Sumit Khanna Rina Chandran

[アーメダバード(インド) 22日 トムソン・ロイター財団] - インド西部の都市アーメダバードで大学を卒業した後、4カ月以上にわたって就職活動に励んだサウラフさん(25)は、コールセンターの求人広告に目を留めた。応募してみたが、それが後日の投獄につながるとは思いもよらなかった。

コールセンターでの仕事は、米国の人々に電話をかけ、融資申し込みや保険加入に勧誘した上で、「信用スコアを改善するために50-100ドル振り込む必要がある」と伝えることだった。

ただし、サウラフさんの雇用主は銀行や保険会社ではなかった。架空の金融商品を売り込み、信用スコアの改善につながると信じた顧客から金を詐取する、悪徳コールセンターだった。

「最初は分かっていなかった。一緒にそこで働いていた同僚と話をして、人をだます仕事なのだとようやく悟ったのは、かなり後になってからだ」とサウラフさんは言う。

プライバシーを守るためフルネームを伏せる条件で取材に応じたサウラフさんは、「そのときにはすでに深く関わりすぎていた。月2万-2万5000ルピー(約3万2000─4万円)稼げる仕事を他に見つけるのは無理だと分かっていたから、仕事を続けた」と語った。

インドや米国、英国その他の国で毎日何百万人もの相手に電話詐欺を繰り返しているコールセンターは、これ以外に何千カ所もある。従業員は、税務署員や銀行・保険会社の社員、技術サポートスタッフを装って電話をかけ続けている。

インド警察はここ数年、アーメダバード、デリー、グルグラム、ムンバイ、コルカタで、こうした悪徳コールセンター数百カ所を摘発しており、詐欺容疑で数千人を訴追しているという。

サウラフさんは2人の同僚とともに昨年逮捕され、5カ月間服役した。

サウラフさんが遅まきながら気づいたように、これが2200億ドル(約28兆8000億円)の規模を誇るインド情報テクノロジーサービス産業の暗部だ。英語を話せる大卒労働者を安い人件費で雇えるため、グローバル企業が顧客サポート業務をアウトソーシングするようになり、インドの同セクターは活況を呈した。

だが、まさにそれと同じ要素が、悪徳コールセンターという裏の産業の発達を促した。メディアが報じた連邦捜査局(FBI)のデータによれば、昨年、米国市民だけでも、インドのフィッシング詐欺グループや悪徳コールセンターに100億ドル以上を詐取されたという。

アーメダバード警察のアジット・ラジアーン副署長は、「デスクトップかノートパソコン、電話、インターネット回線だけあればいい。あとはデータだが、これは闇市場で簡単に入手できる」と語る。ラジアーン副署長は、市内で数十件の悪徳コールセンターを摘発してきた。

「悪徳コールセンターは、個人宅でもオフィスでも、ほぼ場所を問わずに運営できる」とラジアーン副署長。詐欺に関与して逮捕された者はほぼ全員が18歳から25歳の男性で、高卒または大卒の学歴を有していたという。

<ギグワークは未来の働き方か>

国際連合の推計によれば、インドの総人口は4月には14億3000万人を超え、中国を抜いて世界で最も人口の多い国になろうとしている。

またインドは世界で最も人口構成が若い国の一つで、総人口の40%以上が25歳以下だ。だが、現在の経済成長ペースでは、毎年労働人口に加わる約1200万人を吸収しきれない。

こうして、かつては将来の期待を背負った高学歴の若者が、今では食料品配送のギグワークや悪徳コールセンター、オンラインでの補助的業務など、低賃金の仕事を探さざるをえなくなっている、とアナリストらは言う。

アジム・プレムジ大学持続可能雇用センターのアミット・バソール氏は、高学歴若年層の失業率の高さや女性の労働参加率の低さ、生産的雇用の不足に由来する「やむをえない自営業」が増えている現状を指摘し、「私たちは危機的な瞬間を迎えている」と語る。

「新たに創出される雇用は、ギグワークも含め、不安定であることが多い」とバソール氏は言う。

それを実感として味わっているのが、モハメド・アフメドさん(21)だ。

アフメドさんはここ2年以上、インドの食品配達サイト最大手である「ゾマト」や「スウィッギー」でパートタイムの仕事をこなしてきた。大学に通いつつ、1日約6時間働き、月約1万ルピーを稼ぐ。

「学士号だけでは仕事は見つからない。修士も取っておかないと」とアフメドさん。

「それでも好待遇の仕事に就けるという確信はない。だから、食べていくためには配達の仕事が必要だ」

いわゆる「ギグエコノミー」において、インドは世界でも最大かつ最も成長ペースの速い市場だ。政府系シンクタンク「ニティ・アアヨグ」によれば、2020-21年のこの分野での就業者数は800万人近く、2029-30年には2400万人にまで拡大すると予想されている。

だが、労働者の賃金は低く、保護も薄い。

「政府や業界、企業はギグワークが未来の働き方と位置づけ、何か望ましいものであるかのように賞賛する」と語るのは、全インドギグワーク労働者組合でコーディネーターを務めるリクタ・クリシュナスワミー氏。

「だが実際には、ようやく勝ち取った労働基本権が骨抜きにされている状況がある。デジタル化の進展に伴い、ギグワークは拡大し、劣化している。特に、AI(人工知能)の学習向けのデータのアノテーション(注釈付加)とラベリングでそれが顕著だ」

<ゴーストワーカー>

AIはデータアノテーションに依存している。アノテーションとは、文章や写真、音声、動画といったコンテンツに「タグ(目印)」を付与し、機械学習モデルが認識できるようにする作業だ。

IT産業の業界団体NASSCOMは、インドでは2030年までに、正規・非正規でデータのアノテーション及びラベリングに従事する労働者が最大100万人に達すると推測している。

国際労働機関(ILO)によれば、米国や英国などのクライアント企業のためにリモートワークするオンライン労働者のうち、すでに約3分の1がインドの労働者となっている。

月約1万5000-2万5000ルピーを稼ぐフルタイム労働者を使い、マネージドサービスを提供する会社もでてきている。

「現在のアウトソーシング業務の代表格がデータのアノテーションだ。だが、非熟練労働なのでクライアント企業はたいした報酬を払わない」と語るのは、ベンガルールの企業ティカデータの創業者ムザンミル・フサイン氏。同社ではこれまでに2000万点以上の画像と100万語の単語へのラベリングを行ってきた。

「こうした作業に対する報酬は概ね低くなる。労働集約性が高いとはいえ、簡単な作業だから」とフサイン氏は言う。

NASSCOMによれば、「ゴーストワーカー」として働くフリーランス労働者は約5万人。アマゾン・メカニカル・タークなどの企業のためのクラウドソーシングウェブサイトなどでデータへのラベリング作業を行っているが、1件あたりの報酬はわずか数セントだ。

多くは小さな街で暮らしており、不安定な労働時間や賃金に甘んじている。

「契約を取るのは大変で、インドの労働者が得られる仕事は限られている」と語るのは、3年以上アマンゾン・メカニカル・タークでオンデマンド請負業務に従事しているナガ・ラジさん(28)。

「10-12件やっても、OKが出るのは2-3件だけ。報酬もその分しかもらえない。でも、他に選択の余地がない」とラジさんは言う。

デジタル・フューチャーズ・ラボの所長としてプラットフォーム経済を研究するウルバシ・アネジャ氏は、ラジさんのような労働者は「AIバリューチェーンの底辺」に位置し、賃金アップやスキル向上の展望がない、と語る。

「インドはグローバルなAI生産のバックエンドになれるという政策志向が強い。だが、こうした業務の多くは非常に不安定で、労働者の福祉や持続性という視点から総合的に考えられていない。いまアウトソーシングされている、クリックするだけの断片的な仕事も、やがて自動化されてしまうだろう」と、アネジャ氏は」指摘した。

(翻訳:エァクレーレン)