッションを専門的に勉強したわけじゃないから」とデッサンを送らなかったら? あるいは、途中でやめていたら?
 ピエール・カルダンに採用されることはなかったし、今のような仕事もできなかったでしょう。始めなければ、何も起こりません。
 仮に不採用が続いても、大したことじゃありません。
 あなたをポジティブに評価してくれる人に出会うために、不採用になっているのかもしれないのだから、落ち込む必要はまったくない。「いくらでも選べる」ぐらいの気持ちでいいんですよ。
 本当にやりたいことなら、絶対にできます。何でもできます。

「自己表現」で切り拓いたキャリア

ゴルチエ 『ファッション・フリーク・ショー』は僕のセカンドキャリアです。
 子どもの頃に「ショーを作る人になる」と決めてから一つひとつ丁寧に夢を実現してきました。
 自分のブランドだけでなく、マドンナやリュック・ベッソン監督の映画『フィフス・エレメント』といった衣装の仕事もして、勉強を続けたんです。
 こうした50年間を凝縮した、僕の夢の集大成が『ファッション・フリーク・ショー』です。僕を形づくったあらゆる要素が詰まった総合芸術になっています。
 お二人のような若い人にこそ、ぜひ見てほしいショーですね。観終わって会場を出るときに「明日も頑張ろう」と、幸せな気分になれることをお約束します
齋藤 僕が手掛ける「東京クリエイティブサロン2023」で実施した『ファッション・フリーク・ショー』のプレビューは、まるで人の頭の中を覗き見るような衝撃的な体験でしたね。
『ファッション・フリーク・ショー』にはゴルチエさんが今まで出会った人や体験したこと、学んだこと、すべてのピースがパフォーマンスに落とし込まれているのだと感じました。
 たまたまプレビューに通りかかった子は、口をぽかんと開けちゃってました(笑)。きっと、あの子の人生が少し変わってしまったと思います。
 自分の常識や価値観を塗り替えるような“ヤバい先輩”に出会うような、自分が今まで触れてこなかった未知の選択肢に出会えるはず。
 ぜひ『ファッション・フリーク・ショー』を体感して、人生の選択肢を広げてみてください。