2023/3/29

日本の“採用”は変われるか?いまこそ新時代の「人事戦略」を考えよう

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
欲しい人材が集まらない、内定辞退者数が増えている、そもそも応募者のエントリーが少ない......。選考プロセスのオンライン化や、若者の価値観の変化など、企業の採用活動が大きな転換点を迎えるいま、採用領域に課題を抱える企業は少なくない。そんななか、日本の採用・育成システムを変えることで、若手人材が育つ社会を目指そうとするのが、リンクアンドモチベーション エグゼクティブディレクター 樫原 洋平氏と、日立製作所 人財統括本部 タレントアクイジション部 部長 進藤 武揚氏だ。これまでの採用システムの課題は何か。今後訪れる人材不足の時代に、必要なアプローチや思考法とは。日本の採用・育成の在り方を変えることを目指す二人の対談からヒントを探る。

このままでは「青田」が枯れる

──人材不足、内定辞退、早期離職など、多くの企業が採用における課題に悩まされています。これらの課題が発生する、根本的な原因は何なのでしょうか。
樫原 ビジネス環境の変化や若者の価値観などさまざまな要因はありますが、大きな理由の一つに、時代の変化に対応できない「旧態依然の採用システム」の存在があるのではないでしょうか。
 具体的に、私なりにその理由を5つのキーワードで捉えることができると考えています。
 1つ目は、採用が「獲得」視点になっていること。現在の採用システムは、4月1日の入社式に合わせて、人を揃えることが目的になっています。一方で、採用した人財の入社後の定着や成長、活躍に関する設計や確認は疎かになっているのが現状です。
 2つ目は、「一律」。入社式という決まったタイミングに人財を揃えないといけないため、企業は採用を効率的に行う必要があります。
 しかし効率性を重視するあまり、大学名での足切りなど恣意性の高い基準で選別する企業は少なくない。その結果として同質性が高まり、変化の激しいビジネス環境に適応できない企業も少なくありません。
 3つ目が、「発見」。これは、狩猟とも表現できるかもしれません。どこかにいる完成された人財を、効率的に採用しようとしている。誰かが育てた人財に、さまざまな採用サービスを駆使して接点を持ち、動機形成し、自社に引き込む。人財の発見の観点ばかりが議論され、自社に必要な人を育てるという「育成」の観点がないのです。
2003年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。メガバンク、総合商社、グローバルメーカー、インフラなど、多様な業界100社以上の採用コンサルティングに従事。大学教育事業の立ち上げにも携わり、教育プログラムを開発・実行。2014年から2017年まで、採用だけでなく若手の育成・活用を含めたトータルソリューションを提供。2018年より現職。早稲田大学・同志社大学では非常勤講師を務め、キャリア教育プログラムを提供。著書に『エッジソン・マネジメント』(PHP研究所)がある。
 4つ目が、まだ多くの若者は「就社」の考え方から抜け出せていないこと。人生100年時代の中で、1社で人生を終えるのは難しい。
 ただいまだに「よい会社」に入れば、「やりがい」や「安定性」のある生活が待っていると考え、「職業」ではなく「会社」を選択するという意識を持つ学生が多いと感じています。
 そして5つ目は「分断」です。学生に関わる「大学」「企業の採用」「企業の育成」「入社後の教育担当」や「職場」が連携せず、「個別最適」で施策を実行する。その結果として、不本意な早期離職や、入社後の成長停滞など、さまざまな不具合がおきています。
 このように、本来最も未来的志向を必要とする人財採用が、古いシステムから抜け出せていない。これら5つの視点が、日本の採用における課題のポイントだと考えています。
進藤 とても共感します。社会やビジネスにおいて「多様性」の重要性が指摘されているにもかかわらず、採用の領域だけは「効率化」をひたすら追い求めている。
 ではなぜ変わらないのか。それは、変わらない方が「楽」だから。システムが変わらないことを理由に、企業も変わろうとしない。ある意味、人事の怠慢です。でもそんな内向きな発想で、競争力の源泉である「人」のポテンシャルを活かすことができるのでしょうか。
 そもそも採用は、とても手間暇がかかるものです。しかし外資系と比較しても、日本企業は採用にかける投資やリソースが非常に少ない。
 それは新卒の人財をモノとして捉え、マスで楽に採用したいから。採用はマスからパーソナライズへと、変化していかなければなりません。
1994年、株式会社日立製作所入社。2007年、日立ヨーロッパ社(勤務地ロンドン)へ出向、2010年、日立研究所勤労ユニット部長代理、2017年、人財統括本部働き方改革プロジェクトリーダーなど、入社以来一貫して人事・勤労などのHR業務に従事。2020年4月より現職。全社採用業務は2003年以来2回目。「採用は天職」と言うほど、人財の獲得と若者の育成に思い入れは強い。
 加えて、考えなければならないのが、「青田が枯れる」という問題。たとえばいま、どの業界もデジタル人財を欲しがっていますよね。
 しかし人口減少が加速する日本では、「人財は発見するもの」というスタンスを変える必要がある。日本全体で「人財は育成するもの」という視点に切り替えることが求められます。
 そして最近の学生を見ていて、個人的に感じるのは、もう若者は働くこと、特に日本の大企業で働くことに「喜び」があると思ってはいないのです。私たち大人が、仕事の面白さや世の中に役立つことの楽しさを、うまく伝えることができなかった。これが実は、最も大きな問題だったのではと日々感じているところです。

「働く」と「学ぶ」を近接させる

──人材採用を取り巻く課題に対する解決策として、どのような取り組みを実践すれば良いでしょうか。
進藤 たとえば日立では、「青田創り」のために「ジョブ型インターンシップ」を実施しています。職種ごとに募集をして、2〜3週間インターンに来てもらい、実際の職場で仕事を経験してもらいます。これまでは技術系が多かったのですが、いまは事務系も増やしています。
 そこで大学で学んだことと、実際の仕事の違いを学び、インターン終了後のさらなる成長を後押しする。そうすれば日立に就職するかどうかに関わらず、大変有意義な機会になると思います。
樫原 本来であれば、大学時代の「学び」と大学卒業後の「働く」が、より近接になることが必要です。そういう意味でも、大学と人事の連携は重要になりますし、学べるインターンは良い取り組みですよね。
 30分3回の面接で、同じような「ガクチカ」から学生を判断するのは難しく、自社に必要な人財をどう見極めたらよいのかという相談を多くの企業からもらいます。その意味では、インターンを経て入社することができれば、学生側も企業側もお互いに理解、納得して働くことができます。
進藤 ガクチカをはじめ従来の面接手法だけでは限界があります。そこで日立では昨年から実験的に、最終選考で5分間のプレゼンテーションを取り入れてみました(2023年度から正式導入)。
 日立を使って、どんな世の中にしたいのか。過去を振り返るガクチカの代わりに、未来に対する考えや意思を率直に聞いてみたいなと考えたからです。
樫原 「日立を使って、どんな世の中にしたいのか」というテーマは、良い問いになると思いました。
 就職活動をする学生から「やりたいことがわからない。どうすればよいのか」という相談をたくさんもらいます。ただでさえ、新型コロナで高校・大学時代に自らの興味関心を深める活動や機会が制限されたなかで、面接等で「あなたは何をやりたいの?」と質問しても、残念ながら経験に裏打ちされた本質的な回答を期待するのは難しいです。
 しかし、「日立というフィールドを通して何をしたいか」と限定的に聞けば、学生もまだ答えやすいはずです。また、その回答に至る「思考プロセス」を深く聞くことで、その学生の考えや意思を把握することができるはずです。
進藤 私も社会人のスタートから、人事採用が天職だと思えるまでに10年かかりました。最初からやりたいことを、無理に作らなくていいのです。
 重要なのは、パーパスへの共感です。たとえば私たちは、1910年の創業当時から「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」というパーパスを掲げていますし、社会貢献に本気で向き合っています。
  日立の場合は、当社の創業理念に通じる社会貢献をめざす姿勢への共感は必要ですが、ただ最近は社会的なキーワードもあって、非常に多くの方が社会貢献をあげています。ただ、就活生皆が皆必ずしもそうでなくても良いのに、とも思っています。
 多様性がキーワードになる中で、みんなが同じことを言わなくても良いし、入社後の成長だって多様で良い。そこはぜひ、伝えていきたいですね。

経営と人事に矛盾はないか

樫原 日立は3年ほど前に、採用を「タレントアクイジション」という名称に変更しましたよね。どんな狙いがあったのでしょうか。
進藤 先ほどのインターンの話にもありましたが、そもそも日立では、日本企業で一般的な「メンバーシップ型」に対し、「ジョブ型人財マネジメント」への変革を図ってきました。
 ジョブ型では、職務を明確化し、その内容や遂行状況で待遇等を決定します。そうすると、職務内容の見直しや増減がしやすく、時短勤務や在宅ワークもしやすい。
 グローバル企業として、欧米のスタンダードであるジョブ型に合わせる必然性があるとともに、優秀な人財が仕方なく会社を辞めざるを得ない、という状況になりにくくなりました。
 つまりジョブ型の人財マネジメントを行うと、自ずとそれぞれの事情やスキルに合わせた「個」のマネジメントになります。
 入社後に「個」のマネジメントとなるのだから、その入口である採用も、当然「個」として見なければなりませんよね。入口だけマスで、というのは矛盾を起こします。
 また現在は社外だけでなく、社内の人財も含めたタレントの獲得・配置を部として実施しています。ですから、実態に合わせるため、また外向けにわかりやすいメッセージとして、「タレントアクイジション」と名称を変更しました。
樫原 そこに一貫性を持たせることは、非常に重要ですよね。先ほどの5つのポイントのうち「分断」と同じで、採用時点と入社後で発言が変わってしまっている企業も少なくありません。
 それは企業にとっても、採用された人財にとっても不幸なので、そうならないために、人事と経営、職場が連携して一貫した姿勢を持つことが必要です。
 採用サイトでは「多様性」を主張し、先進的をアピールしているのに、肝心の経営層は日本人の高齢男性のみで「多様性」に乏しいという事態はよくあります。このような言行不一致な企業には気をつけるよう学生に伝えていますし、企業側としてもそういう矛盾がないか、見直すべきだと思います。
進藤 そもそも経営層と人事の間に、矛盾が生まれることがおかしいですよね。私たちは常々「事業に貢献しないと人事じゃない」と中畑さん(日立製作所 CHRO)に言われているのですが、タレントアクイジション、人財マネジメントの先は、経営につながっている。
 たとえばいま、全社で推進している「ジョブ型人財マネジメント」も経営の方針に対応しており、それに沿って実施した採用から退職までの各種人事施策の結果が、経営の成功に反映される。この原理原則に基づいていれば、経営と人事の話がずれることはないはずです。
 ただ確かに、それを当たり前にやるということは、決して簡単ではありません。そこを愚直にやり続けてこられたのは、日立の大きな強みになっていると思います。

人から組織を知る

──経営層と人事との一貫性がない、外面と実態が異なるような企業というのは、学生側からはどう判断すれば良いのでしょうか。
樫原 結局は、「人から組織を知る」ことが一番だと思います。実際に働いている方から話を聞いて、組織を知る。今後の採用では、この機会を増やせるかどうかがポイントになってくると思います。
進藤 ただそれは、じゃあ結局年の近い若手の先輩にOB訪問すれば良いんだ、と思われると少し意図が違いますよね。
 私が10年かけて人事採用が天職だとわかったように、上の世代にはそれなりの経験もあるので、捨てたものではなくて。若い社員に聞くだけではなく、できればいろんな世代や階層の方から話を聞いて、会社を知るのが良いと思います。
樫原 僕が仕事で出会う中で、管理職クラスでこのひと面白いなと思う方に「若い方と話す機会はありますか」と聞くと、みなさん「ない」と。時間もないし機会もないと。
 だからもっと、最前線で働いている大人が、自らの半生を振り返り、若者に「伝わる」ような形で、ご自身の仕事の「やりがい」や「喜び」、「仕事に対するモチベーション」を語る機会を増やしていくことが大切です。
──今後、採用・育成領域において、お二人がチャレンジしたいことを教えてください。
進藤 産官学での連携で、若者を育てたい。そう言うと少しおこがましいかもしれませんが、純粋に若者のチャレンジをサポートしたいのです。それが「青田創り」にも通じているのはもちろんなのですが、大人の責務でもあると考えています。
 そういった手間暇をかけて、最終的には多様な人財を増やしていきたいですね。ただそれは企業の枠も、大学の枠も超えて、自分たちの利益も一度無視して、すべてが連携して取り組むべきことでもあると思います。
樫原 課題が複雑かつ大きすぎて、1社だけで何かを成し遂げられるような時代ではなくなっています。
 だからこそ、企業・大学・行政の産官学が連携して、若者の育成に取り組む必要がある。
 そのためにも、各ステイクホルダーが、個別かつ短期的な利益に固執するのではなく、長期的な視点のもと、共通の目的・志を掲げ「共創」することで、持続可能な採用・育成システムを考えていきたいですね。
そのためにも、利益を独占するという考えではなく、同じ志や想いを持つ組織が集まることで、持続可能な採用・育成システムを考えていきたいですね。
進藤 結局、問題意識は同じですからね。「じゃあ会社を超えてやろうよ」と、実はこういう考えになっている方が最近増えてきていると感じます。
 たしかにせっかく育てた若者が、全く関係のない企業を選ぶ可能性もあります。でもだからといって、何もしないのは無責任です。それでも若者に働くことの「楽しさ」、「喜び」を伝えるとともに、「日本から次世代のリーダーを育てる」という強い意志が大切です。
 これからの日本の採用システムを少しでも良い方向に変えられるよう、さまざまなチャレンジをしていければと思います。