2023/4/27

クリエイティビティは、たった一人の「思い込み」から生まれる

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
クリエイティビティ──。
一般的には、新しいアイデアや価値を生み出す「創造性」や、独自の発想で何かを作り出す「独創性」などを意味する言葉だ。
あらゆる場面で「新しさ」が求められる時代において、ビジネスパーソンに必要とされる代表的な資質のひとつでもある。
一方で、「自分には創造性がない」「クリエイティビティは特別な才能を持った人のスキルではないか」と自らのクリエイティビティに制限をかけている人は少なくないのではないか。
そんななか、「創造性はクリエイターだけのものではなく、あらゆる生活者一人ひとりが生来持っているもの」だと語るのが、日本を代表するデザインファームTakramのコンテクストデザイナー渡邉康太郎氏だ。
渡邉氏と、日立製作所でデザイン思考を実践できる人材「デザインシンカー」育成プロジェクトなどをリードし、デザインの力を通じた創造性の解放に挑戦するデザインストラテジスト赤司卓也氏による対談から、あなたのなかに眠るクリエイティビティを引き出すヒントをお届けする。

「コンテクストデザイン」とは何か

──渡邉さんは、「コンテクストデザイン」という概念を提唱されています。noteでは、一人ひとりからそれぞれの「ものがたり」が生まれるような「ものづくり」の取り組みや現象を指す、とありますが詳しく教えてください。
コンテクストデザインとは、それに触れた一人ひとりからそれぞれの「ものがたり」が生まれるような「ものづくり」の取り組みや現象を指す。換言するならば、読み手の主体的な関わりと多義的な解釈が表出することを、書き手が意図した創作活動だ。
渡邉 コンテクスト(context)を日本語に訳すと「文脈」ですが、その語源は「共に・編む」を意味するラテン語に由来します。
 そこから「作り手と受け手が一緒にひとつの創作を編み上げていくこと」をコンテクストデザインと名付けました。
 たとえば企業のブランディングにしても、一般的に「作り手がデザインした文脈を正しく受け手に伝える活動」と解釈されます。
 しかし、コンテクストデザインは作り手と受け手の役割を明確に分けない。
 送り手と使い手、書き手と読み手、社会と個人など、両者の共同作業によりひとつの創作が編み上げられる状態を目指します。
東京・ロンドン・NY・上海を拠点にするデザイン・イノベーション・ファームTakramにて、使い手が作り手に、消費者が表現者に変化することを促す「コンテクストデザイン」を掲げる。組織のミッション・ビジョン策定からサービス立案、アートプロジェクトまで幅広く牽引。近著『コンテクストデザイン』は青山ブックセンター2022年総合ランキング1位を記録。趣味は茶道、茶名は仙康宗達。大日本茶道学会正教授。J-WAVEの番組「TAKRAM RADIO」ナビゲーター。独iF Design Award、日本空間デザイン賞などの審査員を歴任。Twitter:@waternavy
 その根底にあるのは、「創造性はクリエイターだけのものではなく、誰もが生来持っているもの」という考え方です。
 僕はデザイナーとしてさまざまな組織と仕事をしていますが、打ち合わせやブレストの場で「私はクリエイティブ職ではないので」と言って、一歩も二歩も引いてしまう人は少なくありません。
 しかし、それは本人に創造性がないからではない。組織で働くなかで「見えない足かせ」に囚われてしまうからではないかと考えるようになりました。
──見えない足かせ、ですか。
渡邉 組織における役割や諸々の制約などがその最たる例です。象徴的な例として、ある企業でワークショップを行なった時の話があります。
 僕が最初に出したのは、「他の組織の人になったつもりで新規事業を発想しましょう」というお題でした。AppleでもGoogleでもAmazonでもいいので、その会社ならどんなことができるか考えてみましょうと。
 するといくらでもアイデアが生まれるんです。
 ヘルスケア領域であれば、「パーソナルインストラクターってハードルが高いけど、Amazonの商品注文みたいに”翌日”のアポがすぐ取れるならどうかな?」「Googleの規模があるなら、大量のヘルスケアビッグデータを扱った予防や治療のプログラムが組めるかも」といった発想が次々と出てきます。
 個々のアイデアの善し悪しは別として、誰もが楽しく創造性を発揮する状態が生まれていました。
 ところが次に「今出したアイデアを皆さんの会社で実行するとしたら、どんなプロセスで事業化できるか考えてみましょう」と言った途端に、全員の発言がピタリと止まった。
 おそらく中期経営計画や目の前の数字、上司の顔色など色々な足かせが頭のなかを駆け巡り、「これはうちの会社では無理だ」「これもダメだ」と思考がフリーズしたのでしょう。
 他人になったつもりになればアイデアが湧くのに、普段の自分に戻った瞬間に創造性がストップしてしまう。これが組織のなかで“見えない足かせ”をはめられた状態です。
(istock:PeskyMonkey)
 私は、そもそも誰もがクリエイティブならば、その足かせさえ外せれば、誰もがもっと生来のクリエイティビティを発揮できるのではないかと考えています。
──その足かせを外すアプローチが、コンテクストデザインでもあるのですね。
渡邉 おっしゃる通りです。なぜ僕が一人ひとりの創造性を重視するかといえば、「n=1」の思い込みや偏見のなかにこそ、見出せる何かがあると考えているからです。
 コンテクストデザインではそれを「弱い文脈」と呼んでいます。対して、世の中で広く通用する共通言語や常識を「強い文脈」とするなら、「n=多数」のマーケティング調査やすでに決められた中期経営計画もまた強い文脈と捉えることができます。
 そして多くの場合、ビジネスの議論では「強い文脈」が重視され、「弱い文脈」は大勢の前でなかなか話せない。表に出ないまま埋もれていきます。
 しかし振り返れば、あらゆるビジネスの種は「n=1」の妄想から生まれたのではないか。今日において成功しているスタートアップの事業も、創業当初は世間から非常識なアイデアと見なされたはずです。
 従来の価値観で測れないものは、まだ弱い。でも、その「弱い文脈」をすべて黙殺してしまったら、新しいものは創造できない。
 「自分は面白いと思うけれど、他の人は誰もわかってくれない」という弱い文脈こそ、大事に温めるべきもの。世間の常識と違うからといって発想を変える必要はないし、また変えられないものでもあるはずです。
 だから見過ごされがちな「弱い文脈」に目を向けてみませんか、というのがコンテクストデザインで大切にしている考え方です。
──赤司さんは、長年にわたり日立製作所でデザイン領域のスペシャリストとして活躍されていますが、コンテクストデザインの考え方に共感する部分はありますか。
赤司 人は誰もが創造性を持っていること。そして、創作は作り手と受け手の共同作業によって完成すること。いずれの考え方にも大いに共感します。
 渡邉さんはご著書のなかで「社会彫刻」の概念を取り上げていました。“コンテクストデザインは、あらゆる人が他者の社会彫刻の鑑賞と解釈を通じて、いつのまにか自身の社会彫刻へと移行することを促す”と。
メディカルバイオ計測機器やエレベーターなどの公共機器、家電の先行デザイン開発などプロダクトデザインを担当後、金融サービスやWebサービスをはじめとする情報デザイン、サービスデザインに従事。2010年には、未来洞察から新事業の可能性を探索するビジョンデザイン領域を立ち上げ、ビジョン起点の顧客協創をリード。現在は日立のDX推進拠点Lumada Innovation Hub Tokyoのデザインストラテジストとして、お客様の課題解決にデザインの力を戦略的に適用し、顧客協創をリードしている。
 ある創作を鑑賞したことで、自分のなかに解釈が生まれて、それが自らの創作につながる。
 そして社会彫刻は個人の動機に根ざした主体性を伴う活動であり、デザインによって主体性の発現可能性を高めることができるとも述べていました。
 これは社会インフラをデザインする際にも、非常に重要となる考え方です。日立は鉄道・モビリティから環境・エネルギー、公共分野などの社会インフラやITインフラを数多く手がけています。
 それらに関わる人たちの主体性を促すようなデザインができれば、作り手である私たちだけで完結するのではなく、使い手や受け手も含めて皆が一緒になってより良い社会をつくることができる。
 日立製作所のデザインには、“Linking Society”というフィロソフィーがあり、「社会のより良い姿を描くために、人々が持つ創造性を軽やかにつなげていきたい」という思いが込められています。この哲学と渡邉さんの社会彫刻に関する考え方には、共通するものが多いと感じています。

「見えない足かせ」の外し方

──ではどうすれば組織にある見えない足かせを外し、チームや一人ひとりの創造性を解放することができるのでしょうか。
渡邉 そうですね。よくあるのが、「何かのツールを使えば創造的になれる」という誤解です。
 「ポストイットに書き出せば、アイデアがどんどん湧くのでは」「ダブルダイヤモンド(※)で発散と収束を繰り返せば課題解決できるのでは」など、ツールさえ使えば何とかなると、表面的に捉えている人が少なくありません。でも、このような理解では、往々にしてうまくいかない。
※2つのダイヤモンド型の図式を使い、正しい課題と解決策の発見につなげるフレームワーク
 そもそも、どのツールにも作られた個別の背景があり、最適な使い方があります。ツールとは本来、汎用的なものではないため、新しいプロジェクトで既存のツールを使用しても成功するかはわからない。
 だからTakramのプロジェクトでは、毎回その場に応じてツールを作り変えます。さらにはツールを使う人たちが、自分たちの考え方やマインドセットも作り変えていくことが重要です。
──マインドセットをどのように作り変えるのですか。
渡邉 参考になるのが、建築家の青木淳さんが提唱する「フラジャイル・コンセプト」という考え方です。
 青木さんはある時期、「この案のコンセプトは何ですか?」と聞かれるたびに腹が立ったそうです。
 なぜなら「ものづくり」で大切なのは、かならずしも初期のコンセプトではない。
 物事を進めて「つくる」なかで「何か違うから、こっちへ進んでみよう」「これも違うから、また別の道へ行ってみよう」と揺らぎながら、最初のコンセプトからどんどん逸れて変わり続けることに創作の楽しみと本質があるからだと。
 先々が不確定な時代のなかで、揺らぎ続けるフラジャイルなものと向き合い続ける勇気を持つ。これはビジネスパーソンにも、求められるマインドセットではないでしょうか。
 仕事を進めるなかで「これは間違っていた」「これはうまくいかなかった」と気づけたら、既存のツールを作り変えたり、もとのアイデアを捨ててプロジェクトをやり直したりする勇気がないと、創造性の解放は難しい。
赤司 とても共感します。一方で、組織に属するビジネスパーソンが、すでに決められたものを作り変えるマインドを持つのは難しいことです。
 役職やKPIなどに縛られて、最初の想定や計画から逸脱できない仕組みに縛られることが往々にしてある。そこでマインドセットを変えるために取り入れやすい仕掛けのひとつとして、「肩書き」を変えることを私はおすすめしたいです。
 すでに身近なところから実践しているのですが、たとえば日立製作所のDX拠点施設「Lumada Innovation Hub Tokyo」の運営メンバーは、“デザイナー”がつく肩書きに変える実験をしています。
 本人たちは「自分の仕事は運営です」と言うのですが、実際にやっている仕事は顧客との共創の場を作る「ファシリティデザイナー」であり、お客様を共創の舞台へ誘う「エンゲージメントデザイナー」です。
 肩書きという足かせから解放されることで、一人ひとりの思考のスケールが解放されるのではないかと考えました。
渡邉 いいアイデアですね。実はTakramでも、チームの呼び方を一新したことがあります。
 以前は人事や総務、経理などのチームをバックオフィスというくくりで呼んでいたのですが、このチームも「Takramという組織」をデザインする仕事を担っており、プロジェクトに入っているメンバーと同じく、ある種の「デザイナー」だと考えることができる。
 そこで僕らのようにデザインプロジェクトに携わるメンバーを「Design Organization」、バックオフィスのメンバーを「Organization Design」とし、単語の順番が違うだけで、どちらも“デザイン行為に携わる”チームだと解釈できる名称にしました。
 これは一例ですが、Takramにはもともと、制度やルールを自分たちで作り変えていくカルチャーがあります。メンバーの間でも「ルールで決められているからできない」ではなく、「できないことがあるならルールを変えよう」という思考があり、チームの呼び方を変えたことでも、この考え方が一層強まったかもしれませんね。

「クリエイティビティ」を解放する方法

──日立製作所では、組織の創造性を解放するために「デザインシンカー」と呼ばれる人材の育成プロジェクトも推進されていると伺いました。
赤司 デザインシンカーとは、デザイン思考を理解・実践してお客様とともに課題解決や価値創造ができる人材のこと。
 営業やSE、企画など、あらゆる部門の社員が持つ専門性に、デザイン思考が加わることで、創造性を発揮してもらいたい。要するに、「創造性を発揮するチーム」づくりを推進するプロジェクトになります。
 特に、このプロジェクトで重視しているのが「経験」です。プログラムの前半は講義などの座学中心ですが、後半は実際に動いているプロジェクトに参画し、実践の場で経験を積みます。
渡邉 なるほど。デザイン思考を学ぶことができたとしても、周囲の人を巻き込んでアクションを起こすのは勇気が要るはずです。
 プロジェクトを立ち上げてもすぐには成果が出ず、周りから「○○さんがデザイン思考は役立つというからやってみたけど、効果がよくわからないね」といった反応が返ってきて、心が折れそうになることもあると思います。
 そうした時に、その壁を乗り越えてデザイン思考をチームに浸透させるには、経験の積み重ねによる自信や、学びの楽しみが効果を発揮しそうですね。
赤司 おっしゃる通りで、経験を通じて得てほしいのは「自分もクリエイティブな活動に関与できるのだ」という自信です。
 日立製作所は大規模な組織であるため、普段の仕事は部署や役割ごとに細かく分業されています。そのためお客様に接したことがない社員も少なくありません。
 そこで受講者はプロジェクトの現場に入り、ユーザーインタビューからインサイトを得たり、自分が作成したカスタマージャーニーマップをお客様に提示して喜ばれたりといったプロセスを経験してもらいます。
 こうした実際の経験を通して自信を得た人材は、研修を終えて自部門に戻ってからも、日々の仕事にデザイン思考を活用したり、デザイン思考のプロジェクトを立ち上げたりと、明らかな態度変容が見られます。
渡邉 面白いですね。そもそもどんなプロジェクトも、一発で成功するほうがレアケースだと、僕は思っています。顔を合わせたばかりの新しいメンバーが、予測不可能な社会条件下で物事を進めるわけですから。
 要するに、「クリエイティブな活動が最初からうまくいくことはない」という共通認識を組織で持てるかが大切だと思います。
 実際に経験して、いかにプロジェクトを成功させるのが難しいかも肌で学び、失敗経験を前提にする。そこから学びとる力や、答えがない曖昧な状況に耐える力を組織のOSに組み込めると、組織の創造性を解放するための土台もできるはずです。
赤司 ありがとうございます。こうした組織のデザイン思考を育むプロジェクトが、社内の一人ひとりのメンバーの創造性を解放し、そしてそれが社会を変える力になってほしいと考えています。
 私自身は、デザインの力によって「好奇心が駆動する社会」の実現に挑戦していきたい。「自分も関与したい」という主体性をデザインが引き出せれば、人々の行動や態度が変容して誰もがもっと創造的になれる。
 それまで使い手だった人たちが「自分も社会インフラを作りたい」と思ってくれたら、きっと人々の好奇心によって面白いものがたくさん生まれるはずです。
 そんな世界を実現するためにも、私たちは一人ひとりの行動を変えるきっかけとなる仕掛けをデザインできる企業をこれからも目指していきたいと思います。