2023/3/3

メンバーの主体性を引き出す「ポジティブフィードバック」とは何か

NewsPicks Brand Design Editor
 ビジネスの現場において、近年「フィードバック」の重要性が増している。

 だが、「周囲のメンバーに適切なフィードバックができている」と胸を張って答えられる人はどれほどいるだろうか。

 事実、バックグラウンドが異なるメンバーに対し、どのように声をかけ、どんなふうにアドバイスをすればいいのか、頭を抱える人は少なくない。

 こうした悩みに対し、『国際エグゼクティブコーチが教える 人、組織が劇的に変わる ポジティブフィードバック』(あさ出版)の著者・ヴィランティ牧野祝子氏は、「小さな承認」の積み重ねが重要だと指摘する。

 フィードバックによってもたらされる「受け入れられている」という感覚が、メンバーの“エンジン”となり、一人ひとりの主体性を引き出す。それが、結果的に組織の成長へとつながるというのだ。

 本記事では、同氏と「フィードバックは制度ではなく文化」と語る、武田薬品工業のジャパン ファーマ ビジネス ユニット プレジデントの古田未来乃氏との対談を通じて、成長し続ける組織のコミュニケーションのポイントを引き出す。
INDEX
  • フィードバックは「制度」ではなく「文化」
  • 「心理的安全性」が一丁目一番地
  • 「上司」や「部下」という言葉を使わない
  • フィードバックは「事実を伝える」だけでもOK
  • 「ダイバーシティ」という言葉がなくなる日まで

フィードバックは「制度」ではなく「文化」

ヴィランティ牧野祝子(以下、牧野) 私は普段、国際エグゼクティブコーチとして企業の経営層を中心に、コーチングやビジネススキルの研修などを提供しています。
 その中でも、個人的に特に大事にしていて、かつエグゼクティブの方々に実践をおすすめしているのが、「ポジティブフィードバック」です。
 相手の行動、存在や結果、可能性に注目し、「承認」していることを肯定的な言葉で伝える行為を指します。
 日本人はフィードバックにネガティブな印象を持っている人が多いのですが、それはきっと、改善点だけを求める場になっているからだと思います。
「あなたはここができていない、だから直してほしい」と。
 でも、改善点を求めるフィードバックは、ポジティブな声かけがあって、初めて成立するものです。なので、それも含めて、あえて「ポジティブフィードバック」と表現しています。
古田未来乃(以下、古田)とても興味深い考え方です。
 私が日本の事業部門を管掌している武田薬品工業(以下、タケダ)には日常的にフィードバックをする文化を築いており、私自身、頻繁にメンバーと対話をする機会を設けていますが、それでも難しさを感じています。
 フィードバックとは、相手の成長を促したり、持っているポテンシャルを最大限に発揮してもらったりするために行うものだと理解しています。
 ですが、果たして理想的なフィードバックが適切にできているのか、十分な自信を持つことはまだできていなくて。

牧野 お悩み、非常によく理解できます。たとえば、パフォーマンスを見て、「どうしてもう少し頑張ってくれないんだろう」と感じることもありますよね。
 でも、そうした感情の裏には、少なからず「期待」があると思うんです。
 期待していなければ、そもそも任せることをしませんし、あえてフィードバックの時間を設けないはずです。
 そうであれば、期待していること、可能性を信じていることを、一言でいいから伝えてあげる。それだけで、受け手の感情がポジティブになります。
 タケダさんでは、どのような仕組みでフィードバックを実践されているのでしょうか?
古田 タケダの場合は、制度というより文化としてフィードバックを捉えています。
 たとえば、「クオリティ・カンバセーション(QC)」と名付けられた対話の機会があります。
 人によって実施頻度は異なりますが、日常的な業務のやり取りからキャリアの話題まで、内容は多岐にわたり、リーダーからのみならず、メンバーからも声をかけあって対話をするんです。私の場合は、2〜3週間に1回、チームの13名全員と1対1で話す時間を確保しています。
牧野 対話の機会が多いのは素晴らしいことです。
 昨今は日本でも少しずつ1on1が浸透してきていますが、やはり日頃から対話する機会がない場合、「フィードバックをします」となると、どうしても身構えてしまうもの。
 互いの改善点を言い合える人間関係ができていないので、「批判されている」という気持ちになり、身構えてしまったり、聞く耳を持てなかったりする。
 だから、素直に指摘を受け入れられません。
 私自身これまで外資の企業を中心にキャリアを積んできましたが、至るところでハイパフォーマーな上司に、グサグサと厳しいフィードバックを受けてきました。
 でも、必ず私の可能性を信じてくれたので、常に前向きでいられたんです。“I know you can do it.”の一言で、改善を求めるフィードバックを成長のエンジンにできていました。
 繰り返しになりますが、こういう「わざわざ言葉にするかどうか悩む一言」をあえて伝えることが重要で、メンバーの自主性やモチベーションを引き出せるかの大きな分かれ道になります。
 マネージャーの仕事の9割はポジティブフィードバックだ、と断言してもいいくらいです。

「心理的安全性」が一丁目一番地

古田 改めて、フィードバックの重要性について考えさせられます。牧野さんは、フィードバックを成長の糧にしていくために、どのような心がけが重要だとお考えですか。
牧野 まずは、「心理的安全性の高い職場であること」が極めて重要だと考えています。
 そうでなければ、対話が少ない状態に陥ってしまい、相手からのフィードバックを素直に受け入れられる土台が育ちません。
 そうした状態を避けるためには、あえて時間を取らずとも、「さっきのプレゼンよかったよ」「資料を作ってくれてありがとう」といったような小さな承認をマメに行うべきでしょう。
「あなたのことを見ているよ」「あなたのことを認めているよ」と、わざわざ声をかけてあげることで、フィードバックにつながる土台ができていきます。
古田 正直に申し上げると、私がタケダに入社した12年前は、今と比べると心理的安全性がまだまだ低い組織だったように思います。
 それを改善するために実施してきたのが、「スピークアップ(※)サーベイ」という社内調査です。
 たとえば、「所属する組織は声を上げやすい環境になっているか」「そして自分自身がそれを実践できるか」という設問をし、スコアを継続的に確認してきました。
(※)タケダが定義する「スピークアップ」

・相手や状況に関わらず自身の考えや意見を発言・提案する
・相手や状況に関わらず分からない事や疑問に対して質問する
・法律、業界ルール、社内ルールに対して懸念がある場合に注意・報告をする(ハラスメントを含む)

 そうした地道な改善活動の結果、数値は右肩上がりに改善しています。そして、私はこのような調査を毎年行うことに意義があると感じています。
牧野 素敵ですね。風通しの良い組織は、部署の壁を超えてやり取りを行う機会があります。
 他部署の方に業務の相談ができたり、1on1を申し込んだりするので、組織がどんどんフラットになっていくのです。
 風通しがいいからフィードバックが活発になるのか、フィードバックが活発だから風通しがよくなるのか、そこは「鶏と卵」の関係ですが、組織の風通しがいいことは、フィードバックにおける重要な視点だといえます。
古田 そういえば先日、メンバーから嬉しいフィードバックをもらいました。
「以前は多少なりとも部門間の壁があったので、一緒に食事を取ったりしてまず関係を深めることが多かった。けれど、最近はそれがなくても、部門間で情報共有ができている」、と。
 コロナ禍の影響も幾分あるとは思いますが、業務時間外に機会を設けて個人的なネットワークを築かなくても、部署の壁を超えた相談がしやすくなったというので、率直に「いい傾向だな」と感じました。
牧野 いいですね。風通しがいい組織の証拠だと思います。
 そうした組織ではフィードバックが活発になりやすいです。「1on1」のような形式ばった場面以外でも、自然とポジティブフィードバックがされているのではないでしょうか。
古田 そうなっていたら、うれしいですね。
 私が預かっている組織では、とにかくオープンに対話をして、きちんとフィードバックすることをノーム(規範)の1つに掲げています。メンバーには「フィードバックが大切だ」という認識が根付いていると思います。
 そうした地道なアプローチが、現在のタケダをつくっているのかもしれません。

「上司」や「部下」という言葉を使わない

牧野 古田さんご自身は、フラットな組織づくりのために、意識的に取り組んでいることはありますか?
古田 そうですね……そもそもタケダはフラットな組織だと思うことが多いので、逆に意識する機会が少ないかもしれません。
 ただ、たとえば自分の中では「上司」や「部下」といった表現は基本的に使わないようにしている、とかはありますね。
 以前、メキシコに駐在していたときに、経験したことがない業務に従事する機会がありました。暮らしたことのない国で、ネイティブではないスペイン語で仕事をしなければならず、とにかく「ないない尽くし」です。
 でも、私はマネジメントをする立場にある。同じチームの誰もが、私よりも仕事ができるのに、です。このとき、「上下の関係で働く」のはやめにしようと思いました。
 たまたま持っている責任のサイズや位置が違うだけで、そこに上下の関係など存在しないと本気で実感したからです。
牧野 古田さんがそう決めた瞬間に、チームに心理的安全性が生まれたと思いますよ。きっと誰もが声を上げられる状態になっていたはずです。
古田 もちろん、立場上、最終的な意思決定を自分で下さなければいけないシーンが多々あります。
 でも、自分だけの考えだけで決断するほど、恐ろしいことはありません。大きな過ちを見逃してしまう可能性がありますから。
牧野 意見を言い合える、というのが大切ですよね。私はもともと自分の意見が言えないタイプで、“What do you think, Noriko?”と尋ねられても、いつも言葉が出てきませんでした。
 でも、自分のバックグラウンドや特性を生かして組織に貢献できた結果、自然と意見が言えるようになったのです。
 これは組織や上司からの承認があったからこそ。繰り返しになりますが、日常的に小さな承認をしていくことが、すごく重要なのです。

フィードバックは「事実を伝える」だけでもOK

古田 ただ、フィードバックについては正直悩むことも多いんです。
 たとえば先日タレントをレビューする会議で、あるリーダーがとても優秀なメンバーに対して「あなたはもっと自然に、自分らしく振舞えばよい」という言葉をかけた、と報告しました。
 すると別のリーダーが、「その人の文化的背景を考慮すると、違うアプローチのフィードバックが望ましい」と意見したんです。
 その会話を横で聞いていて、フィードバックはとても難しいなと感じました。
 タケダでは多様なメンバーが働いていますから、さまざまな背景を踏まえて対応しなければなりません。
 そして、一概に「これが正解だよね」と、簡単に判断することはできないと強く思いました。
牧野 なるほど、そういったことがあったのですね。
 そもそも、フィードバックに正解は存在しません。声をかける人が同じであっても、ポジションやその日の気分によって、かけるべき言葉は変わってきます。
 だからこそ、フィードバックについてディスカッションされていることが重要なのです。
 マネージャーにできることは、目の前の人がどういう状況にあるのかを把握し、寄り添ってあげることです。正しい方向へと導けるよう、できる限りを尽くせば、その思いは伝わります。
 古田さんのそうした悩みが出てくること自体が、素晴らしいことだと思います。
古田 ありがとうございます。牧野さんが素晴らしいと言ってくださるので、そのまま僕へのポジティブフィードバックになっているような気がしました。
牧野 ポジティブフィードバックって、ただ単純に相手を褒めることではないんです。業務のレポートを見て「この説明が分かりやすかった」と事実を伝えるだけでもいい。
 古田さんの悩みは、フィードバックに対して真摯な組織であれば当然生まれるものなので、それを伝えただけです。
古田 なるほど、これがポジティブフィードバックなんですね。とても嬉しいです。

「ダイバーシティ」という言葉がなくなる日まで

牧野 私はフィードバックの他に、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)についての研修を任されることがあるのですが、タケダさんは国内の企業でも、いわゆるグローバル企業と同様、先進的な取り組みをされていると感じています。
 とても長い時間をかけて、現在のような組織をつくり上げてこられたのだと思いますが、これから先は、どのような組織を目指していかれるのか教えてください。
古田 私がタケダに入社してから12年で、組織は大きく変わったと感じます。
 現在は、世界全体で見ると社員の約9割が日本以外の国籍で、男女比はおよそ5:5、年齢も20代から60代、新卒入社やキャリア入社まで幅広いメンバーが働いており、ダイバーシティのある組織だと言っていただく機会も増えました。
 ただ、誤解を恐れずにいえば、ダイバーシティという言葉が社内で声高に使われているうちは、まだまだゴールには程遠いなと感じています。
 次の10年ほどで目指すべきは、「あのときはまだ、ダイバーシティって言っていたよね」と言える状態です。
 ちなみに、先ほどお話しした「風通し」に関しても同じだと思っています。
 10年ほど前は「風通しがいい組織をつくろう」と言っていましたが、今ではそのような会話がされなくなっています。
 同じように、現在越えなければいけない壁は、10年後には当たり前のものにしたいです。
牧野 お話をお聞きしていて、すでにそうした組織になりつつあるように感じますよ。
 今日のお話のメインはフィードバックでしたが、私はそれと同じくらい、ダイバーシティも日本企業に今必要なテーマだと思っていますので、タケダさんのような企業がさらに増えていくことを願ってやみません。
古田 そう言っていただけて嬉しいです。私自身、タケダの文化としてのフィードバックにさらに磨きがかかり、国籍や性別にとらわれず、5万人すべてのメンバーが潜在能力を発揮できる状態になれたら……。
 今後のことをそう考えるだけで、ワクワクしますし、実現に向けて力を尽くしたいと改めて思いました。
 そして、その一歩は、牧野さんがおっしゃったように、目の前の一人に向き合うことから始まるのだ、とも。
 平坦な道のりではないですが、メンバーとともに、より働きやすく、楽しい組織のあり方をこれからも追求していきたいですね。