2023/3/31

【CO2削減】東京メトロが挑む省エネ。車両床下にある世界初の技術

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首都・東京の重要な都市機能である地下鉄。この巨大インフラは、人々の移動を支える一方で、膨大な電力を消費し、環境に負荷をかけている。9路線を運営する東京地下鉄(東京メトロ)は当然その解決に向けて動いており、「メトロCO2ゼロチャレンジ2050」を掲げ、2050年度にCO2の排出量を実質ゼロにするという目標を掲げた。
 スケールが大きいだけに、その達成が簡単ではないことが容易に想像できる。どのようなテクノロジーを駆使して電力消費量を削減しようとしているか。
 省エネに関する技術は幾多あるが、今回紹介する主役は乗客からは見えない床下にある。鉄道用「同期リラクタンスモータ」という装置だ。
 同期リラクタンスモータは以前から存在するが、今回、鉄道に困難だとされていた実用化に成功。三菱電機と共同で成し遂げた実証実験は、営業運用によって省エネ効果を定量的に確認した世界初の事例となった。
 東京メトロが挑んできた省エネ化の歴史と新技術の可能性について、両社のエンジニアが語り合った。

省エネの歴史は50年以上前から

──鉄道は移動・輸送インフラの中でもエネルギー効率が高く、環境に優しいイメージがありますが、現実はどうなのでしょうか。
渡部 鉄道は飛行機や船、自動車といった他の交通手段と比べて、1人を1km運ぶ場合に排出するCO2(単位輸送量当たりCO2排出量)が少なく、一般的には環境負荷が低いです。
 東京メトロで運営する鉄道も他の交通インフラよりも低負荷ではあるものの、計9路線を運営し1日の利用者数は522万人(2021年度実績)と多く、さらに「駅間距離が短い」、「急勾配や急曲線が多い」、「大容量・高密度輸送」など東京の地下鉄特有の事情があるため、一般的な路線と比較すると消費エネルギーが多くなってしまいます。
 多くのエネルギーを消費している自覚は当然あります。ですので、省エネへの取り組みは至上命題だと考えて、以前から様々な新技術開発に積極的に取り組んできました。
 最近は、脱炭素・循環型社会実現の期待が高まっており、今後の株式上場を見据えると、ESG投資の観点で評価される企業であることが求められることから、拍車をかけて取り組んでいる最中です。
2009年に東京地下鉄株式会社に入社し、鉄道本部車両部へ配属。日比谷線車両のメンテナンスを実施する千住検車区で、車両検査・故障対応業務に従事。2012年に車両部設計課に異動。以降、銀座線 1000系、日比谷線 13000系、東西線15000系、千代田線16000系、有楽町線・副都心線17000系、半蔵門線18000系など、多くの新造車両の設計・導入計画策定業務に従事。その後、経営企画本部経営管理部経営戦略担当などを経て、2022年より現担当。
 東京メトロは、2021年3月に長期環境目標「メトロCO2ゼロ チャレンジ 2050」を設定し、東京メトログループ全事業が排出するCO2量を、2030年度に−30%(2013年度比)、2050年度には実質ゼロにすることを目指すこととしました。
 さらに、2023年3月には、2030年度の目標を−30%(2013年度比)から−50%(2013年度比)に引き上げました。目標達成のためには、一層の省エネ施策が重要で、これまで以上に先端技術の採用が欠かせないと思っています。
──どのような技術開発をこれまで進めてきたのか、詳しく教えてください。
渡部 省エネで有効な対策は主に2つで、車体のアルミ化の推進による車両の軽量化とモータシステムの効率向上。モータシステムは、古くは1971年、千代田線6000系車両に回生ブレーキ付き電機子チョッパ制御装置を導入して世界で初めて営業運転を開始しました。
──50年以上前とはかなり早いですね。いち早く取り入れた回生ブレーキとは、どんな働きをするのですか。
渡部 ブレーキ時にモータで発電した電気の一部を架線に戻す仕組みで、近くを走行する車両の力行電力に使用することでエネルギーを無駄にしません。
 それまでの車両はブレーキ時のエネルギーを全て熱エネルギーとして捨てていたため、もったいないだけでなく、トンネルや駅施設への熱が与える影響も問題になっていました。回生ブレーキは省エネに大きく貢献する技術として、現在でも鉄道車両において一般的に用いられています。
友松 その後もさらなる省エネルギー化を目指して取り組みを進めてきた結果、省エネ対策をしていない昔の車両に比べ、約3分の1まで消費電力量を抑えられるようになっています。
2013年に東京地下鉄株式会社に入社し、鉄道本部営業部、運転部を経て車両部深川検車区へ配属。綾瀬車両管理所技術課を経て、2017年に車両部車両企画課に異動。丸ノ内線2000系、有楽町線・副都心線17000系、半蔵門線18000系、南北線9000系など、新造・改造車両の導入計画策定業務に従事。2020年に車両部設計課へ異動。TIMA開発、CBM開発及び自動運転に関わる技術開発や設計業務に従事。2022年より制御装置、主電動機、電源装置の設計・開発業務に従事。
 東京メトロの前身である営団地下鉄の時代から、省エネに関する技術開発は様々なメーカーと協力して取り組んできました。
 なかでも三菱電機は、積極的かつ継続的に共同で取り組んできている重要なパートナーです。今回も三菱電機から「同期リラクタンスモータシステム(SynTRACS)」の提案があり、実証実験を行った結果、さらなる省エネ効果を確認しています。

世界で初めて確認された知られざるモータ技術

──実証実験はどのような取り組みだったのでしょうか。
友松 東京メトロは、つねに新たな鉄道技術を開拓するフロンティア精神を持ち続けている会社として、次世代の制御システムを開発したいという思いがありました。ですので、三菱電機から同期リラクタンスモータの実証を提案され、今回もぜひ進めようという話になりました。
 実証実験に使用したのは日比谷線13000系で、このシステムを試験搭載する際に配線や機器構成などを大きく変えずに容易に搭載が可能であることが理由です。
長期評価を実施した日比谷線13000系車両
試験搭載した同期リラクタンスモータ
渡部 約1カ月半(積算走行距離11,157km)で営業運用した結果、従来の全閉形誘導モータシステムと比較して、約18%の省エネ効果が確認できました。鉄道用の同期リラクタンスモータの省エネ効果を、営業運用によって定量的に確認したのは世界で初めてです。
 また、従来と同等の乗り心地や騒音レベルであることや、日比谷線で定める加減速性能を満たしていることも確認しました。
友松 これまで、モータ効率や回生性能の向上に積極的に取り組み、この50年間で消費電力量を約6割削減してきたことから、正直に言って、モータとインバーター(制御システム)による省エネは限界、頭打ちだと感じていたので「超えてきたか、すごいな」と素直に驚きました。
 さらに、モータとインバーターの載せ替え工事を簡素化できたことで、試験用に車両を確保せずに済み、すぐ営業線へ投入できたことにも驚きました。
渡部 頭打ち感があるなかでのこの結果を、私も純粋にうれしく思っています。東京メトロは保有車両数が多く、走行環境も非常に厳しいので、ここで技術を確立できれば鉄道業界全体の貢献につながるはずです。その意味でも今後につながる実証試験ができてよかったです。
──車両はメーカーが用意した既製モデルがあるのかと思っていましたが、東京メトロが主体的に開発しているのですね。
友松 既製モデルを導入している鉄道会社もありますが、東京メトロは地下鉄特有の厳しい走行環境であるため、こだわりを持っていて、これまでオーダーメードで車両を作ってきました。
 今回の制御システムのように、車両に搭載する機器については、メーカーのラインアップから単に選定するのではなく、当社の開発要求をメーカーにお伝えし、開発品のフィールド試験を繰り返し実施することで、より当社の使用環境に適した完成度の高い機器を導入してきました。
 当社では、車両の寿命は50年が目安とし、約25年で大規模改良工事を実施して搭載機器を更新します。イニシャルコストはかかっても電気料金などのランニングコストが少なくて済む仕様とし、25年、50年という長期で見れば低コストで省エネにもつなげようという考え方です。

「同期リラクタンスモータ」とは何か

──なぜ三菱電機は、省エネで同期リラクタンスモータに着目したのでしょうか。
山下 専門的な話になりますが、従来、鉄道車両を駆動するシステムの開発では「永久磁石モータ(PMSM)」を採用し、高効率化を進めてきました。ただ、このモータには弱点もあります。
 電車は加速してしまえば、あとはレールの上を惰行で進みますが、そのとき磁石が入っているモータは発電します。発電しているということはブレーキがかかっている状態でもあるので、その分だけエネルギー損失が生じるわけです。
2007年に三菱電機株式会社に入社。伊丹製作所 車両システム部へ配属され、鉄道車両用推進制御装置(VVVFインバータ)のシステム設計・開発に従事。2009年から東京メトロ向け省エネ主回路システムの開発業務に携わり、2012年にはSiC適用鉄道車両主回路システムの世界初の営業運転車両での省エネを実証した。2021年からは現職で国内鉄道事業者に向けた鉄道車両用システム全般の販売戦略・技術支援に従事。
金子 エネルギー消費を抑えるためには、電力消費の多いモータの改良は不可欠であり、一歩先を行く技術開発が必要だとつねづね考えていました。
 同期リラクタンスモータは、鉄道車両に広く採用されている誘導モータと比較して回転子の発熱損失が小さく、効率や質量特性に優れています。また、同じく回転子損失の小さい永久磁石モータと比較しても磁石を使用していないため、発電による損失も発生しません。
 同期リラクタンスモータは有力候補の一つでしたが、鉄道向けに採用するには技術的な課題がありました。鉄道車両では可変速かつ高出力で駆動するモータが必要なのですが、同期リラクタンスモータではその実現が困難でした。
2007年に三菱電機株式会社に入社。伊丹製作所 車両システム部へ配属され、鉄道車両用主電動機(モータ)の開発、さらに国内外向けモータ設計業務に従事。2009年から東京メトロ向け省エネ主回路システムの開発業務に携わり、永久磁石モータや高効率全閉形モータの開発業務を担当。SiC適用インバーター+モータシステムの製品開発を経て、世界初となる同期リラクタンスモータの製品化に向けた第一線の製品開発業務に取り組む。
 詳しいことは明かせないのですが、弊社の研究所部門と協力し、設計・試作を繰り返していくうち、だんだんと出力を上げられるようになっていきました。
 それと同時に、電流容量を増やす必要があるのですが、モータを動かすインバーターは従来、大きな電流を流せませんでした。
 ところが近年、三菱電機では大容量電流に対応したフルSiC(炭化ケイ素=炭素とケイ素の化合物)適用VVVFインバーターの研究を進めてきた結果、実用化段階に入っていました。2つのアプローチがタイミングよく重なり、同期リラクタンスモータの課題を克服できたのです。
山下 ちなみに、SiCを使った鉄道車両用インバーター装置には電力損失を抑える効果があり、2012年に営業運転車両による省エネ効果を世界で初めて実証しました。これも東京メトロと共同で行った取り組みで、その土台が今回の成果にもつながったことになります。
金子 同期リラクタンスモータの価値は、省エネだけではありません。従来の永久磁石モータは原材料にレアアースを使用しているので、電気自動車やハイブリッド自動車市場の拡大によって需要が高まり、供給不安と価格上昇の懸念がありますが、このモータは磁石レスなので調達性に優れています。
また、機器が故障した際、惰行時の発電による被害拡大を防ぐ装置が不要となり、保守性も向上します。

両社の強みを合わせてチャレンジ2050の達成を目指す

──両社は長く密にお付き合いを続けてきたわけですが、東京メトロから見た三菱電機の特徴や強みは何でしょうか。
渡部 アイデアをどんどん言っていただけるのは、とてもありがたいですね。それから、技術に関する議論に真摯に対応していただけているので信頼感があります。
友松 ソリューションの幅が広いのが特徴だと思います。モータやインバーターだけでなく、車内でニュースや運行案内を表示する「トレインビジョン」、車内冷房、ブレーキ。
 それから、運転室のマスターコントローラーもそうですね。三菱電機は鉄道になくてはならない存在で、当社にとっても欠かせない重要なパートナーだと思っています。
山下 三菱電機は車両自体の製造はしていないものの、数多くの電機品を手掛けており、電車の「走る」「止まる」「制御する」を1社でカバーできる唯一のメーカーだと自認しています。
 また、電車以外の機器も幅広く揃えています。だからこそ、それぞれの装置単独では成しえない、エネルギー利用の全体像を描けるのです。
 地下鉄のような電気鉄道は複数の電車が架線でつながっているため、渡部さんがおっしゃったように、回生電力を融通できます。
 ただ、発電と消費のタイミングが一致しない場合には、せっかく回生したエネルギーを捨てなければなりません。その電力を駅舎内の照明や空調、エレベーターに供給するための駅舎補助電源装置を製品化し、東京メトロの駅でご採用いただいています。
──一方で、三菱電機は東京メトロにどのような印象を持っていますか。
山下 鉄道業界を引っ張っていこうという精神が強いですね。今回の取り組みもそうですが、世界初の試みにも果敢にチャレンジするDNAが、歴代の担当者に受け継がれてきているように思います。
金子 それが可能なのは、若手が率先して取り組んでいることに関して、経営層の方が肯定的に見守る風潮があるからだと感じています。
山下 また、機器ごとに分かれた担当者間の情報共有が盛んで、チームとして動いているところが素晴らしいと思います。だからこそ、互いに影響しあう機器をうまく組み合わせて、一つの大きなシステムとしての車両を作り上げたりメンテナンスしたりできるのでしょう。
──実証実験では今後に期待できる成果が出ましたが、引き続き両社の強みを合わせることで、どのような省エネが可能になるでしょうか。
友松 足元では、機器の更新によって省エネ化を進めます。この10数年のうちに大半の路線で多くの新造車両を導入し省エネ化に貢献してきましたが、それ以外の1000両程度はもうすぐ導入から25年の機器更新時期を迎えます。
 例えば、有楽町線・副都心線の10000系も対象になりますが、今回の同期リラクタンスモータシステムへの置き換えで18%以上の省エネ化が見込まれます。
 さらにその先には、改めて多くの路線で新造車両ラッシュを迎える時期が来るため、中長期的な視点で、さらなる革新的な次世代技術の開発・導入が求められます。
山下 三菱電機としては、数多くの電機品を手掛けているからこそ提案できることがあります。
 例えば、実環境で使われているデータを分析しながら、新しい取り組みにつながるようなアイデアや施策を一緒に考えていきたいですね。車両の消費電力をモニタリングして架線の電圧を最適化したり、駅舎補助電源装置を最適な場所に設置したり、様々な可能性がありそうです。
金子 電車に関するソリューションは長期にわたって使われますから、それだけ豊富なデータを得られます。東京メトロから求められたものを設計するのではなく、三菱電機から最適な設計を提案して、チャレンジ 2050の達成に貢献したいと考えています。