2023/4/26

スタートアップが挑む、就労困難者1500万人の労働市場改革

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 少子高齢化により、この先20年で日本の生産年齢人口は1500万人減少する。一方、さまざまな理由で働く意欲があっても働けない「就労困難者」が、同じく1500万人いるという。
 このような社会構造の歪みを、日本特有の福祉制度、全国15,000の就労継続支援事業所を束ねることで解消する。そんなソーシャルインパクトの大きな変革に挑む起業家がいる。
 VALT JAPAN、小野貴也。創業から10年で築き上げたネットワークが、プラットフォーム「NEXT HERO」として今、本格的に始動する。
INDEX
  • 労働市場の構造を変える
  • 8人に1人が就労困難者という現実
  • 福祉と経済の断絶をNEXT HEROが埋める
  • 全国15,000の事業所ネットワーク
  • 実例:導入企業のビジネスはどう変わったか
  • 企業とワーカー、それぞれのメリットとは
  • 誰もが活躍できるインクルーシブな社会に

労働市場の構造を変える

──VALT JAPANは「就労困難者の大活躍時代をつくる」をビジョンに掲げています。
小野 はい。私たちが目指しているのは、その人にどんな特性があっても活躍できる社会基盤のようなフィールドをつくること。労働市場の構造改革です。
1988年生まれ。大学卒業後、大手製薬会社のMRとして精神疾患や生活習慣病の医薬品を担当。障がいや難病のある人の活躍機会・賃金格差などの社会問題に関心を持ち、2014年にVALT JAPANを起業。就労困難者に特化したビジネス受発注プラットフォーム「NEXT HERO」を運営し、約1500万人の就労困難者が大活躍できる仕組みづくりに取り組む。2021年6月に複数のVCから約2億円を調達し、同年11月にはスタートアップの登竜門「IVS2021 LAUNCHPAD NASU」で3位入賞。2022年には海外VCや国内メガバンク3社などから出資を受け、累計資金調達額は7億円超に達する。
 これから20年で日本の労働人口は1500万人減ると言われていて、人材不足はますます深刻になっていきます。
 一方で、現在、働きたくても働けないと悩んでいる人たちもたくさんいます。これは構造的におかしいですよね。
 そこで私は、業務をうまくアウトソースできず、人手が足りなくて新しいことに挑戦できない企業と、就労困難者の間に立ちはだかる岩壁に穴を空けようと思いました。
日本の生産年齢人口は現在約7300万人いるが、今後20年で約1500万人減少すると言われている。
 その壁がどれだけ高く分厚いのかは未知数ですが、意欲があるのに仕事の機会を得られない就労困難者セクターに、労働市場にある仕事を大流通させる。そのために社会の構造を変えてやろう、と。
 これが、私たちVALT JAPANの挑戦です。創業から10年かかって、今ようやく光が見えてきました。

8人に1人が就労困難者という現実

──「就労困難者」とは、どんな人たちですか。
 さまざまな理由で職を得られなかったり、低賃金で不安定な就労環境で働いたりしている人たちを指します。
 身体的、精神的な障がいや持病、薬物やアルコールの依存症、介護などを理由としたミッシングワーカー、フリーター、ニート……公益財団法人日本財団の調査では、積み上げ方式でカウントすると、累積1500万人超に上るという試算もあります。
 なかでも多数を占めているのが障がい者で、推定約936万人。日本の人口の約7.4%というボリュームです。
出典:VALT JAPAN提供資料をもとに作成
 日本には障がい者福祉の優れた制度がありますが、それらがうまく機能してきたとは言えません。
 一定以上の規模の企業では、障がい者の雇用割合が法律で定められていますが、その割合はわずか2.3%。しかも、達成している企業は半数足らずだと言われています。
 もうひとつ、企業に就職していない障がい者の社会参画を促すために「就労継続支援事業所(以下、事業所)」という仕組みも整備されています。
 これは国からの助成を受けて企業やNPOなどの民間が運営する福祉サービスで、全国47都道府県に15,000を超える事業所があり、それぞれに平均して5人程度の支援員と20〜30人の利用者がいます。
 全国に散らばる事業所ごとに企業から業務を受注し、障がい者が特性に合わせて業務を遂行しています。
※VALT JAPAN提供資料をもとに作成
 この事業所の潜在的なポテンシャルは、とても大きい。
 大手コンビニエンスストアチェーンと変わらない数の拠点が全国にあり、大手リテール企業のロジスティックセンターよりも広い東京ドーム6.4個分の敷地を持ち、そこに40万人の働きたいという意欲を持つ障がい者と10万人の支援員を抱えています。
 これらのリソースを仮想的に束ねることで、まだ活用されていない人材や施設などの巨大なアセットを市場に供給できる。これが実現すれば、日本の社会課題である労働人口減少にも大きく貢献でき、日本経済そのものも加速させられると考えています。

福祉と経済の断絶をNEXT HEROが埋める

──それだけのポテンシャルがありながら、なぜうまく機能していなかったのでしょうか。
 業務を発注する企業側にも、受注する事業所側にも課題があるからです。
 まず、事業所が一般の企業に認知されていません。たとえ知っていたとしても、ワーカーさんがどのような特性を持ち、どんな仕事を担えるのかがわからないため、ごく限られた単純作業だけしかアウトソースできていないのです。
 事業所側でうまく営業して能力を活かせる仕事が取れればいいのですが、支援員には福祉の専門家が多く、ビジネス経験を積まれた方は少ない。
 結果として事業所に来る仕事の量や種類は、活躍を望む方々の需要よりも圧倒的に少なく、受注できても賃金は驚くほど低い。このような状況が12年以上変わらず続いていました。
※VALT JAPAN提供資料をもとに作成
 一方で、私たちのプラットフォームに参加した事業所には、工賃増加額が従来と比べて8倍程度になったケースが多くあります。
 ある事業所では、月額の工賃が1万2000円でしたが、わずか3カ月で4万4000円まで増加しました。これはワーカーさんが自身のスキルを活かし、発注側の企業に価値を提供したからこそ実現できたことです。
──国や福祉のプロが長年取り組んで実現できなかった賃上げを、3カ月で達成した。いったい、どうやったんですか。
 VALT JAPANの「NEXT HERO」は、人材不足に悩む企業やよりインクルーシブな人的資本活用に取り組みたい企業に対し、複数の就労継続支援事業所と協働しながらアウトソーシングサービスを提供します。
 私たちはワーカーさん一人ひとりのスキルセットや各事業所が持つケイパビリティをオンライン、オフラインを通じて定量的にデータ化し、セールスやマーケティング、プロセスマネジメント、品質管理までを行います。
 企業と契約し、品質や納期の責任を負うのも当社です。
 私は創業間もない頃からワーカーさんが働いている事業所に足を運んでヒアリングし、作業の様子や成果物を確認して少しずつデータベースを整えてきました。
 そのためアウトソーシングでよくある「WEB制作」といった大きな括りではなく、それぞれの人にどんなスキルがあり、その事業所では何をどこまで請け負えるのか。粒度の高いケイパビリティが蓄積されています。
 これは、全国に点在する15,000の事業所を、デジタルテクノロジーの力で仮想的にネットワーク化し、1つの大きなインフラとして整えたサービスとも言えます。

全国15,000の事業所ネットワーク

──発注側は、具体的にどんな仕事を依頼できるのでしょうか。
 これまで10年間で請け負った仕事の種類は、400以上におよびます。
 ただし、企業からの依頼が多い業務──言い方を変えると人手が足りておらず、募集しても集まりにくい領域のデータや知見が溜まってきたこともあり、現在は6つのBPO(Business Process Outsourcing)事業に集約しています。
 なかでも特徴的なのが、ロジスティクス領域です。全国15,000の事業所に商品を保管し、物流拠点として活用。事業所で働くワーカーさんは、ECから注文を受けるとピッキングして発送します。
 企業の出荷先エリア比率に応じて在庫をコントロールすることで、配送期間を短縮し、費用の最適化を実現する。事業所のアセットをうまく活かしたモデルになっています。
 また、領域特化型のサービス以外にも、企業のサプライチェーンにNEXT HEROのリソースを組み入れたり、共同で新規事業を開発したりするような共創モデルもあります。

実例:導入企業のビジネスはどう変わったか

──どんな企業が利用していますか。
 大企業から中小企業、スタートアップまで、これまで370社以上で導入実績があります。
 たとえば、レジャーや遊びに関するさまざまな事業を展開するアソビュー株式会社からは、「アソビュー!ギフト」の在庫・受発注管理を1年半以上にわたって委託されています。
 同社の商品は、一人ひとりのお客さまに合わせてカスタマイズする体験ギフトです。
 いろいろなギフトカードを組み合わせ、メッセージを印字する。さらにはそれらをラッピングし、シールを貼って封入する。その上で発送手続きを行うと、10ほどの工程があります。
写真提供:VALT JAPAN
 こういった作業は昨今導入が進むロボットでの自動化も難しく、発送先も全国に広がっているため大規模な物流センターへの一元化がかえって非効率になります。
 とはいえ、自前で全国各地に拠点を設け、人材を雇い、教育を施すと、時間もコストもかかりすぎる。このような課題に応え、NEXT HEROの長所を活かした好例です。
──なるほど。全国15,000拠点、50万人のリソースを自社の物流に使えることのインパクトが伝わりました。
 もうひとつ、企業の事業やサービスのなかにNEXT HEROを組み込んでいただく「NEXT HERO “ZERO”」という事業モデルの開発も進めています。
 たとえばコクヨ株式会社には、コピー用紙やボールペンなどのオフィス文具や消耗品を管理・補充する「サプライドック」というサービスがあります。
写真提供:コクヨ株式会社
 このサービスは、利用企業のオフィス内にキャビネットを用意し、文房具や消耗品などを一括管理。在庫が切れたら総務社員の方が補充するシステムです。
 ただ、これでも、総務の方がコア業務の合間に補充をする必要があり、リモートワークもしづらかったんです。
 その在庫補充をNEXT HEROが請け負うことで、「わざわざ補充のためだけにオフィスに行くこともなくなった」と喜びの声が届いています。
──事業所の方が巡回して補充するんですか。
 在庫が減ると社員の方がQRコードを読み取って発注し、最寄りの事業所のワーカーさんがオフィスに出向いて補充します。
 現在は社員の方が発注した商品を利用企業が受け取って在庫を補充していますが、ゆくゆくは近くの事業所に在庫をストックしてお届けすることで、荷受けの必要をなくしていこうと考えています。
 NEXT HEROをサプライドックのオペレーションフローに組み込んで販売していただくようなパートナーモデルとして開発を進めています。

企業とワーカー、それぞれのメリットとは

──企業のサービスに組み込まれると、事業所にとっても継続的な収入が得られますね。
 そうですね。もっとも、NEXT HEROでは単発や短期の依頼は請け負っておらず、基本的には継続利用を前提とした年間契約です。
 継続作業のほうがワーカーさんも安心して仕事でき、スキルや経験が蓄積されて、さらに生産性が向上するからです。また発注企業側にとっても、サプライヤーの生産性向上は自社の経済合理性を高めることになる。
 その分、最初の課題のヒアリングや要件定義には当社のディレクターがしっかりと介入し、業務プロセスの棚卸しや改善に時間をかけます。これは企業にとっても非効率な業務プロセスを改善し、事業を成長させるきっかけになります。
 というのも、障がいの有無にかかわらず、人が行う業務にまったくのノーミスってありえないんですよね。
 まずは従来のオペレーションにどれだけ時間がかかり、どんなミスが、どれくらいの頻度で起こるのかを把握する。そのうえで、できるだけミスを減らし、生産性を高められるようプロセスを極力シンプルにします。
 こうして業務プロセスを見直すことで、事業所のワーカーは業務を遂行しやすくなり、継続することでスキルが蓄積され、発注側の企業の方も本来やるべきコア業務に集中できます。
 社員が担うべきコア業務と、我々にアウトソースしていただくノンコア業務を切り分け、そのプロセスを最適化することでNEXT HEROは企業の生産性を高めていけるのです。
 それに、企業のノンコア業務が、就労困難者にとっては社会で活躍する新たな機会であり、その人自身の特性を活かしてスキルを高めていけるコア業務になりうるんです。
 事業所が請け負う業務のバリエーションを増やし、就労困難者が少しずつ、自分のペースで成功体験やスキルを蓄積できる環境をつくり、収入を上げていく。それを目指す以上、NEXT HEROは企業と事業所の双方に経済合理的な価値を還元しなければなりません。

誰もが活躍できるインクルーシブな社会に

──それが、「就労困難者の大活躍時代をつくる」ということですね。小野さんは、どうしてそこまで困難な領域に挑むのでしょうか。
 私がVALT JAPANを起業したきっかけは、前職の製薬会社で働いていた時期に摂食障害を患い、精神疾患を抱える方たちの集まりに参加したことです。
 30名ほどの患者さんと話をしましたが、全員が「薬で症状がよくなっても、仕事が見つからない。長く続かない」とおっしゃっていました。
 どんな人でも同じですよね。仕事を通じて社会とかかわり、成功体験や感謝される体験があるから明日もがんばろうと思える。もちろん、経済的に安定することも重要です。
 自分自身も含め、誰もが活躍できる社会をつくりたいと強く思った。これが、私の原体験なんです。
 まだ20代だった2014年に想いだけで起業して、試行錯誤しながらここまで来ました。就労継続支援事業所の方と出会い、彼らが抱える課題の解像度が上がるにつれて、自分がやるべきことも明確になりました。
 現在では優秀な仲間が集まり、宮城県や福岡県、鎌倉市、厚生労働省といった公的セクターとの連携も増えました。クチコミを通じて多くの方々に賛同してもらい、すでに2,000を超える事業者とネットワークを築けています。
──VCからの調達も進み、フェーズが変わった印象です。この先の展望は?
 VCから資金を調達したのも、VALT JAPANはスタートアップとして加速度的な成長を目指しているからです。
 就労困難者が仕事を通じて活躍できる社会インフラをつくる。これを自分たちの収益だけで進めると試算した場合、最速でも実現するのに25年はかかります。それでは、遅すぎる。
 VALT JAPANは私たちの理念に賛同してくれる事業所や就労困難者、投資家、事業を共創してくれる企業、行政などのパートナーたちとともにこの変革を加速させ、これから7年で実現させようとしています。
 法定雇用率や障害者手帳の有無にかかわらず、事業に人手が足りないとき、イノベーションを起こしたいとき、よりインクルーシブで開かれた組織をつくりたいときの選択肢のひとつに、当たり前のように就労困難者が入る。
 就労困難者支援も雇用だけにとらわれず、「法定協業率」といった、共に働くことを当たり前に評価するようなまったく新しいものさしができてもいいと思うんです。
 就労困難者の大活躍時代をつくるためには、日本経済を支え、リードするさまざまな企業との協働がもっと必要です。さらに、NEXT HEROを全国、そして世界に整備するためには、もっと多くの仲間が必要です。
 だから、経済性と社会性を両立させ、新たなインクルーシブ社会を実現するNEXT HEROを、より多くの方に知っていただきたい。労働市場にイノベーションを起こし、共に新たな社会インフラをつくりましょう。