2023/3/15

【価値再定義】新潟の小さな工場がおかゆのブランド化に成功

新潟県にあるおかゆ専門メーカーとして1988(昭和63)年創業のヒカリ食品。そこに2020年4月、事業承継で元プロ野球選手という異色の経歴を持つ新社長が就任しました。

田んぼの中にポツンとたたずむ小さな工場から始まった成長の物語。光を浴びるような存在ではなかったおかゆに脚光が当たるようブランディングから始めたという新社長。その経緯を中山大(なかやま たかし)社長にうかがいました。(前編)
INDEX
  • 「おかゆ」のイメージアップから挑戦
  • チャンネルを増やしユーザー層を拡大
  • コロナ禍が売り上げ増加の追い風に
  • 「新潟米だから」では、もう勝てない

「おかゆ」のイメージアップから挑戦

日本有数の米どころである新潟県に、「おかゆ」からシナジーを生み出そうと挑戦を始めた会社があります。おかゆ専門メーカーのヒカリ食品です。
レトルトパックや缶入りのおかゆ商品を製造。おかゆ一筋34年、品質のよさで安定した経営を続けてきた同社に、2020年4月、事業承継で元プロ野球選手という異色の経歴を持つ新社長、中山大氏が就任しました。
就任して2年の間に事業を急拡大。「おかゆ」というニッチな領域で、新社長が試みた戦略の一つが、自社のブランド化でした。
商品は味のバリエーションだけでなく、玄米や五分づき精米などお米の違いも楽しめる
中山「高齢化が進む日本では、介護食としてのおかゆの需要はもっと伸びるだろうし、朝粥文化があるアジア圏への進出も見込めるのではないか。そんな可能性を感じて継承した事業です。それに何より、日本一おいしいこのおかゆをもっと多くの人に食べてもらいたい。そのためには販路拡大が最優先だと考え、1人で奔走しました。ところが新規の営業先からは散々『価格が高い』と言われる始末。逆風のなかにあっても、原料から製法までこだわり抜かれたヒカリのレトルトおかゆは差別化できる商品だと信じていました。だから値下げして売ることは考えませんでしたが、お叱りから課題が見えるので、ありがたかったですね」
中山大(なかやま たかし):ヒカリ食品代表取締役、エヌエスアイ新潟支店 支店長。1980年生まれ、新潟市出身。大学卒業後、社会人チームを経て、プロ野球独立リーグで投手を経験。エヌエスアイへ入社後、会社員の立場でヒカリ食品を事業承継する。
先代がつくったおかゆへの揺るぎない自信と、商品や従業員を守り抜くという強い覚悟のもと、まず取りかかったのは、パッケージデザインの変更でした。
業務的な印象のデザインからゴールドを基調としたおしゃれ感あるものへ一新。高級路線の商品であることを明確にしました。

チャンネルを増やしユーザー層を拡大

ECサイトでの販売も始めました。
メーカーから直接、商品を消費者へ届けることで、厳選した原料や製法の独自性など、知ってほしい情報を真っすぐに伝えることができます。
インスタグラムも始め、アレンジレシピの投稿やおかゆを取り入れた食卓コーディネートの募集を始めました。
美容や健康、ダイエットというおかゆのポテンシャルを引き出す戦術で、おしゃれ好きな層もプロモーションの対象に入れたのです。これまでのおかゆのイメージを覆し、ターゲットの拡大を図っています。
八重桜の塩漬けがセットになったスポット商品「桜がゆ」
企業姿勢を伝える商品の開発にも乗り出しました。工場がある五泉市は、「日本さくら名所100選」にも選出される桜の街。この桜を塩漬けにしておかゆに添えた「桜がゆ」を販売し、売り上げの一部を植樹にあてる取り組みも始めました。
中山「おいしさだけでは選ばれない時代になっています。いまの消費者は社会的なメリットまでを価値に含めて、商品を選択している。だからこそ、企業としての姿勢をお客様に知っていただく努力が必要だと思います」

コロナ禍が売り上げ増加の追い風に

折しも事業承継をした2020年4月は、初めて緊急事態宣言が出された時期。
増え続ける自宅療養者に対して、行政は食料品など支援物資の配達を始め、そこに大手企業のレトルトおかゆが採用されます。
しかし、事態は急展開します。
大手の生産ラインがパンクしたのをきっかけに、中小企業へ注文が殺到。ヒカリ食品にも、かつてない規模の受注が舞い込みます。この事態に驚いたのは、従業員たちでした。
中山「いままで経験したことがない忙しさに不安が大きかった従業員たちですが、『社会貢献ができるチャンスだから一緒に頑張ってほしい』とお願いすると理解してくれ、快く残業にも応じてくれました。それは本当にうれしかったですね。そのうち、『朝と夕の二交代制なら効率よく生産できるんじゃないか』となり、現在ではその案を採用して二交代制にしています」
増産のため、現在は二交代制で稼働する
その後、スタッフを5人増員し、現在は15人体制でフル稼働中です。
中山「差別化した商品で勝負すれば、必ず勝てると確信しています。付加価値で利益率を上げれば、従業員にもしっかりと対価を払えるようになるのです」
原料のコシヒカリは、魚沼産や岩船産など栽培地域とともに農家にもこだわる
生産能力を上げるため、2023年6月には3倍の敷地面積を持つ新工場が完成予定。従業員も増やし、雇用面でも地域貢献を図ります。

「新潟米だから」では、もう勝てない

中山社長が考える付加価値の一つに、「新潟県産の米でつくるおかゆ」があるのかと思われましたが、それは違うようです。
中山「新潟の米だからおいしいというのは、もう古いのですよ。いまは北海道や東北のお米も本当においしくなっている。これからは、米の特徴に合った食べ方で価値を見いだす時代。水分量が多くてモチモチしている新潟米の長所を生かした提供ができて初めて、価値になるのです」
ヒカリ食品がおかゆに使うお米は、新潟県の岩船や魚沼地域のコシヒカリ。同一品種でも、育つ地域の寒暖差によって水分含有量やクセが異なるのだとか。
リサーチをして、おかゆに合うもっともみずみずしい品種を選んでいます。
中山「ブランド化は大切ですが、ブランドだけでは勝てません。どこまでもおいしさを追求しなければ、消費者に振り向かれなくなる。絶えず研究して、商品に合う原料を選び、付加価値のある商品を生み出していきます」
メーカーとして矜持を持つことの大切さを語ってくれた中山社長。価値観が揺らぐ時代のなかでもブレない強さに、成長のヒントがありそうです。
自宅療養食に採用され、関東や関西圏からも注文が舞い込むようになった