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大前研一ビジネスジャーナル No.2

日本でイノベーションが生まれない理由は何か?

2015/2/19
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第二弾である「大前研一ビジネスジャーナル No.2」(初版:2014年11月28日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。今回は、国内消費者のリアルな姿、そしていかに日本からイノベーションを生み出すかについて大前研一氏に聞く。(2014/10/17取材 文責:good.book編集部)

21世紀型モデルへの転換に失敗した日本

なぜ日本からは、米国で上場するようなイノベーション企業が出てこなくて、バルト三国のような小さな国から出せるのか。その違いは恐らくカルチャーの違いだと思います。

大量生産時代の日本はみんなが同じことを考えていたんです。当時、誰かが「これからはNCマシン(数値制御工作機械)だ」と言い始めると、「よし、じゃあ世界中のNCマシンを勉強しましょう」と、通産省以下みんな勉強し始めたわけです。

それで、世界中を見学に行って、日本中がみんなでワーッとNCマシンをやり始めた。それで、スイッチ制御のマシンの分野において、日本は最先端に行ったんです。次に、ある人が「ロボットだ」と言うと、今度はロボットのほうへバーッと行く。

このように、いいものを品質を良くして値段を安くして、お客さんにも好かれるようなものを作るということが日本は得意なんです。そしてそれが20世紀の終わり頃の日本のカルチャーだったんです。

しかし、その後の日本は20年間のデフレの中で、何をやってもダメだと折れてしまった。そして、老人がいつまでものさばっている。世の中のスピードは何倍にもなっているのに、ついて行けていない。日本は、21世紀型モデルへの切り替え、テンポや、鍵となるスキルの切り替え、これらに失敗してしまったんです。

“言語障害”の経営層、“欲望障害”の若者層

最近、経営コンサルタントというのは、非常にやりにくいと思いますよ。私は古き良き時代にコンサルタントをやっていて良かったなと思います。例えば私が今、会社のトップに何か言うとします。

すると「大前さんの言うことは難しいですね」と言うんですよ。難しいと言っている人に、今私がしゃべってきたようなことを解説しようと思っても、どこからどうやって話したらいいか分からないですよ。

いくら丁寧に解説してやっても、難しいものは難しい。なぜかというと、彼らには、その言語の基本となるシソーラス、語彙が全くないんですよ。「通訳機能がないので私にはその世界が分かりません」と、バベルの塔状態なわけです。

分からないんだったら、あなたの息子か娘を連れてきてほしいという感じです。今の子どもたち世代であれば、これくらいのことはすんなり理解できますよ。

私たちの世代でいえば、米国だろうが欧州だろうがアジアだろうが、自分の作ったものを売り込みに行くという時に、「それは難しい」なんて言った人はいませんよ。また、少しくらい難しくても、やればできた。頑張れば何とかなったんです。ところが今は、「土台から全く分かりません」という人がすごく増えてしまいました。

一方、若い人たちは、「俺たちの出番はまだ先だ」と思っているので、アンビションが足りない。「あんなたるんだ社長だったら、寝首をかいてでも、俺がやるぞ!」という気概を持った人が足りないんです。

だから「この言語は分かりません」と21世紀になって急に“言語障害”を起こしている経営トップに対して、言語がある程度分かっているはずの若い人たちは、“欲望障害”を起こしているんです。私は、これを“低欲望社会”と呼んでいるんですが、彼らはとにかく欲望が小さいんです。

私なんか日立に居たとき、社長は駒井という人だったんですが「駒井でダメなら大前にやらせろ」と言っていたら周りはみんな笑っていたけど、それくらいのやつが、今、居ない。じゃあしょうがないから起業するか、と言って自分でやる勇気もない。

今、クラウドファンディングなんかを使って、何かやろうと思ったら何でもできるわけです。だから今の日本の若い人たちに足りないのはアンビション。アンビションがあれば自然と勉強するはずですよ。世界を見てみてください。日本以外では若い人たちのアンビションがあふれまくっていますよ。

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大前研一(おおまえ・けんいち)
ビジネス・ブレークスルー大学学長 、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長。マサチューセッツ工科大学(MIT)にて工学博士号を取得。経営コンサルタント。1994年までマッキンゼー・アンド・カンパニーで日本支社長アジア太平洋地区会長、本社ディレクター歴任。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。現在、UCLA教授、ボンド大学客員教授、(株)ビジネス・ブレークスルー代表取締役をはじめ、グローバル企業の取締役など多数。

アンビションを生み出す“危機感”

例えばイスラエルの人なんて、この国の将来は厳しいなと思うと、アンビションを持って会社を作る。しかも、軍事研究の先端でやっていたような人が、商売の勉強をして、米国に行って起業する。だから、人口当たりの起業の数は、シリコンバレーではイスラエル出身者が1位です。2位が台湾人ですよ。

台湾について言うと、台湾は言ってみれば明日をも知れない所なんです。中国に乗っ取られてしまったら、台湾は今の香港みたいになってしまうかもしれない。そういう危機感を持っているから、台湾の人は一生懸命、日本語や英語を勉強して海外で起業する。

シリコンバレーに行って起業した台湾人、いっぱい居ますよ。ヤフー共同創業者のジェリー・ヤンもその一人。シリコンバレーでIPOした人で、中国大陸の人は居ませんよ。ジャック・マーみたいな人も居ますが、シリコンバレーで起業した人は台湾の人ばかりです。

また、台湾の人とつき合うと分かりますが、自分は台湾のパスポートを持っているけれど、お父さんは米国のパスポートを持っている、お母さんはオーストラリアのパスポートを持っている、という感じで、家族でもリスク分散している人が多い。この危機感が重要なんです。

そうやって、危機感を持っている人が野心を持った時、すごいことができるわけです。日本人にはそういう危機感がない。世界で一番の借金国でありながら、危機感を持っていないというのはどういうわけだと。私は「あなたは、ゆでガエルですか? 温度感じないんですか?」と言うんですが、感じないんです。それで、寄らば大樹の陰でやっている。

昔の日本人には、今の人と同じ染色体を持っているとは思えないくらいのアンビションがありました。戦争が終わった後、「こんな貧しい小さな日本に閉じ込められていたら終わりだ」と言って、みんな世界へ出ていった。でも、ほとんどの人は英語もできなかったんです。英語ができなくても、世界に飛び出した。今は、英語なんて勉強しようと思えばいくらでも学べるのに、あまり勉強しない。どうかしちゃってますよね。

巨大マーケットが見えていない、国と企業

では日本国内のマーケットはどうなっているのかを見ると、今、60歳以上の人たちの消費が45パーセントになっています。実は、ここに焦点を当てている会社は少ないんです。政府もそのセグメントをきちんと把握していません。

政府は、後期高齢者の医療問題とか、介護が必要になった人たちとか、そういうところはいろいろと考えていますが、その下のセグメントが見えていない。つまり、60歳とか65歳で引退して、介護が必要になるくらいの年齢に至るまでの層は、政府の統計上、全く空っぽなセグメントなんです。

この人たちが今、一番問題として感じているのは、時間を持て余しているということです。この世代の人たちはモーレツ社員でやってきて、片道1時間半以上かけて通勤して、くたびれきって引退しているので、あまり活発に動かない。表へ行かずに、犬が居れば、毎日夕方になると「あんた、犬を散歩に連れてって」と言われて、クルクルーッと近所を回って、それで一日が終わりと。

だから、この人たちはお金が掛からないんです。それでお金はそこそこたまっている。このモーレツ社員の世代は、貯金ばかり考えて育っています。会社の中でもコストダウン専門でやってきているので、お金を使いたくないんです。日本人は年金の3割を貯金に回すという世界でも例のない不思議な国民です。

イタリア人は、死ぬ瞬間に貯金ゼロになっているのが理想的な生き方だと考えていますが、日本人は、死ぬ瞬間に一番お金がたまっているわけです。この世代は欲望もあまりない。だから、登山などをする。山とか釣りは、お金が掛からなくていいというわけです。

一方、今、定年退職をしてしまった世代は、実はあまり買いたいものがないのに、いざ買い物に行くと、なぜかいいものを買ってしまうんです。なぜかというと、自分でズボンなんか買いに来たことがないので、「せっかくだから、ちょっといいものを買おうか」とか、「セカンドバッグも少しいいものを買おう」ということになるからです。

これが、新宿伊勢丹のメンズ館がターゲットにしているセグメントです。彼らはそれなりにお金が出せるわけです。それから、孫にせがまれたらいい所に連れていってやる。孫にお金を出すのは厭わないんです。

ところが、ここのセグメントをちゃんと勉強して、ここをターゲットとした戦略を立てている会社がほとんどない。伊勢丹のメンズ館のように、この人たちが本当に欲しいものがあって、また行っても恥ずかしくないというような所があれば、この人たちはそこでお金をたくさん使ってくれるんです。(次回に続く)

(2014/10/17取材 文責:good.book編集部)

※本連載は毎週月曜日と木曜日に掲載予定です。

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