記者クラブの外から見る

芦屋学園リポート第2回

芦屋学園はプロよりも高レベルの指導を目指す

2015/2/13
あえて高校野球連盟に所属しない――。そんな規格外の挑戦をしているのが兵庫県の芦屋学園だ。彼らは絶対に甲子園に出場することができない。だが目標のひとつはプロ選手を生み出すことだ。いったい芦屋学園は何を目指しているのか? スポーツライターの中島大輔がレポートする。
第1回:「絶対に甲子園に出場できない高校の挑戦
阪神などで16年間投手としてプレーし、引退後はオリックスなどで指導者を務めてきた池内豊投手コーチ(撮影:山本仁志)

阪神などで16年間投手としてプレーし、引退後はオリックスなどで指導者を務めてきた池内豊投手コーチ(撮影:山本仁志)

力に頼らないスイングを指導

メジャーリーグ屈指のショートと評されるアンドレルトン・シモンズ(ブレーブス)に憧れる大塚凱斗は、2014年春に東海大学付属仰星高等学校中等部を卒業する際、上原浩治(レッドソックス)や建山義紀(元日本ハム、レンジャーズなど)を輩出した同校高等部に内部進学するのではなく、進路に芦屋学園高等学校を選んだ。自ら調べ、下した決断だった。

「甲子園にも行きたいと思っていたんですけど、それよりプロに行きたい夢のほうが大きかったので。芦屋学園ではプロに教えてもらえるということで、プロを経験した方に教えてもらったほうが近道になるかなと考えました」

中学卒業時に58kgだった体重は、2014年末時点で70kgまでアップ。練習がオフの日に週1回のジム通いを続け、1回3〜4時間のトレーニングに励んできた成果が表れている。

打球も飛ぶようになったと感じているが、その理由は身体がスケールアップしたことばかりではない。中学までの指導と、芦屋学園のそれには決定的な違いがある。

「中学の頃は、『強く振れ』とずっと言われていました。でも今は、『体のここをうまく使えば、スイングがよくなる』と、細かいところまで言ってもらえるようになりました」

バットでラインをつくり、正しい腕の振りに導く(撮影:山本仁志)

バットでラインをつくり、正しい腕の振りに導く(撮影:山本仁志)

プロでも見られる指導者のスキルの低さ

指導者のレベルが低いという問題は、学生野球に限らず、プロであっても耳にする話だ。芦屋学園ベースボールクラブの育成軍(中学・高校生のチーム)を率いる永山英成は、「指導者のスキルのなさが非常に目立つ」と言い切る。

「名門高校の監督にさえ、技術を知らない人がいます。ただ『強く振れ』としか言わず、『フライを上げるな。ゴロを打て』と指導する。選手はゴロを打とうと意識するあまり、ボールを上からたたこうとすることで、逆に下を打ってしまってフライになる。結果、悩んでしまう。指導者が『体のここがこうなっているからバットがこう出ているので、球はこっちにしか飛ばない』という話をして、『バットをこう出しなさい』と教えてあげないと絶対に伸びません」

2014年末、芦屋学園ベースボールクラブが練習していたビーコンパークスタジアムのブルペンに足を運ぶと、どこか懐かしく感じる練習風景に出会った。

投球練習を見守る投手コーチの池内豊が「(投げる動作のなかで)頭を横にひねってへんときは、いいボールが行っている」と褒めると、高校生投手は「やっぱり!?」とおどけてみせる。まるで62歳の好好爺(こうこうや)と16歳の孫のようなやり取りで、ウラディミール・バレンティン(ヤクルト)やアンドリュー・ジョーンズ(元楽天)を輩出したカリブ海のオランダ領キュラソー島を取材したときの光景が思い出された。

オリックスや中日、韓国球界でコーチ経験のある池内が心掛けるのは、理論的な指導だ。

「自分がプロ野球でやって、いろいろ経験させてもらいました。子どもたちの指導はその延長線にあるんですよ。私らが経験したことを、16歳やその前の中学生という早い時期に聞いてほしい」

芦屋学園が笑顔で練習する理由

芦屋学園の練習に怒鳴りつける指導はなく、むしろ笑顔があふれている。楽しくやるのはいいことである一方、緊張感が緩むという見方もあるかもしれない。

しかし、芦屋学園が笑顔で練習する理由には、確かな根拠がある。池内が説明する。

「子どもたちに『こうしなさい』と一方的に言っても、なかなかできないですよ。それより『こういうことだよね?』と基本を根気強く理解させていけば、うまくなるのも早い。卒業した後に大学くらいで体ができてきて、プレーとして表現できるようになったとき、結果として自分が楽になっている」

投球練習中、ある右投手のカーブが大きくすっぽ抜けた。「ということは、手が向こう(外側)に逃げているんや」と池内がすかさず指摘する。投手がボールをリリースする腕のライン上に池内がバットを横に構え、投げてみるように促した。ストライクがキャッチャーミットに吸い込まれた直後、投手が「投げにくいです」と不満顔を見せる。「でも、頭を振らへんやろ? そのためにやっているんだよ」と池内が理詰めで諭した。これには池内の出したバットの外側に手が出ないように意識して投げることで、腕が横振りにならないようにするという目的もある。簡単に言えば、いかに力を合理的に伝えるかという問題だ。

投球練習を終えると、ボールをリリースするときの幅に足を広げた状態からトップの位置をつくる練習を、100回行うように池内が指示した(※トップとは、右投手の場合、左足が着地した際の右手の位置)。「けっこうきついです」と右投手がこぼすと、池内が「分かっている」と漫才のようなリズムで即座に反応。投手はきつい練習を続ける。

「右膝の切り返しが早いから、腕の振りが遠回りになっている。それを直すためにこの練習をしているんだ。トップに入らないうちに投げているから、右肘が下がりやすくなっている。トップをしっかりつくろう」

投球のポイントとなるトップのつくり方を、見振りで指導(撮影:山本仁志)

投球のポイントとなるトップのつくり方を、見振りで指導(撮影:山本仁志)

芦屋大学がぶつかる「球界の壁」

指導の目的は他者に理解させることである以上、感覚によるコーチングや単なる経験論には限界がある。必ずしも共有できるとは限らないからだ。だからこそ、指導者は理詰めで説くことが不可欠になる。

プロでのコーチ経験豊富な池内はそうした指導を実践できると同時に、もう一つ大きな武器を備えている。眠った才能に光を当てられる、優れた目利きであるということだ。

昨年秋、芦屋大学の2年生投手として独立リーグの兵庫ブルーサンダーズでプレーする山川和大は、ドラフト候補として一部で注目を集めた。無名だった山川が台頭できたのは芦屋大学に在籍していたからであり、最終的にドラフトの対象外とされたのは芦屋大学に在籍していたからである。

この一件で改めて浮き彫りになったのが、芦屋学園は確かな可能性を秘めている一方、保守的な日本球界でその特異性はなかなか受け入れ難いということだ。プロアマを含めた球界全体の構造について考えることにもなるこの問題について、次回で詳しく述べる。

(敬称略)

※本連載は隔週で金曜日に掲載する予定です。